大阪IRはどういう事業か?
2023年9月22日、大阪IRの計画(大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域の整備に関する計画)が政府に認可(2023年4月27日)された。さぞかし大阪は盛り上がっていると思いきや、実際はそうでもない。
国会での審議が遅れ、予定が先延ばしになっていく間に、コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻と、世の中の情勢は大きく変わり、IRへの関心は薄れている状況だ。それは大阪だけではない。2016年に特定複合観光施設区域整備法(IR整備法)が成立した時には、東京、神奈川、千葉、北海道、長崎、和歌山など各地が誘致合戦を繰り広げ、盛り上がりを見せたが、2022年に計画を申請したのは、大阪と長崎だけである(2023年9月現在長崎は審査中)。日本全体で熱が冷めているといってもいいだろう。
大阪IRも、本来は2024年に開業し、2025年の国際的な博覧会とセットで盛り上げていく予定であったが、スケジュールは大幅に遅れている。はたして、大阪経済の起爆剤として期待されている大阪IRはどうなっていくのだろうか。大阪IRの現状と今後の取り組みについてまとめてみた。
大阪IRはどのような整備事業か、「大阪・夢洲地区特定複合施設区域内の整備に関する計画」を基に整理してみよう。
計画予定地は大阪湾の人工島「夢洲(ゆめしま)」の中央部北側。敷地面積約49.2万m2で、2025年開催予定の国際的な博覧会の隣接地である(将来的には博覧会会場跡地も2次、3次工事を経てIRの施設として組み込まれる予定になっている)。大阪IRは民設民営の事業であり、大阪IR株式会社(合同会社日本MGM、オリックス不動産、関西の地元企業20社)が整備や運営を行い、大阪府や大阪市が運営に関わることはない。事業期間は35年間(延長30年間)なので、一度スタートすればその期間は営業し続けることになる。
IRはIntegrated Resortの頭文字で、統合型リゾートと呼ばれる。カジノのイメージが強いが、他に国際会議場や展示場、ホテル、レストラン、ショッピングモール、エンターテインメント施設など、いくつもの施設で構成さる(大阪IRではカジノの床面積は全体の3%)。事業コンセプトは「結びの水都」。かつては東洋のベニスと呼ばれた水の都・大阪らしく、豊かな水辺の空間を体現するとともに、あらゆるものを結ぶ結束点になるということ。そして、「WOW Next」というビジョンを掲げ、来訪者に驚きを表す「WOW」という体感をしてもらい、それを全国各地域に届けていくというものだ。
世界水準のMICE施設と日本の魅力を発信する施設
敷地はコンセプトを基に以下の4つのゾーンに分けられ、その機能に合わせた施設が配置される。
・「関西ゲートウェイゾーン」には、ホテルや関西ツーリズムセンターなどを配置
・「イノベーションゾーン」には、MICE施設が設置
・「ウォーターフロントゾーン」には、フェリーターミナルや海辺景観を生かした公園などが設置
・「結びの庭ゾーン」には、商業店舗とオープンスペースが設置
来訪者が、目的に合わせて効率よく利用できるように、工夫されたゾーニングになっている。
では具体的に、どのような施設ができるのか見てみよう。
1. 世界水準のMICE拠点を形成する「国際会議場施設」と「展示等施設」
「国際会議施設」は、最大収容人数6,000人以上の会議室を中心に、ボールルーム、多目的室、ボードルーム、VIP会議室など、主催者のニーズに合わせて対応できる会議室が一体的に配置され、全会議室の収容人員の合計は1万2,000人以上になる。「展示等施設」は、2つのホール合わせて約2万m2の広さを確保しているので、世界的な展示会や見本市を開催することが可能だ。
2. 大阪・関西および日本の魅力を創造・発信する「魅力増進施設」
