コロナ禍の東京オリパラ後の不動産市況を占う要素は4つ
①コロナ禍の収束に向けての動き:
原則として無観客で開催されながら、いろいろと物議を醸した東京オリパラが全日程を終えた。
開催期間中はアスリートの素晴らしい技術、体力、スピード、そして何よりも高いモチベーションと精神力の強さを目の当たりにして、筆者を含めて大いに気持ちを鼓舞された人も多かったのではないか。それでも期間中のコロナ新規感染者数は増加の一途を辿ったから、開催の是非も含めたコロナ禍での大規模イベントの総括を是非とも実施し、後世に教訓としてしっかり伝えてもらいたいものだ。
9月も中旬を迎えて、ようやく第5波といわれるコロナ感染拡大もピークアウトし始めた感があるが、それでもこれまでとは違った巨大な波でなかなか収束する方向には進んでいない印象は否めない。筆者が原稿を執筆している時点で東京都の新規感染者はまだ1,000人を超えているから、今年5月の第4波のピーク時と変わらない状況だ。
それでも緊急事態宣言の9月末までの延長時に、現政権が2回のワクチン接種完了者を対象に証明書などを発行し、日常生活の制限を緩和していく考えを示したことは、“出口戦略”を探るうえでの端緒に就いたと言えるのかもしれない。ただ、2回接種を完了した後の“ブレイクスルー感染”も多々発生しており、状況はまだまだ予断を許さない。
コロナ禍は人々の気持ちを萎縮させ、経済活動の自粛を含めた何らかの制限が恣意的に、もしくは自発的に加わることとなる。需要の長期的な先行きを考慮すれば、住宅購入・賃貸需要の意識の変化に影響を与えることはあっても、足元の住宅市場の推移に決してプラスに働くことはない。
テーパリングを実施しても政策金利の利上げにはさらに高いハードル
②テーパリングの実施と利上げの可能性:
イベントが終わって現実を見渡せば、早くもアメリカではFRB(連邦準備制度理事会)のボウマン理事から年内にもテーパリング(量的緩和の縮小)を実施する公算が高いとの発言があり、この報は世界を駆け巡った。8月のFRBパウエル議長の講演を受けた一理事の発言ではあるものの、市場はこれを好感しダウ平均が上昇したのは周知の通りだ。
2008年から長期にわたって継続している低金利政策(もしくはゼロ金利政策/マイナス金利政策)を転換し、徐々に金利を上げていく政策を取れば、日本国内の金融市場への影響も少なくないとの指摘がある。
過去に例のない異常な低金利政策を長期間にわたって経済主要各国が実施していることは、金融市場の不確実性を高める要素ではある。しかし現実問題としては、国内市場はアメリカの金融市場と常に足並みを揃えているわけではなく、世界的な需要の低下を受けて同時多発的に各国が量的緩和を実施して半ば強制的に景気回復を図ったというのが実際のところだ(もちろんG7開催時に協調路線を取ったということもある)。
しかもパウエル議長は「テーパリング開始の時期とそのペースは、政策金利引き上げに関する直接的なシグナルではなく、政策金利引き上げにはそれとは異なるより強い検証が必要だ」と発言している。すなわち、テーパリングの開始によって政策金利が自動的に引き上げられるのではなく、政策金利引き上げのハードルはさらに高いことを強調したことになる。株式市場も好感したのはこの発言内容によるものと考えられる。
したがって、アメリカで実際にテーパリングが開始されても、直ちに政策金利が上昇に転じるということは原則として考えられないし、低金利政策を継続する日本国内の金融市場に直接的な影響を与えることもほぼないと見てよい。ただし、日本銀行がアメリカに先んじて現在のゼロ金利政策を解除しても企業活動が維持できると判断すれば話は別だが、それは誰の目にも全く検討の余地がないのではないか。
日本国内の低金利政策は当面転換することはない
現状の日本の景気は、詰まるところ低金利政策と、海外からの投資マネーの流入による株高に支えられているといっても過言ではない。
仮にアメリカがテーパリングを開始したとして、連動して日本でもゼロ金利政策が解除されれば、これまで経済を下支えしてきた住宅需要が一気に冷え込む。また、金利上昇によって住宅ローン返済が滞る事態が増加する可能性も出てくる。長期金利と連動している住宅ローン金利が上昇し、新築・中古住宅の販売にも強い逆風が発生するのは確実だし、新たに誘導される金利水準次第では、決して少なくない数の住宅ローン破綻が発生して、日本経済にも暗い影を落とすことになるというシナリオが想定される。住宅需要や住宅市場だけを想定してもこのような結末が確実に見えているから、ゼロ金利解除は現実的な政策の選択肢ではないということになる。
反対に、アメリカがテーパリングを開始して利上げも連動することになれば、嫌気した海外投資家からの投資マネーが、低金利政策を継続する日本にさらに流入し、日経平均株価などを押し上げることになるだろう。
