はじめに

令和元年東日本台風時の浸水被害(福島県いわき市)*撮影:本稿者令和元年東日本台風時の浸水被害(福島県いわき市)*撮影:本稿者

現在の都市計画で最も配慮するべきはこのハザードマップに他ならない。

私は地方自治体で都市の将来の土地利用のあり方を示す「都市計画マスタープラン」に策定に携わってきたが、この際に最も私を悩ませたのは災害の危険性のあるハザードエリアの存在である。特に発生頻度が高く市街地への影響範囲が大きい洪水による浸水想定のエリアをどのように扱うのかである。各都市の成り立ちなどにより慎重な判断が必要なため悩ましい問題であった。

人命を最優先にすれば水害の危険性のあるエリアに居住地域をつくりたくはないのが本音だが、例えば河川流域沿いに発展した街で新たに土地利用を制限すれば経済活動を妨げる要因になる。一方では、都市機能の維持(経済)を優先にすれば水害を許容した都市となるため、災害後から復興までの期間が長くなる上に死傷者も想定される。

土地利用のあり方によって、都市の将来性を左右する大きな舵取りとなる。本記事の本題でもあるが、ハザードマップの整備が追いついていないことで土地の災害リスクを見落としてしまう恐れがある。この記事では私の経験を踏まえながらハザードマップ未整備地域の災害リスクをどう把握すればよいのか解説していく。

ハザードマップの役割とは

世田谷区洪水・内水氾濫ハザードマップ(多摩川洪水版、内水氾濫・中小河川洪水版)*出典:世田谷区世田谷区洪水・内水氾濫ハザードマップ(多摩川洪水版、内水氾濫・中小河川洪水版)*出典:世田谷区

いわゆるハザードマップは1949(昭和24)年に制定された水防法に基づき、国または自治体が作成した浸水想定区域等の情報を基にして市区町村長が作成するものである。役割としては、住民や滞在者に対して、浸水想定区域や土砂災害警戒区域、避難施設、避難経路などの避難に必要な情報を伝えることにある。

歴史を遡ると、水防法は第二次世界大戦終戦後すぐに関東東北地方を襲ったカスリーン台風(1947年)を契機として制定されている。このカスリーン台風によって全国で死者・行方不明者1,930名、浸水384,743棟を記録し、特に関東地方では利根川や荒川が決壊し大水害となっている。当時の状況下では避難準備やどこに避難すればよいのか情報提供がままならず多くの死傷者が出たとされる。

このような経緯から水防法が制定された。つまり、ハザードマップは浸水想定の範囲をあらかじめ明示し避難者が自身の居場所からどこに避難すればよいのか誘導する役割となっていることに注目することが必要である。

この項の最後の補足として、ハザードマップについては、水防法に基づくハザードマップ以外にも「ダム・ため池ハザードマップ」や「火山ハザードマップ」、「液状化ハザードマップ」などがあり水防法に基づく一般的なハザードマップにはこれらの情報は掲載されていないことに注意が必要となる。なお、この記事では一般的な水防法に基づくハザードマップ(特に河川洪水ハザードマップ)について解説しているので注意いただきたい

ハザードマップの特徴とは

洪水ハザードマップには、一般的に次の6つの情報が掲載される。
 ❶洪水浸水想定区域
 ❷雨水出水浸水想定区域
 ❸高潮浸水想定区域
 ❹土砂災害警戒区域
 ❺津波災害警戒区域
 ❻避難場所等の情報(避難場所や避難経路、路下街、高齢者施設など)

補足として、「雨水出水」という用語が聞き慣れないと思うが、これは内水氾濫のことをいう。堤防から見て河川側を「堤外」、外側(建物がある側)を「堤内」といい、降雨によって河川への排水が追いつかずに排水路等から溢れた場合を「内水氾濫」という。一方で河川内の「堤外」から水が溢れることを「外水氾濫(河川洪水)」という。

近年、線状降水帯などの増加に伴い増えている災害が「河川洪水」や「雨水出水」、土砂災害であるが、このうち洪水や雨水出水は1000年確率で生じる浸水想定(想定最大規模降雨という)がハザードマップに記載される。1000年確率とは、1年間に1回 以上発生する確率が1/1000(0.1%)という意味であり、1000年に1度の確率という意味ではないことに注意してほしい。つまり、毎年発生する可能性もある。