大阪や関西だけでなく、日本の魅力を伝える複数の施設からなる。伝統芸能に新たな表現手法を取り入れた革新的なコンテンツや体験型のイベントが開催される「ガーデンシアター」、華道、茶道、香道などの日本の伝統芸道を五感を通じて体験できる「三道体験スタジオ」、大阪・関西の食文化を気軽に楽しめる多彩な飲食施設が集まる「ジャパン・フードパビリオン」、日本の伝統的な工芸や文化の魅力に触れられる「関西ジャパンハウス」、幅広いジャンルの作品が展示される「関西アート&カルチャーミュージアム」の5つだ。
これら魅力的な施設を通じて、大阪・関西および日本の魅力を発信し、体感してもらうことになる。
ホテル、カジノ、シアターなど滞在を楽しむ施設と送客施設
3. 日本観光のゲートウェイとなる「送客施設」
大阪IRの来訪者を、神戸や京都、奈良などの関西圏だけでなく、日本各地に観光客として送り出すための施設。関西ツーリズムセンターで、最先端技術を活用した観光情報の提供や専門人材・AIによる観光案内などを行う予定だ。また、大規模なバスターミナルやフェリーターミナルなどの、アクセス機能の整備を行い、大阪IRから日本各地に観光客を送り出していく。
4. 利用者ニーズに対応した特色ある「宿泊施設」
ホテルは、ビジネス客やファミリー層向け、富裕層など、幅広い層に対応できるように、MGM大阪(エンターテインメントホテル)、MUSUBIホテル(多世代型アクアリゾートホテル)、MGM大阪ヴィラ(VIP向け最高級ホテル)の3つのホテルが建設される。総客室数は約2,500室。宿泊施設内には多様なニーズに対応する複数の飲食施設や、スパ、スポーツジムなどの付帯サービスが導入される。
5. 国際的なエンターテインメント拠点を目指す「来訪及び滞在寄与施設」
約3,500席の夢洲シアターでは、世界的なアーティストによるコンサートや映画、音楽の授賞式、大阪IRでしか見られないショーやイベントの開催など、新しいエンターテインメントを世界に発信していく。また、結びの庭などのオープンスペースでは、さまざまな体験型のイベントが提供される予定になっている。
6. 「カジノ施設」
カジノ施設は1ヶ所。テーブルゲーム約470台、電子ゲーム6,400台を、各顧客層の属性と嗜好に合わせてフロアに配置するほか、来訪者の利便性を考慮し、多様な飲食店が各所に設けられる。世界最高水準の規制の下での公正・廉潔なカジノ施設を目指し、カジノ施設があるゲーミング区域は、適切な国の監視・管理の下で運営される。また、カジノ施設を利用しない来訪者へ配慮した配置やデザインも計画されている。
各施設の詳細については今後変わる予定もあるが、大阪IRに来れば「体験する、食べる、泊まる、ビジネスをする、リフレッシュする、働く、楽しむ、ショッピングをする」など、多種多様な体験ができることは間違いない。
世界中の人と、交流する機会にもなるだろう。
関西圏への大きな波及効果に期待
大阪府はホームページで、大阪IRの目的を「世界最高水準の成長型IR事業の実現を図ることで、大阪の成長産業である観光分野の基盤産業化を図るとともに経済成長のエンジンとして、その成長力及び国際競争力を持続的に強化し、府市は増税をすることなく、新たな財源を確保し、観光や地域経済の振興、財政の改善への貢献を持続的に発現します」と書いている。関西圏に大きな経済効果をもたらし、大阪府や大阪市の財政を助けてくれる事業として期待されているのだ。
では、大阪IRをお金の面からひもといてみよう。
■IR区域整備に関する経済的効果(関西圏)
・初期投資額 約1兆800億円(税抜き)。内訳は、建設関連投資約7,800億円、そのほか約3,000億円
・年間来訪者 約2,000万人(国内約1,400万人、国外600万人)
・年間売り上げ 約5,200億円(ノンゲーミング1,000億円、ゲーミング4,200億円)
■建設時(関西圏)
・経済波及効果 約1兆5,800億円
・雇用創出効果 約11.6万人
■運営時(関西圏)
・経済波及効果 約1兆1,400億円/年
・雇用創出効果 約9.3万人/年(IR施設内の雇用者数 約1.5万人)
