五輪が開催された都市は持続的に成長する?

東京のマンション価格が高止まりしている。また、海外からの投資マネーも多く集まっているといわれる。東京は言うまでもないが、五輪が開催されるなど国際的競争力を持つスーパースターシティである。しかし、世界のそのような都市が、五輪後に持続的に成長を遂げてきたわけではない。国際的メガイベントを開催するだけの力があったという証左であることは確かであるが、五輪が開催されたからといって、その後においても持続的な成長が約束されるわけではないのである。

また、五輪が宿泊市場に影響を与えることは理解しやすいが、海外からの入国を限定し無観客で実施したことから、その効果もなかった、またはマイナスであったとも考えられる。ましてや住宅市場に与えた影響に関しては、想像もしがたいし、他の国でも五輪があったからといって住宅市場が活性化されたという報告もない。あるとすれば、五輪の開催は不動産開発を誘発させるだけでなく、道路などの交通システムに対する新しい投資や改善が進められるために、都市構造を変容させたことを通じて、住宅市場の分布が大きく変わったことは観察されてきた。都市インフラが整備されると、産業の集積分布や家計の立地分布に影響をもたらすためである。

五輪開催年の1964年に羽田空港と東京都心を結んだ首都高速1号羽田線は、開通から50年以上を経てリニューアルプロジェクトが進む五輪開催年の1964年に羽田空港と東京都心を結んだ首都高速1号羽田線は、開通から50年以上を経てリニューアルプロジェクトが進む

東京でアセット・メルトダウン(資産価格の暴落)は起きるのか

アセット・メルトダウンの可能性とは?アセット・メルトダウンの可能性とは?

かつて私は、五輪後の日本の大都市が直面する問題として、少子・高齢化に伴う空間需要に対する低下や、そのような環境で資産市場が直面する可能性が高いといわれるアセット・メルトダウン(資産価格の暴落)問題を提起した(※1)。日本は、先進国のなかでも最も早く高齢化が進展するだけでなく、人口減少にも直面している。そのような社会では、社会全体としての空間需要を含む消費全体が停滞することは必至であり、地方都市ではすでに空き家・空きビルが増加するだけでなく、所有者が放棄した土地も急速に増加してきている。

大都市では、国内での人口や企業の集積が変化し、一層集中していくといった見解も出されているが、それが事実であったとしても、一国全体のパイが縮小するなかでは、他の地域からの集積も限界がある。そうすると、どうして東京には、海外からの人や資金の移動があるのかが不思議である。本稿では、学会の書誌に寄せた議論(※2)を、要約して紹介したい。

国境を越えた不動産投資に生じる摩擦

現在の東京の不動産市場に目を向けると、都心部のマンション価格は、20世紀最大のバブルといわれた1980年代半ばから1990年代初頭の価格を超えた水準まで上昇し、オフィス、商業施設、物流施設などの価格もまた高い水準にある。そのドライバーとなっているのが、海外からの資金流入であるとも考えられている。

それでは、そもそも国際間の人・物・資金の動きはどのように決定されているのであろうか。2021年のとある論文(※3)では、「重力モデル」を用いて国際間の不動産投資の資金移動を説明するモデルを開発した。重力モデルに関する先行研究では、2国間の関連を説明するために、出発国(A国)と着地国(B国)それぞれの、引き合うための潜在力と距離に代表される摩擦の大きさから説明をしている。A国からB国に人や投資資金が移動するかどうかは、A国とB国の相対的な重力の強弱によって決定されると仮定する。A国が魅力的でありB国の魅力が劣れば、B国からA国に人や資金が移動する確率は高くなる。一方、A国と比較してB国が魅力的であれば、B国に人や資金が移動する確率は高くなる。

しかし、国境を越えて投資を行う場合には、さまざまな摩擦が存在することは容易に予想される。A国とB国間の距離が小さければ、遠い場合と比較して移動する確率は高くなると考えられる。一方、遠ければ、幾何級数的にリスクが上昇し、移動が少なくなっていくことが観察されてきた。ここで重要になるのが、この「距離」を含む摩擦の存在である。

前出の論文(※3)では、商業用不動産市場を対象として、資金の出発国と到着国や資金の性質などを踏まえて、それぞれの国籍に注目したモデルを提案している。ここで注目しているのが、国境を越えて資本を移動させようとした際の、契約慣習の相違や信頼の欠如、広い意味での情報の非対称性が存在することに由来した、2国間の摩擦の存在である。そうすると、摩擦をできるだけ回避しようとする選択が行われるために、摩擦の大きさに応じた投資額の減衰が発生する。

ここで、フランスの投資家が海外で取引する場合を考えてみよう。海外投資を検討する際に、フランスの投資家がフランス人の取引相手と排他的に取引したいと思うほど取引摩擦が強い場合、フランス人が所有する不動産が多く出品されている場所で主に取引を行うであろう。過去のグローバルな貿易・投資パターンを踏まえると、このような「フランス人の売り手密度の高い」場所は、一般的にフランスに地理的に近い国、すなわちドイツやイギリスなどであり、東欧やアジアなどはフランス国籍の売り手密度は非常に低くなっていることがわかる。フランスの買い手がドイツやイギリスの売り手にも好意を抱いている場合、彼らの海外投資フローは、オーストリア、ポーランド、ノルウェーなどと比較して、ドイツやイギリスの売り手に遭遇する可能性の高い地域に向けられる割合が高くなる。逆に、買い手の希望する売り手の国籍が地理的に分散している場合、買い手はより遠隔地での投資を追求する可能性が高くなると考えられる。

