小樽は港湾都市から観光都市へ、さらにウエルネスタウンへ
江戸時代はニシン漁で栄え、明治に入ると港湾整備により北前船の交易の要衝として隆盛を極めた小樽市。
大正9年に初めて実施された第一回国勢調査によると、小樽區(く)の人口は札幌區を約1200世帯上回り、全国13位の人口規模を記録(※1)。日本銀行の支店(現:金融資料館/小樽市指定有形文化財)が置かれていたことからも、全国屈指の経済都市であったことがわかる。
昭和恐慌や日中戦争を乗り越え、第二次世界大戦下でも大きな空襲被害を受けることなく、市街地の街並みは当時のままの美しい姿で残されたが、小樽経済に陰りが見え始めたのは、全国の大都市が経済成長に沸いた昭和30年代のこと。大量輸送に対応する陸路交通網が拡充されたことで、物流は船からトラック輸送や鉄道貨物へ。港湾都市の繁栄を支えていた銀行・商社・貿易会社は次々と撤退し、小樽のまちは主要産業を失った。
その後昭和50年代に、小樽運河の埋め立てを巡って議会や市民を巻き込む一大論争が繰り広げられたが、この論争をきっかけに市民主体のまちづくり活動が活性化。小樽は「港湾都市」から「観光都市」へと大きな舵を切ることになった。
※1:小樽市ホームページ『小樽の歴史』より引用。
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観光都市 小樽の誕生から約半世紀が経過し、いま小樽のまちは再びドラスティックな転換期を迎えている。「観光都市」から「ウエルネスタウン」へ──その取組みを主導しているのは、行政でも市民団体でもなく“まちの病院”だった。北海道済生会が推進する『小樽ウエルネスタウン構想』について、これまでの経緯を担当者に聞いた。
幻となって消えた小樽ゲートウェイタウン構想、負の象徴を小樽のシンボルに
「ウエルネスタウン構想について具体的に検討し始めたのは2020年7月頃です。ちょうどウエルネス化に取り組みたいと思ってた矢先にコロナの感染拡大となり、病院は大変な状態でしたが、むしろその状況が我々のやりたいことを具現化していく良い機会になりました。
小樽は観光のまちですから、観光客向けのイベント等は多いのですが、実際に暮らしている市民からすると“観光も大事だけど、もっと住む人のことを考えなくちゃいけないんじゃないの?”という疑問が常にありました。
小樽市の人口はピーク時(昭和30年代)に20万人を超えていましたが、現在は10万人まで減少し、転出超過の状態が続いています。いくら観光スポットを増やしても、そこで暮らしている人たちが良いと思えなければ、ただ素通りするだけの観光地になってしまい、人口の流出は食い止められませんからね。
そこで、訪れた人たちがここに住み、働きたいと思うようなまち、誰もが健康で活躍できるまちを目指して、私共北海道済生会がソーシャルイノベーションに取り組み始めたのです」(以下「」内は北海道済生会の櫛引さん・清水さん談)
▲北海道済生会常務理事の櫛引久丸さん(右)と、ソーシャルインクルージョン推進室長の清水雅成さん(左)。小樽ウエルネスタウン構想の担当者はなんと櫛引さん・清水さんの2名だけだという。「この3年間、ビレッジのスペースを作ったり、企画を立てたり、省庁との連携調整を行ったりと、すべて2人だけで行ってきました。2人だけだからトップダウンとボトムアップの間を短縮し、スピード感を持って推進することができたんです。困った人のために役に立ちたい、誰一人取り残さない世の中をつくりたい、という大きな理念があり、そこを強く想いながら事業をやっていたら、誰からも文句を言われることはなくなりました(笑)」と櫛引さん。ちなみにお二人とも地元小樽の出身だウエルネスタウン構想の活動拠点となっているのは、北海道済生会が運営する『済生会ビレッジ』だ。小樽を代表する大型商業施設『ウイングベイ小樽』内に同施設が誕生したのは2021年3月のこと。単に地域の人たちが交流するためのコミュニティスペースとするのではなく、“ここを「地域の村」と捉え、村の中に「事業」がある生きた施設にしていきたい”との想いから、清水さんがビレッジと名付けたという。
