カーボンニュートラルとはCO2排出量と吸収量を均衡させて差し引きゼロにすること

2020年10月、臨時国会の所信表明演説で菅義偉首相(当時)は「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言した。

「排出を全体としてゼロ」にするとは、CO2などの温室効果ガスの排出量から、森林などによる吸収量を差し引いた合計をゼロにするという意味だ。2050年というと今から約30年後、目標を達成するには多くの時間がかかるということだが、実際にどのようなロードマップをたどれば達成することができるのだろうか。

温室効果ガスというと石油や石炭を燃やすことで発生するCO2がイメージされるが、メタンガスが15%程度、N2O(一酸化二窒素)とフロンガスなども8%程度ある。特にN2Oはオゾン層の破壊物質で残存期間(寿命)も121年と極めて長く、このまま放置すれば2050年までに倍増するともいわれている。これらの温室効果ガスが熱波、干ばつ、大雨による洪水などの自然災害の激甚化、高温による食糧減産、生態系への悪影響などを引き起こすことになるから、まさに対策は待ったなしといわなければならない。

翻って、住宅産業においてカーボンニュートラルを実現するためにできることは何か。
国土交通省は、① 2030年時点で新たに建築される住宅についてはZEH・ZEB(※1)省エネ性能が確保され、新築戸建住宅の6割に太陽光発電設備が導入されている状況を想定しており、② 2050年にはストックも含めてZEH・ZEB省エネ性能が確保され、導入が合理的な住宅・建築物において太陽光発電設備等の再生可能エネルギーの導入が一般的となることを目標としている。
また、これらの目標を達成するため、住宅などの省エネ性能の底上げを図るべく、2025年度に省エネ基準への適合義務化などを求めている。

これらの取組みが実現可能な目標として周知されるかは、まさに今後の告知活動によるところが大きいが、ハードルは決して低くないのが現状だ。

日本の温室効果ガス排出量は、2013年度の約14.1億トンをピークに徐々に減少しており、2019年度においては約12.1億トンだ。1990年度以降最小値であるにもかかわらず、14%程度しか削減できていない。ここから、建物の省エネ性能の向上や再生可能エネルギーの導入拡大、吸収材である木材の利用拡大を推進するだけでは、2050年にカーボンニュートラルを達成できるとは到底想定できない。

というのも、同じく2019年度の吸収源活動による吸収量(京都議定書ベース)は4,590万トンで、排出量の僅か3.8%に過ぎないからだ。この差を今後30年ほどで埋めるためには、単純計算で現在の排出量を26分の1以下にしなければならない。
このような極めて高いハードルを越えて、2050年にカーボンニュートラルを達成するためには、どのような経済活動、消費行動、生活をすれば良いのか、各分野の有識者に意見を聞いた。

2019年度の温室効果ガス排出量は1990年度以降で最小値となったが、それでもなおカーボンニュートラルの実現には、排出量を26分の1以下にする必要がある2019年度の温室効果ガス排出量は1990年度以降で最小値となったが、それでもなおカーボンニュートラルの実現には、排出量を26分の1以下にする必要がある

※1 net Zero Energy House/ net Zero Energy Buildingの略
   ともにエネルギー消費量を様々な手段を用いて削減し、年間の一次エネルギー消費量が正味(ネット)でゼロまたは概ねゼロとなる建築物のこと

※2 経済産業省「脱炭素社会に向けた住宅・建築物における省エネ対策等のあり方・進め方の概要」参照
   https://www.meti.go.jp/press/2021/08/20210823001/20210823001-1.pdf