2国間の距離と不動産投資の取引量との関係を推計した図。横軸が距離、縦軸が取引量を示している2国間の距離と不動産投資の取引量との関係を推計した図。横軸が距離、縦軸が取引量を示している

上図は、2国間の距離と不動産投資の取引量との関係を推計した結果である。この推計においては、重力モデルの枠組みで、売り手の国籍と買い手の国籍との距離関係を見る際に、国境が面しているかどうか、言語が同じかどうか、同じ植民地の歴史を有しているかどうか、自由貿易協定が両国間で存在しているかどうかをコントロールしたうえでの関係である。さまざまな摩擦要素を考慮しても、距離による減衰が残ることが理解できるであろう。

国内需要が低下したとき、外国からの資本流入で価格は維持される?

人口減少や高齢化は、住宅価格を暴落させるといった「アセット・メルトダウン仮説」で示されてから30年以上が過ぎようとしている。その仮説をめぐっては、推計する期間や国によって異なる結論が導かれている。筆者もまた、この問題について研究をしたことがある。その成果を、2015年9月1日の日本経済新聞社の「経済教室」のコーナーで、「高齢化による空き家の増加、住宅価格、崩壊の可能性」として紹介した。

その記事では、日本だけでなく、同じく高齢化が進展する中国、韓国、ドイツ、シンガポール、タイなども、2040年に向かって住宅価格が下落するというシミュレーションを示した。それを受けて、同年9月8日、シンガポールの代表的な新聞となる「Business Times」において、この記事を紹介されるとともに大きく取り上げられ、賛成意見と反対意見が識者によって議論された。シンガポールの経済は不動産業に大きく依存し、当時は「Can Singapore Survive?」といった議論が国を挙げて行われていた。ご存じのように、シンガポールは過去30年間にわたり大きな成長を遂げてきたが、次の30年も成長し続けることができるかどうかといったことが、大きな関心事となっていたのである。

その議論の中で、反対意見、つまりシンガポールでは住宅価格の下落が起こらないとする主張は、「シンガポールのような国際都市では、国内需要が低下したときには、外国からの資金が流入してくる」ためであるといった意見であった。そうすると、東京は、高齢化が進んでいったとしても、海外からの資金が流入すれば、価格の下落は発生しないことになる。2015年にメルボルン大学で、このテーマについて講演したときも、同様に民間の専門家から同じ指摘を受けていた。

1965年にマレーシアから独立したシンガポールは、現在では世界を代表する金融センターとなっている1965年にマレーシアから独立したシンガポールは、現在では世界を代表する金融センターとなっている

現在の東京の不動産市場の活況は、国際的な資金移動抜きでは説明ができない。ホテル市場だけでなく、商業施設に対する需要も低下し、オフィス市場においても働き方が変化していくなかで空室率は上昇してきているものの、価格だけは高騰している。この価格を維持しているのが外国からの資本流入であるということを考えれば、筆者に反対したシンガポールでの議論は正しかったことになる。

東京が「選ばれる都市」であり続けるためには

資本の移動は両国間の距離に依存するとすれば、日本という国の位置が重要となる。世界地図で理解できるように日本の位置は極東といわれる東の端に位置する。欧州やアメリカ大陸、アフリカ大陸からの距離は遠く、国際的な移動に優位な場所ではない。そうすると、アジアからの資金が中心になっていくことになる。
また、言語は、日本語を母国語として独自の文化をつくる。米国に占領された時期があることで両国間の関係は依然として強いが、それ以外の国との関係性は歴史的に薄い。契約慣行も、独自の法律体系で構築されている部分が残るために、ビジネス上のコストも高いといわれてきた。

このように考えると、日本と各国との摩擦係数は極めて高いと考えたほうがよい。国の位置など、この摩擦係数を低減させるうえで制御ができないものは確かに存在するが、言葉であったり、取引の安全性を含む契約慣習であったり、協定を個別に締結していくことなど、改善することができれば、一層多くの投資を呼び込むことが可能であろう。

東京は国際的な競争の中で、五輪開催都市として、「選ばれた都市」となった。しかし、これから長期的に国際的な人の移動や資本の移動先として「選ばれる都市」であり続けるかどうかは、さらに、その力を強化させていくかどうかは、東京の魅力を一層高めるとともに、摩擦係数をどれだけ低減させることができるかという点にかかっているといってもよいであろう。

東京が「選ばれる都市」であり続けるために……東京が「選ばれる都市」であり続けるために……

参考文献
※1:清水千弘(2014),「メガイベントと不動産市場-オリンピックは不動産市場のファンダメンタルズを改善するのか?-」日本不動産学会誌, 第28巻第1号, pp.67-74.
※2:清水千弘(2022),「選ばれる都市」計画行政(一般社団法人 日本計画行政学会),第45巻3号, 21-25.
※3:Badarinza, C., T. Ramadorai, and C.Shimizu. (2021), “Gravity, Counterparties, and Foreign Investment”, Journal of Financial Economics,145(2), 532-555.

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