世界情勢の変化が日本の住宅市場にも明確な影響を与える時代に
2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻はまもなく1年が経過しようとしているが、一進一退の攻防が続いており、双方ともに主張の隔たりが大きく停戦交渉には応じる余地がないと繰り返し表明していることから、年単位での長期化が憂慮される状況となっている。このことは、有数の石油&LNG生産国、小麦生産国である両国の紛争が世界のサプライチェーンを逼迫させることにつながり、長期化すればするほど資材およびエネルギー価格、食糧や飼料価格の高騰を招くため、コストプッシュ型のインフレが各国で発生し、それが長期にわたって継続することを意味している。
日本は物の供給に対して需要が相対的に弱い(GDPギャップが大きい)ままであり、結果的に物価上昇率は諸外国と比較すると低いといえるが、それでも消費者物価指数(CPI)が対前年比で3%程度、エネルギー関連価格は20%以上の上昇を記録しているから、今後もコストプッシュ型のインフレが国民生活全般に大きな負担としてのしかかってくることは確実だ。
当然のことながら、今後新規に供給される住宅の価格も例外ではなく、鉄、ニッケル、銅、セメント、アルミニウムなど、建設資材の多くを輸入に頼る日本の住宅産業は、新築マンションおよび新築一戸建ての価格が当面上昇し続けることが想定される。新築住宅の価格が上昇すればニーズの一部は中古住宅へ、また準近郊・郊外のやや安価な住宅にシフトすることが考えられるが、エリアごとに価格および上昇率に違いはあるものの、既に中古市場での流通価格は軒並み上昇しているから、新築・中古問わず住宅市場全体がその影響を色濃く受けているといえるだろう。
この場を借りて申し上げると、世界中で誰一人として得るものがない戦争行為は直ちに中止しなければならない。戦争で破壊される建物、無為に傷つけられる自然環境、そして無残に失われる命の多さに慄然とすべきだ。国を、国民を守ると言いながら、その国民を戦地に送ることの大いなる矛盾に思いを致すべきだ。
日米の政策金利差の拡大による円安傾向は2023年も継続の公算大
このコストプッシュ型のインフレと並行して、まさにこのインフレをどのように抑制するか、もしくは景気後退をどう防ぐかという各国の思惑が交錯し、金利政策の違いによって円安基調が続いている。インフレを抑制するには金融引き締め、つまり政策金利を引き上げてお金の流れを悪くすることで物の価格の上昇を食い止めるというのが常套手段であり、対前年比10%程度のインフレが続くアメリカ、イギリスほか欧州各国では、相次いでゼロ金利政策を転換し、金利引き上げに動いている。なかでも最もインフレ率の高いアメリカは、2022年初に0~0.25%に誘導されていた政策金利(FFレート)について11月までに6回の金利引き上げを実施し、都度0.75%もの大幅な金利引き上げを行なったため、12月初旬現在で3.75%~4.00%の金利水準となっている。わずか1年弱で約4%の大幅引き上げだが、2022年12月も0.5%程度の金利引き上げが確実視されており、お金の流れを急激に引き締めて何としてもインフレを抑え込もうとするFRBとアメリカ政府の強い意志が打ち出される状況が続くことになる。
これだけ日米での政策金利に差が生じると、どちらの国債や為替の利回りがよいかは自明の理であるから、機関投資家はより運用益が期待できるドルを買って円を売るため、円安の進行を食い止めることは困難だ。コストプッシュに円安が加わって日本の消費者物価も上昇しているのだが、その上昇率は上述のとおり3%程度にとどまっていることもあって、日銀は金融緩和政策を継続する意向を全く変えていない。
ただし、これ以上の急激な円安は国内経済に好ましくないとの意見も多く、日銀は手持ちのドルを売って円を買う“覆面介入”を実施してこれ以上の円安を抑制する対策を講じ始めた。ドル売り円買いのオペレーションを公表しないのは、アメリカがインフレを抑制するためにドル高に誘導している政策を真正面から否定することになりかねないから、共同歩調が取れないことを暗にほのめかすにとどめるためと考えられている。
