俳優の鈴木京香さんが継承し、2024年から一般公開
「VILLA COUCOU(ヴィラ・クゥクゥ)」は、戦後にパリのル・コルビュジエのアトリエで修業して帰国した建築家の吉阪隆正(1917~1980年、早稲田大学名誉教授)が設計した住宅だ。1957年、東京都渋谷区西原に完成した。60年以上がたち存続が危ぶまれていたが、2021年、この家の魅力に惹かれた女優の鈴木京香さんが取得。当時に近い姿に改修したうえで、2024年春から月に数日、一般公開している(予約制)。
筆者も、これまで見たことがなかったので、早速、予約して見学してきた。素晴らしい体験だった。この連載のテーマである“建築家の愛”に溢れている。見た人の多くがそう思うのではないか。そんな住宅は滅多にない。
まずは危機にあったこの住宅を継承し、社会に開いてくれた鈴木京香さんにお礼を申し上げたい。
建て主は登山仲間で早大後輩のフランス文学者
ヴィラ・クゥクゥは、吉阪が1952年に日本に帰国してから設計した3つ目の住宅だ。完成時、吉阪は40歳。
建て主は、フランス文学者・早稲田大学名誉教授の近藤等(1921~2015年)だ。登山家でもあった近藤は、アルプスをはじめ世界の山々に登り、数多くの山岳関係の著作と翻訳を残した。「登山家でもあった」という枕言葉で思い出すのは、そう、吉阪隆正である。1960年の早稲田大学アラスカ・マッキンリー遠征隊長を務めたことでも知られる。2人は早大山岳部でともに活動した。年齢は吉阪が近藤の4つ上だ。
大学の体育会で4つ上といったら、相当の上下関係が想像される。だが、この家はまるで同級生のためにつくられたかのような優しさと気楽さに満ちている。設計は吉阪1人ではなく、教え子たちの「U研究室」と共同で進めた。大竹十一、渡邊洋治、滝沢健児といった、建築好きが聞いたら心臓が高鳴りそうな豪華メンバーが設計に参加している。U研究室のリーダー的な存在であった大竹は1921年生まれで、近藤と同い年。先輩の建築家先生に頼むというヨソヨソしさではなく、同世代が集まってワイワイつくる感じだったのだろう。
前面道路から見ると、外観は意外におとなしい。その後の吉阪の作風からワイルドなものを想像していたので、えっと思った。
コンクリート打ち放し・地上2階建ての建物が庭の奥にちょこんとたたずんでいる。おとなしく見えるのは、ボリューム感の小ささからだろう。屋根は敷地奥(西側)に向かって急角度で下がっており、玄関が突起のように南側にちょこんと飛び出している。だから玄関の上に空が開けて見える。“大学教授の家”として、全くおかしくない奥ゆかしさだ。
建物の裏側に開く家だった!
しかし、室内に一歩足を踏み入れると、いったん品行方正へと向かった意識の針が、逆方向に一気に振り切れる。思わず、「おおっ」と声が出る。
斜めに傾斜する天井に設けられた複数の丸い穴(トップライトや照明)。壁から突き出た片持ちの階段。階段下にある色ガラスをはめ込んだ小さな開口部。書斎の窓の彫刻的な日よけ……。などなど、かつてモノクロ写真で見たものが、想像を超える鮮やかさと強い陰影で目に飛び込んでくる。
一番予期していなかったのは、敷地奥(西側)に、道路側よりも広い庭があり、それに面して大きなガラス引き戸があること。建物の平面は道路側より奥側の方が広い。建物の裏側に開く家だったのだ。
そうするならば普通は、敷地裏の庭に向けて天井を高くしそうなところ。ところがここは、明るい庭に向けて天井が下がる。これは土地を譲り受けた地主の家が北側にあったことから、できるだけ建物が高くならないようにしたためという。結果的に、それが庭を借景するかのようなプライベート感を生んでいる。ガラスの高さがそれほどでもないので、引き込んで全開放するのにも無理がない。
「CouCou」は夫人のニックネーム
この家は、友人である近藤等のための家であると同時に、その妻のために設計されたものでもある。