また、コロナが住宅市場に与える影響については、少なくとも住宅価格や賃料相場の下落など価格面に反映されることはなかったため、新規供給や流通市場に登場する物件数などには影響が出ても、これからも価格のボラティリティが大きくなる可能性は低いと考えられる。実際に新築・中古とも供給は回復しきっておらず、依然として物件価格が高止まりもしくは上昇を続ける局面を考慮すべき状況にある。
今後の株価推移も住宅市場への追い風となり得る
③東京オリパラ前から日経平均は3万円台をうかがう状況:
今後の住宅需要を占ううえで欠かせない要素が、国内株価の高値推移だ。東京オリパラ開催前から、日経平均は順調に上昇を続けており、9月8日には約半年ぶりに再び終値が3万円台となった。
コトからモノへの需要変化が製造業に追い風となったとか、株価上昇寄与度の高い限られた銘柄が上昇しているだけとか、海外投資家の買いが旺盛でこのマネーが抜けるようなことがあれば深刻な打撃となるとか(東証一部の足元の委託内訳では、海外の投資家が67.5%を占めるという極めていびつな状況にあるが、ドル建ての日経平均株価はすでに90年バブルのピーク値を超えている)さまざまな指摘はあるが、高値推移が続く株価を背景に、投資家がこの1年ほどで得た利益の付け替えに動いているのは事実だ。
その資産の付け替え対象は専ら国内の不動産に向いており、得られた収益の規模次第ではあるが、手頃なオフィスビルや賃貸マンションを1棟から複数棟購入するケースや、中古住宅を購入し収益物件として活用する例が増加している。こういった実需以外の投資ニーズも住宅・不動産市場に流れ込んでいることが、2021年に入って以降の中古住宅の流通価格上昇、および需給の逼迫に拍車をかけている。
株価は依然として買いが旺盛で安定推移しており、これからも株式市場で得た利益を不動産に付け替えるという動きは当面続く可能性が高い。収益性の高いエリアにある中古住宅(もっぱらマンション)は多少価格が上がっても比較的容易に売買が成立する状況、買い手がつく状況が想定される。
新政権の誕生は経済政策への期待も込めて住宅市場にプラスに働く要因に
④菅総理大臣の辞任表明後に株価上昇:
東京オリパラ後には菅総理大臣がコロナ対策に専念することを理由に挙げて総裁選への立候補を取りやめ、事実上の辞任を表明したことから、衆議院の任期満了を迎える前に一気に政局となった。コロナ対策に専念することが総裁選への立候補を取りやめる理由とされたことには異論が多いが、皮肉なことに辞任表明後は株価が再び明確な値上がり基調で推移したことから、市場は菅総理大臣の辞任を好感したようだ。
つまり市場は、政権の刷新によって閉塞感のある現状を打開し、新たな経済政策などの実施が日本の停滞するGDPを成長軌道に戻してくれることを期待していると見ることができるだろう。また、全国知事会が提案ベースで言及したロックダウンの可能性についても、現政権は馴染まないと一言で片付けたが、新政権では今後発生するであろう第6波以降の感染急拡大に備えて検討することが望まれる(※)。
本原稿を執筆している時点では、有力視される自民党総裁候補が複数立つ状況で、誰が選出されるかは予断を許さない。しかし、新総裁=新内閣の首長に期待される経済政策としては、現政権が着手したデジタル化の推進による情報インフラの効率活用、コロナ禍で流動化しつつある東京一極集中の制度的な是正などが挙げられる。なかでも東京一極集中については、感染リスクへの警戒や、リモートワークやオンライン授業の広がり・定着を背景に、人もしくは法人の地方移住・移転の流れが生まれており、これまで着目されてこなかった地方圏の土地および住宅などの建築物、地域インフラ、人材にもスポットが当たる可能性が出てきている。これらの“未利用資源”を有効活用し、経済の活性化・流動化に活かすことができれば、日本経済全体の底上げにも期待が持てるだろう。その意味では新政権が住宅市場の裾野を拡大する可能性があり、新政権が実施する経済対策、景気浮揚策次第では、さらなる海外からの投資を呼び込むことを前提に、住宅および不動産市場の活性化が、都市圏だけでなく全国的に広がりを見せることを期待したいものだ。
これまで日本経済を支え続けてきた住宅市場が縮小することのないよう、新政権が経済政策にどのように注力するかで、今後の住宅市場にも新たな動きが表れることになる。
※ 日本でも、憲法との整合性を堅持しつつ特別措置法の制定などにより、例えばロックダウンなどの私権を制限する環境を整備し実施することは不可能ではない。ただし、そもそも論として大規模な私権制限を政策的選択肢とするだけの立憲国家としての準備と覚悟、およびコンセンサスの醸成が果たして実現できるのかという点が最大のポイントになる。現状では緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置の法的根拠には「要請」という文言はあるが強制力は備わっておらず、ロックダウンなどによる私権の制限は事実上不可能である。
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