自由学園が分譲した東久留米市学園町。のどかな田園地帯が緑の住宅地に変貌

東京都東久留米市学園町は羽仁吉一・もと子夫妻が1925年に開発したまちである。
夫妻は1903年に月刊誌『家庭之友』(現『婦人之友』)を創刊、1921年には「良い家庭が良い社会をつくる」という信念のもと、西池袋に女学校として自由学園を創設した。
その後、現在の学園町に移転する際にその資金作りのために学校予定地周辺の山林を取得、区画整理をして分譲したことが「まち」の始まりだった。

自由学園は現在は幼稚園から最高学府(大学に相当)までの一貫教育を行っており、西池袋にはフランク・ロイド・ライトが設計した自由学園明日館(重要文化財)が残されている。

学園町の自治会が出している「学園かわら版」1号創刊テスト版(以下かわら版)によると分譲開始当時の学園町は池袋から西武池袋線(その頃は武蔵野鉄道武蔵野線)で35分。自由学園が購入したのは10万坪(1坪を3.3m2として約3万3000m2)でそのうち、7万5000坪が分譲地で最小区画は250坪(約825m2)、売り出し価格は坪10万円台と、今思えばただのようなものだったとか。それもそのはず、当時の同地は栗、楢、櫟に松と欅の大木も混じる樹林で小鳥たちの天国。分譲地を買った人の多くも住む計画はなく、昭和15(1940)年になっても人家は30軒足らずだったという。

建築好きな人ならご存知だろう、西池袋にある自由学園明日館はフランク・ロイド・ライトが手掛けた端正で美しい建物だ建築好きな人ならご存知だろう、西池袋にある自由学園明日館はフランク・ロイド・ライトが手掛けた端正で美しい建物だ
建築好きな人ならご存知だろう、西池袋にある自由学園明日館はフランク・ロイド・ライトが手掛けた端正で美しい建物だ駅から歩いて10分ほど歩くと自由学園の正門。歩いていると途中から緑が増えていくのがおもしろい

しかし、戦後から徐々に住宅が増え始め、昭和の時代には自由学園人気もあって土地一区画の売却に希望者が200人も集まった時期があったと自治会副会長の荻野晶子さん。

まちができてから間もなく100年。現在、最寄り駅の西武池袋線ひばりヶ丘駅は急行、準急、快速などの停車駅であり、そこから学園町の自由学園正門までは徒歩で10分ほど。交通利便性の高い立地である。

その人気が2000年代くらいからまちに変化を及ぼし始めた。開発当初は一区画最小で250坪という広大な敷地が並んでいたが、世代交代による相続や所有権移転などで土地が細分化、売却されるようになったのである。

学園町では年に1回、総会が開かれ、予算案、議案の承認その他が行われているのだが、2006年、そこでまちの変化が問題視する提言が出た。ミニ開発が進み、樹木が減り、小鳥のさえずりが聞かれなくなった中で、まちの環境が財産であることを住民が認識、次世代に伝えようというのである。そこから学園町の取組みが始まった。

住民90%以上の賛同を得て「学園町憲章」を制定

2023年に行われた不動産事業者への説明会ではきっかけとなった時期に配布されたかわら版と学園町憲章が配布された2023年に行われた不動産事業者への説明会ではきっかけとなった時期に配布されたかわら版と学園町憲章が配布された

翌2007年度には環境小委員会が発足。ミニ開発、緑の保存についての勉強会が始まり2年ほどかけて、「学園町憲章」の枠組み作りをした。
地区計画をかける、緑の保護・維持を目的とした建築協定を定める、などの手段も検討したが、最終的には法的には拘束力のない憲章を制定することになった。規則で縛るのではなく、共感や連帯感、愛着などといった気持ちからこのまちを大事に、後世に残すことをめざしたのである。

憲章成立までに隔月で各戸に無料配布される「かわら版」で環境について住民はどう考えるかの記事を3回にわたって掲載、環境小委員会では環境特集を発行した。こうして作りだした憲章案に対して2008年に自治会住民に対するアンケートを実施。70%を超える回収率、90%以上の支持を得て2008年5月の自治会総会で学園町憲章が成立した。現在、その憲章は町内のあちこちに掲示されている。