このうち、河川洪水で想定最大規模降雨が記載されるようになったのは、2015年の水防法改正によるもので、理由としては、河川整備で目標とされる降雨を超える大雨による被害があったことを受けたものである。これ以前は河川整備方針で記載される将来的に氾濫させないために整備する際の目標降雨に相当する浸水想定がハザードマップに記載(計画規模降雨)されていた。

この計画規模降雨の浸水想定は河川によって異なり都市河川では概ね1/50〜1/100の確率で生じる浸水被害である。理論上、河川整備方針に基づく治水事業が完了し想定降雨以内であれば浸水被害はない。ただしあくまでも理論値であり降雨の場所や降り方によっては、治水計画外の流量となり洪水が生じる。近年では気候変動により一部の地域で目標降雨を上回る水害が発生していることから目標降雨の見直しが進められている。

この計画規模降雨は現在では、ハザードマップへの記載は義務化されていないため確認するには国又は都道府県のホームページを確認する必要がある。
*国:各地方整備局の河川事務所、都道府県:河川管理部局 ※内水は都道府県又は市町村

ただし、実態としては整備が追いついていない現状がある。

現在、洪水浸水想定区域が公表されている河川は国管理の一級河川と二級河川の一部である。令和3年の法改正により住宅などの防御対象施設がある一級及び二級水系すべての河川を浸水想定作成対象に追加(特定都市河川に指定)することができるようになり、国では現在の2000河川から2025年度には約1.7万河川まで増やすことを目標としており、順次公表河川が増える予定である。

しかしながら、近年の台風でも浸水被害を受けている市町村管理の準用河川(河川法を準用する河川のこと。全国に約1.4万河川ある)や河川法の適用を受けない普通河川については義務化されていないことに注意が必要である。なお、一部の市町村では水防法に基づき任意にハザードマップを作成し住民に周知している例もある。

次に不動産購入時の留意点を解説する。

特定都市河川浸水被害対策法等の一部を改正する 法律(令和3年法律第31号)について【公布:R3.5.10 / 施行:R3.7.15又はR3.11.1】 (作成:国土交通省)特定都市河川浸水被害対策法等の一部を改正する 法律(令和3年法律第31号)について【公布:R3.5.10 / 施行:R3.7.15又はR3.11.1】 (作成:国土交通省)

土地購入時の留意点

不動産を購入する際の注意点としてハザードマップに記載されている想定最大規模降雨が挙げられる。しかしながら、ハザードマップのほぼ全面に赤塗りされる表示に「1000年確率の災害級の大雨が降ったら仕方ない」程度に思ったことはないだろか。確かに、想定最大規模は災害の程度が大きいため命を守るための対策としては必要であることがうかがえる。

しかし、木造住宅のように短期間の使用を想定している場合、財産を守る観点からは、発生頻度の低い洪水よりも発生頻度の高い洪水の浸水リスクを重視した方がより合理的である。仮に頻繁に発生する洪水で建物使用が一時的に不可能になるような1階以上が浸水する場合、その土地は災害リスクが高いといえる。

令和元年東日本台風時に「罹災調査員」として浸水した多くの建物を調査した経験として、基礎高を超えて1階以上が浸水している木造住宅では長期間居住が不可能になることから長期の避難所生活と修繕費用が必要となる。そのため、そのような土地は精神的・肉体的・金銭的に疲弊するためできる限り避けた方がよい。

令和2年の宅建業法施行規則の改正により不動産の重要事項説明時にハザードマップの情報を説明することが義務化されたが、この情報はあくまでも1000年確率の浸水想定であり、避難を前提としたマップであるため土地リスクの最大値を説明していることに注意してほしい。

宅建業法重要事項説明におけるハザード情報の記載事項(雛形)宅建業法重要事項説明におけるハザード情報の記載事項(雛形)

