商業地は下落率が拡大、対照的に住宅地は下落率が縮小という結果に
9月21日、2021年の基準地価が公表された。春と秋、毎年2回公表される公の地価調査だが、3月の公示地価は国が調査主体となって、全国2万6,000地点(福島県内の7地点で休止)の地価を不動産鑑定士2名以上が算定した結果を各自治体の鑑定委員会が国土交通省に送り、国交省地価調査課が最終的に取りまとめて公表している。
これに対して、9月の基準地価は正式名称「都道府県地価調査」の通り調査主体は都道府県で、1地点につき1名以上の不動産鑑定士が算定し、公示地価よりも若干少ない2万1,443地点(13地点で休止)の調査ながら、各自治体が調査するため郊外および地方圏の調査地点数が多いという特徴がある。公示地と基準地で全く同じ地点を調査しているケースもあれば異なるケースもあり、調査主体である国(国交省の土地鑑定委員会)および各自治体が独自に選定している。
コロナ禍で2回目となる基準地価は、全国的には用途別全平均で-0.4%と2年連続で下落し、特に商業地の下落が強調されている。住宅地は市街地中心部などで持ち直し始めており、コロナ禍においても堅調な住宅需要に支えられる状況がうかがえる。
商業地は繰り返される緊急事態宣言の発出で飲食店が大きな打撃を受けていること、テレワークの進捗・定着によってオフィス需要も軟調に推移していることなどにより、全国平均で-0.5%と0.2ポイント下落率が拡大した。
これに対して住宅地は、東京圏(+0.1%)、名古屋圏(+0.3%)で下落から上昇に転じ、大阪圏(-0.3%)では下落率が縮小していずれも持ち直し始めていることが明らかになった。コロナ禍で住み替えを検討するユーザーが増加しているなかで売り物件は減少しており、需給がタイトになっていることも住宅地価上昇の一因と考えられている。
足元では、コロナ禍でも株価推移が至って堅調であることから株式市場で得た利益を不動産に付け替える動きが顕在化しており、今後収益物件やオフィスを中心に価格が持ち直す可能性が指摘されている。またコロナ次第ではあるものの、海外の機関投資家も確実に収益が見込める日本のマーケットに常に注目しており、今後大きな感染拡大が発生しなければ、実需不動産の動きにも近い将来波及してくることも考えられる。
従来の資産価値重視を背景とした市街地中心部での買いが地価を支えることになるのか、それともテレワークの影響によって居住快適性や生活のゆとりを重視した地方圏および都市圏郊外エリアでの住宅購入が地価上昇の契機となるのか、今後の地価動向について市況に詳しい専門家の意見を聞く。
2021年都道府県地価調査が示唆するもの~中川雅之氏
中川雅之:1984年京都大学経済学部卒業。同年建設省入省後、大阪大学社会経済研究所助教授、国土交通省都市開発融資推進官などを経て、2004年から日本大学経済学部教授。専門は都市経済学と公共経済学で、主な著書等に「都市住宅政策の経済分析」(2003年度日経・経済図書文化賞)、「放棄された建物:経済学的な視点」(2014年学会賞・論文賞)がある都道府県地価調査の結果が先日発表された。全国平均では、住宅地が-0.5%、商業地でも-0.5%という結果であった。しかし住宅地については、2019年-0.1%、2020年-0.7%というトレンドを考慮すれば、コロナ禍がもたらしたショックがやや緩和されたような印象を受ける。一方で商業地については、2019年+1.7%、2020年-0.3%というトレンドを考慮すれば、コロナ禍がもたらしたショックがまだ大きな影響を与えていることをうかがわせる結果になっている。
実際に住宅地においては、2020年と2021年を比較した場合に、2021年のほうが下落幅が大きくなった、または上昇幅が小さくなった都道府県は山形、広島、香川、沖縄の4県にとどまる一方で、商業地では上昇した都道府県が19に過ぎず大きな違いが生じている。このような結果の相違をどのように受け止めるべきであろうか。それは、地価の変動をコロナ禍という一時的なショックがもたらすものととらえるか、コロナ禍を背景とした業務プロセスやライフスタイルの変更に伴うものととらえるのかという立場によって大きく異なる。