「現在のウイングベイ小樽は、1999年の開業当初日本で3番目の広さを誇る大型商業施設でした。もともとあのマイカルが北海道観光のゲートウェイにしようと計画した施設で、ヒルトンホテルをはじめ名だたるブランドショップがズラリと並び、とにかく華やかなショッピングモールでした。しかし、開業から2年でマイカルが倒産。そこから風向きが変わりはじめ、その他の開発計画もとん挫しました。“ゲートウェイタウン小樽”の構想は幻となり、開発の勢いは札幌へ移行。小樽は衰退の一途をたどるばかりでした。
小樽の人たちにとって、この施設は“負の象徴”のような存在。これだけ大きな商業施設を使いきることもできず、どんどん空き店舗が目立つようになって、一歩間違えると閉鎖されてしまうかも?という状況でした。そこで、この施設をなんとかして“村”に変え、小樽のシンボルになるようなスペースをつくりたいと考えたわけです」
地域の社会的弱者が集まる病院だからこそ、地域の切実な課題がみえた
ウエルネスタウンというキーワードは、近年全国の自治体が取り組むまちづくりテーマとしてよく耳にするようになった。しかし、ここで気になるのは、なぜ「行政」ではなく「民間の病院」が主導しているのか?という点だ。
「これは小樽特有の地域文化なのですが、昔から行政が動きにくい土壌があるのです。なぜなら、もともと小樽は海運で富を得たまちで、行政主導ではなく、地元の名士たちが率先してまちを良くしてきたからです。しかし、時代は移り変わり、これまで地域を牽引してきた方々がいなくなってしまった。“ここで誰かが動かなくては…”という状況でした。
また、医療現場というのは、ご高齢の方や母子家庭の方など社会的弱者が多く集まる場所であり、地域の人たちがいちばん弱った時にいらっしゃる場所ですから、我々従事者は市民の皆さんのご苦労を行政よりもいち早く肌身で感じとることになります。現場で切実な課題に直面し、このままではいけないという想いから、小樽市長の“夢あふれる元気な小樽”の公約に賛同する形でウエルネスタウン構想を行政側に持ちかけたんです。まずは私たちが動きますのでどうかやらせてください、と」
実は小樽は“坂のまち”としても知られている。昭和の時代までは坂の多い中山間地域に若いファミリーが暮らす新興住宅地を配置し、平坦な中心街に商業ゾーンを集積するという高度経済成長期の定型的なまちづくりが進められていた。しかし、半世紀を経て市民は高齢化。中山間地域で暮らす高齢者たちは、冬場に雪が積もると買い物に出られず、病院にも行けなくなる。
デイサービスの送迎車は、冬になると坂道移動が困難になるため、途中からスタッフがソリを担いで坂を上り、利用者を乗せ、滑り落ちないようにソリを引きながら送り迎え。訪問看護のスタッフも訪問宅には車を停めることができず、雪の中を歩いて看護先へ向かう。高齢者の方たちも生活維持が大変だが、エッセンシャルワーカーにとっても想像を絶する過酷な労働現場となる。
「国の政策では在宅医療を推進しています。しかし、坂道が多く雪深い小樽では決して在宅医療は効率的ではないのです。そのため『小樽のまちの構造』そのものを再構築しない限りソーシャルイノベーションは果たせない…そう考えて、具体的な取り組みがスタートしました」
運営資金は助成金・補助金を活用、人材は「夢への共感」をきっかけに獲得
村の中に「事業」がある生きた施設にしたい──この目標を達成すべく、済生会ビレッジ内には医療・介護・福祉にまつわる多くの事業が存在している。
社会保障制度の枠内では、福祉センターが所轄する児童発達支援事業所、地域ケアセンターが所轄する就労支援事業所、デイサービス、訪問看護・居宅介護支援事業所など。枠外では、健康への取組みを行うとポイントが付与される「ウエルネスチャレンジ」や、寄贈された廃棄食品を施設や困窮世帯に無償提供する「済生会フードバンク」などのサービスが主力事業だ。