ハザードマップを鵜呑みしてはいけない理由

多摩川・浅川・大栗川の洪水浸水想定区域図(計画規模)【世田谷区】※出典:国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所
https://www.ktr.mlit.go.jp/keihin/keihin00664.html多摩川・浅川・大栗川の洪水浸水想定区域図(計画規模)【世田谷区】※出典:国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所 https://www.ktr.mlit.go.jp/keihin/keihin00664.html

まとめると、ハザードマップを鵜呑みにしてはいけない理由としては次の2つである。
 ❶発生頻度の高い浸水想定は記載されていない
 ❷すべての河川の浸水想定は公表されていない

一つ目は、「発生頻度の高い浸水想定は記載されていない」だ。
土地購入や家や土地を借りる場合には、自身が住む予定の地域で発生頻度の高い水害により何m浸水するのかは不動産の重説時に説明しないため自分で調べる必要がある。調べ方は、国の河川事務所または各都道府県のホームページで「計画規模降雨」で検索すると閲覧することができる。
ただし、現在作成中の河川や策定義務がない河川では作成されない。また、河川整備の進捗状況や整備計画の見直しにより浸水想定の範囲や浸水深が変化することに注意が必要となる。

二つ目は、「すべての河川の浸水想定は公表されていない」だ。
浸水想定の策定が必要となる河川は一級水系と二級水系の河川のみであり、このうち特に洪水予報や水位周知の必要な一級河川及び二級河川のみ公表されている。
前項でも触れたが、現在公表河川以外の一級及び二級河川は現在策定が進められており、国では2025年度までに1.7万河川で浸水想定を公表することを目標としている。また、市町村が管理する小規模な河川(河川法を準用する河川など)の作成義務はないため、作成するかどうかの判断は市町村に委ねられている。

ではどのようにして未整備地域の水害リスクを把握するのか。

多摩川・浅川・大栗川の洪水浸水想定区域図(計画規模)【世田谷区】※出典:国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所
https://www.ktr.mlit.go.jp/keihin/keihin00664.html2023(令和5年9月)の台風13号により越水したそれぞれの二級河川 (写真中左側は浸水想定の公表河川、右側は未作成河川であった)

浸水想定未整備地域の水害リスクを把握する方法

浸水想定が公表されていない地域で水害リスクを確認する方法は、国土地理院地図の「自分でつくる色別標高図」から0.5mごとに標高を分けて作成することだ。標高0.5mごとに色分けすることがポイントであり、これにより河川堤防と周辺の土地との高低差の確認が可能となることから土地の水害リスクの評価ができる。とはいえ、この方法は一般的に知られておりインターネット検索によりその方法が掲載されているため、ここではかつての都市計画や歴史的なアプローチをお伝えする。

方法は大きく2つある。
❶古地図で旧河道や水田、湿地等ではないか確認
❷市町村史等で水害の歴史を調査

まず❶だが、1968(昭和43)年の都市計画法改正により線引き制度が導入されたことに伴い、法令により原則として市街化区域には水害の恐れのある地域は含めてはならないとされた。
このため、市街化区域は、比較的水害に対して安全であると言いたいが、その実態は、当時の人口増加に伴い仕方なく水害の危険性のある地域を市街化区域に含めている例がある。そうして、そうした地域が現代になって水害を受けているため、1968(昭和43)年前後に河川近傍の水田や湿地等であった場所で、その後宅地化した地域は危険性が高いといえるためリスク把握の参考となる。

なお、古地図は、国土地理院の「地図・空中写真閲覧サービス(下記リンク参照)」や地域の図書館で閲覧できる。特に私が参考になると考えているのは戦後GHQが1947年頃に日本上空で撮影した空撮である。地図に比べて当時の土地利用の状況が写真により明確にわかる特徴がある。

下図の写真の比較は戦後すぐに撮影した空中写真と2019年10月に台風被害を受ける前との比較である。この地域は市街化区域ではあるが従前から宅地化されていた地域ではなく、昭和43年以降に土地区画整理事業を導入して田畑を宅地にした地域である。過去に何度か洪水被害が起きている河川に近接していたということもあり令和元年東日本台風では越水・破堤により死傷者が出る浸水被害となった。