今回の地価への影響は前者、つまりコロナ禍という一時的なショックの影響が強いと考える方が、都道府県地価調査の結果と整合的ではないだろうか。つまり、住宅需要は「人がどこかに住まなければならない」ため必需的であり、価格のみならず他のショックに対しても相対的に非弾力的だと考えられる。一方、ビジネスによる付加価値生産は所得が低くなること自体は一時的に受け入れることは可能であるし、政府のさまざまな補填によってそれを一時的にストップさせることは(大きな痛みを伴うものの)できないことではない。実際に自粛要請等の政策の影響もあり、経済活動は大きく縮小した。今回の住宅地と商業地の価格変動の差は、コロナ禍というショックへの感応度によってある程度説明できるのではないか。
私と複数の研究者で昨年秋に行った分析は2020年の都道府県地価調査を用いてどのような特徴を持つ地域で地価の変化が起きているかを分析している。その結果東京都の商業系のみの基準地で、宿泊飲食サービス事業所割合が高い地域で大きな地価下落がおきていることが統計的にも有意に推定できた(※1)
それでは今後どのような地価の動きがみられるのだろうか。まず、ワクチンの普及、治療薬の開発などに伴って、コロナ禍による一時的なショックの影響は次第に剥落していくものと考えることが妥当だろう。しかし、その後も残り続けるのは、コロナ禍という強制的に行われた実験の結果、普及しようとしている業務プロセス、ライフスタイルの変化である。テレワークとそれがもたらす生活様式の変化は、中長期的な影響をもたらす可能性がある。これらは、都心の一企業あたりのオフィス床面積を低下させる可能性があるが、逆に余裕のあるオフィス空間への需要、都心への新規参入企業の増大、通勤を回避したい都心居住需要などに相殺されるため、その方向性を見定めることは難しい。
一方、都心部の飲食、娯楽などの商業需要は、毎日多くの就業者が都心に通勤することを前提として成立していた、必ずしも特別の付加価値のない店舗は、コロナ禍というショックから回復した後も厳しい状態が続くのではないだろうか。都心は付加価値生産活動の拠点と大都市だからこそ提供できるサービスの拠点として、郊外は住むだけではなくサテライトオフィスなどでの業務の遂行、地域の人とのインタラクションなど複合的な機能を有するところとして、都市構造は変化していくのではないだろうか。
※1:https://www.eco.nihon-u.ac.jp/research/nupri/DP/nupriDP202001.pdf
区部住宅地の上昇は限定的~田中歩氏
田中 歩:さくら事務所不動産コンサルタント。信託銀行にて企業不動産・相続不動産などを切り口に不動産売買・活用・ファイナンスなどの業務に17年間従事。その後独立し、ライフシミュレーション付き住宅購入サポート、ホームインスペクション(住宅診断)付き住宅売買コンサルティング仲介などを提供。2014年11月から個人向け不動産コンサルティング会社「さくら事務所」に参画2021年の一都三県における基準地価変動率(市街化区域に存する住居用途)は筆者の調べによると、東京都0.26%(前年0.25%)、神奈川県0.01%(同▲0.7%)、埼玉県0.09%(同▲0.15%)、千葉県0.45%(同0.05%)と、東京都は上昇率が横ばい、神奈川県と埼玉県は下落から上昇へ、千葉県は上昇率アップといった結果となった。
しかし、これらの数値は、「平均値」であり、これらを地図上で見たときの印象とは大きく異なる可能性がある。そこで、一都三県の市街化区域に存する住宅用途の基準地価について、2021年7月1日時点および2020年7月1日時点それぞれの価格に対する前年比変動率について調べてみた。
2021年7月1日時点および2020年7月1日時点それぞれの価格に対する前年比変動率を地図上にプロットした結果は以下の通りである。
この地図の下にあるスケールは変動率(0.02ならば2%の上昇)を示している。この地図を見てわかるように、2020年の基準地価は都心部を中心に価格が上昇している箇所が多くなっているが、今年は中心部ではなく周辺郊外に分散していることが見て取れる。
エリア別で見ると、千葉県だと市川から船橋にかけてのエリアと木更津エリア、神奈川県は横浜駅近郊エリア、相模原および大和エリアと南武線沿線、埼玉県は浦和、川口、戸田エリアといった、都心部へのアクセスが比較的よい周辺エリアの価格上昇が目立っている。また、上昇に転じてはいないものの、下落が止まった地域として目立つのが東京都の青梅エリアとなっている。
