農をまちに開くプロセスとしてオープンした、環境共生型イタリアンレストラン・カフェ

農家や宅地を多数所有する地主が、相続や次世代の土地活用に悩むケースが多数見られる。そんな中、東京都東久留米市で12代にわたり農業を続けてきた秋田家は農業にとどまらない風景づくりに取り組んでいる。“花のある自然で美しい暮らし”をテーマに、環境再生型農業「Taneniwa Farm(タネニハファーム)」、生花店、緑のある暮らしを提案する不動産事業が一体となっているプロジェクトだ。

不動産の取り組みについては、以前当メディアでも環境共生型複合施設「kinone」や、賃貸住宅「ツクルメの家」などを取材した。詳細は、以下からお読みいただきたい。

◾️“農をまちに開く”東久留米。あっという間に満室になったチャレンジングな賃貸「kinone 東久留米」が発信するまちの魅力
https://www.homes.co.jp/cont/press/rent/rent_01288/

農家が土地の相続のためにハウスビルダーに土地を売却するほか、土地活用で賃貸住宅を手がけることは多いが、上記の記事にあるように、現当主・12代目の秋田茂良さんは農業以外に賃貸住宅経営も行う。その住宅はこれまで自身が関わってきた緑や花を150種類も配するという、まさに緑化を主役にしたかのような住宅たちだ。

取り組みは住宅にとどまらず、今夏に環境共生型のイタリアンレストラン・カフェをオープンした。

12代目の秋田茂良さん。「la tavola felice di fillippo」の店舗前にて12代目の秋田茂良さん。「la tavola felice di fillippo」の店舗前にて

志を同じくしたイタリアンレストランの力を借りて

「la tavola felice di fillippo」のエントランスを豊かな緑と花々が囲っている「la tavola felice di fillippo」のエントランスを豊かな緑と花々が囲っている

店の名前は「la tavola felice di fillippo(フェリーチェ ディ フィリッポ) 」。イタリア語で「幸せ」を意味している。同レストランの運営をサポートするのは、練馬区・石神井公園にある世界ナポリピッツァ選手権で第1位になった名店「ピッツェリア ジターリア ダ フィリッポ」だ。客の立場からすると2号店のようにも見えるかもしれない。

店のロケーションは豊かな農地の中だ。西武池袋線東久留米駅から徒歩で40分、同線ひばりヶ丘駅からバスを利用すると16分ほど。公共交通機関でアクセスするのには少し時間がかかるエリアである。市内南町にあるタネニハファームの隣地、かつて小麦畑があった場所に、木を基調とした平屋レストランがたたずむ。全面開口の大きな窓や美しい庭、レストスペースのつくり出す悠々とした風景が味わえる500坪ほどの空間だ。

店内にはレストランコーナーとカフェコーナーがあり、要予約のレストランコーナーでは、ランチ・ディナー共にフルコースが提供される。誰でも気軽に入れるカフェコーナーでは看板商品ピッツァをはじめ、ワンプレートメニューやスイーツなどが提供される。

料理には「タネニハファーム」で収穫された野菜や、近隣の農家で収穫された野菜が使用されている。ピッツァは、EUの伝統的特産品保証を日本で唯一クリアした、北海道の江別製粉との共同開発により「100%北海道」でつくる甘みと香りがふわりとただよう、歯切れのよい生地。粉の食感が感じられる生地の上に、旬の野菜の数々が彩りよく並ぶ。

「la tavola felice di fillippo」のエントランスを豊かな緑と花々が囲っている窓辺の席、テラス席、一人席など席種が豊富で、どんなシチュエーションでも楽しむことができる
「la tavola felice di fillippo」のエントランスを豊かな緑と花々が囲っている中央にあるギャザリングテーブルは相席で「お隣の人との会話を楽しむ」をコンセプトにしている

食体験を通じて農のあり方を伝える

焼きたてで小麦の香りがただようピッツァ焼きたてで小麦の香りがただようピッツァ

なぜこのようなことをするのか。それは「地域に根をはる者として、土地と人との架け橋になれれば」という思いからだ。

日頃生産者として農に関わる、秋田家。生花だけではなく、作物の持つ豊かさ、つまり食の根源を伝えていきたいと考えていた。そのためには自らがこの場で食の価値を届けていくことが大切だと考え、レストラン&カフェテリアの開店を目指すことになった。

店を開くプロセスにおいて、以前より面識のあった本店のオーナーが秋田さんたちと同じフィロソフィーを持っていることを知っていたため、彼らに声をかけて今回の連携が実現した。

今後は他の農家と手を取り合い、農の体験や学びをできるまち歩き、収穫といったイベントも開催されていく。

秋田さんは「便利な都市の暮らしでは見えにくい、食への感謝やつながりを大切にしたいという思いから、料理や食体験を通じて人々とのつながりを育みたい」と話す。

焼きたてで小麦の香りがただようピッツァレストランではその日使用している食材の産地がわかる

"お陰さま"の気持ちを込めてまちに場を開く

「地域に対してお陰さまの気持ちを込めて場を開きたい」そんな思いは先代である父貞夫さんがオーナーシップを担う頃からあった。現在「kinone」のある東久留米駅西口の駅前には、かつて麦畑があった。秋田家もその土地を所有しており、1995(平成7)年の区画整理事業に伴い土地を再編し、その一部に飲食店が入店するアパートを建設した。

「当時は駅前に飲食店がなかった。困っているオフィスワーカーのために何かできることはないか、先代と関係者で計画して立ち上げたのがこのアパートだったのです」

その後、当該施設は取り壊しになるが、先代が「地域のために」尽くしてきていた背中を見た秋田さんがkinone」の1階にもフードコートを設けたのは従来の取り組みを受け継ぎたい思いがあったからだ。