次の❷の方法としては、市町村史を確認することである。
市町村の歴史が記載された史料では、災害の歴史も記載されていることが多く、どの地域でいつごろ災害が起きたのかある程度の予測をつけることができる。
また、水害は繰り返し同じ場所で発生していることが多く、水害の史料にて何度も同じ地域名称が出てくる場合には災害の危険性の高い地域であることが推定できる。ただし、地域や村の範囲が記載される程度のため、明確なエリアの範囲が記載されているわけではないことに注意が必要となる。

令和元年東日本台風にて浸水した地域の1947年と2019年の比較(*提供 国土地理院)令和元年東日本台風にて浸水した地域の1947年と2019年の比較(*提供 国土地理院)

建築時に行う住宅の水害対策

建築時に行う住宅の水害対策方法としては次の方法が挙げられる。ここで一般的な木造一戸建て住宅を例にして簡潔に解説する。
 ❶土地を盛土する。
 ❷基礎高を高くする。
 ❸ピロティ構造にする。
 ❹耐水塀で家を囲む。
 ❺耐水壁の構造にする。
 ❻1階に居室を設けない。
木造住宅の場合には現実的な方法としては❶または❷となる。一部の住宅メーカーでは❺を販売している例もある。

ポイントはどの浸水想定に対してどの程度許容するかでありこのことは自身で判断しないといけない。

例えば、計画規模降雨により〜0.5mの浸水が想定される場合の対策を考えてみる。
通常、住宅を建築する場合には排水勾配を確保する関係から建築物の地盤面は道路面よりも0.2m〜0.3程度盛土する。これに通常コンクリート基礎高が0.3〜0.4m加えられるため、安全を考慮し0.5m以上嵩上げ又は基礎高さを上げておけば浸水する恐れがないといえる。敷地内に汚泥が入るのを避けるのであれば擁壁を用いて敷地全体を嵩上げする方法もある。

次に1階部分が浸水する0.5m以上3.0m未満の浸水想定だが、この場合、浸水を避けるには❸❹❺、また浸水を許容し人命を最優先とするのであれば❻という方法があるが、基本的に水害を許容しながら生活せざるを得ないことに注意が必要となる。また、平屋の場合は屋上への避難や近傍に避難施設がない場合は人命に危険が及ぶため避けるのが無難である。被害軽減のため土地の嵩上げや基礎高を高くする方法も考えられる。

最後に計画規模降雨で3m以上の浸水が想定される場合だ。この場合には2階以上の部分が浸水する恐れがあり人命に危険が及ぶため、木造一戸建ての居住地に適しているとは言えない。
決して住むなという話ではない。しかし、少なくともこれから全国で進められる新たな治水事業(流域治水)が完了し、ある程度の安全性が確保できなければ居住には向かないと考える。なお、参考情報として、国では2022(令和4)年からこれまで一部の自治体の市街化調整区域で例外的に認めてきた住宅開発について方針を変更。想定最大規模降雨による浸水想定が3m以上となる地域では原則許可してはならないとしている。

木造住宅における一般的な水害対策木造住宅における一般的な水害対策

本稿では、特に河川洪水による浸水想定について解説を行ったが、この他にも発生頻度の高い災害としては内水氾濫、土砂災害、高潮災害がある。加えて、発生頻度は低いものの壊滅的な被害をもたらす災害としては津波災害、火山災害、地震災害がある。

いずれも近年の激甚化する災害に対応するため、現在進行形で各都道府県や市町村で作成が進められているため住宅購入後に新たにリスクが反映され場合やリスク程度の見直しもあるため、定期的に情報を取得する習慣が必要になると考えられる。ただし、それぞれの情報を一つにまとめたものを公表している例はないのが実態である。

最後に私の経験から一つご提案できるのは、市街地にお住まいの方であれば市町村の「都市計画マスタープラン」や「立地適正化計画」の確認をおすすめしたい。ここには自治体の都市計画担当者があらゆる災害に対して都市計画上、どのようにアプローチし対処するのか記載されているため、土地の将来性を把握する上でとても参考となる指標である。

◆地図・空中写真閲覧サービス
https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1

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