未来のまちづくりは、「スーパーシティ型国家戦略特区」つくば市から始まる
最近見かけることも増えた電動モビリティ「セグウェイ」。一人で立ち乗りしながら滑るように進む不思議な乗り物だが、これが日本で市場に出る前、つくば市の公道で実証実験が行われていたという。
実はこのまちでは、こうした「未来を先取りする技術の実証実験」が日常的に行われてきた。
スーパーシティ構想もまた、そんなつくば市の土壌が育んだ挑戦のひとつだ。現在も自動運転や小児オンラインかかりつけ医といった先進的な取り組みが進行しており、それを進めるのが、市役所の政策イノベーション部 科学技術戦略課である。今回はその担当、中山秀之スマートシティ統括監を訪ね、話を聞いた。
つくばスーパーサイエンスシティ構想は、政府が掲げる国家戦略特区の一環として、2022年に正式採択されたもの。全国から30を超える自治体が応募するなか、つくば市は大阪府(大阪市・堺市)とともに、初の「スーパーシティ型国家戦略特区」に指定されたそうだ。
背景には、つくば市の特異な都市構造と研究集積の強みがある。市内には大学や研究機関が約150以上集積し、研究学園都市としての顔を持つ。一方で、開発から60年が経過し、インフラの老朽化、郊外部の高齢化、都市と郊外の二極化といった都市課題も顕在化してきた。これらを最先端の技術で乗り越えようというのが、構想の原点にあるという。
つくば市は、もともと国家プロジェクトによって誕生した経緯があり、常に新しい技術や制度を受け入れてきたという土壌がある。中山氏は「住民の多くが実証実験に対して寛容で、実際にこのまちで子ども時代を過ごした人が、研究者や宇宙飛行士として戻ってくることもある」と話す。実験と実装を自然と受け入れる素地が、構想推進の大きな追い風となっている。
また、多国籍な住民構成も大きな特徴だ。現在つくば市には約1万5,000人、155以上の国・地域の出身者が居住しており、多言語対応や情報伝達のバリア解消といった課題も、構想の中で重点的に取り組まれている。
“未来の暮らし”の先行実現都市として、つくばが今、実験段階から本格導入フェーズへと舵を切ろうとしている。
「一緒にやってみよう」から始まった、産学官民協働のカタチ
スーパーシティ構想におけるつくば市の挑戦には、長年培われてきた「産学官連携」の文化が深く関わっている。構想の発端は、市内の大学や研究機関からの相談や提案だった。AI・ロボット工学を中心とする研究者や技術系スタートアップが「研究成果を社会実装したい」「街なかで実証実験を行いたい」と声を上げたのだ。
こうしたニーズに応える形で、つくば市は2017年、「つくばSociety 5.0社会実装トライアル支援事業」を創設。全国に先駆けて、市民生活と技術開発を結びつける制度設計を行い、先進技術の実証実験を支援する仕組みを整備した。
実証フィールドを提供するだけでなく、行政側も積極的に関与するのがつくば流だ。市は制度設計に加え、法制度の調整役も担う。たとえば、セグウェイの公道走行やモビリティの実験では、既存の道路交通法との整合性を国に働きかけ、制度改正への道を切り開いてきた。
市民や企業、学識者、行政がフラットに意見を交換する仕組みを整えたことで、多様なプレーヤーが主体的に関われる環境ができあがった。
企業側の参画を広げるために、2019年には「つくばスマートシティ協議会」も発足。現在では一般社団法人化し、民間企業や研究機関など60近い組織が名を連ね、スーパーシティ構想の社会実装を共同で推進する体制が整いつつある。
このように、つくば市の構想は単なる自治体主導の開発計画ではなく、行政・大学・企業・住民がともに構想を育てる“協創”モデルとして進行しているのが大きな特徴だ。
暮らしのすぐそばで動き出す新しい技術
つくば市が推進するスーパーシティ構想は、単なる「実証実験の受け入れ」にとどまらず、市民の暮らしに直結する多様な分野において、実装フェーズへと移行しつつある。その代表的な例が、医療・モビリティ・行政サービスの3領域だ。
まず医療分野では、地元スタートアップの株式会社リーバーと連携し、「休日夜間小児デジタル急患センター」として小児オンラインかかりつけ医サービスを導入。医師とのチャットによる医療相談からオンライン診療へとつなげる仕組みで、救急搬送の抑制と安心感の提供を両立した。2024年末にはインフルエンザの流行と重なり、利用が急増。小さな子どもを持つ家庭から大きな反響を得ていて、安心して自宅での経過観察ができるようになったという声が多い。また他自治体からの導入相談も寄せられており、広域展開の可能性も見えてきている。