2023年に行われた不動産事業者への説明会ではきっかけとなった時期に配布されたかわら版と学園町憲章が配布された町内に掲示されていた学園町憲章。日常の中にいつも見えている存在だ
松が伐採された、憲章にはそぐわない開発現場松が伐採された、憲章にはそぐわない開発現場

4項目からなる憲章はごくごくシンプル。このまちを自宅の庭のように考え、美しく住みよい環境を保全していくために清潔さ、静けさ、安全性に配慮、住民のみならず関わる人すべてに対して豊かな緑、景観を尊重してくださいと求める、それだけである。

だが、運用の仕方を読むとただ理想を記しただけではないことが分かる。土地、建物の売買や建築行為を行う個人に「このまちの理念」を含めた総合判断を求めるだけでなく、土地、建物を取得して開発、建設する不動産会社、建設会社に対しても同様に理念を徹底するように自治会が説明し、事業者から企画、計画内容の説明を求めている。その結果、不適切な点があれば改善を協議するとしている。憲章を作ることで事業者から相手にされにくい個人の意見を町の理念に昇華、それをもって周囲に理解を求めているのである。
   
2015年4月に発行された「かわら版」52号には憲章を住民だけでなく、市役所、開発・建設会社等に幅広く配布し、説明を重ねてきたこと、特に事業者には個別に趣旨、目的を説明して緑化計画図等を提出してもらっていることなどが書かれている。憲章成立以降、町内で着工した累計60数件の住宅のうちには大きな樹林が消失するようなこともあったものの、大半は法を超える積極的な緑化が行われてきたという。法的効力がないとしながらもきちんと機能してきたのである。

一時中断を経て2021年から新住民の声で活動再開

塀ではなく、生け垣にしている住宅が多いのも大きな特徴塀ではなく、生け垣にしている住宅が多いのも大きな特徴

「この時期の開発は250坪などと大きな区画が中心で、開発行為(500m2以上。許可制)にあたるものでした。そのため、事業者から自治会に説明がある、あるいは自治体から事業者に説明会を求めることが多く、事業者としても自治会からのアドバイスは反対運動を避けるためにも逆にありがたかったかもしれません」。

ところが、8年ほど前に環境小委員会で中心となって活躍してきた人が病気で倒れた。高い専門性を持ち、事業者と互角以上にやりとりしてきた人だけに活動はしばらく停滞した。

それが再開することになったのは2021年に近隣にある旧ひばりが丘団地など日本全国で複数のエリアマネジメントに関わってきた株式会社HITOTOWAの荒昌史さんが学園町に住むことになって以降。

「こんなに開発が進んでいて、皆さんはどのように思われていますか?このままだと名残すらなくなるかもしれませんと言われました」と荻野さん。そこから一気に事態が動き始めた。

2022年には「かわら版」に学園町らしさを研究している東京大学大学院工学研研究科博士後期課程の玄田悠大さんのインタビュー記事が掲載され、同年には一般社団法人住宅生産振興財団の第18回住まいのまちなみコンクールで優秀賞を受賞。

2023年に入ってからは1月に学園町生誕100年講演会、4月に市民にできる住まいまちづくり勉強会、5月に学園町まちづくりワークショップ、6月には学園町の町並み継承と未来に関するアンケート調査を実施、そして9月には不動産事業者向け説明会、住民に向けての不動産と相続勉強会を開催と畳みかけるように動いているのである。

塀ではなく、生け垣にしている住宅が多いのも大きな特徴2023年1月に開催した住民向けの講演会。130名ほどが参加したそうだ。開場は自由学園内のホール 写真/@chibaaiko

不動産事業者約1000社に連絡、まちの理念を説明、協力を求める

事業者向けの説明会で学園町の歴史について語る荻野さん 写真/@chibaaiko事業者向けの説明会で学園町の歴史について語る荻野さん 写真/@chibaaiko

特に9月に行われた不動産事業者向けの説明会はこれまでにないものだった。学園町やその近隣で不動産仲介、開発、資産管理に関わっている、あるいはこれから携わる可能性のある事業者や、学園町ならではのまちなみ形成と市場価値の維持向上の取組みに関心のある事業者に集まってもらおうと約1000社にダイレクトメールを送付。返信のない事業者には自治会役員が手分けして電話をしたり、実際に事業者に足を運ぶなどして趣旨を説明。当日は約30人が参加した。

説明会では学園町の歴史、学園町憲章や前述のアンケート調査の結果などが紹介されたのだが、さまざまな話の中でもっとも印象的だったのはまちの緑を保全し、景観を守ることが不動産事業者にとってもプラスになるという言葉だ。

敷地内の樹木を残して開発して欲しい、新築する住宅敷地内に一定量の緑を確保して欲しいという要望だけでは、面倒くさい、金がかかると思われるだろうが、それがまちの価値を上げ、不動産価格にも繋がるとなれば別である。

事業者向けの説明会で学園町の歴史について語る荻野さん 写真/@chibaaiko説明会の様子。地元の不動産会社も含め、約30人ほどが参加 写真/@chibaaiko
浜名さんからはかわら版を通じた学園町の住民特性についての話があった 写真/@chibaaiko浜名さんからはかわら版を通じた学園町の住民特性についての話があった 写真/@chibaaiko

実際、住民を対象にしたアンケート調査では学園町を選んだ理由のツートップは緑が多いこと、静かな住宅地であることである。それを守り続けていくことがこのまちを選ばれるまちにし、価値を維持、向上させることなのである。

しかも、自治会からは住みたいという人を紹介できる可能性、販売を支援できる可能性までが提案された。不特定多数に広く広告を出して販売するより、このまちが好きで住みたいという人を紹介してもらえるのは事業者にとっては大きなメリット。自治会としてもこのまちの理念に共感して住みたいという人に住んでもらうのはうれしいこと。そう考えると、実は学園町の魅力を磨き続けることは自治会、不動産事業者双方にとってプラスであり、連携するのは合理的ということになる。

創始者羽仁もと子の合理性をたっとぶ精神が地域に根付いていた

論理的に考えればまちを良くすることが住んでいる人、不動産事業者どちらにとっても嬉しいのは当然だが、世の中一般ではそうはならないことが多い。これまでの環境を変えるな、開発反対と敵対する例もよく聞くことを思うと、学園町の判断は珍しいのではなかろうか。

その質問に対し、荻野さんは「羽仁もと子は合理的な人だった」という。「世界初の家計簿の考案者で、家事は可視化しましょう、家庭は質素に、余分なお金があったら寄付しましょうなどと言っていた人です。このまちについても有機的な住宅街にしたいと言っていたと聞いています」と話す。

取材の会場となった自由学園のしののめ茶寮。建物の前にせせらぎがあり、緑も豊富で気持ちが良い場所だった 写真/@chibaaiko取材の会場となった自由学園のしののめ茶寮。建物の前にせせらぎがあり、緑も豊富で気持ちが良い場所だった 写真/@chibaaiko

有機的な住宅街とはかくあらねばならぬと硬直したものではなく、その時、その時で時代に合わせて変化するものであり、学園町には今、何がベストかを考えられる人が集まっているとも。住宅分譲にあたり、誰でもいいからではなく、時間はかかっても考え方に共鳴してくれる人に売るというやり方をしていた結果でもあろう。創始者の合理的な精神が地域に深く根を下ろしているのである。

そのため、学園町では敬老の日に高齢者にお祝い品を贈るより子どもたちにそのお金を使おうという声が出て、小学校入学時に60色の色鉛筆が配られるようになったり、自治会主催のクリスマスコンサートを無料で実施。それに感激した出席者からこんなに良いイベントなんだから無料にしないで会費を取ったらいいのではという発言もあったほどだという。
感情や自分の損得ではなく、全体を見てモノを考えられる人達が多いということだろう。

また、憲章制定からこのところの立て続けの活動についての情報共有については何度か引用させていただいているかわら版の影響が大きい。

隔月発刊される無料のかわら版で情報を共有、地域がまとまった

たいていの場合、町内での情報は回覧板で回ってくるものだが、学園町では2006年以来かわら版が隔月に無料で配布され続けており、2024年1月時点ですでに104号。担当する自治会副会長で広報委員会の編集長である浜名純さんは新聞社にいた人で、やはり出版社にいた前々会長となにか出そうよという話でスタートしたという。

「毎年1回総会はあるものの自治会内で役職に就いている人くらいしか出席しないので、問題意識を共有、広く知ってもらうためにはかわら版の役割は大きかったのではないかと思います」と浜名さん。

一部の人が問題だと思っていてもその意識が共有され、地域として統一した意見にならなければ外部の事業者や自治体などには相手にしてもらえない。学園町の場合、憲章を作り、それが自治体ホームページに掲載されていることから、事業者も注意、敬意を払ってくれているのだろう。

かわら版では環境が学園町の財産であることが何度も伝えられた。実際に現地に行ってみると実感する人が多いはずだ 写真/@chibaaikoかわら版では環境が学園町の財産であることが何度も伝えられた。実際に現地に行ってみると実感する人が多いはずだ 写真/@chibaaiko

また、話を聞いていて外部の人間として思ったのは歴史のある古い自治会であるのに新しい人に対して寛容だという点。荻野さんは学園町4代目とのことだが、浜名さんの住民歴は40年余。荒さんは2年ほど。だが、どちらも現在の自治会の中では重要な役割を担っており、特に最近の活発な動きは荒さんの言葉によるところが大である。

「引っ越してきた時に新しい人を受け入れる、開かれているまちと思いましたね」と浜名さん。ご自宅では40年前からご家人が保育室を主宰、地域のコミュニティのハブになっているそうで、地元には保育室の恩恵を受けた人も多数いると荻野さん。40年前といえば保育室はまだまだ珍しい時代。寛容なまちには新しいものが生まれるのだろうとも思った。

さて、最後にこれからの話を。開発は相変わらず、学園町のあちこちで行われている。だが、以前よりも自治会に連絡してくるケースが増えたと荻野さん。

かわら版では環境が学園町の財産であることが何度も伝えられた。実際に現地に行ってみると実感する人が多いはずだ 写真/@chibaaiko話を伺った右から荻野さん、浜名さん、荒さん。場所は自由学園内のしののめ茶寮。1階には一般の人も入れる店舗が入っている

相談に来る事業者も増えたが、問題はまだある

歩いているとところどころにこれから販売されるのであろう空き地も。緑の豊富な住宅として住民を迎えてくれる日を期待したい歩いているとところどころにこれから販売されるのであろう空き地も。緑の豊富な住宅として住民を迎えてくれる日を期待したい

「最近の開発は以前と違い開発行為に当たらない規模が中心で少し前までは悪意なく憲章の存在を知らずに開発を進める事業者も多く、見つけては電話して説明に行っていました。

ですが、不動産事業者向け説明会以降再度市役所にも説明に行き、市長にも現地に来ていただいたので向こうから来るケースが増えています。行政と繋がっていることは事業者には意味があるようです。ただ、建築士の人には理解いただけるものも、営業、測量担当者では通じないことも。

要望するのは外構の部分だけ。家はピンクでも黄色でも構いませんが、人口芝を敷くのは止めていただきたいし、緑は植えて欲しい。過去にアドバイスした物件例などもあるので見て分かるような形で要望するようにしています」。

また、荒さんは宅建業を取得、浜名さんのアパートの一室を借りて新たに学園町を基点にした不動産業を始める。地元には相続などを控えて悩んでいる人も多いが、その人達とまち、双方にベストな解決法を提案できればという思いからである。さらには自治会のホームページを作るなどの計画もある。

ところで、こうした取り組みによって学園町で新たに分譲される住宅は緑に配慮のあるものになっていくだろうが、もうひとつ、手を付けるべき点があるように思う。既存樹木を守り続けている個人の努力をそのままにしておいて良いのかという問題である。

訪れてみると分かるがこの地には巨大な樹木や時を経た桜の木が多く残されている。これらを維持、管理するには多大な労力と費用がかかる。それを現在は広大な土地を持つ、つまり、たくさんの固定資産税を払っている個人が負担している。

だが、その樹木を含めた景観がまちの魅力となり、新たに税金を払ってくれる人を呼んでいるのだとしたら、その個人の努力に対し、何か、報うべきではないかということである。個人の敷地内にあるものではあるが、それはもうコモンではないかということだ。

都心の再開発では緑化することで容積率その他のボーナスが得られることになっているが、それに呼応するように住宅地の緑を残す相続、活用に対してなんらかのボーナスを用意しても良いのではなかろうか。緑、景観を維持することでそれを魅力と感じる人が入ってくると考えると、特に基礎自治体にとっては税収確保の大きなポイントでもある。何か手を考えても良いのではなかろうか。

歩いているとところどころにこれから販売されるのであろう空き地も。緑の豊富な住宅として住民を迎えてくれる日を期待したい住宅の背後には武蔵野の森を思わせる大樹が。町内にはこうした住宅があちこちに点在している 写真/@chibaaiko

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