ウッドショックはサプライチェーンの脆弱性が原因の構造的問題
2021年3月頃からウッドショックという言葉が頻繁に聞かれるようになった。
ウッドショックは、主に木造住宅に使用される柱や梁用の木材の供給が逼迫することで起こった「木材価格の高騰・急騰」を示す言葉である。海外からの輸入に多くを依存する木材は、世界的な需要の高まりに影響され、市場価格が高騰。もはや従来の価格では輸入できないという状況になり、現状の想定価格では住宅が建設できなくなる可能性が出てきた。日本の木材自給率はここ数年わずかに上昇しているが、それでも2019年時点で37.8%にとどまっており、輸入材高騰の影響は避けられない。
日本は世界有数の“木材輸入大国”であり、輸入は高度成長期の1960年代から本格化している。安価な輸入木材に頼るようになると国産木材の需要は年々減少し、1980年代には自給率が30%程度に、2000年には当時の木材需要約1億m3に対して自給率はわずか18.2%にまで縮小している。その後、人工林の形成や合板で国産の間伐材を積極的に利用し始めたため、2015年以降は30%超の自給率にようやく回復してきたところだった。
海外からの輸入材は「欧州材」を例にとると、2021年3月に3万5,000円/m3前後だった価格が、6月に8万円/m3に急騰し、今後の輸入分については14~15万円/m3まで上昇するというから、わずか半年足らずで4倍という驚異的な価格上昇が発生することになる。
実は、日本国内の山林は約2,505万haと、国土の約67%を占めており、天然林と人工林だけで約76億m3もの木材資源がある。これだけの資源がありながら輸入木材に頼らざるを得ないのは、日本の林業の深刻な労働力不足があるためだ。国産材の生産が減少するとともに山村での過疎化、高齢化が進んだことで、木材自給率の低下に拍車がかかったともいえる。林野庁によると、1980年に約14.6万人だった国内の林業従事者数は、2015年には約4.5万人と35年で7割減という状況。高齢化率(65歳以上の割合)は25%と、全産業平均13%の約2倍に達する。
世界的に木材需要が回復するとともに資源ナショナリズムも高まっており、輸入材は将来にわたって安定的に確保できる状況にない。むしろウッドショックを契機として、価格高騰が常態化するとも指摘されており、住宅価格にも影響が出てくる可能性が高い。換言すれば、ウッドショックは長年にわたって安価な海外からの木材に頼っていた建築や土木などの産業構造がもたらしたものと見ることができるだろう。
これらの問題を解決するには、輸入木材の価格の安定が必要となることは明白だが、それはいつ頃になるのか、また住宅価格への影響はどの程度あるのか、国内の住宅需要に詳しい有識者に見解を聞く。
広がる木材不足の余波、調達合理化が急務に~平松 健一郎氏
平松 健一郎:株式会社不動産経済研究所、日刊不動産経済通信編集部チーフ・記者。横浜市中区出身、東京都江東区在住。出版社、新聞社などでの勤務を経て18年から現職。3・11後は東北の被災地で震災復興の取材に没頭し、現在は国内外の大手不動産・金融各社の取材を担当する。趣味は25年続けているジョギングと、世界の僻地を巡るバックパック旅行木材の需給が逼迫する「ウッドショック」が一戸建て市場を揺らしている。コロナ禍で停滞していた米国の経済が再始動し、現地の住宅需要が急騰。欧州や北米の木材が米国に吸い寄せられ、世界的なコンテナ不足も相まって春先から日本に木材が入りにくくなった。秋口になっても国内の流通価格は高止まりが続く。日本の木材自給率は約4割で過半を輸入材に頼る。住宅用の木材を自国で賄う体制が弱いことも、今回のような非常時に住宅各社が慌てる要因になった。
輸入材不足の余波で国産材の価格は春先から上昇を続けてきた。農林水産省の木材流通統計調査によると、9月の丸太価格は杉が前年同月比2.4倍、檜は2.9倍の水準だ。木材の使用量で差はあるが、住宅1棟につき少なくとも数十万円以上のコスト増が主に中小工務店らの経営に重くのしかかる。
5月から6月にかけて米国で木材価格が急落して以降も、「(輸入の)量は入るようになったが価格は10月に入ってもまだ高い」(都市型ビルダー)。米国の住宅需要はなお旺盛で、日本に入る木材の価格は当面は強含むとの見方が多い。欧州の外材は3ヶ月単位で値決めをするが、6月に例年の2倍近い相場で価格交渉を終えた輸入材が9月に入ってきた。その木材を加工して家を建て、購入者に引き渡すのは12月以降だ。12月以降に荷揚げされる次回分の交渉も9月に行われたが、その時点でもまだ高値圏にある。ウッドショックは少なくとも来年3月までは尾を引く公算が大きい。