次に交通分野では、高齢者の“自家用車依存”を解消するためのモビリティ改革が進行中だ。市内の郊外部では、自家用車以外の移動手段が乏しく、特に買い物や通院の足が課題となっていた。そこで市で運営する乗り合いタクシー「つくタク」に導入されたのが、AIオンデマンド交通サービスだ。これはスマートフォンから24時間予約可能な乗り合い型交通で、既存のバス路線の空白地帯をカバーする役割を担っている。地域住民から高評価を得ていて、従来の路線バスでは対応しきれなかった“最後の1マイル”を埋める存在として、買い物や通院といった日常の移動に期待する声が寄せられている。
さらに、バスや鉄道をシームレスに結ぶ「ハンズフリーチケッティング」技術も実証中だ。乗車時にスマートフォンを操作することなく、無線技術の「ビーコン」によって自動的に乗降位置を認識し、月末に一括でクレジット決済が行われる仕組みだ。子どもや高齢者の見守り機能との連携も検討されており、実用化に期待が高まっている。
加えて、自動運転バスの導入も射程に入っている。現在はドライバー同乗のもとで実証運行中だが、将来的には完全自動化を見据えて、交通事業者と連携した本格導入を計画している。
これらの技術群は、単体での導入ではなく「都市全体をひとつのプラットフォーム」として捉え、住民一人ひとりの生活動線に寄り添うよう設計されているのが特徴だ。つくばのスーパーシティ構想は、「先端技術による“都市のOSアップデート”」とでも言うべき、着実な社会実装のフェーズにある。
市民の声が変化を後押し。少しずつ、より便利で安心な街へ
つくば市のスーパーシティ構想は、まだ道半ばとはいえ、市民の暮らしに着実な変化をもたらしつつある。特に医療・育児・交通といった生活密着領域において、その恩恵は徐々に広がっている。
さらに、こうした取り組みは「市民の声に基づく行政改革」としても機能している。つくば市では住民アンケートやオンラインでの意見収集を通じてニーズを可視化し、AIによる要望の分析や分類を通じて、行政と住民の意思疎通を図っている。構想の実装が進むごとに、住民が直接恩恵を実感できる施策が増え、それがまた新たな提案や期待へとつながっていく。
一方で、「見た目には変化が分かりづらい」という課題もある。高度な技術が水面下で機能している分、劇的な変化としては捉えにくい。しかし、つくば市ではこれらの技術と成果を“見える化”する展示拠点の整備も進めており、市民がより構想を実感できる仕掛けづくりが始まっている。
他自治体や海外も参考にするスーパーシティ構想。まちの課題が、未来へのヒントになる
つくば市のスーパーシティ構想は、今や市内だけの取り組みにとどまらず、他自治体や海外からも注目されるモデルへと成長している。市が主催する有料視察プログラムには、韓国など海外の自治体関係者も参加しており、視察対応は年間を通じて絶えないという。
注目されているのは、住民ニーズに基づいた技術導入のプロセスと、行政・企業・大学が一体となって課題解決を図る協働体制だ。単に「最新技術を導入する」のではなく、「どの技術がどの暮らしにフィットするか」を見極め、試行錯誤を重ねてきた姿勢が他の自治体の参考となっている。
実際、つくば市の都市構造は、駅前の中心市街地と、農地や住宅が広がる昔ながらの郊外部とで二極化している。特に郊外は、全国の過疎化が進む地域にも似た交通インフラの空白地帯であり、こうした地域にこそスマートモビリティなどの社会実装が求められてきた。だからこそ、地域課題に向き合いながら進めるスーパーシティ構想が、他自治体にとっても有益なモデルとなり得るのだ。
今後、つくば市ではAI等のデジタル技術を活用しながら、市民の声を可視化・要約し、政策形成に反映する仕組みの強化を目指している。また、スマートモビリティや自動運転、医療・福祉分野での先行的な社会実装を進めることで、「未来の暮らしが体感できる都市」としての存在感をさらに高めていく方針だ。
人口減少やインフラ老朽化といった共通の課題を抱える全国の自治体にとって、つくば市の事例は「地方発イノベーション」が持つ可能性を示す希望の光ともいえる。未来のまちづくりを模索する動きは、ここつくばから、着実に広がりを見せている。
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