「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を公表
2021年10月、国土交通省が「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を公表した。これは不動産取引の心理的瑕疵(いわゆる、一般的に事故物件と呼ばれるものを含む)の取り扱いについて、初めて一定の見解・基準を示したものだ。
過去死亡事案が発生した物件については、その事実が買主・借主にとっては契約締結の判断に重大な影響を及ぼす可能性があることから、売主・貸主は告知する必要があるとされてきたが、その“線引き”が明確でないために不動産会社によって対応が異なり、訴訟に至るケースも少なくなかった。裁判は個別具体の事案で告知の必要性を判断するため、心理的瑕疵物件についての“一定の基準”が必要といわれ続け、ようやくガイドラインが策定・公表されたというわけだ。
なお、ガイドラインでは専ら不動産会社が宅建業法上負うべき義務の解釈を中心に記載されている。
ガイドラインで認識すべき重要ポイントは3つ。
①告知が必要な状況:物件内での自殺、他殺、事故死については告知事項であると明記され、病死や老衰死などの自然死は原則として告知しなくてもよいとされた。さらに事故死であっても階段からの転落死、入浴中の溺死、食事中の誤嚥による窒息死など“不慮の事故による死亡”は自然死と同様に告げなくてもよいと記載されている。ただし、不慮の事故による死亡でも“特殊清掃”や大規模リフォームを必要とした場合や、把握しておくべき特段の事情があると認識した場合は「告げなければならない」としている。
②告知が必要とされる期間:ガイドラインは「概ね3年」としている。ただし概ね3年を経過しても、「事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案はこの限りではない」とも表記されており、事件・事故などが報道されたケースは告知義務があると解釈できる。いずれにしても個別の判断は避けられないだろう。
③孤独死リスク:ガイドラインは老衰や病死などの自然死、不慮の事故による死亡について告知義務はないが、“特殊清掃”が必要な場合はこの限りではないと表記されている。つまり孤独死については発見までの期間が告知義務の判断に影響を与えることになる。期間が長くなると“特殊清掃”および残置物・遺品整理など原状回復にも多大な費用が発生する可能性が高まる。
高齢者の4人に1人が賃貸物件への入居を断られた経験があるとの調査結果のとおり、高齢化が進む中で孤独死にどのように対応していくかは、不動産仲介における課題であり続けている。ガイドラインの公表によってある程度の目安といえる“線引き”ができたことは歓迎すべきことだが、事故物件について、また孤独死リスクにどのように向き合うべきなのか、業界の現状に詳しい専門家の意見を聞く。
一連の施策によって単身高齢者の民間賃貸住宅入居に対する不安要因は大幅に取り除かれた~岡崎 卓也氏
岡﨑卓也:株式会社リクルート住宅総研、NGO国境なき医師団を経て、2014年から全宅連不動産総合研究所に所属。ハトマークグループビジョンの作成、住宅確保要配慮者対策や空き家対策に関する調査研究等を通じて中小不動産業者のこれから進むべき方向性を模索している全国宅地建物取引業協会連合会(全宅連)では2018年から3年にわたり「住宅確保要配慮者等の居住支援に関する調査研究」を実施した。特に、対象人数の多い高齢者の住居の斡旋について、多くの不動産会社が住居の斡旋に取り組めるよう課題を整理し、その解決策の検討と国への提言を行った。研究会では、単身の高齢者が民間賃貸住宅に入居する際の課題を、①賃貸借契約時の不安、②入居中のトラブルに対する不安、③孤独死した場合の不安の3点に整理した。
①については、連帯保証人や緊急連絡先の確保ができるか、家賃保証会社の審査に通るかという点、②については、本人が入居中に健康上等のトラブルがあったときや意思能力を喪失した場合に、どう対応すればいいのかわからないという点、③については、居室内で孤独死が起きた場合に、それが事故物件化して次の募集の際に家賃減額などの影響を受けるのではないかという点や、賃借権が相続されるために、契約の解除や残置物の処理のために相続人を探し出し、相続を放棄してもらうのに手間と時間がかかるという点が課題として挙げられる。
そのような不安を解消するために、国はここ数年、さまざまな施策を講じてきた。2017年10月に施行された住宅セーフティネット法では都道府県が指定した居住支援法人を支援することになり、既に全国で500弱の居住支援法人が指定を受け、そのなかから緊急連絡先や家賃債務保証を引き受ける法人も出てきた。
さらに、2021年の6月には、賃貸借契約の解除や残置物の処理を内容とした死後事務委任契約に関する「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を定めた。この条項は、賃貸人の死亡時に死後事務を円滑に進めることができるよう、賃貸借契約の締結にあたり、賃借人と委任者との間で賃貸借契約の解除事務の委任に関する契約や、貸借契約終了後、残置物の処理事務の委任に関する契約を結んでおくというものだ。そして、2021年10月に「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」が示され、入居者の死亡が発生した取引物件に対して、宅建業者がとるべき対応と宅建業法上の義務の解釈を整理し、老衰や病死などの「自然死」は売買・賃貸とも原則は取引相手に告知しなくてよいことが示された。
今まで取引対象の不動産で生じた人の死について適切な調査や告知に係る判断基準がないことが、単身の高齢者に対する民間賃貸住宅の斡旋を阻害している一つの要因になっていたことを考えると、このように踏み込んだ指針を国が示した意義は非常に大きい。残る入居中のトラブルに対する不安に関しては、民間企業が開発している各種見守りサービスを利用することや、高齢者をサポートしている福祉事業者と情報を共有することで、ある程度解消できるはずである。
