住宅市場は一時的に停滞したものの現状は“巡航速度”以上に急回復
コロナ禍では2度目となる2021年の地価公示は全面下落となった。概要としては、住宅地、商業地のほか工業地、林地を含む全用途平均は、2015年以来6年ぶりに下落。住宅地は東京圏が8年ぶり、大阪圏が7年ぶり、名古屋圏が9年ぶりにそれぞれ下落となっている。
地価公示は「土地の正常な価格」を算定する以外に、経済政策や税制などの意図も反映される。そのため、バブル期では地価高騰を抑制するために上昇率を低めに算定したり、反対に資産デフレ期では地価下落の鮮明な地方圏での下落率を小さくする性質がある。コロナで業績が悪化した業種・企業、もしくは就労者の税金が上昇し、経済的格差の拡大を助長するような事態を避けるべく、地価公示が下落したと見るべきだろう。
ただし、統計処理された公的な住宅地価の平均値が実体をどこまで正確に表しているか、地価推移の遅効性を反映しているか、という点には依然として課題があるといえる。
コロナによる経済活動の停滞によって、不動産業界にも一時的に強い影響が表れた。しかし、高い水準で推移する株価を背景に不動産取得意欲は旺盛で、新築住宅市場は急回復しつつあり、中古住宅市場も一部で沸騰する状況になっている。
新築は2020年4月の1回目の緊急事態宣言によって供給が事実上ストップ。秋以降は徐々に回復し始めたが、不動産経済研究所によると、2020年の首都圏新築マンションの供給は前年比12.8%減の約2.7万戸、近畿圏でも15.8%減の約1.5万戸にとどまった。中古マンションも首都圏では成約件数が6.0%減の約3.5万戸、近畿圏でも5.6%減の約1.7万戸となって、コロナの影響を受けた都市圏での住宅市場の縮小が明らかとなった。
ただし、新築市場の縮小で各都市圏にストックされている中古住宅の価格は上昇傾向にあり、まさに需要と供給のバランスがタイトになったことで、売れ筋の築10年前後の都心・近郊住宅地の中古マンション価格が軒並み上昇している。東日本レインズが公表した5月(最新)の首都圏流通動向では、首都圏中古マンションの成約件数は3,297件と、昨年同時期の流通件数が少なかったことによる反動で前年比94.9%の大幅増。成約価格も3,813万円と15.7%の上昇となり、12ヶ月連続で前年を上回った。国の地価政策、住宅政策に関する先行き不安とは関わりなく、株価の上昇などの経済要因を反映し、都市圏の住宅市場は一部で活性化している。
医療、福祉、教育、安全、雇用などと並んで住宅政策は国の基本政策であり続けている。特に住宅は一旦取得すれば長期間安定的に税収が見込めるため、住宅取得策は常に経済政策の柱とされてきた。都市圏で住宅価格が上昇するというのは市場性や利用価値の高さといった側面から見て正しいとしても、「K字経済」と言われる経済格差の拡大を放置することは歓迎すべきではない。コロナ禍による経済的格差拡大を是正するという観点から、土地・住宅政策はどのような基本姿勢を示すべきなのか、また今後の住宅価格はどのように推移する可能性があるのか、有識者の見解を問う。
※ 下図は公示地価の全国平均住宅地の前年変動率と不動産価格指数(月次)の全国住宅指数変動率を年間平均した比較。2021年の不動産価格指数は2月までの平均値。直近の公示地価はコロナの影響でマイナスに転じたが、不動産価格指数は前年を上回っている。
投資資金の流入は続き、公示地価と実勢住宅価格の乖離は継続 ~ 吉田 資氏
国土交通省「令和3年地価公示」によれば、2021年1月1日時点の「住宅地」(全国平均)の公示地価は、前年比-0.4%となり、5年ぶりに下落に転じた。一方、取引情報に基づく国土交通省「不動産価格指数」(住宅)は、前年比+0.5%と上昇している。
不動産取引は、自らが使用する目的で行う「実需」と、収益を目的とする「投資」に大別することができる。上記のように、公示地価と実勢の住宅価格が乖離した要因の一つに、投資資金の活発な流入が挙げられる。
Real Capital Analytics によれば、2020 年の住宅の取引額は、約1.0兆円(前年比+60%)と大きく増加した。取引額に占めるクロスボーダー取引(外国資本による取引)は63%を占めた。
英国やアジアの多くの国では、土地のリース・ホールド(借地権の一種)が多いのに対し、日本では、土地の所有権が認められていることなどから、日本の住宅に対する海外投資家の関心は従前より高い。加えて、日本は、欧米の主要都市と比較して新型コロナウイルス感染者が相対的に少なく、コロナ禍による経済的な打撃が相対的に小さいことなどが評価されており、昨年は海外資金の流入が目立った。
