浜口ミホ設計の住宅に一目惚れしたものの、夫からは「覚悟はあるか」と厳しい言葉
日本初の女性一級建築士、浜口ミホさんが設計したG邸を継承したのは子ども3人と夫婦という5人家族。もともとG邸に近いエリアのマンションに居住しており、ここ4~5年はもっと広い家をと住まい探しを続けていた。
「当時の住まいは築10年ほどの分譲マンション。子ども3人の5人家族には80m2は窮屈で、もっと広い住まいをと探していたのですが、100m2を超す広さはマンションでは希少。あっても最上階のメゾネットなど特殊な住戸になってしまい、家中を走り回る息子たちのことを考えると階下への心配から踏み切れない状態でした」
そんなところにたまたま近隣に継承者を待つ住宅があることを知り、夫とともに見学に出かけ、この家に出会った。309.41m2という今どきはあり得ないほどの広さの住宅である。それが、浜口ミホ設計の住宅だった。
「公道と同じレベルに天井の低い1階があり、そこから階段を上ったところが2層吹き抜けのリビング。少し暗い玄関から明るく開放的なリビングに出る形になっており、しかも、リビングは大きな窓のある印象的な空間。そのドラマチックさに一目惚れ。どうしてもこの家に住みたいと思いました」
それまで一戸建てに住むことは考えたことはなかった。ゴミ出し、敷地内の清掃など集合住宅なら管理人さんがやってくれることも一戸建ての場合には自分でしなくてはならない。日常的な修繕から将来のための貯蓄も自ら計画する必要がある。それまでの駅近で平坦な立地と違い、駅からは坂が続く。
それになにより、G邸は1965年築。巡り合った2022年の時点で築57年である。改修が必要であるのはもちろん、改修を始めたところで想定外の工事が必要になることもリノベーションではあるあるな話。住む、住み続けるためには面倒も障壁も多いのだ。
「建築関係の事業をしている夫からは『覚悟はあるのか』と聞かれました」
もちろん、覚悟を決めたから現在がある。この家にはそれだけ人を惹きつけるものがあったのだ。
古い家のリノベーションで耐震、断熱改修は安心して快適に住むために必須
改修では間取りはほぼそのまま、耐震、断熱と設備等の更新がメインとなった。
「耐震は必須でした。というのは耐震等級1を取得しないと住宅ローンが使えないため。解体、耐震補強、断熱、設備更新などで3,000万円以上かかったため、住宅ローンが使えないと困ります。そこでローンの手配をしながら同時進行で耐震補強を行い、証明書を出してもらってというような綱渡りの進行でした」
集合住宅であれば築年数の古い建物でも住宅ローンはずいぶん借りやすくなっている。だが、一戸建てで築50年以上となるとそのハードルの高さは想像以上。それまでに事業で付き合いのあった地方銀行は別として、それ以外の大手都銀は築年数の時点で話はおしまい。それ以上は聞いてもらえなかったという。空き家が問題になる時代である、程度の良い建物であれば使い続けることはエコでもあるはずだが、金融業界はまだまだそうした意識には至っていないのだろう。
幸い、住宅の状況は良かった。この建物は公道と同じレベルの1階がRC造、2階、3階が木造という混構造になっているのだが、1階がRCでかつ風が抜ける、湿気にくいつくりになっていたためか、構造部材は白アリに食われることも、腐ることもほぼなかった。
耐震補強としては1階の2ケ所に厚み20㎝のコンクリートの壁を新たに設置、2階のリビング、3階の子ども部屋の壁などを構造用合板で補強するなどした。
「改修までは大変でしたが、その結果、安心が得られました。地震があってもこの家なら大丈夫と思えることは大事。古い家のリノベーションでは耐震は必ずやるべきです」
断熱改修も快適に居住するために必要だった。以前の状態はほぼ無断熱で、壁の下にはおそらく当時としては、これが断熱対策だったと思われる薄いビニールシートのようなものが貼られていた程度。
「以前お住まいになっていたのはご高齢のお母さんと娘さんでしたが、さぞかし寒い思いをされていたのではないかと思います」
