2050年カーボンニュートラルを目指すには建築物の省エネ性能の向上が不可欠

これ以上の地球温暖化を防ぐこと、これが現在の世界的・地球的命題となっている。
温暖化によって自然災害が激甚化し、それに伴い被災者が大量発生すること、伝染病・感染症が多発すること、難民が発生することなどは、地域経済に大きな打撃となるだけでなく、社会全体に深刻な影響を及ぼすからだ。

では、温室効果ガスの大幅削減、および2050年までに温室効果ガスの排出量と削減量が拮抗するカーボンニュートラルの実現に向け、建設業・不動産業ができることは何か。日本のエネルギー消費量の30%、木材需要の40%を占めるこれら建築物分野については、当然のことながら大規模かつ徹底的な対策が求められることになる。

この命題に関して国が施策として打ち出したのは、建築物の省エネ性能の一層の向上、CO2貯蔵に寄与する建築物における木材の利用促進、既存建築ストックの長寿命化の3点に集約される※。

建築物の省エネ性能の向上については、
・2025年度以降に新築される住宅を含む、原則すべての建築物に省エネ基準適合の義務付け
・省エネ性能向上の促進を誘導すべき基準をZEH・ZEB基準へ引き上げること
・住宅性能表示制度の省エネ基準を上回る、新たな多段階等級の設定 など6項目
併せて、既存建築物についても、
・増改築部分のみ省エネ基準への適合を求める合理的な規制の実施
・部分的・効率的な省エネ改修、耐震改修と合わせた省エネ改修や建て替えの促進 など4項目
さらに、建築物における再生可能エネルギーの利用促進についても、
・地域の実情に応じた再生可能エネルギーの利用促進を図るための制度の導入
・ZEH・ZEB等に対する関係省庁連携による支援、ZEH等の住宅の融資・税制面での支援

CO2貯蔵に寄与する建築物における木材の利用促進では、
・高さ16m以下/3階建の建築物の構造計算合理化、建築士の業務区分の見直し
・構造計算が必要となる木造建築物の面積規模を300m2に引き下げ
・防火上区画した部分への防火規定の適用を除外し、木造化を可能とする など9項目

既存建築ストックの長寿命化については、
・既存不適格物件に対する防火避難規定・集団規定の既存部分への遡及適用の合理化
・連担建築物設計制度等の対象に大規模の修繕・大規模の模様替えを追加 など4項目
が盛り込まれた。

実際に上記の施策を推進するためには、住宅の安全確保や、用途変更時の柔軟で合理的な手続き方法、住宅への木材利用について主要構造部規制以外の構造基準や内装制限などの規制緩和なども検討しなければならないから、ハードルは決して低くないと言うべきだが、これらを成し遂げて温室効果ガスを削減しなければ、将来の世代に大きな禍根を残すことになる。

現実問題として、このような施策を実施する上で課題となること、最優先すべきこと、ユーザーも含めて住宅・不動産業界が取組むべきことは何か、有識者の意見を聞いた。

※詳細については、国土交通省の資料を参照されたい
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001460267.pdf

新築建築物だけでなく、既存建築物の省エネ化も求められている新築建築物だけでなく、既存建築物の省エネ化も求められている

地球環境より目先のコスト… だが健康増進効果で省エネ・脱炭素に活路 ~ 宮村 昭広氏

<b>宮村昭広</b>:株式会社住宅産業新聞社代表取締役。1957年長崎県生まれ。大学卒業後、家電業界専門紙の新聞記者として、冷暖房や照明から水回りまで幅広く住宅設備分野を取材。さらに住宅専門誌の編集などを経て、住宅産業新聞社に。移籍後は住宅産業新聞の記者として住宅設備・建材業界、旧国土庁(現・国土交通省)や旧建設省(同)を取材し、その後取締役編集長として大手ハウスメーカーを担当。2015年から代表取締役に宮村昭広:株式会社住宅産業新聞社代表取締役。1957年長崎県生まれ。大学卒業後、家電業界専門紙の新聞記者として、冷暖房や照明から水回りまで幅広く住宅設備分野を取材。さらに住宅専門誌の編集などを経て、住宅産業新聞社に。移籍後は住宅産業新聞の記者として住宅設備・建材業界、旧国土庁(現・国土交通省)や旧建設省(同)を取材し、その後取締役編集長として大手ハウスメーカーを担当。2015年から代表取締役に

2050年のカーボンニュートラル実現にとってのカギと目される、住宅・建築物分野の脱炭素への取組み。だが、そのことは住宅・建築など民生部門の脱炭素化が遅れていることの裏返しでもある。そもそも、温室効果ガス削減で合意した1997年開催のCOP3の京都議定書でも、すでに遅れが指摘されていた民生部門ではあったが、その後25年が経過してなお遅々とした動きにみえる。

とはいえ、国や住宅業界としても手をこまねいていたわけではない。国のトップランナー制度に基づく断熱材や冷暖房機器の性能向上、太陽光発電システム導入を促進。窓など開口部からの熱損失が大きいことへの対策として複層ガラスの採用やアルミサッシから樹脂サッシへの変更も踏まえ、創エネと省エネの両面で取組んできた。それでもなかなか歩みが進まなかったのは、建築コストが大幅に上昇することで施主となる生活者の理解が得られないと及び腰の住宅事業者の存在もあったようだ。説得の材料としては根拠に乏しかったということだろうか。

実際のところ、多発・激甚化する自然災害による「命の危険性」が認識され耐震改修が進んだ耐震性の向上と比べ、省エネ性や断熱性能の向上への理解に関しては「切迫感がない」と後回しになるケースもあったという。だが、ここへきて新たな追い風が。慶應義塾大学の伊香賀俊治教授の研究で、平均室温18℃を超える住まいは脳卒中や心疾患のリスク軽減につながる可能性を指摘。さらに、住宅の断熱改修は降圧剤以上の血圧の引き下げの効果があり、健康寿命の延伸にとっても重要な要素になり、高齢者の医療費負担削減が可能とみる。健康面が省エネ化推進の一つの切り口になるとの期待感も出てきた。

新築一戸建て住宅の分野では、これまでに消費エネルギーを減らすとともに太陽光発電など創エネで相殺するZEH(ネット・ゼロ・エネルギー住宅)化が進み、大手企業には供給する住宅の9割を超えるところも出ている。国の方向性では、新築一戸建て住宅の6割に太陽光発電が搭載されるとともに、規模にかかわらずすべての住宅・建築物で省エネ基準の適合が義務付けられることとなった。リフォームについても生活者意識の変化で事業者の取組みは強まろう。

政府の新たなNDC(温室効果ガス削減目標)である46%減(2013年度比)の実現は、容易なものではないのも事実。だが、世界的な潮流である脱炭素化は待ったなし。昨年、河野太郎規制改革担当大臣(当時)が、動きが鈍い役所の幹部に「できない理由は結構ですから、どうすればできるのかということを示していただきたい」と声を荒らげた姿は、まさに象徴的な出来事だろう。

3つの醸成・整備を阻む課題と、業界・ユーザーが取り組むべきこと ~ 矢部 智仁氏

<b>矢部 智仁</b>:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中矢部 智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中

本サイトに以前寄稿した記事「2050年脱炭素社会(カーボンニュートラル)の実現は果たして可能か」で、カーボンニュートラル実現に向けて、住宅・建築物における省エネ対策の強化、再生可能エネルギーの導入拡大、木材の利用拡大で成果を創出するには、「意識の醸成(消費者の行動変化を促す)」「ハード整備(建築物の性能向上)」「ソフト整備(住宅太陽光など地域電源を活かすマイクログリッド構築ルール)」を同時に継続的に積層させることだと書いた。

3つの醸成・整備の継続的な積み上げを阻む「課題」を捉えるには、既存住宅市場でこれまで指摘されてきた情報の非対称性による市場の失敗が新築住宅市場でも発生していると理解することから始まる。性能表示制度などにより既存住宅市場よりは情報の非対称性が解消されていると思われている新築住宅市場だが、実は市場の失敗を解消する取組みがうまく機能していないのではないか、ということだ。

市場の失敗を助長するシグナリングを変える、認証の運用変更

例えば消費者が省エネ・断熱性能を判断する際、性能評価制度における等級表示を頼りにする。情報の非対称性による市場の失敗を解消する際の、認証制度とシグナリングによる解消というアプローチだ。このアプローチは売り手(事業者)の販売上の好都合な情報提示手段に解釈され、より高性能の実現が可能であるにもかかわらず「最低基準」以上ならば同じという逆選択あるいは市場消滅を生じさせている。

この状況を解消するには、一定性能以上は同等インセンティブ(補助金など)というような運用から、性能に応じたインセンティブ付与や2050年に向かう過程で最低基準を段階的に引き上げる運用変更が求められる。いずれも以前から指摘されてきたものの実現してこなかったアイデアだと思うが、原材料や資材高の事業環境でコストアップにつながる高性能化を事業者が率先して進める選択が取りにくい中で、事業者の取組み変化を促すには改めて「市場競争環境の変化」を与えることが必要だと考える。

「要望できる消費者」を生み出す取り組み

情報格差による市場の失敗を買い手(消費者)サイドから変えるには、消費者自身が要望を具体に提示できるようにする、スクリーニングによる解消も考えられる。これについては以前の寄稿で指摘したように、初等教育から経済的利益や健康維持効果について学ぶ機会を与えるといった「住教育」の継続が不可欠だ。また、判断基準となる認証を消費者が使いやすい形に変換することも有効だと考える。既に以前から検討されているエネルギー証明パスなどの導入を急ぎ、「要望できる消費者」を市場で増やすことが効果的だと考える。

環境変化が必要だが兆しはある

事業者やユーザーは行政施策などによって市場環境が変わらないと行動を変えないと考えている自分に改めて気付かされる。「実現への課題と、業界・ユーザーが取組むべきこと」という問いへの回答としては不十分だと自覚するが、これも現実だと思う。

一方で、事業環境の変化は行動変化をもたらすこと確実だ。例えば公共建築物の木造化・木質化の事業化に名乗りを上げる地域工務店が登場、社団法人化して木造公共施設の建設や維持管理市場に参入するための活動を起こしている。こうした変化は住宅市場の縮小の中で激化する住宅市場をずらした市場を狙ったものだと聞く。変化をいち早く捉えポジションを自ら変える動きができることを示している。

市場に変化が起こるには一定の閾値を超える必要があるが、そこまでは意図的な環境変化を市場に挿入して自ら変化できる事業者やユーザーの登場を促すことを地道に継続するしかなさそうだ。

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