「まちの発展に貢献というとおこがましいが、そんな気持ちでやっている」と話してくれた。

秋田家の自宅の横には豊かな麦畑が広がっていた秋田家の自宅の横には豊かな麦畑が広がっていた

事業や収益ファーストではない、風景を残すためにどうするかと考え答えを導く

一方で葛藤する思いもある。「確かに自分たちの利益だけのために何かを生み出すことを先行できない。とはいえ、貢献だけでは私たちの経営も成り立たない。葛藤する思いを持ちながら過ごしている」とも話してくれた。

揺らぐ思いを抱きながら今もなお、常に土地や建物、これまで紡いできた風景を残しつつも、安心安定した事業性のバランスを探している。

時を同じくして従前よりパートナーシップを組んでいた小森妙華さんと結婚をしたことが、事業を加速するきっかけとなった。二人がお互いが描いていたやりたいこと、残したい風景をあれこれと形にしていった。

「麦畑の中にある自宅、四季折々の花々に木々が揺れる姿、その心地よい空気感を全身で味わう憩いの場、例えばカフェやレストランがあるといいね。そこに私たちの体現する本業のひとつに生花店があるといい。という感じでシーンが浮かんでいったのです」

ただ農地をそのままにするのでもなく、建物を建てて賃貸借にするのではなく、理想のシーンを描いて逆算してから何を設けていくのか、という組み立て方だ。

レストランから望む、住宅予定地レストランから望む、住宅予定地

先代から秋田さんに土地や農の風景のあり方のイニシアチブが移り、相続も意識して「kinone」や「la tavola felice di fillippo」の計画を進めていた一昨年、先代である貞夫さんが急逝したため、ピッチをあげて計画を進め、店と住宅が完成した。

土地を相続するためにはさまざまな方法がある。例えば金銭を得たい、相続するための資金を確保したいので土地を売却する、どんな形でも良いからとにかく収益できれば良くそのために賃貸住宅を建てるなどだ。

ただ、自分の夢や"こうありたい"というビジョンを主軸に、土地の風景を描くことに1番の楽しみを見いだし、その楽しみを実現するために土地や建物、緑地風景をどうつくりあげていくのか、と考える方法もある。

「相続をする地主として一番苦しいのは、誰に相談していいかさえもわからないということ。さらに何をどうしたらいいのか、どうしたら自分が、自分たちが幸せになれるのかと考えたときに選べるほどのケースがない」と話す。

だからこそ、「土地を売る、賃貸住宅を建てるだけではないケースがあっていいのでは」と秋田さんは言う。

「みなさんこうすべき、これが当たり前という価値観で物事を推し進めようとしているけれど、おそらく誰もが『こうだといいな』という理想を持っています。その理想の姿を描くこと、見つけるところから、土地と建物のある風景をつくりあげていくプロセスが見えてくるのではないでしょうか」

レストランから望む、住宅予定地市内にはまだ豊かな都市農園の姿がちらほらと残る

目指す環境共生の最終型「環境共生住宅」の販売

タネニハの取り組みの数々は、「リジェネラティブ開発」(Regenerative development)という言葉が当てはまるように思う。リジェネレーションとは、「再生的」「繰り返し生み出す」といった意味を持つ言葉である。

先代は無理して畑の数々を残すのではなく、次世代に引き継ぐ時に規模を縮小させ、かわりに土地の一部をまちの機能として発展させたらばという思いがあった。

しかし秋田さんはこう語る。

「父の思いには理解や共感を持ちつつも、実は私はできるだけ麦畑は残していきたかったんです。ところがそういう思いがありながらも、父の他界のタイミングが畑を残すことを許してくれなかったんですね」

秋田さんは先代の他界に伴い相続税を支払う必要があったゆえ、思いとは異なるものの、畑の半分ほどを売却することになった。ただ単に売却することに終始したくはなかった。農地はなくなるが、今後の地域環境をより良くするために何ができるのだろうと考え続けて誕生したのが、環境共生住宅の販売プロジェクト「Farm Village」であった。結果的には先代の思いが形になったのかもしれない。

全18区画のコーポラティブハウス(共創型戸建住宅)は、18世帯が建設組合員となり、コーポラティブハウスの建設、運営、管理に参画して土地を創造していく。つまり仲間である。

環境共生住宅の予定地環境共生住宅の予定地
環境共生住宅の予定地まさに今設計中。アイデアを形にしている

住宅群は「持続可能な暮らしと場のデザインをめざす」という理念を掲げたビオフォルム環境デザイン室の設計のもと、地元工務店の相羽建設が施工する。四季折々にさまざまな表情を見せる自然の恵みを日々の暮らしに取り入れながら、都会では得がたい、豊かで心地よい生活を隣地の秋田家と共に楽しむ暮らしだ。

当該エリアは11月より募集が開始するため注目したいところだ。

緑のある風景と共存する住宅をつくることは、単純に住宅開発用地を売買をするだけではない難しさがあることだろう。現に秋田さんもさまざまな事情で苦悩しながら決断し、この風景を維持するための道のりを歩んでいる。ポジティブなことばかりではないことは容易に想像できる。

しかし、次世代に向けてありたい景色を残して新たなものを「リジェネレーション」していく秋田さんの挑戦はこれからも続くのだろう。その思いに共鳴した来店客、地域の人々、住まいを購入する人たちがこの風景を一層よりよいものに仕立ててくれることに期待したい。

◾️取材協力
・タネニハの森:https://taneniwa.com/
・フィリッポの幸せな食卓:https://www.instagram.com/taneniwafelice_filippo/
・ Farm Village:https://hitotowa-fudosan.jp/property01/

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