産業活動と住まいの位置づけを明確にしてきめ細かい施策を~田村 修氏

<b>田村 修</b>:株式会社不動産経済研究所 取締役編集事業本部長。1960年生まれ。青森県出身。出版社勤務などを経て、1985年4月に㈱不動産経済研究所入社。日刊不動産経済通信の記者として不動産関連業界や行政を取材。総合不動産会社やマンションデベロッパー、不動産仲介会社、マンション管理会社、ハウスメーカー、大手ゼネコン、Jリート、アセットマネジメント会社、国土交通省、内閣府などを担当。2008年2月日刊不動産経済通信編集長、2015年5月取締役編集・事業企画部門統轄。2017年2月取締役編集事業本部長。2019年2月日刊不動産経済通信編集長兼任田村 修:株式会社不動産経済研究所 取締役編集事業本部長。1960年生まれ。青森県出身。出版社勤務などを経て、1985年4月に㈱不動産経済研究所入社。日刊不動産経済通信の記者として不動産関連業界や行政を取材。総合不動産会社やマンションデベロッパー、不動産仲介会社、マンション管理会社、ハウスメーカー、大手ゼネコン、Jリート、アセットマネジメント会社、国土交通省、内閣府などを担当。2008年2月日刊不動産経済通信編集長、2015年5月取締役編集・事業企画部門統轄。2017年2月取締役編集事業本部長。2019年2月日刊不動産経済通信編集長兼任

脱炭素社会の実現は、人間の意識や活動、生活を変えていかなければ達成できない課題だ。太陽光発電などの再生エネルギーの導入やグリーンエネルギーなどの購入、省エネ設備の採用、木材の利用拡大など、形式による取組みを推進するだけでは難しい。しかし、脱炭素化に取組まなければ地球温暖化はますます進み、気候変動による自然災害の激甚化や環境の変化によって我々の生活が脅かされ、人類の存続自体が危うくなる。個々人が自分の課題として取組まなければならない。そのためには住宅の脱炭素化は非常に重要だ。

住宅分野での脱炭素化には大きく分けて二つの課題がある。一つは産業活動としての新たな開発や新規供給における取組み。もう一つは今ある住まいでどう対応していくかという問題だ。前者については、省エネ基準への適合義務化が検討されており、高い省エネ性能を持つZEHやZEH―Mを新築住宅の標準にしていくことになる。ただし、一戸建てとマンションでは省エネ化に要するコストが違うし、都市部と地方など地域によっても省エネ化への取組み方は異なる。太陽光発電パネルの設置は長い日照時間を確保できる立地にある一戸建てには適しているが、都市部や日照時間が短い地域、マンションには向いていない。

開発段階では、大規模なマンションや超高層マンションの建設は中小規模のマンションや一戸建てより多くのCO2を排出し、環境負荷が大きい。一方で持続可能性の高い社会にしていくためには、コンパクトシティを形成していくことが求められ、その観点では、駅前や駅至近で容積率を効率的に使った大規模な超高層マンションを開発することの必要性はある。新築住宅については、今後も一定量の供給が続くマンションを建設するときのCO2排出量を抑制するための工法や技術、省エネ設備などの開発が急務だ。

ただし、新築住宅の供給は減少傾向にあり、政策の効果は限られている。膨大なストックが積み上がっている既存住宅の省エネ化を進めなければ住宅の脱炭素化は実現できない。空調効率を高めるための大がかりな省エネ改修や省エネ設備への入れ換え、再生可能エネルギーの活用などによってストックの更新を図らなければならない。しかし、住んでいる人たちに新たなコスト負担を要請する政策は現実的ではない。何らかのインセンティブがなければストックの省エネ化は進まないだろう。新築と同様、マンションと一戸建ての違いがあるし、地域差もある。

住宅の脱炭素化を実現するためには、新築住宅を供給する産業活動と住まいを分けて、脱炭素化に向けた両者の位置づけを明確にする必要がある。住まいは文化だ。どんな生活を送るか、どのように維持管理していくかという文脈の中できめ細かい施策を打ち出していくしかない。

「意識の醸成」「ハード整備」「ソフト整備」を同時に、継続的に積層させること~矢部 智仁氏

<b>矢部智仁</b>:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中。
矢部智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中。