床、壁、天井の壁の中に断熱材を吹付て断熱はしたものの、実際に住んでみると窓が多いため、暑くて寒い。
「特にリビングは床から天井までが窓で、しかも既存の窓をそのまま使っています。そのため、夏はエアコンを切って外出すると帰宅時の室内はサウナ状態。一応、既存のリビングの窓3面、3階の窓2面を新しくした場合の見積もりは取りましたが、400万円以上とのこと。また、窓を変えるためには外壁もいじることになり、そこにも費用がかかります。そこでそのままという選択をしました」
暑く、寒くても窓からの絶景には代えられない
暑さ、寒さを予測しながらもそのままにしたのには予算以外にも理由がある。
ひとつは下部のサッシ、上部の木枠のガラス窓の框の太さがきれいに揃っており、一部だけでも変えるとバランスが悪くなってしまうということ。下部のサッシは比較的簡単に変えられそうだが、現代のサッシは框部分が太く、上部と上下のラインが揃わなくなる。浜口ミホさんのデザインでは上下が同じ太さに揃えられており、それが見た目の美しさに繋がっている。
もうひとつは上部の窓からの風景がこの家の何よりの魅力と考えたためだ。
「ソファに座って見上げるとリビング上部の窓から空が見えます。青空、夕暮れ、月夜の夜などどんな時間にも美しい風景が望め、それを見ているだけでリゾートにいるかのようにゆったりした豊かな気分になれます」
そのため、以前の居住者がやっていたように上から下までの全てをカーテンで覆うことはせず、上部は窓そのまま。空の眺めが優先されている。
既存窓は暑さ、寒さ以外にも不具合がある。台風の日には家の中だというのにカーテンが揺らぐし、周囲に緑が多く、現代のサッシほど密封性が高くないため、蜘蛛などが家の中に入ってくることもしばしば。
「引っ越して1ケ月後くらいに台風が来て雨漏りがありました。以前の居住者からは以前一度雨漏りしたことがあり、補修したと聞いていましたし、工事前はもちろん、購入後引っ越しまでの1年間も雨漏りの跡などには注意していましたが、古いサッシの隙間から水が入ったのです。格子窓から水が入ったこともあり、その時には透明のコーキング剤を買ってきて自分で修繕しました」
窓に関していえば現在懸念しているのは3階の子ども部屋の窓。2人の息子たちが天井の高い部屋でバレーボールをして遊ぶそうで、ボールが当たって窓が割れないかと心配しているのである。
「幸い、最近は窓を補強する透明のシートがあるので、今、それを貼ることを考えています。割れたら交換は難しいので、それよりは予防したほうがいいだろうという判断です」
使いやすいキッチンは居心地のいい家族の集まる空間
設備については給排水や電気、ガス、キッチン、風呂場やトイレその他の水回りとほぼすべて更新した。面白いのは使わなくなったスイッチやコンセントなどの跡。
「リビングとキッチンの間の壁など今では作れなくなったようなタイルを使っている場所にもスイッチ跡の凹みがあり、無理に埋めても違和感が出るだろうとそのまま残すことにしました。工事終了後、改修を担当した工事監督さんがせっかく空間があるならとそこに小さな映画・天空の城ラピュタのロボット兵のフィギュアを置いてくれました。それにならい、今では家のあちこちの窪みに小さなフィギュアが隠されています」
2階のトイレと風呂場は一体型だったが、ここだけは壁を新設して空間を分けた。面白いのは風呂場に外から入れる勝手口があること。本来ならキッチンに設置すべきところを隣にある風呂場に設置したもののようで、かつてはそこから米や酒などが配達されていたそうだ。
キッチンは壁に沿ったI型で、最初は丸見えになることに抵抗があったもののスペース的にカウンターキッチンにするのは難しい。そこで配置は変えず、設備だけを更新した。
「使ってみたらこれが意外に使いやすい。背後にダイニングテーブルがあるので、それを作業台にできるし、配膳も楽。大きな収納があるので鍋その他もそこに入れてしまえば散らからない。食器などにこだわる人には多少収納量に不満かもしれませんが、我が家の場合には問題はありません」
