アスベストは防音、断熱、耐火用素材として幅広く活用されていたが…

全面的に使用が禁止されているアスベスト。2021年4月以降、順次強化される飛散防止対策の影響とは?全面的に使用が禁止されているアスベスト。2021年4月以降、順次強化される飛散防止対策の影響とは?

アスベスト(石綿)は極めて細かい天然の鉱物繊維(直径0.02-0.08μm)の総称で、体内に吸い込むと排出されずに長く肺にとどまり、肺の線維化や肺癌、悪性中皮腫(胸膜や腹膜にできる悪性腫瘍)などを引き起こす厄介者だ。

アスベストは「魔法の鉱物」といわれ、長らく断熱用、防音用、保温用に、建物の外壁や屋根、軒裏などに使われる建材として、またビルや公共施設では梁・柱の耐火被覆、機械室の天井・壁の吸音用に吹付け材として1970年代以降使用され続けてきた。安価かつ加工が容易、断熱効果も高かったアスベストだが、2005年6月に「クボタショック」(かつてアスベスト製品を生産していた尼崎市の旧工場近辺で多くの住民が悪性中皮腫を発症した事実が報道され、アスベストと健康被害との関連、その危険性が広く一般に認知されることとなった)を契機に救済措置を定めた法律が制定されて、2006年9月以降はアスベストの使用が全面的に禁止されている。

さて、2021年4月からアスベスト飛散防止についての改正法が施行され飛散防止対策が一段と強化された。今回は全アスベスト含有建材に対象が拡大、アスベスト有無の事前調査についても法律で定めて書面作成と保存が義務付けられることになった。同時に、アスベスト含有建材の“見落とし”を防ぐ目的で作業記録も作成・保存が義務付けられた。規則を守らなかった場合の直接罰(業務改善命令などを経ずに適用される罰則)も定められ、事前調査の結果の報告義務違反には30万円以下の罰金となるほか、届出対象特定工事にかかる除去等の措置の義務違反には懲役刑も設定された。

さらにポイントとなるのは、今回の「大気汚染防止法の一部を改正する法律」によるアスベスト飛散防止対策は、今後順次強化されることが決まっていることだ。2022年4月以降には事前調査結果の報告(床面積の合計が80m2以上の建築物の解体工事、および請負代金の合計額が100万円以上の建築物および対象工作物の改造、補修工事について、アスベスト含有建材の有無にかかわらず、元請業者または自主施工者が事前調査結果を各自治体および所轄の労働基準監督署に報告すること)も義務付けられることになっている。

一方、現状では、アスベストを含む建築物および工作物の市場流通を禁止するような規制は実施されていない。しかし宅建業法では、売主が所有する建物についてアスベスト調査を実施した記録がある場合について、アスベスト使用の有無にかかわらずその結果を買主に説明する義務がある。築年数を経た物件については、アスベスト含有建材の使用有無が対策費用も含めてクローズアップされる可能性があり、必要な調査および調査結果に基づいた適切な対策を講じているかいないかで流通時の価格形成要因や流通そのものの阻害要因になることも想定される。

このようにアスベストの危険性を重視した飛散防止対策は強化され続けていく。それによって今後の不動産流通市場は、果たして何らかの変化やコスト負担を強いられる可能性があるのかないのか、流通市場に詳しい専門家にその対策や今後予想される動きなどについて見解を問う。

※なお、これらの詳細全容については、2021年3月に公表された「建築物等の解体等に係る石綿ばく露防止及び石綿飛散漏えい防止対策徹底マニュアル」を参照されたい。
https://www.env.go.jp/air/asbestos/full001_1.pdf

アスベスト飛散防止対策強化と今後の不動産流通市場への影響~矢部智仁氏

<b>矢部 智仁</b>:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中矢部 智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中

宅建業法の第一条(目的)の条文には「購入者等の利益の保護と宅地及び建物の流通の円滑化とを図ることを目的とする。」と記されており、基調コメントにある「アスベスト調査を実施した記録がある場合について、アスベスト使用の有無にかかわらずその結果を買主に説明する義務」は、法の目的である「購入者等の保護」に照らせば当然に必要な手順だ。したがって「今後の不動産流通市場における何らかの変化やコスト負担を強いられる可能性」についてという問いには、「ある」と答えることになる。

今回の改正大気汚染防止法の中で、とりわけ全アスベスト含有建材に「規制対象建材が拡大」した影響は大きい。環境省が法改正の周知のために行った(説明動画アーカイブもHPで公開されている)説明会のなかで示されていた情報によれば、例えば住宅(戸建住宅)では、新たに規制の対象となった石綿含有成形板等にあたるものとして、窯業系サイディング、化粧用スレート、ビニル床タイル、フロアシート(長尺塩ビシート等)、石膏ボードなどの建材名が示されている。

住宅市場の大きな潮流の一つであるストック&リノベーション事業や、建て替えによる新築工事請負の際、解体に伴う上記のような建材等の除去はついてまわるものであり、事前調査などの「手続き」や工事記録の作成・保全等、これまでになかった手順が事業者に求められることになる。また中古+リノベーションの場合は、施工後に残っているか否かに関する説明が必要になる可能性もあり得る。そう考えると、買取再販を行う売主事業者、販売に関わる流通事業者のいずれにとっても収集すべき情報、説明すべき情報が増えることになるのは自然な流れだ。

