住民になりすまし不正誘導。逮捕者も
全国のマンションで、住民になりすました事業者が管理組合に潜入し、大規模修繕工事を不正に誘導する事件が相次いでいる。神奈川県内の大規模マンションでは逮捕者まで出る事態となり、業界やマンションに住むすべての人に大きな衝撃を与えた。
一連の問題をきっかけに、一部の住民らは2025年7月、マンションの大規模修繕を巡る問題の相談を受けることを目的とした「大規模修繕情報交換ネットワーク」を設立。同ネットワークを立ち上げ、自身のマンションもなりすましの手口を経験したA氏とさくら事務所のマンション管理コンサルタント土屋輝之氏に、なりすましの実態と対策について聞いた。
マンション大規模修繕工事を巡る「3つのなりすまし」
「なりすましは、組織的な行為だ」
こう語るのは、大規模修繕情報交換ネットワークのA氏だ。メディアでなりすましの実態が報道されて以降、同ネットワークには全国から同様のなりすましを疑う相談が殺到。設立から5ヶ月足らずで、数十件の問合せがあったという。
マンション管理コンサルタントとして長年の経験を持つ土屋氏も、この問題の危険性を次のように指摘する。
「住民になりすますのは、マンションの大規模修繕に関わるプロ。多くの修繕委員は右も左もわからない中、大規模修繕に向けて話し合いを進めている。そんなときに豊富な知識を持つ区分所有者らしき人物が現れれば、頼りたくなってしまうもの。とくに近年は顕著に修繕費が上昇している。住民になりすます人物は、節約したいという理事や委員の心理を巧みに読み取り、真偽はともかく、専門家でさえ即座に判断しにくい情報やもっともらしい数字、業界事情を提示し、特定の方向へ議論を誘導していく。まさに『詐欺師』さながらだ」
マンションの修繕委員会は、数億から数十億円規模の大規模修繕工事の実施に向け、数年間など長い期間をかけて設計コンサルティング会社や施工会社などを決めていく。大規模修繕工事は、元請けの施工会社が下請け事業者に工事を委託し、下請け事業者がさらに二次、三次の下請け事業者に再委託するという多重下請け構造になるのが一般的だ。
A氏は、修繕関連事業者がなりすますのは「住民」だけではないと指摘する。同ネットワークには「3つのなりすまし」の手口に関する情報が寄せられている。具体的には、工事現場に出入りする修繕事業者の社員が管理組合に向けて「元請け会社」の所属を名乗ったり、複数の会社名を使い分けることで「修繕事業者が実態上変わらない別名義の下請け事業者」になりすまして工事に関与したりしているケースもあるという。
受注まで段階的に進む「なりすまし」の実態
なりすましは、前述のとおり「大規模修繕工事の受注」を目的に行われる。住民になりすまして修繕委員会に潜入するのは、いわばこの目的のためのファーストフェーズに過ぎない。セカンドフェーズでは関係会社への発注が誘導されるわけだが、土屋氏によれば、ここでは別のなりすましがあるという。
「修繕事業者が住民になりすまして受注を誘導しているだけでなく、設計コンサルが修繕事業者を施工会社の一部に潜り込ませるケースもある。さらに、元請け会社が修繕工事の下請けに特定の修繕事業者を採用しているケースも。これが、なりすましの『サードフェーズ』ということ。この詐欺はかなり複雑で、いくつものなりすましによって大規模修繕工事そのものが特定の事業者やその関連事業者によって掌握されてしまう」
大規模修繕情報交換ネットワークは、複数のマンションからの情報などをもとに、修繕事業者の社員が二次・三次の別の下請け事業者の代表者として登記されているケースや、現場ごとに複数の会社の名刺やメールアドレスを使い分けながら別の会社名を名乗って巧妙に修繕工事に入り込む手口の一部を把握しているという。
住民へのなりすましは全体像の一端にすぎず、その実態は、まさに複数の事業者が関わる組織的な行為である。冒頭のとおり、神奈川県の大規模マンションでは修繕委員に潜入した工事関連事業者の社員が逮捕される事態となったが、結果的に設計コンサルとの契約締結前に発覚したことで、経済的被害を未然に食い止められたと言える。
気づかないままセカンドフェーズ、サードフェーズへと進み、実際に発注まで至ったマンションも決して少なくないはずだ。その場合、修繕工事は特定の事業者やその関連会社によって主導され、管理組合は知らぬ間に不利な条件を受け入れていた可能性がある。
「なりすまし」と「談合」の関連は
2025年3月には、公正取引委員会がマンション大規模修繕工事を巡る「談合」の疑いで、20社超に立ち入り検査を実施したと報道されている。その後、対象は約30社に拡大した。
談合とはつまり、複数の施工会社などが共謀し、特定の事業者が受注するという結果に結びつけるための行為で、結果として競争が形骸化した「偽装競争」の構図を生み出すものだ。複数社が割高な見積額を提示することで受注額を不当に引き上げ、工事費の10〜20%程度がバックマージンとして授受されるケースもあるという。
