江戸時代の地割を生かした日本庭園
JR姫路駅の北口を出ると、真っすぐに延びる大通りの先に姫路城が見える。白い城壁などからシラサギが羽を広げて飛んでいるように見えると、白鷺城という美しい別名でも親しまれている。1951(昭和26)年に国宝に指定、1993(平成5)年には、奈良県の法隆寺とともに日本で初めての世界文化遺産に登録された。
今回紹介するのは、この姫路城を借景に広がる日本庭園「姫路城西御屋敷跡庭園 好古園(こうこえん)」(以下、好古園と表記)。
「姫路市制100周年の記念として、歴史を次の世代に語り継ぐ場所として整備されました」と、副園長の八木章徳さん。
姫路城の南西に位置し、内堀に隣接したこの場所には、姫路藩の初代藩主となった本多忠政が1618(元和4)年に造営した西御屋敷や、武家屋敷などがあったといわれている。明治政府によって全国城郭の存廃が定められていくなか、姫路城は存置されることになったが、周辺には軍備拡張に伴う陸軍関連施設を設置。第二次世界大戦後は、現好古園の敷地には国鉄(現JR)の宿舎や保育所などができ、1956(昭和31)年に姫路城一体が特別史跡地に指定された。1969(昭和44)年に特別史跡地の整備管理方針が定められ、姫路城跡内の施設の移転や整備が進められることに。
そんななか、姫路市は1984(昭和59)年に特別史跡姫路城跡整備基本構想を策定。そこで西御屋敷や武家屋敷があった地区を庭園とすることが決まり、1985(昭和60)年からの発掘調査で確認されたその地割を生かして9つの庭園群で構成し、1992(平成4)年に開園した。
姫路藩の歴史や江戸時代の文化の薫りが漂う庭
まずは各庭園を見ていこう。
入り口を進み、庭園を眺めながら食事できるレストラン・活水軒の建物を抜けた先にあるのが、渡り廊下と、中秋の名月を愛でるのに最良の方向に向けて建てられた潮音斎(ちょうおんさい)を備えた「御屋敷の庭」だ。本多忠政が側室のために造営し、徳川吉宗が将軍だった時代の姫路藩主・榊原政岑(まさみね)が吉原遊郭から身請けした遊女・高尾太夫を住まわせたといわれる西御屋敷跡に造られた庭となる。9つある庭園のうちで最大規模で、池泉回遊式庭園となっている。中央の大池は瀬戸内海をイメージし、置かれた石が瀬戸内海に浮かぶ島々のようだ。
その隣が「苗の庭」で、江戸時代に栽培された園芸植物が育てられている。取材時には、ホタルブクロという多年草が釣り鐘状の可憐な花を咲かせていた。ここで栽培している植物は、園内各所でも見ることができる。
次は、裏千家第15代家元・千玄室氏の設計・監修による数寄屋造りの本格茶室「双樹庵(そうじゅあん)」がある「茶の庭」。茶室を中心に伝統的な茶庭(ちゃてい)が造られ、茶会に招かれた客の待合場所となる腰掛け待合や、茶室に入る前に手を清めるための蹲踞(つくばい)、石灯籠、飛び石などが配置されている。
姫路城を眺める庭と、江戸時代の武家屋敷周辺の趣を感じられる築地塀
そして、水の流れが再現された「流れの平庭」、夏木(落葉樹)ばかりを配した「夏木の庭」、モミジやクロマツなどが配された典型的な日本庭園である「築山池泉の庭」、15種類の竹を植栽した「竹の庭」からは、姫路城の天守部分などを望める。
夏木の庭と築山池泉の庭の間には、瀬戸内地方のアカマツ林をイメージした「松の庭」と江戸時代に親しまれた山野草が植えられた「花の庭」がある。
ざっとの紹介になってしまったが、どの庭も本当に異なる表情で出迎えてくれ、歩みを進めるのが楽しい。
そして、それぞれの庭は江戸時代の地割を生かしたものになるのだが、中央部分などには築地塀(ついじべい)が再現されている。最も江戸時代を感じる場所といえるかもしれない。有名な時代劇映画やドラマのロケでも使われているほどに、趣がある。
日々の丁寧な取組みで美しさを保つなか、紅葉の素晴らしさが話題に
総面積は約1万坪で、歩いて回ると30分~1時間ほどかかる。誕生から30年。樹木、草花は成長を続け、その中では生物の命が育まれている。歴史を伝える地であるとともに、そんな自然の美しい姿を保つことも託されている。
「緑がきれいに見えるように、秋になれば紅葉がきれいに見えるようにと、枝を落としたり、葉っぱを取ったり。そういった日頃の管理が一番大事だと思っています。好古園は姫路城の景観を守るという側面もありますので、美しく姫路城が見えるような場所を残して庭園管理をしています」と八木さん。
姫路城が藩主の居城だったころ、側近や配下の武士たちが城を眺めながら暮らしを営んでいたであろうと言われている。そしていまは、周囲の近代化した街並みの中に緑豊かな庭園が存在することで景観の美しさが際立っている。
日々手入れをするスタッフは20人ほど。取材の日も整備をしながら、来園者に「おはようございます」「こんにちは」と気持ちのよい挨拶をしていたことが印象に残っている。
その丁寧な手入れが実り、2022年には旅行雑誌「じゃらん」(リクルート)が実施したインターネットによるアンケート「『圧巻の絶景紅葉』ランキング」で全国1位に輝いた。
その理由について八木さんは「担当の庭師が、水面にどういう風に紅葉が映えるかということまで本当に細かく考えて、枝の成長を導くんです。どのように見えるかを考えることで、単純に成長させるのではなく、伸び方、剪定の仕方が関わってきます。どこにどんな色の植栽をするかは、設計段階から考えられたと思うのですが、その後に、どのようにしたら映えるか、どう成長させるかというのは、現在の庭師がちゃんとコントロールしているんです」と語る。
日本文化を伝える場所として
2019(平成31/令和元)年度の年間来園者数は42万8,000人。その後、コロナ禍となった2020(令和2)年度は13万人、2021(令和3)年度は16万人と落ち込んだが、紅葉の名所として話題を呼んだ2022(令和4)年度は40万人まで回復した。
八木さんは、今後の運営に対して「愚直にといいますか、丁寧な仕事を積み重ねていくことしかできることはないです」と明かしつつ、積極的な思いも語ってくださった。
「歴史、文化というのは、語り継ぎ、伝えていかないと残っていかないと思うんです。受け身だけではなく、より積極的に、例えば、春・秋に開催している大茶の湯やいけばな展、親子で参加できるコケ玉作りや茶道教室など、歴史や文化を体験してもらえるイベントは継続していきたいと思っています。また、四季の自然の変化を知ることもできます。お城の存在だけでは伝えきれない、日本文化にまつわるものをここで伝えていきたいです」
昔の人々が見て、感じてきた日本の自然、日々の営みの中にあった風習や文化を大切に受け継いでいく。市民や観光客の憩いの場でもありつつ、未来へ伝えることを使命にこれからも取組みを続けていく。
取材協力:好古園 https://www.himeji-machishin.jp/ryokka/kokoen/
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