日本では、木材不足のほか超低金利や郊外住宅の人気上昇など複数の事情がリンクし、一戸建て住宅の売れ行きと販売価格が右肩上がりだ。東日本不動産流通機構(東日本レインズ)が集計した7月の首都圏流通動向によると、中古一戸建ての成約件数は前年比6.6%増の1,248件と、7月の数字では1990年の同機構発足以降、過去最高となった。成約価格は12%上昇、在庫は32%も減った。在庫が急速に消化され成約価格を押し上げた形で、翌8月もほぼ同じ傾向だ。
コロナ禍の勢いが弱まり、米国の一戸建て需要が落ち着けば木材流通も正常化に向かう。ただその時期は現時点で不透明だ。ある工務店の営業担当者は「今なら住宅は多少高くても売れるが、需要が落ち着いた後はどうなる」と先行きを懸念する。木材価格が長らく高止まりし、原料高を住宅価格に転嫁する動きが強まれば一戸建て需要の失速を招く可能性もある。
住宅各社は国産材への切り替えや木材生産者との直接取引、複数企業での共同調達などと次の一手を打っている。流通や生産を合理化し、材料調達のオプションを増やさなければ今回のような動乱に右往左往するしかなくなる。コロナ禍で就労や教育、消費行動など多くの面で旧弊が見直されたが、その波は住宅供給にも及んでいる。
ウッドショックの収束は不透明。新しい挑戦の好機と捉えられるかが鍵~榊原 渉氏
榊原 渉:
1998年3月早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 修了。1998年4月株式会社野村総合研究所 入社。2017年4月グローバルインフラコンサルティング部長。2020年4月コンサルティング人材開発室長。現在 コンサルティング事業本部 統括部長 兼 サステナビリティ事業コンサルティング部長 兼 コンサルティング事業本部 DX事業推進部長、北海道大学客員教授。専門は建設・不動産・住宅関連業界の事業戦略立案・実行支援
ウッドショックはいつまで続くのか?を予測することはなかなか難しいけれども、アメリカにおける材木の先物取引市場を見ると、2021年春頃にはピークアウトしているので、国内市場価格も年内にはピークアウトする可能性はある。とはいえ、先物価格も一時期の異常に高い状態からピークアウトしただけで、過去5年程度の価格変動の中では依然として高値水準にあるため、予断は許さない。
そもそも、今回のウッドショックはアメリカにおける需要サイドの変化と供給サイドの変化のギャップによって生じている。需要サイドの変化としては、コロナ禍が一時、落ち着きを見せ始めたことにより、一時的に減退していた住宅需要が復活してきたことに加え、テレワークの普及に伴うライフスタイルやワークスタイルの変化によって住宅の買い替えやリフォームが増加したこと等が指摘されている。一方、供給サイドの変化としては、やはりコロナ禍により林業従事者や製材工場の従事者、物流従事者等が従来のように働けなくなったことが指摘されている。つまり、いずれの変化もコロナ禍によるものであり、コロナ禍の収束が不透明な中では、ウッドショックの収束も不透明と言わざるを得ない。
基調記事にもあるように、今回のウッドショックを機に、国内木材市場のバリューチェーン改革が進むことも期待されているけれど、国内林業が抱える構造的な問題は非常に根深いため簡単ではない。林業従事者の減少以外にも、国内山林は所有者が細かく分かれていたり、所有者が不明になっていたりするため、大規模な林道整備や機械化が難しいという問題も抱えている。
一方、ウッドショックが住宅価格に及ぼす影響については限定的ではないか(限定的にならざるを得ない)と考える。国内住宅の価格形成メカニズムを考えると、原価も重要ではあるものの、購買力の影響も少なくないからである。ここ数十年、国内住宅の主力購買層の平均所得は横ばいが続いている。共働き世帯が増加したことによる世帯所得増加に伴う購買力の向上は見られるけれども、個人所得の増加は限定的であるため、住宅の購買力はあまり高まっていない。よって、今回のウッドショックに伴う原価上昇をすべて、住宅価格に転嫁することは難しいだろう。工務店等をはじめとした住宅業界各社にとって、厳しい状況が続くと見込まれる。