「住宅産業においてカーボンニュートラルを実現するためにできることは何か」、「極めて高いハードルを越えて、どのような経済活動、消費行動、生活をすれば良いのか」という問いはかなりの難問だ。

この対処は、例えるなら、過去の日本における公害問題や都市部のゴミ問題など「大きな社会問題」を克服してきたのと同様、「意識の醸成」「ハード整備」「ソフト整備」が同時進行的、積層的かつ継続的に進められることで初めて成果を生み出すものだと考える。

住宅産業、住生活におけるカーボンニュートラルの実現についても、生活者の行動変化、起業者の事業領域のシフト、それを支えるルールや環境変化の相乗効果によって成されるものであり、それぞれ置き換えてみると「生活者の啓発」「既存ストックの性能向上」「再生可能エネルギーの自家利用転換促進」といったあたりが挙げられそうだ。

1. 意識の醸成。「住教育」の実践

生活者の行動変化を促すことはなかなか難しい。「住宅における良好な温熱環境実現推進フォーラム」という業界、消費者双方に向けた性能向上の普及啓発活動に携わってきた経験から、経済的利益や健康維持効果を「頭ではわかっても、慣れていることをやめない」のが消費者行動の特徴である。

それを変えることができるのは「住教育」の継続で、高性能な住宅での暮らしが「当たり前」だと認識するための学習期間を長くとることが必要だ。顕在化した需要層(=目前の顧客)へのにわか仕込みの情報提供ではなく、例えば初等教育から経済的利益や健康維持効果について学ぶ機会を与えるといった方法が必要だと考える。付け加えるなら、こうした教育機会の提供は将来の自らの商機の醸成かつ社会貢献活動の一環として、建築技術を持った住生活支援サービス業の取り組むべき活動でもある。

2. ハード整備。事業者の転換(建設業からサービス業へ)

ハード整備、すなわち住宅の性能向上はカーボンニュートラル実現の大前提である。新築事業では設定が見込まれる等級5の実現、さらに等級6、7を目指す取組みは「当然」として、それ以上に住宅分野のカーボンニュートラル実現に影響が大きいのは既存建物の性能向上である。それには業界自体がまず断熱改修を有望市場に育てるという意識改革をすることが必要だ。

最近、大手不動産会社系リフォーム事業者から、それまでの美観や機能のアップデートを「そっくり」と訴求する切り口に加え、「断熱」「エコ」という具体的な訴求がされているのを目にした。断熱改修によるエコや健康の実現を全面に打ち出しても顧客獲得効果がなかった市場で、大手事業者によるこうした「認知拡大」活動はこの後の市場形成に大きなインパクトとなるはずだ。以降、他事業者の追随を期待したい。

3. ソフト整備。マイクログリッド構築

国土交通省が示す、もう一つのハード整備方針① 2030年時点での新築戸建住宅の6割に太陽光発電設備導入、② 2050年にはストックも含め導入が合理的な住宅・建築物において太陽光発電設備等の再生可能エネルギーの導入が一般的に、が実現すれば、地域に「電源」が集積した状態が生まれることになる。

地域に「電源」が誕生する以上、従来の大発電所から遠隔の各地域へと送電、供給する大規模集中型ではなく、「分散」「自立」とその「連携」というコンパクトシティ構想における地域のあり方に沿った構造にしてゆくことは自然だと考える。地域(ブロック)単位で太陽光、燃料電池コージェネレーションなどが住宅に装着され、それら地域電源をもとに蓄電と送電を近距離の地域内で賄うマイクログリッド構造にすることで、高コストな発送電施設利用の必要性も下がり、その分、社会的コスト按分も低下することがインセンティブとなり、先述①②施策の実現を「後押し」する基盤となるのではないか。このような「環境整備」もまたソフト整備の一環として重要だと考える。

<b>矢部智仁</b>:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中。
屋根にソーラーパネルが設置された住宅地

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