アメリカおよび主要諸国が金融引き締めを本格的に実施し始めた2022年1月以降、1ドル=114円前後で推移していた為替相場は10月に149円台まで約30%程度低下したが、その後は緩やかな円高傾向となり、12月上旬には134円台で推移している。それでも2023年以降のFOMC(連邦公開市場委員会)ではインフレの抑制に向けて一層の金利引き上げを実施するとの公算が高いから、今後も中長期的には円安が進む可能性が高いと考えておく必要がある。
なお、日銀の黒田総裁はは2期目(1期:5年)を終了する2023年4月で退任することが決まっており、次の総裁が金融緩和とイールドカーブコントロールを継続するか否かで、為替相場の動向も大きく変化することもあらかじめイメージしておくべきだろう。
筆者は、次の総裁も金融引き締めを実施したくてもできない状況にあると考えている。それは、①諸外国に比較してGDPギャップの大きい状況が続いているため、金利を引き上げると物がさらに売れなくなって景気後退の局面に入り、インフレだけが進行する“スタグフレーション”を招きかねない、②日本は国債残高が1,000兆円超とGDP比では先進国の中で突出して高い水準にあるため、金融引き締めで金利を上げてしまうと利払いがかさんでこれも景気後退要因になり得る、③金利を引き上げるとこれまで超低利に誘導していた金融政策と正反対の政策となるため金融市場が(一時的にせよ)混乱し、企業業績の悪化や倒産件数の増加によって景気を後退させる懸念がある、④政策金利を引き上げると連動して住宅ローン金利(特に固定金利)も上昇しこれまで日本経済を支え続けてきた住宅産業に重大な影響が及ぶ、⑤日本では①のとおり消費が弱いため金利を引き上げなくてもインフレ率が3%程度にとどまっており、金利を引き上げなければならないほどの物価高騰は発生していない、などの理由による。
皮肉なことに、金融緩和策を維持するため、国債市場において日銀が誘導したい金利水準=新発10年物は0.25%程度、という目安に従って国債の大量買い入れ(指し値オペ)を実施しているのだが、低金利で資金を貸し付けやすい有利な条件にある国内の金融機関は、まさに金利が低いことを理由として国債の買い入れに消極的であるため、日銀の意向に賛同するプレイヤーが国債市場に極めて少ないことでイールドカーブコントロールがやや難しくなる状況となっている。
2023年の住宅ローン申し込みは変動金利一択になる可能性も
イールドカーブコントロールが難しくなると、マイナスに誘導している短期金利は日銀以外のプレイヤーが皆無であるため問題なく誘導可能であるものの、金利がついている新発10年物国債、すなわち長期金利の金利には上昇懸念が表れている。市場での国債取引はプレイヤーが少ないこともあって、取引(の見通し)で決まる長期金利の水準がやや上がっているという見方もできるだろう。
2021年末に0.045%で推移していた長期金利は、2022年初に0.1%台に上昇し、その後は0.2%台前半で推移して6月以降は0.25%超に達した。徐々にイールドカーブコントロールが効きにくくなっていることは明らかで、この間、1.3%前後で推移していた住宅ローン35年固定金利は1.6%前後に上昇、同様に5年固定金利は0.8%前後から1.1%前後へ、10年固定金利も0.8%超から1.3%前後へと上昇している。この短期間での長期金利の上昇は、2022年8月以降アメリカの実質金利が低下傾向にあることからやや落ち着きを取り戻し始めているが、世界的な経済情勢の変化が発生するとイールドカーブコントロールが効かなくなる状況が起き得ることには変わりがない。したがって、これから住宅ローンを活用して住宅を購入しようと検討している場合は、世界情勢の変化がどのように金利に影響するのかをイメージしながら、住宅ローン商品を選択するという姿勢が求められることになる。
折も折、2022年最後となる日銀の金融政策決定会合(12月19日~20日)では、突如としてこれまで0.25%程度としてきた長期金利の変動許容幅を0.5%に拡大するという決定がなされ、市場は敏感に反応して一時新発10年物国債の金利はその拡大上限である0.5%前後にまで急上昇したから、長期金利に連動する住宅ローン固定金利は2023年初以降上昇することが確実視される状況にある。