また、国内の不動産専門家を対象にしたニッセイ基礎研究所「不動産市況アンケート調査」(2021年1月)において、「今後、価格上昇や市場拡大が期待できる投資セクター(証券化商品含む)」について質問したところ、「住宅(賃貸マンション)」(38%)との回答は、「物流施設」(85%)、「産業関係施設(データセンターなど)」(59%)に次いで多かった。賃料の変動が比較的小さい「住宅」は、コロナ禍の下、安定収益を志向する国内投資家の関心も高まっている。
ニッセイ基礎研究所と価値総合研究所の調査によれば、投資対象となる「住宅」の「収益不動産(事業者や個人に物件を賃貸することで、賃料収入を獲得できる不動産)」の市場規模は約64.9 兆円と推計され、「オフィス」(約99.5 兆円)、「商業施設」(約71.1 兆円)に次いで大きい。
「収益不動産」に占めるJ-REIT の保有比率を確認すると、最も資産規模が大きい「オフィス」は9.2%であるのに対し、「住宅」は5.4%であった。「オフィス」と比較して、「住宅」の比率は低い水準にとどまっており、今後の投資余地はまだ十分にあるといえる。
上記の状況を鑑みると、国内外の投資家の関心が高まる中、投資資金の活発な流入は継続すると考えられ、公示地価と実勢の住宅価格が乖離した状況は、しばらく続く可能性がある。不動産金融・投資市場の変化を踏まえたうえで、住宅政策・施策を講じることがこれまで以上に重要になるだろう。
公示地価が実勢と乖離しているとは、誤解や誇張も含まれているのではないか ~ 吉野 薫氏
一般財団法人日本不動産研究所 吉野薫:
日系大手シンクタンクのリサーチ・コンサルティング部門を経て、一般財団法人日本不動産研究所にて現職。現在、国内外のマクロ経済と不動産市場の動向に関する調査研究を担当するとともに、大妻女子大学にて非常勤講師を務めている。著書に「これだけは知っておきたい『経済』の基本と常識」(フォレスト出版)等がある。地価公示は「標準地を選定し、その正常な価格を公示する」(地価公示法第1条)ものであり、不動産の鑑定評価によって求める正常価格とは「現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格」(不動産鑑定評価基準「総論」第5章第3節)である。
確かに実際に観察される取引価格が公示地価の水準と乖離するような事例は観察されるかもしれないが、その取引事例は当事者間のさまざまな事情を含んでおり、必ずしも「市場で形成されるであろう市場価値」を代表しているわけではない。地価公示が「適正な地価の形成に寄与することを目的とする」(地価公示法第1条)以上、個別の取引事情をはじめとする種々の特殊要因を捨象した鑑定評価額を表示することは当然であり、そもそも公示地価と取引事例との不一致を批判することに意義はない。むしろ膨大な情報を含んでいる地価公示をどのように投資判断や事業判断に活用するか、という視点に立脚するほうが建設的であろう。
また地価公示が「何らかの価値判断を含んだ“あるべき地価”」を表示している、という認識は完全な誤解である。不動産鑑定評価基準は市場機能が発揮された結果として形成される価格、いわば“あるがままの価格”を表示することを明確に求めており、政策的な動機で地価公示が歪められる余地はない。
地価公示が市場の動向を後追いしがちであるとの批判はありえよう。これは、不動産鑑定評価額が価格時点で入手可能な情報(したがって価格時点よりも前に実現した事象)にのみ基づいて導かれることに起因する技術的な特質である。ただし今次のコロナ禍を受けた地価動向を顧みると、そのような批判も当たらない。地価公示と都道府県地価調査の共通地点の地価を追跡すると、地価の下落が顕著に観察されたのは2020年の前半であり、後半はむしろ下げ止まりの様相を呈した。このような地価動向は、年前半に経済全般に不透明性が募った後、年後半には経済活動の回復とともに不透明感が徐々に払拭された、というマクロ経済動向とも整合的であり、公的評価がタイムリーに市況を捉えたと解して差し支えないだろう。
マンション市況と地価動向との乖離を指摘する声もあろう。しかしこれも問題視すべき現象であろうか。これまで新築マンション需要の受け皿が高額所得層・資産保有層に絞られてきた中、コロナ禍を経てもこれらの需要層の雇用・所得環境が損なわれてはいない。また地価が一時的につまずいたにせよ、マンションデベロッパーが値付けなどの意志決定を変更するには至っていない。このように新築マンション市場を巡る需給動向に大きな変調がなかった以上、価格にも変調がなかったことは何ら不自然ではない。一方の地価は、市場におけるさまざまな予想(期待)を織り込んで形成されるのであり、マンション市場と相関こそすれ必然的に連動するものではない。
なお昨今、特に地方都市において、旧来の商業地においてマンション需要が地価の押し上げ要因になっている例が散見される。地価とマンション市場の相関を観察するうえでは、住宅地のみならず商業地の動向にも目配りすることが重要である。
東京の投資向け住宅は既にコロナ禍前の水準にまで回復 ~ 菅田 修氏
菅田 修:(株)三井住友トラスト基礎研究所 上席主任研究員。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院ファイナンス研究科修了。主に、賃貸マンションの賃料予測を中心とした住宅市場全般や、各プロパティタイプの期待利回り予測等の不動産投資市場に加え、「不動産としてのデータセンター」をキーワードにニューアセットへの投資動向についても精力的に調査・分析を行っている世界に目を向ければ、2020年に開催予定だったサッカーの国際大会が開催されたり、連日のように大リーグでの大谷翔平選手の活躍が報道されたり、松山英樹選手がゴルフのメジャー大会を制覇したりと、感染症対策を施しながら日常生活を取り戻しつつあるようにも映る。しかし、日本では7月23日から開催された東京五輪は一部を除き無観客で開催されるなど、コロナ禍の影響を色濃く受けたまま2021年の夏を迎えた。
直近の東京に目を向けると、2021年前半は大半の時期で緊急事態宣言が発出されており、正常な社会活動が営まれているとは言い難い。このような環境下では、いまだ経済が正常に回っているとは言えず、景気の悪化を実感している方も増えているのではないかと思慮される。しかし、不動産投資の世界では、コロナ禍の影響が直撃しているホテルや商業施設などを除いて、これまで長きにわたり高騰していた価格が、明確な下落に転じたなどといった話を耳にする機会はほとんどない。
株や債券といった伝統資産と比べると、不動産は実際に取引される機会が限定的であり、実勢価格をリアルタイムに把握することが難しいアセットと捉えられている。公示地価など不動産価格についてのベンチマークがいくつも公表されているものの、公表頻度や鑑定評価誤差などいくつかの問題点が指摘されている。こういったベンチマークは事後的に大きなトレンドを概観するには今後も有用なツールとなり得るが、今回のように急速に停滞した経済情勢をタイムリーに反映して不動産市場を概観するには、十分なツールとは言いにくい。そこで、三井住友トラスト基礎研究所は、東京大学 空間情報科学研究センター 不動産情報科学研究部門(清水千弘特任教授)の監修の下、東京海上アセットマネジメントとProp Tech plusとの共同研究によって、J-REIT投資口価格を活用した新しい日次の不動産価格指数(Daily PPI)を開発し、2020年4月より公表している。
コロナ禍におけるDaily PPI(住宅_東京)を見ると、2020年の春先は大幅な下落となったものの、比較的早い段階で下げ止まり、2021年以降は上昇基調で推移している。日次指数の月末値で比較すると、2021年5月末はコロナ前での高水準を記録していた2019年10月末の値を上回っており、東京の住宅(収益物件)については、価格の高騰局面に既に戻っているといえる。同時期で比較すると、東京のオフィスはいまだ10%以上低い水準にあり、東京の住宅については価格回復の早さが際立っている。これは、2008年のリーマンショック時にも観測された傾向であり、社会情勢が混沌とする時期においては、NOI(Net Operating Income)が安定しているディフェンシブなアセットが好感されやすい傾向にあることが要因の一つとなっている。すべてのプロパティタイプがコロナ禍前の水準を取り戻しているわけではなく、まさに「K字回復」の傾向を示しているともいえ、足元の動向をプロパティタイプや都市などに区分して捉える必要が生じている。こういったモニタリングを通じて、不動産市況がコロナ禍直前のように、どの区分においても成長戦略が描きやすいような環境に一刻も早く戻ることを切に願うばかりである。
※《Daily PPIの入手方法》
Daily PPIとは、株式会社三井住友トラスト基礎研究所が、東京大学 空間情報科学研究センター 不動産情報科学研究部門(清水千弘特任教授)の監修の下、東京海上アセットマネジメント株式会社とProp Tech plus 株式会社との共同研究により開発した日次不動産価格指数。
時系列データは、以下の公式サイトにて提供している(利用には利用契約の締結が必要)。
詳細はDaily PPI公式サイト参照(https://daily-ppi.japan-reit.com)
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