また、ビレッジの事業では「数字をちゃんと作ること」を当初から宣言していた。「なんとか頑張ってやっています、一生懸命地域に貢献しています、という感覚的な成果ではなく、事業を黒字化して不採算を吸収することが重要でした。私共が取り組んでいるのは“生きていくために必要なサービス”ですから、絶対に赤字にはできないという責任もありました」
結果、開業2年で宣言通り黒字化を達成、年間延べ2万3000人の市民がサービスを利用するようになったというのだから、全国から視察に訪れる団体が後を絶たないというのも納得できる。
「自治体の方が視察にいらっしゃると、どうやって資金と人材を確保しているのですか?と必ず質問を受けますね(笑)。資金に関しては、国の助成金や補助金制度を上手に活用すれば、まとまった予算の確保が可能となりますし、事業によって市民の皆さんの健康意識が高まり通院・健診の機会が増えれば、病院としても保険点数が増えることでプラスにつながります。
人材に関しては、民間病院であることからリハビリや介護分野の専門職はもともと揃っていましたし、最近は私共の活動を知って小樽にUターン・Iターンを決めた人や、夢に共感したという医師や看護師が“一緒に働きたい”と集まってきてくれるようになりました。内部のスタッフにも、常に事業成果を数字に表し共有することでモチベーションのアップにつながっています。
この業界は慢性的な人材不足ですが、ウエルネスタウン構想の事業をきっかけに外部・内部の反応が良くなり、熱意ある仲間たちが増え続けている点は、本当に幸せなことだと思います」
「まちの資源を見つけ出し、まちをリハビリをする」これがイノベーションの核となる
北海道済生会の取組みは、いまや市役所・議会・市民の間まで広く浸透し「小樽ウエルネスタウン」という呼称が地元の人たちの誇りとなりつつある。
「済生会はビレッジの周辺だけが良くなればいいと思ってるの?と言う人も中にはいますが、決してそうではありません。この活動はこれから全市的に広げていく計画です。
例えば、ここウイングベイ小樽を出発し、市内の観光スポットを回遊してQRコードを読み込むとポイントが加算され、地域通貨として使えるようなシステムを現在開発しています。同時に、各観光スポットには障がい者のアート作品を展示し、障がいを持つ方の社会進出もサポートしていく予定です。
また、過疎地域の買い物弱者を支援する目的で無料バスの運行を始めたほか、住民参加型の農園『済生会ファーム』をつくり、生産物を我々が買い取ってショップで販売したり、病院食に活用するなど、生産者支援の輪も広げています。
中山間部で課題となっている高齢者の方の住まいについては、現在ウイングベイ小樽の上層階に高齢者住宅を整備し、住・医・職・商近接の住まいをつくる計画が進行中です。もともとこの一帯は港湾地区のため条例の縛りが厳しく、法律に阻まれて住宅や学校は建てられない地域だったのですが、数年をかけて地区計画の変更を行いました。これは本当に画期的でしたね。
私共が取り組んでいるのは『まちのリハビリテーション』です。よく成功の秘訣を教えてくださいと言われますが、小樽の事例を他のまちでそのまま真似しようとしてもおそらく成功はしないでしょう。どこのまちにも必ずある社会資源を見つけだし、機能を回復させる方法を考えることが、成功への第一歩だと思います」
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病院のある地域を健康にすることが病院の使命──そう考えると、行政ではなく、民間病院がまちづくりに率先して取組むことに違和感はない。北海道済生会が掲げる「小樽ウエルネスタウン構想=まちのリハビリテーション」はまだ始まったばかり。急速なスピード感をもってソーシャルイノベーションを起こし続ける小樽のまちが、10年後どう変わっているのか楽しみにしたい。
■取材協力/北海道済生会
https://hokkaido-saiseikai.amebaownd.com/
■小樽ウエルネスタウンMAP
https://www.socialinclusion.saiseikai.or.jp/reports/otaru












