2025年4月から新築一戸建てへの太陽光パネルの設置を義務化

住宅の屋根に設置された太陽光パネル(写真はイメージ)住宅の屋根に設置された太陽光パネル(写真はイメージ)

東京都が2022年9月、新築一戸建てへの太陽光パネルの設置義務化方針を明らかにし、12月には「環境確保条例改正案」を提出し、可決、成立した。2年程度の周知期間を経て2025年4月に義務化を目指す予定だ。

ただし、都内で販売される全新築一戸建て住宅を対象とするのではなく、年間に累計延べ床面積2万m2(約200棟)以上を販売する一戸建て住宅事業者および延べ床面積2,000m2未満の住宅の建築主が対象になるため(いずれも賃貸住宅含む)その条件に該当するのは50社程度で、中小のハウスメーカーや工務店などは対象とはならない。また、狭小住宅など20m2未満の屋根面積については設置対象から除外可能としている。さらに、事業者がパネル設置を推進していても建築主が拒否するケースを想定し、年間に手がける総戸数の85%以上を目安とする見込み。取り組みが不十分な場合、指導や勧告、事業者名の公表なども検討する。

東京都によれば、対象50社で都内の一戸建て住宅年間供給戸数の半分程度(約2万3,000棟)を占めるとのことだから、“屋根の上を発電所にする”計画は2025年度以降確実に進むものと期待される。東京都の一戸建て住宅は約225万棟(2019年度調査)だが、そのうち太陽光発電設備が設置されている住宅は9.5万棟(4.2%)にとどまっており、残り95%以上に太陽光パネルが設置可能とも考えられる。しかし、仮に年間2万3,000棟の85%に相当する1万9,550棟に太陽光パネルが設置されるとしても、全棟に設置されるまで115年以上かかる計算になる。

最大の課題は設置のイニシャルコストおよびパネル破損・交換に伴うコストの発生だ。現在、一般的な一戸建て住戸に設置される太陽光パネル一式の価格は約98万円(4kW)で、家庭用電力に変換するパワーユニットの交換費用やメンテナンスコストを含めると概算で120万円が必要だ。これに対して、現状では1kWあたり10万円の補助金が支給されるので標準タイプで40万円が賄えるし、東京都では初期費用なしで太陽光パネルが設置可能なリース制度もある。
また、太陽光パネルで発電した電力は自家用として使用し、余った電力を当初10年は固定価格買取制度(FIT)の活用で17円/kWh(FIT終了後は8.5円/kWh)で売電すると、30年間で240万円ほどの“収益”になるという試算が東京都から公表されているから、さまざまコストを考慮してもなお一定の“お得感”はある。

しかし、環境省の調査では導入コストの高さを憂慮する声が多く、他にも投資回収期間が長い、電力買取価格の変動や制度変更の可能性がある、メンテナンスコストが高額になる可能性がある、などが導入に踏み切れない理由に挙げられている。

東京都の試算も30年間の想定だが、太陽光パネルの法定耐用年数は17年で、残り13年分について不確定要素は排除できない。売電価格の引き上げは電力価格の上昇を招くし、補助金も容易には増額できないが、こういった長期的な不安を解消すること、何よりこういう制度を活用すれば太陽光パネル設置のハードルを下げられることを一般に広く知らしめることが先決だろう。

東京都の条例改正はカーボンニュートラルを達成するための施策として機能するのか、都内の一戸建て住宅の屋根に太陽光パネルが並ぶ光景が実現するのか、有識者にその課題と解決策を聞く。

住宅の屋根に設置された太陽光パネル(写真はイメージ)一戸建て住宅の屋根に太陽光パネルが並ぶ光景は実現するのだろうか(写真はイメージ)

今回の時事解説論旨まとめ

論点:東京都の太陽光パネル設置義務化は、カーボンニュートラルを達成するための施策として機能するのか、都内の一戸建て住宅の屋根に太陽光パネルが並ぶ光景が実現するのか

北川氏:反応は業態で二極化。設置意欲底上げにはさらなる補助も必要か

矢部氏:電力レジリエンスという価値も。設置義務化は「実施すべき施策」

以下、それぞれのコメントを見ていこう。

反応は業態で二極化。設置意欲底上げにはさらなる補助も必要か ~ 北川 友理氏

東京都が新築住宅への太陽光発電システム(PV)設置を義務付けることに対して、設置義務を負う一戸建て住宅事業者の反応は業態により分かれる。事業者側が一律に、都と足並みを揃えることは難しいのが現状である。都は義務化と両輪でPV設置の補助を拡大するなど普及に向けた取組みを進めているが、さらなる措置が必要になりそうだ。