ここで気になるのが、なりすましと談合との関係性だ。施工会社が住民になりすまして修繕委員の決定を主導しているだけであれば談合とは結びつかないが、その後のセカンドフェーズ、サードフェーズで談合が行われる可能性は否めない。住民になりすましているのが施工会社とも限らず、下請け事業者や関連企業がなりすましている可能性もあるだろう。
土屋氏は、なりすましと談合の問題は別物ではなく、梁でつながった柱のようなものだと話す。
「設計コンサル会社が絡んでいるとなると、なりすましと談合の関係性がないとは言いにくくなる。設計コンサル会社選びの段階で、なりすましをしている事業者が受注しやすいように仕向けることは可能。なりすましと談合が複雑に絡むからこそ、事態は明るみに出にくいとも言える」
「なりすまし」は見破ることができるのか
管理組合は、明るみに出にくいなりすましや談合をどのように見破ればいいのだろうか。
修繕委員は、大規模修繕工事に際し公募で施工会社や設計コンサル会社を募り、各社を比較しながら発注する事業者を選定していくのが一般的だ。A氏によれば、不正に関与する設計コンサルや関連事業者の社員等が作成する文書や表には、ある共通点が見られるという。
「不正に関与する設計コンサルやなりすまし犯が作成する比較表には特徴があって『下段に〇×表がある構成』、そして『×や△の部分が黄色背景になっている』点が複数の物件の間で共通する。また、施工会社や設計コンサル会社の募集要項の注意事項の文章も酷似している」
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■マンションXで設計コンサルが作成した施工会社募集要項の注意事項
注意事項
● 提出書類をもとに見積参加者の選定を行います。応募された全ての会社が見積参加できるわけではありません。応募資格を満たさない場合は選考の対象となりませんので、予めご了承ください。又、提出書類に虚偽の記述があった場合は、その時点をもって失格といたします。
● 見積参加業者選定期間中の質疑及び後の工事に関する質疑は一切対応いたしません。
● 公募状況、選定理由、選定方法、選定結果は公表いたしませんので予めご承知おきください。また、選定後の異議申し立ては、一切認めません。
● 選定期間中、組合関係者、区分所有者、居住者への個別営業活動は厳に禁止します。なお、営業活動を行った場合は失格といたします。
■マンションYでなりすまし犯が作成した設計コンサル会社募集要項の注意事項
注意事項
● 提出書類をもとに書類選考の上、必要数の見積参加者の選定を行います。応募された全ての会社が見積参加できるわけではありませんので、予めご了承ください。
● 提出書類に虚偽の記述があった場合は、その時点をもって失格といたします。
● 応募状況、選定理由、選定方法、選定結果は公表いたしませんので予めご承知おきください。また、選定後の異議申し立ては、一切認めません。
● 選定期間中、組合関係者、区分所有者、居住者、管理会社への個別営業活動は厳に禁止します。
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まったく別のマンションの公募文書にもかかわらず、文章はほぼ一致。箇条書きの並び順も一致している。土屋氏は、別のマンションの内々の資料がここまで一致することはあり得ず、さまざまなドキュメントが共有され、ルーティン化している可能性を指摘する。こうした共通点は、なりすましや不正が介在している可能性を見抜くためのひとつのサインになり得る。
また国土交通省は、全国でなりすましが横行している状況に鑑み、2025年10月のマンション標準管理規約改正において、管理組合役員や専門委員就任時の本人確認についての項目を加えた。もっとも、本人確認だけで談合や不正な受注誘導といった問題を防げるわけではないが、一定の抑止力になるだろう。
土屋氏とA氏は、国や自治体による対策強化や然るべき監督も不可欠だと話す。大規模修繕情報交換ネットワークは、有志のマンション住民らが中心となって運営する非営利の市民組織であり、建設事業者に対して何らの裁量や権限を持つものではない。刑事事件を起こして不正行為が社会的に明るみに出た後も、別の複数のマンションで同様の不正の疑いが見られる。それにもかかわらず、なりすましを行う事業者の建設業許可が維持され続け、行政処分すら下らない現状に強い懸念を示す。そのうえでA氏は「本来、信頼の証であるはずの建設業許可が、免罪符のようになってしまっている」と指摘する。
管理組合同士のつながりが不正を断ち切る第一歩
なりすましの手口は極めて巧妙であり、個々の管理組合が単独で見抜くことには限界がある。一方で、不正を経験した複数の管理組合が垣根を越えて情報を持ち寄ることで、共通点が浮き彫りになったことはこれまでも多々あったという。
A氏は「違和感はあっても確証が持てず、声を上げられずにいる管理組合も多いはず」と指摘する。そのうえで「同じ立場にある管理組合同士がつながり、情報を共有することこそが、不正の連鎖を断ち切る第一歩になる」と強調。心当たりのある管理組合には、一団体で抱え込まず、大規模修繕情報交換ネットワークに相談を寄せてほしいと呼びかける。
■関連リンク(外部サイト)
大規模修繕情報交換ネットワーク相談フォーム