コロナ禍に端を発したウッドショックの収束が不透明な中、当面は住宅業界各社の創意工夫(住宅の商品企画や資材調達における創意工夫)で対応せざるを得ない。むしろ、近年急速に実用性が高まっているデジタル技術の活用を検討する等、新しい挑戦の好機と捉えられるかが鍵となる。一方で、輸入木材・国内木材それぞれが抱える構造的問題をバリューチェーン全体で捉え、抜本的な解決策を探る取組みも欠かせない。
ドメスティック産業ではなかった住宅産業~矢部 智仁氏
矢部智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中。
■ウッドショックの背景。「コロナ禍」による需給バランス崩壊も
今回の木材価格の「異常な急騰」の背景には、「コロナ禍」に影響された需給バランスの崩壊という側面もある。
新型ウイルス蔓延の影響から、欧州・北米産地での一時的な労働力不足による「供給停滞」や木材産地でのコンテナ不足による「流通停滞」といった供給サイドに生じた影響は見逃せない。また、そもそもの中国の旺盛な需要増という需要基調の変化に加え、例えば米国内で指摘されている、コロナ禍からくる巣ごもり需要による一戸建て住宅需要の急増の重なりといった、需要サイドに急激な変化が積み増されたことで国際的な需給バランスが急変、逼迫させた。そう考えると、今回の状況はまさにコロナ禍によるものと言えなくもない。
しかし、こうした状況は変わりつつあるのではないか。各国でウイルス対策が進み、経済活動再開の潮流が顕在化し始めたことで、需給バランス逼迫による価格急騰は収束しつつある。例えば、シカゴの木材先物市場の相場を見ても、直近(2021年9月下旬)では既に2020年秋頃の水準に戻っているなど、価格「急騰期」は収束したと考えられる。ただし、一般的に輸入木材の買い付けは四半期先ごとということから、「急騰期」を脱した価格水準が国内市場に反映されるのは半年先、さらにそれ以降となりそうで、それまでの期間に徐々に落ち着いてくるものと考えられる。
■続く余波。「購買力競争による価格変動」
価格の「急騰期」は収束したとしても、コロナ影響のような「一時的な要因」による需給バランス以外の要素で「価格が高止まり」する懸念は理解しておくべきである。需要サイドの新基調をもたらしている成長著しい地域の旺盛な需要や米国の需要増が変わらない状況下では、仮に産地での増産があったとしても「購買競争の結果による値付け」に引きずられて、結果的に価格は高止まりする可能性があるということだ。
この懸念に関連して、カナダ林産業審議会(COFI)の日本代表は「カナダの輸出会社は日本市場に対する長期的なコミットメントを維持しているものの、米国をはじめとする世界市場との価格のギャップの拡大が、Jグレードの日本への輸出を制限する要因となる可能性があります」とコメントしている。つまり、それほど手をかけずとも高値で買ってくれる市場があればそちらに売るのが合理的であるということで、その主張は市場経済では当たり前のことである。日本だけが、あるいは特定の企業だけが特別に配慮されるということは、よほどのことがない限り考えにくいということを理解しておくべきだろう。
■住宅価格への影響と将来
国内の住宅需要は、長期的には「徐々に」縮小傾向となる予測が言われて久しいが、例えば2010年以降の10年間、税制変更による凸凹(需要先食い)時期を除けば持ち家着工数は「ほぼ横ばい」となっていた。さらに、米国の例と同様、「コロナ禍」の働き方や暮らし方の変化から、広さへの要望の強まりや立地利便性の制約が緩み、郊外での住宅取得も許容される等の住宅需要の変化が顕在化し、一戸建て事業者のビジネスチャンスが続くとも見られている。
しかし、主に輸入資材に頼り、調達や生産工程が従来と変わらないのであれば、資材価格の上昇分を価格に転嫁をせざるを得ないと考える。
木材に限った話ではなく、例えば海外に生産拠点を置くトイレ、給湯器、サッシ等の住宅建材・機器も含め、ドメスティック産業だと思っていた住宅産業は、実は国際間の資材購買競争や調達依存による価格変動の影響や調達量の制約を受ける国際産業であったというのが、価格転嫁せざるを得ないと考える理由だ。この先、変動相場的な「価格変動」を好まないとして、資材価格の上昇分を工賃等で補おうとしても、高齢化や入職者減少による職人不足を考えればそれも限界がある。根本的に、ドメスティック産業として、豊富な国内森林資産を生かすための国内林業業界と住宅生産業界の地域コンソーシアム化など国内の新しい商流の検討、あるいは、個別企業(ミクロ)の視点でDX推進やパネル化など住宅の建て方の革新や規格化の進展等の工夫で資材価格の売値反映を小さくする努力も必要になるだろう。
公開日:


