ヒートアイランド現象
東京は、今年も厳しい暑さが続いた。
8月7日の最高気温は37.7℃だった。そして猛暑日(最高気温35℃以上)は、7月31日から8月7日まで8日も連続している。年間通算でもすでに猛暑日11日、真夏日(最高気温30℃以上)44日、熱帯夜(最低気温25℃以上)26日を数える。この猛暑に伴い、熱中症による救急搬送人員数(都内)も、2週間のうちに2,066人にも上った。東京の夏は、とても人間の暮らせる都市環境ではなくなった。これで「クール・ジャパン」とは、悪い冗談である。
この暑さはヒートアイランド現象そのものである。その原因は、地表面の大部分をアスファルトやコンクリートが覆って、これらが太陽熱を受けて蓄熱するためだ。昼間のアスファルトは60~70℃、建物表面も50℃以上にも達する。おまけにタワーなどが風の通り道を塞ぎ、空調による人工排熱を増やして、気温上昇に拍車をかける。このように原因がはっきりしているのだから、対策も打てそうなものだ。
ヒートアイランド対策についてのこれまでの主な事例は、道路舗装については透水性・保水性舗装への置換、建物壁面については緑化ないし太陽光高反射塗料の塗布、人工排熱には断熱や省エネルギー対策などが挙げられる。しかし、透水性・保水性舗装は割高であるし、屋上・壁面緑化は植物にとっては苛酷な生育環境で、緑のアウシュビッツとも言われる。断熱・省エネも抜本策にはならない。焼け石に水である。いたずらに費用ばかりかかる対症療法頼みでは、まったくクールじゃない。このままでは、東京のヒートアイランド化に歯止めがかからない。この暑さで五輪の開催など出来るだろうか?
だが、方法がないわけではない。
もともと列島は照葉樹林や落葉広葉樹林に覆われ、その豊かな自然の恵みに生活が支えられていた。これを切り開いた末に都市ができたのだが、都市化が行き過ぎて熱収支のバランスを失うまでになった。このバランスを取り戻すには、やはり樹木を基準に都市環境を考えることだろう。樹木の間に人々が暮らす、樹木の大きさに合わせて建物や道路を整える、樹木が健全に生育する都市は人にも居心地がいい、といった考え方である。
路面を木陰で覆う
夏場の強烈な日照を抑えるには、道路舗装面には木陰を落とせばいい。建物壁面も樹木で覆えばいい。冬場の日照は確保したいので、落葉広葉樹の高木、ハナノキ、カツラ、ブナ、ケヤキなどが候補になるだろう。
カツラを例にとると、高さは25~30m、木陰の直径は13-4mほどになる。4車線の道路は車道の幅員は計14.5m、これをカツラの木陰で覆うなら中央分離帯に並べ、あとは歩道に街路樹を植えればうまく路面を覆うことができる。6車線とする幅員は21.5mだから、歩道側の街路樹も高木にすればいい。中央分離帯がとれないなら御堂筋のように一方通行にして、一車線を植樹帯に割く方法もとれる。江戸川区が行った緑陰温度調査では、街路樹の木陰が周囲より2℃低いという結果が出ている。
木より高い建物をつくらない
建物の壁面も落葉広葉樹等で覆い、夏場の日照と蓄熱を抑える。例えば、カツラで建物の壁面を覆うとすると、樹木の高さを上限にして建物の高さは約30mで抑えることが望ましい。実際、1970年の建築基準法改正で容積制度が全面的に導入されるまでの50年間、住居地域以外の用途地域では100尺(後に31m)に高さが制限され、秩序ある街並みが形成されていた。先人たちの深い知恵と言うべきだろうか。
健康にとっても、この高さが限界である。経産婦の居住階数による流産・死産率を調査した結果では、1,2階では6.8%、3〜5階では5.6%、6〜9階は18.8%、10階(約30m)以上では38.9%、と報告されている。この原因は、おそらく風で建物が揺れる周期が、樹上生活で感受しうる上限の周期より長いために高所性ストレスが生じるためと考えられる。
人間は、木よりも高いところでは暮らせないのだろう。地震対策としても、この高さであれば構造上の対応も十分にできる。なにより「タワー公害」も抑えられる。
ちなみにカツラの苗は、6号ポットで約3千円、地中深くに水分が豊富等の条件が合えば7~8年で高さは10mに育つ。寿命は2~300年である。導入費用を抑えながら、数世紀をかけて都市環境をつくることができる。落ち葉はそのまま土壌にできる。そして自動車管理政策と絡めて、車線の一部を緑地帯に転換していけば緑のネットワークもできる。自動車から自転車に交通手段が転換していけば、樹木の間に自転車専用道路が走るのもいい。ちょっとの雨ならしのげる。
風を通す・緑地帯をつくる
風の道も時間をかけて通していく。狭小敷地に戸建てが建て込んだ状態では、風通しは望めないことが風洞実験等で明らかにされている。
実は戸建ての棟数密度の高い地域ほど、都市空間の利用余地は大きく残されている。このような木造密集地域には、接道条件が満たされずに単独では建替えできない建物が多い。ある木造密集地域内の街区(荒川区町屋4丁目)においてこうした実態を調べると、対象棟数1,310棟に対して延焼危険建物は191棟、そのうち96棟が接道不良区画(法規面および施工面)に当る。こうした状況でも、接道不足の数区画を接道側の区画と一体化すれば接道条件を満たすことができる。数区画をまとめ、三層ほどの分棟型の集合住宅に建替えていけば、特に公的助成がなくても事業採算性が成り立つことも検証されている。
建替え後のイメージとしては、代官山ヒルサイドテラスが分かりやすい。こうした低層の分棟建物は、内外に適風域をもたらす。窓を開ければ風が通り、体感温度にして7℃も下げる効果がある。窓を開ければ自然の風が入って十分涼しいのなら、エアコンも要らない。したがってヒートアイランド現象の要因の一つ、人工排熱も抑えることができる。
このように戸建てが建て込んで風通しに恵まれない地域も、順次、区画と統合して分棟型の低層集合住宅に建替えることは特に公的助成がなくても可能であり、その結果、地区一帯の風通しは良くなる。耐火造に建て替わるので、大規模地震が発生しても延焼拡大を阻むことができることは言うまでもない。
そして都市部の空間利用効率が高まれば、「東京のかたち」で示したように都心からだいたい10㎞圏でいまの都区部の人口はすっぽり収まる。
都市の外側については人工物による地表面被覆を省いて、自然の植生を目指した緑地帯にすることができる。自然の地表や植生であれば、アスファルトとコンクリートと違って熱吸収も抑えて蒸発散作用も大きい。
クール・トーキョー
このように、樹木が舗装道路と建物壁面を覆うことで、これらの熱吸収を抑えて、約2~3℃は気温を下げられる。樹木の葉や露地からの蒸散効果も期待される。そして建物の間隔をとることで、適風が室内まで導かれて体感温度で7℃まで下げられ、人工排熱も抑えられる。
都心から10㎞圏から外側が緑地帯になる。ここまで都市環境が整えば、ヒートアイランド現象は自ずから解消される。
林間都市としてのクール・トーキョー。
数十年の見通しをもって取り組めば、夏でも暮らしやすい都市環境が多額の公共投資がなくてもできる。将来の都市イメージを共有して、ちょっとだけ制度を工夫すればいい。大きく育った樹木たちとそれらに育まれた生活環境は、数世紀先の人々にも喜ばれることだろう。
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