キッチンは2層吹き抜けのリビングと違い、天井が低くなっているのだが、これが非常に落ち着く。浜口ミホは日本のダイニング・キッチンの普及に多大な貢献をしたことでも知られているが、それは使い勝手だけでなく、家族が集まる居心地の良さをもデザインしたということでもあるのかもしれない。
既存部分はできるだけ残し、新旧が自然になじむ改装に
それ以外の内装ではそのまま使っている部分も多い。
リビングとキッチンの間の壁のような二度と作れないようなものから子ども部屋の収納、カーテンレールなどあちこちに既存が残され、使われているが、その後の改修部分との違和感がなく、自然になじんでいる。
「8月に設計に携わる人たちに向けての見学会をやりましたが、新旧のバランスが良いという意見をいただきました。図面をずっと見ていられる、居心地が良いという声も多く、建物は古くなっても意匠、デザインは古くなっていないことを実感しました」
考えてみると耐震、断熱、設備については浜口ミホさんの時代から進化している部分で、現代の標準に合致していないのは当然のこと。だが、そこに手を入れただけで不便なく住み続けられるということは最初の段階で暮らしやすさ、住み心地について熟慮がなされていたということだろう。
「キッチンの使いやすさに加えて収納も豊富です。1階の主寝室、2階の子ども部屋と壁面一杯に収納が作られていて、収納のための家具はほぼ置かなくても済んでいます」
どちらも壁面一面が天井近くまでの高さの収納になっており、その容量には驚かされる。印象的なのは3階の子ども部屋のうち、リビングに面した一室の壁面。天井までの本棚になっており、上部については梯子をかけて利用する。
この部屋の奥にはもう1室、子ども部屋があるのだが、両室の間の壁面にはロフトと言ってもよいような高さにも収納がある。これはもともとは窓だった。
「竣工時、3階はリビングに面した1室だけ。その外側はいずれ増築することを前提に当初はルーフバルコニーになっていました。竣工後しばらくして部屋になったようで、壁面にあった窓はその時に収納に。増改築も織り込んだ設計だったということです」
不便はあっても子どもたちには楽しいわが家
暑さ、寒さに加え、蜘蛛が入ってきたり、台風でカーテンが揺れたりと新築や今どきの家にはない大変なこともある住まいだが、それは決してマイナスではない。
「手間のない安心、コスパを求めるなら新築だろうと思います。特にマンションであれば何かあった時に文句を言うところがあり、そこで誰かがなんとかしてくれます。ところがリノベーションではすべての責任を施工者である工務店に求めるわけにはいきません。そもそも何かあることも分かっていて古い家を選んだのですし、予算に合わせて何を省くかを選択したのも自分たち。自己責任です。でも、不便さはあるものの、ここを選んでよかったというのが2年暮らしてみての感想です。暮らしている、生きているという実感があります。特に子どもたちにはそれが生きる知恵になるのではないかと思っています。この家では新築のタワマンでは起こらないことが起き、それを自分たちでなんとかしなくてはいけないこともあります。
そこで私も子どもたちも事態を受け入れる、許容することを学んでいます。不便なことも都合の悪いことも起きるのが社会や人生。これからの時代、便利を当たり前と思ってしまうのは逆に生きにくくなるのではないかと思います」
大人のそんな思惑とは関係なく、子どもたちはこの家、暮らしを満喫している。息子たちは階下を気にすることなく家の中を走り回り、挙句の果てには3階の踊り場から2階、リビングのソファの上にダイブ。夏にはご近所での昆虫の採集に熱中しているそうだ。
「娘は将来、この家をもらいたい、住み続けたいというほどこの家が好き。購入を決めた頃から自分の部屋はこうしたいと図面を書いていたほどです」
子ども達にとっては楽しい我が家、一生記憶に残る実家になるであろうことは間違いない。
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