高校の存在が地域の将来を左右する
島根県海士町の地域再生は2004年の小泉政権が打ち出した三位一体の改革で町の財政状況の悪化が判明したことに端を発している。このままでは破綻もあり得ると生き残りをかけて仕事づくり、まちづくり、ひとづくりを柱とする自立促進プランが策定されたのだが、その中にひとつ、町とは一見無縁に見える県立高校の存続問題が盛り込まれていた。
海士町のある隠岐諸島の島前地区(どうぜんちく)は3島3町村から成っており、高校は海士町のある中の島に立地する県立隠岐島前高校一校だけ。県立高校であり、町とは関係がないように思われるが過疎地域、特に離島では高校の存続は地域の存続に直結する。
子どもを本土の、たとえば松江の高校に進学、下宿させるとすると3年間で数百万円かかることになるが、それだけ費用がかかるのならと家族揃って島を出てしまうことがあるのだ。また、子育て世帯は高校のない地域を移住先には選びたがらない。そう考えると高校の存在が地域の将来を左右することが分かる。
しかも、島前高校の入学者は1995年の77人から12年間で約3分の1にまで減っており、2008年には28人。同年には島根県が公立高校の再編方針として全学年一クラスの学校では入学生が21人を下回ると生徒募集を停止するか、近隣の高校へ統合するかを適当な時期に検討するとしていた。それまでの経緯からするとすでに水際ぎりぎりである。また、生徒の数が少ないために物理の先生がいない、チームでプレイする部活動ができないなど、学びにも支障が出ていた。56人定員の寮の利用者は4人だけという状況でもあった。
なんとかしなくてはいけないと役場の人たちが模索する中で首都圏の若手ビジネスマンや、学生が島前高校で出前授業をするというイベントが行われた。そこで島を訪れ、役場の人たちに口説かれて2006年12月に海士町に移住し、高校存続に取り組むことになったのが大手企業で人材育成に携わっていた岩本悠氏である。
魅力化で高校が存続、地域にも好影響
当初は肩書すら決まっていない状態でのスタートだった。高校を存続させたいという意識は共通していても、3島3町村をまとめるのは難しく、また、県立高校の管轄は県の教育委員会である。公立高校の場合、赴任した学校は教員にとっては転勤先のひとつであり、地域との関係はそれほど深いものにはなりにくい。高校の存続についても強い関心を抱くには至らない。そうした中でどのようにさまざまな人たちをまとめていくか。
試行錯誤の末、2007年には3町村の町村長、議長、教育長、PTA会長、OB/OG会長などを集めた「隠岐島前高等学校の魅力化と永遠の発展の会(魅力化の会)」が発足、以降、高校を存続させるのではなく、魅力化するという、ポジティブな目標が明確になった。具体的には高校を魅力化することで地域内からの入学率を上げ、さらに島外からの入学者を増やすというものだ。
2008年、前述したように入学者数が最低になった年と同じ年に隠岐島前高等学校魅力化構想が策定され、県庁での提言が行われた。この年には高校内に岩本氏の席ができてもいる。移住から3年、ようやく地域と高校がひとつになったということだろう。
以降の道のりが順調だったわけではないが、それでも2010年には全国から多彩な生徒を募集する「島留学」制度その他の新しい取組みがスタート、2012年には入学者数の増加により1年生の2クラス化(学級増)が実現と、少しずつ事態は動き始める。入学者数が底だった2008年には地元中学生の55%が島外の高校へ進学していたが、2014年には70%が島前高校を志願するまでになっており、同年には全学年2学級化が実現している(*)。
高校が存続の危機を脱しただけではない。岩本氏が現在代表理事を務める一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームと三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が2022年3月に共同で行った調査によると、統廃合で高校が消滅した自治体では総人口の1%相当が転出しているのに対し、魅力化した高校がある地域の総人口は5%超増加しており、地域の消費額は3億円程度増加、歳入は1億5,000万円増加しているなど、地域全体への影響が大きいことが分かっている。
子どもたちの成長の質が違う
高校魅力化は高校を存続させるだけでなく、地域にも大きなインパクトを与えるというわけだが、それ以外にも意味がある。2つ考えられる。ひとつは子どもたちの成長だ。取材時には生徒たちの声、やりとりなどを聞いたのだが、そこに感銘を受けた。勉強ができる、成績が良い以上に何かもっと強いものを感じたのである。これについては以下で実際のやりとりをいくつかご紹介したい。
もうひとつは隠岐島前高校から始まった島留学は2011年に島根県に広がり、2017年には日本全体に広がり、2023年には参加する高校が100校を超えるという。同時に通信教育を併用するなど、これまでに少なかった学ぶ場を選べる仕組みも導入される予定とのこと。これは日本の教育そのものの方向転換とも重なる。これについては最後に紹介したい。
ということでまずは高校生たちの姿をご紹介しよう。取材に伺ったのは2014年に島前研修交流センターとして完成した男子寮「三燈寮」。
隠岐島前高校の場合、島留学は高校だけで完結するわけではなく、寮、公営塾「隠岐國学習センター」の3ヶ所を通じた全人的な教育を目指している。特に寮は高校生が自主的に運営しており、取材もいつもは高校生が対応する。
ある自治体職員が視察に訪れた時には何の質問も出ず、高校生たちに「なぜ、質問しないのか」と詰め寄られたとか。「こんなに興味の無さそうな、やる気のない大人を見たことがない」とまで言われたそうだ。逆に高校生に質問をと促すとどんどん手が上がるという。
今回は多くの高校生が帰省中とのことでハウスマスター・小谷望氏の案内で見学したのだが、寮の建物の特徴のひとつが廊下がないこと。個室の外は共有スペース。9部屋ある個室はすべて4人から8人までの相部屋で、学年も出身もバラバラな生徒が共同生活をする。親元を離れての生活でつらいことがあっても一人になれる時間すらないのだ。
だが、そのためにここには島親という制度がある。ご飯を食べに行ったり、泊まらせてもらったりと、一般的な留学であればホームステイ先のようなものと思えば分かりやすいだろう。最初は受け入れてくれる家庭がなく、岩本氏や前述の隠岐國学習センター初代センター長の豊田庄吾氏が一軒ずつ頭を下げて受け入れを依頼して歩いたそうだ。
大人を前に堂々と語る高校生
「最初は嫌だと言っていた人が高校生の顔を見た途端に変わるという経験が何度もあります。島親は大人たちが高校のために立ち上がるきっかけになった制度のひとつ。毎年40人くらい頼むことになりますが、すでに10年近くやっており、高校生が受け入れ先の民宿、漁業者などの手伝いをすることもあって、受入れに反対する声はありません」と小谷氏。
しかも、最近では島親の漁師から直接高校生に連絡があって手伝いに行ったり、高校生がハウスマスターその他の大人たちに「この人とつながっておいたほうがよいですよ」と誘ってくれたりと、高校生たちが自ら、島親も含めた大人たちと積極的に交流しているという。
寮で話を聞いた、東京から来た一年生男子はそうした大人と交わる経験が自分を成長させてくれると思って留学してきたという。
「二泊三日でオープンスクールに参加、サイクリングをしたときに東京との違いにびっくりしました。都会では知らない人とは目を合わさないようにしますが、ここでは知らない人と目を合わすし、挨拶する。そのときにいろいろな人に出会えたので、ここで暮らして地域に出たら成長できるのではないかと思いました」
だが、来てみて最初に気づいたのは自分から動かないと地域の人とは知り合えないということ。そこで東京から自転車を持ってきて2学期からは島内をサイクリングし、人に会う機会を増やしてきたという。
「人によって最初のアプローチはいろいろで釣りとか、農業とか、みんな工夫しているみたいです。そうやって地域と関わらないともともと知り合いのいない土地ですから、休日は寮に引きこもるしかなくなってしまう。早いうちに意識が変えられて良かったです」
取材する側としては高校1年生が大人たちに囲まれてこうしたことを淀みなく語るという時点でおお! と思った。自分が高校1年生のときがどうだったかを振り返ると間違いなく、こんなに堂々とした態度で大人に対することはできなかった。
議論を重ねる、自主性を尊重する寮生活
こうした生徒たちが集まる寮である。寮長として50人をまとめるのは大変だと思うが、それでも寮生の半数以上が寮長選に立候補。多数決で決めるのではなく、議論を重ね、その年ごとにいろいろなやり方で選出しているという。寮内のルールもすべて寮生が議論して決めている。
たとえば洗濯機の使い方で議論になったことがあると小谷氏。50人に対して洗濯機は4~5台。そこで洗濯が終わっているにも関わらず、取り出すのを忘れる人がいて他の人が使えないという点が問題になった。議論では当初、忘れないためのルールを作る、忘れた人に対して罰則を作るという流れになったが、そこで当時の寮長が発言した。
「ルールだ、罰則だという話をしていると、みんなの顔が嫌な顔になる。そういうやり方以外で忘れにくくする手はないだろうか」
さらに議論を重ねた結果、決まったのは忘れた洗濯物は誰かに畳まれて部屋の前に戻ってくるというやり方。忘れたことを責められるなら分かるが、そうではない。忘れたものがきれいに畳まれて自室前に置かれていた時の気まずさ、申し訳なさを想定すると責められるより、畳まれるほうが二度と忘れないと思う効果は高いだろう。実際、忘れて畳まれるより、畳む側になりたいと皆が思うようになり、忘れる例は激減したそうだ。
あるいは朝の点呼に遅れないようにするためにはという議論もあった。遅れないようにとチャイムが鳴るのだが、それがむかつくという声が出て、だったらチャイムを鳴らさないようにするという結論になった。チャイムに促されるのではなく、自発的に時間を守るようにしようということだ。その結果、自主的に集まるようになり、遅刻は減った。それを受け、高校でもチャイムを鳴らさなくなったという。