なお、住宅ローンの変動金利は短期金利(短期プライムレート)と連動している。日銀は短期金利をマイナスに誘導しているため、投資家の介在する余地はほぼ皆無であり、短期金利は日銀の政策金利そのものともいえるから、現状でも優良顧客に貸し付ける短期の金利は1.475%と2009年1月から全く変わっておらず、ここから1%程度の優遇措置を適用して貸し付けられる住宅ローン変動金利も長年にわたって0.4%台で推移している。
つまり、“住宅ローンの固定金利は変動しやすく、変動金利は変動しにくい”という名称とは反対の表現が当てはまる状況が続く状況にある。固定金利は借り入れ時以降の適用金利が変わらないという意味であり、借り入れる以前のボラティリティ(ここでは金利変動のこと)は相応に大きく、変動金利のボラティリティは極めて小さいことを認識しておく必要はあるだろう。
住宅ローンの金利は、基本的には金融緩和策の維持・継続によって2023年以降も低位に据え置かれる可能性が高いが、住宅ローンを組むうえで当面の不安要素は長期金利=固定金利の上昇ということになる。毎月の住宅ローンの返済を継続するうえでは、金利水準自体も重要なポイントとなるが、現状では変動金利で借り入れるのが最良の選択であり、その特性とリスクを理解したうえ、例えば住宅ローンを2本に分割してその70%を変動金利、残りの30%を金利上昇のリスクヘッジとして固定金利で借り入れるなど、戦略的な住宅ローンの活用を検討すべきだろう。
気候変動にユーザーが敏感に反応。住宅性能への関心が高まる
また、2022年は世界的な課題・命題として温室効果ガスの削減が強く意識される状況下で、日本の住宅においても省エネ性能・断熱性能の高い住宅に対する関心やニーズが特に高まった一年であったといえるだろう。その契機となったのは2021年に開催されたCOP26での温室効果ガスの具体的な削減目標の決定だが、国内では言うまでもなく住宅ローン減税の制度変更が影響している。
住宅ローン減税については、2022年からは年末の住宅ローン残高の0.7%が控除される仕組みへと縮小(2021年までは1%)された代わりに、控除期間が10年から13年へと正式に延長され、さらに住宅性能の高さに応じて年末元本の上限が各々5,000万円(長期優良住宅などの認定住宅)、4,500万円(ZEH住宅など)、4,000万円(省エネ基準適合住宅)、3,000万円(一般住宅)に区分されて、住宅性能の違いで住宅ローン控除の“お得感”に差を設けたことが、性能の高い住宅のコスト負担感を軽減したものと考えられる。
13年間の総額で、長期優良住宅などの認定住宅は最大455万円、ZEH住宅などは最大409.5万円、省エネ基準適合住宅でも最大364万円の控除が受けられることになるから、制度変更によって住宅性能の高さが控除の評価基準になったことが関心の高まりに直結していると言ってよい。対照的に、特段省エネ性能・断熱性能に配慮していない一般住宅は13年間の総額でも最大273万円の控除しか受けられないから、この金額の差は歴然としている。
つまり、省エネ性能・断熱性能に優れた住宅はイニシャルコストも相応に大きくなる可能性があるが、それを住宅ローン控除と光熱費などのランニングコストでトレードオフにできることが、ユーザーに的確に伝わったということなのだろう。住宅は購入して終わり、ではないから、イニシャルコストとランニングコストの関係性と補助金や控除制度などの購入サポートの仕組みをトータルで考えることがとても大切なポイントになるということだ。
しかも、省エネ性能・断熱性能に優れた住宅は建物内部の気温変化が少ないため血圧の上昇・下降を緩やかにし、結露しにくいのでダニやカビの発生を防いでアレルギー症状の予防・緩和も期待できることがわかっているから、健康面でも“お得”な住宅といえる。