一方で下がったエリアは、先の青梅エリアを除けば大きな変化はなかった。具体的には三浦半島(京浜急行線京急久里浜駅~三崎口駅、追浜駅~浦賀駅、横須賀線衣笠駅)、神奈川県西部(東海道線平塚駅~二宮駅、小田急線本厚木駅~秦野駅)、野田市(東武野田線野田市駅~七光台駅)などの下落率が顕著となっている。
なお、前年比2.5%超の上昇を見せた地点の最寄り駅からの距離は約919m、前年比▲2.5%未満の下落となった地点の平均は3,245mとなっていた。
コロナ禍に伴うリモートワークの進展もあってか、都心部より周辺部の人気が高まった結果が今回の基準地価変動においても見て取れる。ただし、郊外ならば何でもよいということではなく、都心部への交通アクセス、最寄り駅への距離といった要素は依然として価格に大きく影響しているようであり、今後もこのような傾向が続くのではないかと考えている。
一戸建ての用地価格の上昇が首都圏郊外に及ぶが、地方への波及は限定的~北川友理氏
テレワークの普及と定着によるニューノーマルな暮らし(新生活様式)が、首都圏の戸建て住宅市場を牽引する。コロナ禍でテレワークが普及し、通勤時間は大きな問題ではなくなった。家族全員の在宅時間が伸びたことで感染症対策や住環境、電気代の節約などへの関心が大いに高まった。影響を最も大きく受けたのは、首都圏の郊外だ。前提となるテレワークは、地域によって普及率に大きな差がある。ある研究機関の発表によると、今年3月時点での実施率は、首都圏が約40%、関西が25%で、愛知県と東名阪以外の地方は約20%にとどまる。年収別でも差が大きく、800万円以上は5割を超えるのに対し、200万~400万円未満は約2割にとどまる。テレワークは首都圏を中心とした三大都市圏の高収入世帯で浸透している。
東京圏の住宅地は、今年の都道府県地価調査によると前年の782地点を上回る887地点で上昇し、下落は前年比454地点減の748地点となった。住宅事業者にとっては、販売状況が好調な一方で、開発用地の不足と用地取得価格の上昇が進んでいる。販売価格も上がり続けるが、購買意欲にストップをかけるほどではない。依然として売れ続け、用地取得と建設が追い付かない。
ある中堅企業では、さいたま市の人気地域(浦和など)は用地不足が特に深刻で取得価格も1~2割増したという。ウッドショックも加わって、一戸建て分譲住宅の販売価格はコロナ前と比べ総額で約1割以上上がることもあるが、それでも早期に完売していく。首都圏の家族向け新築マンションの平均価格は6,000万円を超えているため、上昇しても割安感がある。テレワーク環境では、当初検討した地域で買えないならより郊外で探そうとなり、開発地域もより郊外へ向く。
焦点は、郊外志向がどこまで広がるかだ。事業者側は開発範囲を模索してきた。ある大手ハウスメーカーは、「東は印西市か成田市、西は小田急線の本厚木駅周辺、北はJR高崎線の桶川駅、東武東上線の若葉駅あたり」とみている。千葉ニュータウン(千葉県印西市)や東京・多摩地域の一昔前の相場では、5,000万円台の一戸建て分譲は比較的高い部類だった。しかし大手ハウスメーカーが今年発売した開発物件は、この価格帯かそれ以上が相場となった。23区内への電車通勤は1時間ほどで、コロナ後に毎日出社することになっても許容範囲内だ。一方、より23区から遠い埼玉県羽生市、千葉県市原市などは一時期期待されたものの、目立った価格の伸びはない。
コロナで厳しくなった地域もある。前出の大手ハウスメーカーの事例では、北関東地域の販売が苦戦した。コロナ前は、一戸建て分譲の建物価格が2,500万円ほどで堅調に売れていたが、より安い価格帯のビルダーに押されるようになった。地方は三大都市圏よりコロナ7業種(※2)や中小企業の占める比率が高く、経済的な打撃も大きい。購買力と意欲が低下し住宅性能より低価格を重視する人が増えたことが一因で、同社はこの地域での戦略を見直す方針だ。ニューノーマルによる住宅需要の恩恵を受けた地域は、首都圏を中心とした三大都市圏とその郊外にとどまる。この地域は大手企業が多く、コロナの影響も比較的少ない。一方、恩恵が及ばなかった地方の大部分は、コロナによる打撃が大きい地域でもある。三大都市圏及びその郊外と、地方における住宅市場の購買力と意欲の差は今後より大きくなり、事業者側の戦略も必要になる。今後の地価は、首都圏で引き続き上昇するだろうし、名古屋と関西圏及びその郊外も伸びしろがある。地方は、大規模な再開発が進む一部の中核都市などを除き、横ばいか下落となる見込みだ。