今後、前述のモデル条項やガイドラインを実際に運用するにあたっては、さらに細かい議論が必要な部分もあるが、一連の施策によって単身の高齢者の民間賃貸住宅への入居に対する不安要因は大幅に取り除かれたと思われる。
物件管理の原点を思い出させてくれたガイドライン~太田垣 章子氏
太田垣章子:OAG司法書士法人 代表。神戸海星女子学院卒業後、オリックスブルーウェーブの広報として3年間勤務し、退職後、司法書士資格を取得。司法書士事務所に4年半勤務したのち、2006年独立開業。登記業務以外に賃貸トラブルも専門とし、特に賃料滞納による建物明渡訴訟等、賃貸トラブル全般の受託件数は、延べ2,600件を超えている多死社会に突入する日本。そのとき、医療現場はどうなるのだろう。あと15年もすれば、3人に1人が高齢者になるといわれている。現役世代の医者や看護師は、足りるのだろうか。終末期の患者がどっと病院に駆けつけると、一般の医療体制はどうなるのだろう。
そもそもいつ頃から、人は病院で亡くなるようになったのか。少なくとも私の祖母は、家族に囲まれながら自宅で看取られた。初めて身内の死を体験した当時の私は、人の最期を尊いものと感じていた。死は、必ず誰にもやってくる。だが「いつ」やってくるかは、わからない。たまたま家で亡くなることで、家の価値が下落してしまうなら、あまりに悲しいことでもある。
今回の国土交通省が公表した心理的瑕疵ガイドラインで、単純な病死や老衰死は原則告知義務はないとした。つまり心理的瑕疵物件には当たらないという見解を公表したのだ。これで多くの人たちは、ホッとしたのではないだろうか。
自宅で亡くなった物件の売却で、不動産の価格が下がるとなれば、おちおち家に居られなくなる。賃貸物件だって同じだ。高齢者だけでなく、中高年の突然死も少なくない。彼らは、決して家主を困らせようと思っていたわけではない。自分で「死」をコントロールできないだけだ。
あと3年で、6世帯のうち1世帯強が1人世帯となる。誰しもが孤独死のリスクを背負っている。大切なことは、持ち家であろうと、賃貸物件であろうと、一刻でも早く見つけてあげることではないか。
さまざまな「見守り器具」が世に出てきた。センサーで見守るもの、緊急事にボタンを押すもの、ドアの開閉や照明器具で異常を感知するもの。さらには浴槽で心拍と脈拍をとり、異常があると判断したら遠隔から緊急排水するシステムも出てきた。年々進化していることは間違いない。一人住まいのすべての人が、このような見守り器具を利用してもいいくらいだ。
ただ問題なのは、異常を感知したときのアラート先。少子化が進み、親族関係が疎遠になり、24時間365日異常の知らせを受けてくれる身内が少ないのだ。賃貸物件でいえば、管理会社が賃借人にいちばん近い立場にある。管理の原点に戻り、入居者と顔を合わせて関わり合う必要性も求められる。そしてただ単に管理だけでなく、福祉や行政との連携や知識の習得も必要だろう。
物件を管理するということは、入居者の人生にも関わるということ。今回のガイドラインは、その原点を思い出させてくれた気がする。
見直される「告知書」の重要性~高橋 正典氏
高橋 正典:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)など2021年に策定された「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(通称:心理的瑕疵ガイドライン)に対する法的な解釈は既に法律家等により解説されており、ここでは宅建業者の現場での対応、特に売買における影響について触れてみたい。
まず、本ガイドラインにおいて一番画期的であったことは、告知すべき事案についてその宅建業者による告知期間が賃貸借においてのみ「概ね3年間」とされたことだろう。ただし、これはあくまで賃貸借に対するものであり、売買には期間が明記されなかったことから、売買に関わる業務においては、事実上これまでと大きな差は生じていないというのが実情である。これまでも人の死に関して「取引の相手方等の判断に重要な判断を及ぼす」とされるものについては、ほとんどの取引において告知されてきたと考えているが、あえてこのガイドラインがまとめられたことによって、その中で幾度となく記された「告知書」の重要性が周知されることには期待をしている。
不動産取引におけるこの「告知書」では、売主しか知り得ない「過去の雨漏りの有無」や「建物に関する状況」「境界、越境に関すること」から、「近隣との申し合わせ」等々の情報を、買主に購入前に告げるものであり、当然「死に関する事項」もこれに記載すべきものであるが、この「告知書」は多くの売買の取引において、契約時に買主に手渡される場合が多く、購入判断をする時点では入手できないことが多い。
ここで問題になるのは、この告知内容を買主が書面で確認できるタイミングである。
筆者は、人の死に関する告知は現在ほとんどの取引で行われていると書いたが、それは買主が対象物件を見学する際に宅建業者から渡されるリーフレット(販売図面)等に「告知事項有り」との記載がされており、買主からの質問に応じて宅建業者が説明をして契約まで進むという流れになるが、現実には宅建業者によるその説明も、なるべく買主が大事と捉えられないように説明をしようという心理が働く。従って、買主の購入判断に重要な内容であるという性質を考えれば、「告知書」の提供は契約前の段階でされることが望ましいと考える。
また、本ガイドラインに定める通りの説明や対応を行ったとしても、それをもって民事上の責任を回避できるものではないとの記載もあることから、明確な法解釈ができたかのように、判断を委ねるものではないということは知っておくべきだろう。
あくまでも、トラブルの未然防止が主眼であり、宅建業者の更なるモラル向上が問われているといえる。
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