ヴィラ・クゥクゥという名前は雑誌発表時からの名称で、「クゥクゥ」は何かというと、近藤夫人のニックネームから取ったものだという。近藤夫人の名前は「カツコ」。クウクウは鳥のカッコウの鳴き声だ。同時にフランス語の「CouCou」は、小さくてかわいらしいものへの呼びかけの言葉。「CouCou(やあ!)○○」といった使い方だ。
夫人は小柄な人だったのだろう。玄関からキッチンに向かう通り道がこんな人型になっていた。背の高い男性だと頭が当たる。夫人の聖域を示す遊び心だろうか。
屋根裏部屋のような2階は寝室で、1階上部に面して腰の高さほどの収納兼テーブルがある。ここには“隠し化粧台”ともいえる、夫人用の鏡台が設置された一角がある。特製の椅子も収納内に完全に隠れる。毎日隠したのかはわからないが、自分のためにつくられたこんな家具があるというだけでこの家が好きになりそうだ。
「住むための機械」の真意
2022年にこの家を改修する際、設計の中心になった杉本博司氏(新素材研究所)は、「初めて現場を訪れた時、この家は『住むための彫刻』ではないかと思った」と書いている。吉阪の師であるル・コルビュジエの名言、「住宅は住むための機械である」をもじったものだ。「なるほど!」と思うとともに、筆者は、「いやいや、むしろこれこそ『住むための機械』なのでは?」と思った。
「住むための機械(machines a habiter)」は、1923年に発刊されたコルビュジエの著書『建築をめざして』の中の言葉だ。「機械」という言葉が無機的なものを連想させるためか、建築関係者から反感も買った。(例えばアイリーン・グレイは猛反発→こちらの記事参照:映画「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」、近代の巨匠を憎まれ役に描く大胆視点【建築シネドラ探訪③】)
筆者も最初にその言葉を知ったときには、「何て冷めた人なんだろう」と思った。だが、本当に冷めた人ならば「住宅は機械である」と言うのではないか。コルビュジエが言ったのはそうではなく、「住宅は住むための機械である」だ。
なぜ「機械」かというと、彫刻のような固定的なアート作品ではなく、可変性のあるものという意味だろう。そして「住むための」と限定したのは、そこに暮らす人の生活や感性にアジャストされるものという意味なのではないか。そう考えると、吉阪は師・コルビュジエの誤解されがちな思いを、この家で実践してみせたようにも思えてくる。
外壁のジャンカをアート作品に
ちなみに、外壁に残るレリーフは吉阪の当初の狙いではない。吉阪は荒々しいコンクリート打ち放しを考えていたが、打ち上がった後にジャンカ(コンクリート打設時に骨材が表面に現れた部分)を見た近藤との意見の相違が露呈。吉阪は土に近い感触を考えていたが、近藤は南米の鋼のような山肌をイメージしていたのだ。ペンキを塗ってしまう案もあったが、最終的には彫刻家の坂上政克に依頼してレリーフに仕上げた。このレリーフが家の魅力を増していることは明らかだ。ナイス・アジャスト!
そんなことを知ることができるのも、建物が残って公開されているおかげである。もしあなたの知り合いに、建築家を目指す若者がいたら、ぜひ見に行くように勧めてほしい。「住宅設計の根本は愛なのだよ」と付け加えて。
■公開情報
基本的には毎月9のつく9、19、29に公開。日程や申し込みの詳細はインスタグラムで発表。
https://www.instagram.com/villacoucou_tokyo/
■概要データ
VILLA COUCOU(ヴィラ・クゥクゥ)
所在地:東京都渋谷区西原
設計:吉阪隆正+U研究室
階数:地上2階建て
構造:鉄筋コンクリート造
延べ面積:74.76m2
竣工:1957年(昭和32年)
改修設計:新素材研究所
改修竣工:2022年(令和4年)
■参考文献
住宅遺産トラストWEBサイト https://hhtrust.jp/hh/villacoucou.html
新建築1957年12月号
新建築住宅特集2023年5月号
公開日:













