日本に最も影響を与えた外国人建築家、A.レーモンド
旧イタリア大使館別荘は、1928年(昭和3年)に建築家、アントニン・レーモンド(1888~1976年)の設計で日光・中禅寺湖畔に建設された。大使館? 別荘? 庶民には縁遠いな…と思われるかもしれないが、そう言わずに読んでみてほしい。
レーモンドは、日本の現代建築に最も影響を与えた外国人建築家だ。「外国人」と言っても、活動のほとんどは日本。出生地は、オーストリア=ハンガリー帝国(現在のチェコ)のクラドノ。プラハ工科大学で建築を学び、卒業後にアメリカへ。1916年、前回「フランク・ロイド・ライトゆえの愛の表現 “川のような段状空間” ~愛の名住宅図鑑04 「ヨドコウ迎賓館」(1924年)」で取り上げたフランク・ロイド・ライトの事務所に入所。1919年、帝国ホテルの建設のためにライトと共に来日。その完成(1923年)を待たず1922年に独立し、事務所を開設する。
「スギの皮」でつくられた幾何学模様にびっくり
この別荘はレーモンドがライトの下から独立して6年後に完成した。
特徴は、内外に多用されているスギ材だ。地元で取れる木材を生かした。構造材(柱・梁)だけでなく、スギ板やスギの「皮」を仕上げに用いている。
市松、網代、亀甲、矢羽……。スギ皮とスギ板を割り竹で固定し、「こんな張り方があるのか」とびっくりするような模様で建物全体を覆う。
レーモンドは独立後、ライトの影響から脱するのに苦労したといわれる。横浜市に現存する「エリスマン邸」(1926年)を見ると、内部空間は確かにライトっぽい。それに対して旧イタリア大使館別荘は、「装飾重視」という意味ではライトの影響下にあるが、スギという日本的な素材をメインに据えることで、ライトとは異なる「木造モダニズム」の表現へと一歩踏み出したことが見て取れる。
奥日光の大工棟梁がレーモンドの発想をサポート
この建物の実現には奥日光の大工棟梁、赤坂藤吉(1885~1957年)が寄与したと考えられている。赤坂は木造に新しい技術を取り入れることに抵抗がなく、レーモンドとともにさまざまな木の表現を試みた。2023年に国の重要文化財となった「軽井沢夏の家」(1933年、現ペイネ美術館)も赤坂が施工を担当した。
軽井沢夏の家が文化財に指定された際には「木造モダニズム建築の嚆矢(こうし)」と評された。嚆矢というのは「物事のはじめ」という意味。赤坂がレーモンドのライト離れを後押ししたわけだ。
レーモンドは戦後もモダニズムの傑作を多く残すとともに、前川國男(1905~1986年)、ジョージ・ナカシマ(1905~1990年)、吉村順三(1908~1997年)などの著名建築家を育てた。この別荘が戦後の日本型モダニズム隆盛の1つのきっかけになったと言っても過言ではないだろう。
木格子のグリッドごしに眺める湖の美しさ
この連載は建築家の「愛」の解説でしょう? そろそろ、そんな声が聞こえてきそうだ。そう、実際に訪れると端々にレーモンドの愛を感じるのである。
まずは2階の個室。2階には寝室が4部屋あり、全ての部屋に大きな窓と造り付け収納がある。ベッドからも湖が見える。室内は壁も天井も床もスギ1色で、カーテンとベッドだけが色を添える。部屋ごとにテーマカラーがあり、色で部屋を呼び分けていたという。シンプルながら引き込まれる空間だ。
1階はリビング・ダイニングが見せ場。だが、愛を感じるのはむしろ、機能のないベランダの方だ。湖に面したベランダの椅子にゆったりと身を委ねると、ガラス戸の木格子が湖の水平ラインを強調してなんと美しいことか。暖かい日にはガラス戸を開け放ち、縁側のように外気を感じることもできる。
「10年持てば…」というほどの低予算?
レーモンドは晩年に執筆した自伝の中で、この別荘について「10年が寿命だと思われた」と書いている。予算が厳しく、「10年持てば」くらいに思って設計したのだろう。地元のスギを多用したのも、奇をてらったのではなく、それが一番手に入りやすかったからなのだ。
レーモンドの想像に反して、この建物は70年以上、イタリア大使館の別荘として使われた。歴代の大使たちの心を捉え続けたということだ。
そして1997年に栃木県の所有となり、県が2年間かけて復元工事を行ったのち、一般公開されている。2001年には登録文化財になった。
予算が厳しくても、丁寧につくれば建物は長く愛される──。「大使」、「別荘」という一見、庶民に縁遠い建物ではあるが、家づくりの参考になる「愛の名住宅」なのではないか。
■概要データ
所在地:栃木県日光市中宮祠2482
設計:アントニン・レーモンド
階数:地上2階
構造:木造
建築面積:379m2
竣工:1928年(昭和3年)
■参考文献
自伝 アントニン・レーモンド(アントニン・レーモンド)
木造建築をめぐる レーモンドの大工(東京大学生産技術研究所藤森研究室 速水清孝)
東西の建築文化を見事に融合させた、レーモンド設計《旧イタリア大使館別荘》(Karen Severns)https://www.houzz.jp/ideabooks/83324924/list
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