以上は取材のうちの一部だけだが、それだけでもここで学ぶ生徒たちが独自性のある学び、成長を遂げていることはお分かりいただけるのではなかろうか。
多様な仲間と交わることで人は成長する
ただ、ここまで自主的に、積極的に動く子どもたちばかりだろうかと疑問に思う人もいよう。留学で島に来る子どもたちはそれなりの決意を持ってきているだろうが、島の子どもたちはどうなのだろうと思うかもしれない。
隠岐國学習センターで、小学校一年生のときに海士町に引越してきた女子生徒に話を聞いた。人口が少ないので中学校までは知った顔ばかり。学校を休むとクラスの友達全員から手紙が届くような家庭的な雰囲気だったため、高校で見知らぬ島外生と一緒になるには不安もあったそうだ。
実際、最初のうちは地域の大人たちと積極的に関わり、活動する島外生に圧倒され、自信を無くした。だが、悔しいと思う気持ちと同時に島外生に島の魅力、大人たちの元気さを教えてもらい、この島が好きだから負けないぞという気持ちが湧いてきたという。最初になんとなく感じていた壁を越えて島内、島外を超えた付き合いが始まり、考えも変ってきた。
「クラスにはいろんな人がいます。一人ひとりにいいところがあって、嫌な人はいない。以前は個性的な人に比べて自分はと思いましたが、今はみんな違っていていいんだと思っています」
成長の方向はそれぞれだが、全国から集まった多様な仲間と一緒に学ぶことで人は大きく変わるのだろう。中には海外からの留学生、海外で育った子どもなどもいるそうで、進路もさまざま。島に留学している途中で海外に留学したり、休学してインターンとして働いたり、卒業後しばらくしてから大学に入るなど、一般的ではないルートを選ぶ人もいる。
だが、どんな道を選んでもここで学んだ子なら自分で道を切り開いていけるだろう。話を聞いてそう思った。さらに言えば、こうした自分でモノを考えて行動できる若い人たちにこれからの社会を切り開いていってほしいものだとも。よく、現代を先の見えない時代と評する言葉を聞くが、そうした時代には右向け右に素直に従う以外の人たちが必要なのではないだろうか。
高校魅力化の動きが全国の高校にも
最後に島留学の発展について。前述したように年を追うごとに島根県内に、日本全国にと広がってきたが、2023年にはもう一段、変化しようとしている。
2022年に高等学校教育に関する複数の制度改正が行われており、施行は2023年度から。文科省のホームページ内には改正に向けた論点整理、改正の概要などが上がっているのだが、それらを見ると高校魅力化の動きが随所に反映されていることが分かる。
「大きなポイントとしては、高等学校は市町村と連携することで地方創生の機能を有しているとされたことです。子どもたちの教育のための機関であると同時に地域を変える役割を有しているとされたのです」と岩本氏。
地域がそれぞれに異なることを考えると7割が普通科というのは実態にあっていないとの指摘があり、日本で最初の普通科改革が行われ、隠岐島前高校では2023年4月に地域共創科が誕生した。カリキュラムを変えるときにはコーディネーターを必要とすることなども高校魅力化で行われてきたこと。通信教育についての改正も行われる。
「『地域みらい留学』に参加する高校は2023年に100校を超える予定。それだけの学校が参加するならそれらの学校がつながり、行き来できるような形にできないかと模索しています。そこで課題になるのは地域、各校で異なる教育課程。最近では1年間の留学が増えているのですが、教育課程が違う学校に留学すると卒業に必要な単位が取れないことがあり、それが留学断念につながっています。それを通信制で乗り越えられないかと考え、2022年には8校で実証実験を実施。今年度からはみらいハイスクールという名称で本格的に全体に導入、国の制度が変わることでもあり、将来は通信制高校を利用してその土地でしか学べないものはその土地で、それ以外は通信制でというやり方も考えています」
生まれる場所は選べないが、学ぶところは選べるようにしたいというのだ。また、学びだけでなく、高校の経営リソースなどを共通化できれば他地域への留学が広がりやすくなる。
現在は主に国内の子どもが離島中山間地で学んでいるが、通信教育等と組み合わせていけば都心や海外に行く、海外から来るなどさまざまな移動、越境が可能になる。となれば日本の教育そのものが変わるし、教育のために住む場所が限定されることもなくなる。高校生だけでなく、親も含め社会全体にインパクトを与えることになる。かなり面白いことになると妄想するのだが、どうだろう。期待したい。
新時代に対応した高等学校教育の在り方(これまでの議論を踏まえた論点整理)
新時代に対応した高等学校教育に関する制度改正(令和3年)
(*)当時の艱難辛苦は2015年に出版された「未来を変えた島の学校 ー隠岐島前発 ふるさと再考への挑戦」(山内道雄、岩本悠、田中輝美著 岩波書店刊)に詳しい