大手ハウスメーカーは影響が小さい。一戸建て注文住宅商品の平均価格帯は、3,000万円台後半から4,000万円台と高価格。この価格帯を購入できる資金に余裕がある施主にとっては、PV設置に係る100万円強の持ち出しは大きな額ではない。多くの大手ハウスメーカーは、住宅商品の高付加価値化の一環で都が義務化に向けた動きを始める前からPV設置の提案を進めてきた。すでに搭載率が8割台、9割台という事業者もいる。
「卒FIT」による売電価格低下への対策として、自社の一戸建て住宅のPVが発電した余剰電力を市場相場より若干高く買い取り、自社グループの事業に充てるスキームを構築した企業もある。義務化で事業の方向性と都の方向性が合致するのは追い風になる。

一方、ローコストの一戸建て分譲住宅を扱うパワービルダーにとっては、PVの設置義務化は強い向かい風だ。顧客層は、おおむね土地と建物を合わせて3,000万円台~4,000万円台と予算の上限が確定している購入検討者が大半なため、初期費用が重くのしかかる。事業者が施主に代わって一部を負担することも困難だ。現在資材価格の高騰が続いているが、顧客の資金が限られるため販売価格に上昇分を転嫁することが難しい。事業者側である程度上昇分を負担せざる得ない状況も生じている。新たにPV設置費用を負担するとなると、利益の確保がより厳しくなる。

都は、義務化を前提にPVに関する補助を拡大してきた。うまく活用すれば、初期設置費用のかなりの部分を賄うことはできる。しかし、それがローコスト一戸建て住宅の購入検討者のPV設置意欲を底上げするかというとそうではない。建築費の高騰、土地価格の高騰などとほかの要因でも住宅の価格は上がり続けているからだ。補助の活用でPV設置費用以上の助成金が下りるという体制にでもならない限り、設置意欲は生じないだろう。義務化の1年目から一気にPV搭載率が上がるロケットスタートを切ることは難しい。都は様子を見ながら、必要な補助の拡大や一戸建てへのPV設置に代わる代替え措置の実装などを中長期的に続けていく必要がある。


北川友理:不動産業界専門紙「日刊不動産経済通信」記者。京都市出身。1987年10月生。地方新聞記者を経て、2018年に不動産経済研究所入社。以降ハウスメーカー担当

電力レジリエンスという価値も。設置義務化は「実施すべき施策」 ~ 矢部 智仁氏

<b>矢部 智仁</b>:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中矢部 智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中

「東京都の条例改正はカーボンニュートラルを達成するための施策として機能するのか、都内の一戸建て住宅の屋根に太陽光パネルが並ぶ光景が実現するのか」について私の考えは「実現すべき施策である」だ。そう考える理由は日常生活を守る、将来の不安解消につながる施策を重視すべきだと捉えているからだ。

施策を推進するにあたっては、今更ながらのことだが消費者の便益を明確化する必要がある。東京都の義務化の場合、義務化推進対象である大手事業者の顧客で設置可能な屋根に搭載するか否かの最終判断は施主(消費者)に委ねられている(義務化推進対象の住宅会社も85%達成に向けて相当な「説得」努力をするだろうが)。つまり、消費者が「何を」判断基準にするかが施策の進捗の鍵になる。

判断基準の提示として、基調記事にもあるように「太陽光パネル設置のハードルを下げられることを一般に広く知らしめることが先決」という主張はその通りだ。初期費用の高さや「投資」と考えたときの回収期間の長さ、維持管理の費用など確かに「ハードル」ではあるが、この点についてはリース方式やPPA(Power Purchase Agreement:電力販売契約)などそれを乗り越える選択肢も既に提示されている。さらに(東京都の場合は)支える補助制度も検討が始まっているとなれば、早晩、高いハードルとは言い切れなくなりそうだ。

推進にはハードルを越えるための仕組み・制度や支援策の周知が必要という指摘はその通りであるが、その前に「なぜ導入するのか」「導入して何を得たいのか」という観点での判断軸を浸透させることも施策推進において大事だと考える。その一つが「電力レジリエンス」という価値だ。
2018年の北海道胆振東部地震後の北海道のほぼ全域を襲ったブラックアウトや2019年の大型台風後の千葉県での長期停電など、いわゆる系統電力だけに頼る不確実性が顕在化した出来事に際して、自立運転切り替えや蓄電池との組み合わせによる自主電源が「生活の維持」に貢献したことは注目すべき記憶として残る。これは初期費用や投資回収可能性などコスト指標だけで計れない重視すべき判断軸になる価値があることを示している。

大規模発電施設と地域分散型の不安定な電源施設の混在による需給調整の難しさなどの「従来の電力施策(大規模施設と広域送電網による提供)」とのコンフリクトといった課題が一足飛びに消えるわけではないが、「小規模な地域」「家庭」という単位での生活の安定や持続可能性を考えれば、東京都の施策は「実現すべき施策」であることは否定できない。
純粋に市民生活を守るための取組みとして何が必要か、そもそも東京都のような施策を呼びかけるのは「誰のため」「何のため」なのか。その原点に立ち返った議論がもっと必要だと考える。

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