上記の数字を見てもわかるように、大阪IRにより関西圏に大きな経済効果が生まれると予測されている。
またIR区域内では、毎年約5,200憶円もの売り上げが上がることになっているが、その約80%はカジノの売り上げである。ここで生み出すお金は大きく、IRはカジノなしには成り立たない事業であることがよくわる。
また、IR事業者から大阪府や大阪市に納められる納付金やカジノの入場料は年間約1,060億円(納付金約740億円/年、入場料約320億円/年) で、大阪府と大阪市で均等配分される。入ってきたお金の使い道としては、ギャンブル依存症対策などの必要経費約55億円を引いた残りの金額が、舞洲及び舞洲周辺の魅力向上や、観光の振興に関する施策、社会福祉の増進に関する施策、文化芸術の振興に関する施策などに使われる予定だ。
教育環境の充実でいえば、2022年度の予算で、私立高校などの授業料の無償化の負担分(大阪府)約154億円、学校給食費の無償化(大阪市)65億円、塾代助成事業(大阪市)約24億円となっているので、1,060億円が毎年入ってくると、かなり財政が楽になることがわかるだろう。
まさに、大阪府と大阪市にとっては、増税しないで大きな財源が確保でき、大きな経済波及効果が生まれる事業なので、開業に向けて力が入るのも無理はない。
大阪IRの開業に向けての課題
大阪IRの全体計画を見ているとワクワクしてくるが、開業までにはいくつもの課題を解決していかなければならない。
現時点での不確定事項や課題として挙げられているのが以下の3点だ。
・新型コロナウイルス感染症の影響(国内外の観光需要の本格的回復)
・国の詳細制度設計(IR税制やカジノ管理規制など)
・夢洲特有の課題(土壌汚染、液状化などへの適切な対応や工事環境が整うこと)
また、大阪IRに反対する声も根強いので、しっかりと対策を練り、理解を求めていくことが必要になる。
実際、2023年8月17日に、第1回大阪府民向けセミナーが開催され、大阪IR事業の内容や、懸念材料に対する対策(ギャンブル等依存症対策、治安地域風俗環境対策、危機管理・防災対策、感染症対策)などが説明された。今後も地元企業や経済団体等を対象としたセミナーや、大学を対象とした出前講座などが予定されている。
しかし、一番懸念されるのは、建築費の高騰である。「大阪・夢洲地区特定複合施設区域内の整備に関する計画案」が提出された2022年に比べ、2023年はさらに建築費が大きく上昇しているからである。建築費の上昇は見込んでいるだろうが、昨今の物価上昇や”建設業の2024年問題”など、さらなる上昇が予測されている。今後、初期投資の70%超を占める建設関連投資約7,800億円がどこまで膨らむかがポイントになるだろう。また、各施設の建設は大手ゼネコンが中心となるが、目先の問題として国際的な博覧会のパビリオン建設があるので、工事の着工シナリオがなかなか描けない状況だと考えられる。
大阪IRはいつ開業するのか?
2023年4月に政府が認定した区域整備計画段階では、開業時期は2029年秋~冬ごろで、初期投資額は1兆800億円としていたが、9月に認可された計画では、開業は2030年秋ごろで初期投資額は当初計画に対して約1,900億円増の約1兆2,700億円に修正されている。
今回の修正理由について、開業時期に関しては政府の計画案に対する審査が半年遅かったこと、そして、初期投資額に関しては、急激な物価上昇が挙げられている。懸念していたとおり建設費の上昇が大きく影響しているのだ。この2つについては、今後も懸念される要因ではあるが、開業に向け少しずつ前進している状況だ。
大阪IRは、関西の経済を活性化させる大規模プロジェクトであるだけでなく、日本初のIR事業でもあるので、その取り組み内容が他のエリアへ与える影響も大きい。今後も大阪IRの動向に注目していきたい
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