とりわけ仲介会社はその機能、立ち位置から難しい判断を迫られることになるかもしれない。例えば、現況で購入後に買主が自ら施主となりリフォームを施すことを目的とした売買に携わる場合。もし仲介会社がそうした買主の目的を「あらかじめ」知りながら使用調査の記録がないことを理由に説明せずに取引を進めたとして、あとから買主(施主)が工事に着手した際にアスベスト建材の除去コスト(時間、費用、手続き等)の発生があったことを契機に購入時に遡って説明不足を指摘してくる可能性も残る。こうした展開は仲介会社にとっては小さくないリスクだ。一方、売主に事前調査を促すことは売却価格や期間の期待(高値、想定期限内)を裏切る結果を招く可能性もあり、積極的な助言や提案をしにくい調査依頼ともいえる。

インスペクションサービスの普及が進まない状況と同じ背景を抱えることになりそうだが、アスベスト調査に関わる助言、調査提案においては「誰のため、何のため」にやるのかという本質的な問いに向き合い、「購入者等の保護」という宅建業法の目的に従う姿勢が必要になるだろう。

説明すべき項目や説明のための事前調査工数が増えることは仲介会社や売主不動産会社にとって、決して小さな負担ではない。また、先述のような仲介会社にとってのジレンマも悩ましい。しかし、説明不足訴求に対するリスクヘッジ方法がない中では「今後の不動産流通市場における何らかの変化やコスト負担」を相応に負うことになるのではと考える。

アスベスト飛散防止対策強化が賃貸業界に与える影響~谷崎憲一氏

<b>公益社団法人 東京共同住宅協会会長 谷崎 憲一</b>:昭和44年の創立以来、民間賃貸住宅経営者・入居者を支援しつづけている内閣府所管の公益団体東京共同住宅協会にて会長を務める。円滑な賃貸市場構築の為、賃貸経営者が抱える様々な問題の解決機関として、相談会やセミナーなど積極的な公益活動に携わっている。他、公益社団法人全国賃貸住宅経営者協会連合会副会長、NPO法人賃貸経営110番顧問を務める公益社団法人 東京共同住宅協会会長 谷崎 憲一:昭和44年の創立以来、民間賃貸住宅経営者・入居者を支援しつづけている内閣府所管の公益団体東京共同住宅協会にて会長を務める。円滑な賃貸市場構築の為、賃貸経営者が抱える様々な問題の解決機関として、相談会やセミナーなど積極的な公益活動に携わっている。他、公益社団法人全国賃貸住宅経営者協会連合会副会長、NPO法人賃貸経営110番顧問を務める

大家さんの団体である公益社団法人東京共同住宅協会にも、環境省及び東京都より、アスベスト対策に関する研修会の案内や周知依頼などがあった。東京共同住宅協会では、日常の不動産管理に関する相談や建物の耐震化推進、土地活用情報の発信やセミナーなどを行っているが、ここ数年の賃貸業界の動きを振り返ると、やはり新型コロナに翻弄された点が大きい。新型コロナの影響による賃貸業界の構造的な変化は、アスベスト問題とも絡み微妙に建築物価にも波及するので、その辺りを説明させていただく。

コロナ禍による日常生活と働き方の変化は「住まい方」のニーズ、「働き方」のニーズの変化に繋がった。すなわち、在宅勤務(テレワーク)の普及だ。賃貸住宅においては、収納スペースや書斎・ワークスペースの充実、在宅時間の拡大によるキッチン・お風呂・洗面所・ごみスペースの充実など、間取りや設備から、セキュリティなど管理体制にまでニーズの変化があった。

オフィス・店舗についても、コロナダメージによる撤退やダウンサイジングの動きにより、賃貸経営者にとって空室率の増加とともに新しいビル経営スタイルを模索する必要性が出てきた。そこで、リノベーションや建て替えなどのアップグレードやリセットに焦点が当たることになる。

賃貸経営をする大家さんは、日頃のメンテナンス、修繕、原状回復、大規模修繕など頭の痛い出費にいつも悩まされており、建築物価にはとても敏感である。今回の規制強化によって、石綿含有の内外装材全般が特定建築材料と定義され、従来の大規模施設等解体時のみの適用から、小規模賃貸(一般)住宅まで規制対象が広がった。今までに増して、建物解体、大規模修繕などの施工費上昇、建築物価上昇への懸念は避けられそうにない。

また日本の建築業界は、建築資材などを輸入に頼っている側面もあり、世界の貿易構造(流通構造)の大きな変革により、半導体不足や原油の高騰、そして「ウッドショック」といわれる木材の高騰など、素材不足の影響で立て続けに厳しい状況となっている。

このように不動産・建築業界は、アスベスト問題に加えて、木材のみならず銅や鉄鋼、建築向けのガラス製品、諸設備までも値上がりする動きが相次いでおり、消費回復に水を差しかねない状況が懸念される。

東京五輪が終わった後は、建築需要も沈静化し、建築物価が下がるだろうと予想していた方々の予想は大きく外れた。資材高騰と職人不足などにより、2022年は賃貸経営をする私たちにとって厳しい年になりそうだ。

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