このようにさまざまなメリットがある高性能住宅だが、住宅ローン控除については2024年から住宅性能に応じた年末元本の上限が、長期優良住宅などの認定住宅は5,000万円から4,500万円に、ZEH住宅などは4,500万円から3,500万円に、省エネ基準適合住宅は4,000万円から3,000万円に引き下げられるだけでなく、一般住宅に至っては上限が3,000万円から2,000万円へと引き下げられるのに加えて控除期間も13年から10年へと短縮される。つまり新築の一般住宅は住宅ローン控除の制度においては扱いが中古住宅と同じということになる。高性能な住宅を増やして良質な住宅ストックを形成したいという国の思惑を前提とすれば、住宅ローン控除はとても有効な手段だから、このような縮小措置は個人的には撤回するべきと考えている。
果たして住宅価格は2023年も上昇し続けるのか
冒頭示したとおり、世界的なサプライチェーンの逼迫、そして金融政策の違いによる円安の発生で、海外から輸入される資材・エネルギー価格、食糧・飼料価格などは上昇の一途をたどっている。CPIは何度も繰り返して恐縮だが3%程度の上昇にとどまっているものの、エネルギー価格だけにすると20%以上の上昇、資材価格も10%を大きく超える価格上昇が発生している。これに伴って企業間で物の売買を行う際の企業物価指数は約10%の上昇を示しているから(CPIは物とサービスの価格・料金を指数化しているため単純比較はできないが)まだ小売価格に転嫁されていないコスト上昇分が相応にあることは確実で、2023年もCPIの上昇は避けられないと考えるのが妥当だろう。
そうなると、鉄、アルミニウム、ニッケル、銅、セメント、木材ほか数多くの建設資材を輸入に依存している住宅産業も、これらのコストプッシュによる影響は避けられず、価格転嫁が徐々に進む前提で新築物件価格の上昇も進むと考えるべきだ。既に東京都心の人気住宅地では、新築マンションの販売坪単価が1,000万円を超える物件が登場しているから、今後も全体的には価格上昇局面が続くと思われる。
ただし、2022年末に日銀が長期金利の変動幅を0.5%まで許容するという“金融政策転換”を実施したことにより、為替相場は一気に5円程度円高に推移しているから、資材価格の変動には今後も注意が必要だ。金融引き締め=金利引き上げを実施すれば住宅価格の抑制には効果が表れる可能性が高まる代わりに、住宅ローン金利(固定金利)を上昇させてしまうジレンマを抱えるため、価格を取るか金利を取るかという難しい選択に迫られる可能性が高まることになる。
購入者サイドが取るべき対策としては、より地価水準の低い準近郊・郊外方面での物件探しや、利便性を重視するなら近郊の中古物件などにシフトする以外に選択の余地がないから、新築物件の供給減少と中古流通市場の活性化および流動化が起きる可能性がある。
ただし、新築住宅の価格も青天井ではなく、このまま上昇し続けると買い手不在のマーケットになりかねないため、いずれは価格上昇のスピードは鈍るのだが、近年では都心のタワーマンションなど、購入から竣工・引き渡しの期間までが比較的長い物件で引き渡し直後に売却する例が増えており、急激な価格上昇を利用した“投機的な動き”もあることから、特に都心周辺での価格推移についてより詳細に注視する必要がある。
2023年は価格を上げざるを得ない新築市場に代わって中古市場が価格面で牽引する可能性が高いが、リモートワークの定着によって(東京都では現状でも実施率が50%を超える)住む場所に縛られずに生活するスタイルも徐々に増えているから、利便性を追求して都心や市街地中心部に住み続ける必要性が薄れ始めていることも事実だ。ストックとしての中古住宅のニーズが増すなかで、住宅性能の引き上げや災害に強い住宅への改修にはまだまだ課題が多く、今後は中古住宅の流通市場において、その性能や安全性を適切に評価しつつ売買される仕組みが、現状にも増して求められることが予測される。
2023年は卯年、干支のとおりマーケットが跳ねる年となるかは世界情勢と金利推移、そして物価水準の動きがその命運を握っているといえるだろう。
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