※2 コロナ7業種:陸運業、⼩売業、宿泊業、飲⾷サービス業、⽣活関連サービス業、娯楽業、医療福祉を指す。岡三グローバル・リサーチ・センター理事長 エグゼクティブエコノミスト 高田創氏による定義
北川友理:不動産業界専門紙「日刊不動産経済通信」記者。京都市出身。1987年10月生。地方新聞記者を経て、2018年に不動産経済研究所入社。以降ハウスメーカー担当
今後の地価動向は経済活動の回復状況に従う~矢部智仁氏
矢部智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中。
「当たり前」感しか残らないタイトルをつけてしまったが、地価はどのような要素で形成されるかを考えればこのような書き方になる。
地価形成についての論理的な理解としては、地代理論(土地利用によって得られる利潤の大きさによって形成される)、さらに土地が「取引対象」となったことに由来する地価理論(土地取得の際の競争における付け値の大きさによって形成される)という考え方がある。その考え方は、「不動産鑑定評価基準(国土交通省)」にも「不動産の価格は、一般に(1)その不動産に対してわれわれが認める効用(2)その不動産の相対的稀少性(3)その不動産に対する有効需要の三者の相関結合によって生ずる不動産の経済価値を、貨幣額をもって表示したもの」と示され、地価公示や都道府県地価にも反映されていることがわかる。
土地利用にゾーニングによる制約があることを考えると、土地自体が生み出す「効用」を利活用の更新や多様化で高めて地価を更新するには時間がかかる。短期的でリニアな価格変動は相対的希少性や有効需要によって、つまりその土地を使うことでより大きな(あるいは新たな)利潤を得たいという「動機」と、より高い利潤を期待できる希少性(優位性)のある土地を得たいという「動機」によって形成される側面が強いものと考えられる。例えば、用途別に見ると工業地の地価は微かな上昇傾向をみせている。この動きには周知の通りEC取引拡大を受けた交通結節点(高速道路、港湾近隣)などでの物流施設需要の高まりが背景にあり、まさに相対的希少性や有効需要の高まりによる地価の更新の顕著な例と言える。
冒頭の”「当たり前」感しか残らないタイトル”にした理由は、商業地や住宅地の地価動向も、同様に(家計、企業によるが)将来をどう見立てるかによって変わるということだ。
家計や企業による経済活動の先行き、つまり「動機」の先行きを探る先行指標にはさまざまなものが挙げられる。例えば、景気動向全般の先行指標の一つであるTOPIX(東証株価指数)を1年スパンで見ると、堅調な推移を示している。また、実物不動産売買市場の先行指標的な機能の一つとされるJ-REIT取引価格指数の推移も、1年あるいは5年以内のスパンで見れば住宅、オフィスとも堅調な推移となっている(さすがにホテルは直近の下落傾向が大きいが)。こうした状況から、企業業績や金融商品としての不動産取引が実際の不動産取引や地価に大きな変動をもたらす要素は少なそうだ。
さらに、もう少し実需に近いところで「先行き」を探る指標として「消費動向調査(内閣府)」の結果を見ると、消費者マインドの基調として「依然として厳しいものの、持ち直しの動きが続いている」とされており、消費者態度指数を構成する消費者意識指標(暮らし向き、収入の増え方、雇用環境、耐久消費財の買い時判断)のすべての指標で「上向き」となっている(注:もっとも、各指標の回答構成は「変わらない」「やや悪くなる」が多いことからも、消費者マインドが現状を好ましい状況と捉えているわけではない)。
いずれにしても、今以上に景況感が悪化し需要が縮小するような先行きを示唆する情報とは言えず、結果として「地価の動向」としては現在の傾向(横ばい、微かな低下傾向)が緩やかに続くものと考える。
冒頭の基調記事にあった「従来の資産価値重視を背景とした市街地中心部での買いが地価を支えることになるのか、それともテレワークの影響によって居住快適性や生活のゆとりを重視した地方圏および都市圏郊外エリアでの住宅購入が地価上昇の契機となるのか」という問いについては、テレワーク需要のようなことが短期的なトピックスとして個々の取引に変動を与えたとしても、(量的に)地価の変動につながるメインストリーム的な需要動向になるとは考えにくい。
やはり地価を動かす大きな要素としては、コロナ騒動で縮小・停滞した経済活動の再開と活動水準の回復程度が不動産取引そして地価の変動方向(上向きか、横ばいかなど)とその変動幅を決めることになると考える。
公開日:




