突如勃発した明石市長と加古川市長の財政バトル

泉房穂 前明石市長泉房穂 前明石市長

2023年4月24日、明石市長選が終わった。明石市といえば泉房穂前市長の子育て支援による「まちの好循環」というワードがこのところ世間をにぎわしてきた。実際に、この政策に惹かれて明石市に移住した、という市民が多数いる。

さかのぼって、2023年1月27日、これに神戸新聞紙上で真っ向から反論したのがお隣の加古川市長の岡田康裕氏であった。実は、明石市の「好循環」の本当のところが分からない、という声は明石市民にもある。
そこで、ここでは、両者の発言も踏まつつ、関係者への取材も踏まえて明石市の「活況」のリアルを明らかにしていきたい。

まず、岡田市長の指摘の最重要ポイントは事業所税である。
事業所税は人口30万人以上の都市など、規模の大きい都市が課税できる地方税である。指摘の中心は、子育て支援シフトによる明石のまち(=財政)の好循環という泉前市長の宣伝は事実と異なり、実際には明石市の税収増はこの事業所税の収入が新たに加わったことで説明できる、というものである。

「2020年度までの8年間の地方税収を見ると、この間、明石市では40億円増えた。人口規模が似た全国の94市では平均23億円の増加にとどまるが、この差は明石市へ新たに事業所税が入るようになったことによる。その17億円(20年度)分を差し引くと、人口増による税収増効果は見えなくなる」という。

この指摘に対して泉前市長は記者会見で「答えは市民の顔に書いてある。市民は満足しています」などと反論した。しかし、明石市長選のマニフェスト検証に取り組んできた市民自治あかし代表の松本誠氏は「数字で反論すべきだったのではないか」と疑問を呈する。

人口30万人の「悲願」を達成したのは泉市政

少し時代を遡って明石市の人口増減を追ってみたい。
明石市が過去に連続的に人口を大きく伸ばしたのは、1995年の阪神淡路大震災の直後である。被災するも被害が神戸市中心部ほどではなかった明石市には、神戸市東部等からの人口流入があり、阪神淡路大震災以降の約5年で人口は5千人以上の伸びを示した。グラフは神戸市の公式サイトに掲載されているグラフを一部抜粋したものであるが、1995年の震災で被害の大きかった市内東部は大幅な人口減、西部の垂水区、須磨区は大きな被害を受けたものの、中心部よりは復興が比較的早かったため減少幅が少なく、明石市と似たような被害状況だった西区はむしろ人口が増加していたことが分かる。

神戸市の区ごとの人口推移。1995年の震災の影響がよくわかる(出所:神戸市人口ビジョン改訂版より一部抜粋)神戸市の区ごとの人口推移。1995年の震災の影響がよくわかる(出所:神戸市人口ビジョン改訂版より一部抜粋)
神戸市の区ごとの人口推移。1995年の震災の影響がよくわかる(出所:神戸市人口ビジョン改訂版より一部抜粋)明石市の人口は横ばいから増加に転じた

ところが、2000年代に入ると明石市の人口は横ばいとなり、29万2千人から29万4千人の間で推移していた。
この、30万人に届きそうで届かなかった状況が変わったのが2011年に始まった泉市政1期目の後半と一致している。独自の子育て支援策などを実施するとともに、それを徹底的に宣伝し始めた時期である。2020年には人口30万人を達成した。人口30万人という「悲願」を達成したのは泉市政であり、結果的に事業所税という新たな財源を市は確保した、とは言えるだろう。もちろん、要因が子育ての支援の好循環かどうかは証明不能であるので、その点は別にしての話ではある。

では、この人口30万人超えを達成し、事業所税の課税を可能とした明石市の人口増の根源はどこにあるのであろうか。

明石市の「子育て支援」はやはり手厚い

まず、子育て支援であるが、高校生までの医療費全額公費負担、中学校までの完全給食、第2子以降の保育園保育料の全額公費負担など、近隣市と比較すると充実していることは事実である。

ただし、人口を増やした、特に子育て世代を増やした、という地域には、住宅供給、職場との交通の利便性、子育て支援施設の充実、教育環境など複合的な優位性があるケースが多い。
そして、これらはすべて短期間で整えられるものではない。行政の意思決定のスピード、政策効果が出るまでのスピードに大きな制約があるからである。

子午線から見る明石市立天文科学館と明石海峡。もちろん天文科学館は高校生以下無料。子午線から見る明石市立天文科学館と明石海峡。もちろん天文科学館は高校生以下無料。

土地区画整理事業と工場跡地開発が効いている

まず、住宅供給である。
明石市の住宅供給の中心は、昭和期までは朝霧駅から明石駅の周辺と高丘や明舞といった団地だった。一方、1990年代以降は、特に市内でも西明石駅以西の供給が多い。特に供給が多いのは大久保駅周辺である。明石というと明石駅周辺を思い浮かべる人も多いが、明石駅から徒歩圏の物件は現在、どちらかというと少なく、子育て世代の住まい選びの主要なターゲットは西明石駅以西になる。特に大久保駅周辺は明石市が継続的に土地区画整理事業などを推進してきた地域であるとともに、工場の撤退による跡地開発もあり、人口が増えてきた。

明舞団地。高齢化が進んでいる(出所:UR)明舞団地。高齢化が進んでいる(出所:UR)

元明石市長で県議を務める北口寛人氏は、二見出身で現在は大久保在住だ。
「都市計画事業には力を入れてきたが、それは衣笠さん(第10代市長)、小川さん(第11代市長)、岡田さん(第12代市長)と引き継いできたものだ」と振り返る。
「わが子が部活で足を骨折した際に、あらためて大久保駅南口周辺のバリアフリー化の恩恵を体感した」と語る大久保駅南側の「ゆりのき通」周辺は、基本的に自家用車を保有せずに暮らせ、すべてが町内で完結する。

この大久保駅の南側のゆりのき通地区は工場が撤退した神戸製鋼の跡地に建設された巨大なニュータウン(一部はJT跡地)だが、昭和の高齢化が進むニュータウンと異なるのは交通の大動脈である山陽本線の駅前すぐに広がっているという点である。

新たな開発地域に保育園、こども園が続々立地

明石市は、昨今の子育て世代への人気で保育施設の待機児童が多いことでも知られるが、実は多くの保育施設を誘致してきた。大久保駅南側のゆりのき通には2つの200人規模の認定こども園など保育施設が建設されたが、これを可能にしたのも明石市の都市計画事業の進展であるといえよう。

また、明石駅、西明石駅はJR西日本の新快速停車駅であり明石-大阪間は最速37分と通勤圏である。大久保駅には新快速は停車しないが、明石駅から快速運転を行う列車が停車し、三宮駅までは37分と利便性は高い。ちなみに、お隣の西明石駅から三宮駅は24分であるから、家族の送迎で西明石駅を使う、あるいは西明石駅まで自転車で、というライフスタイルも考えられる。

大久保南幼稚園(出所:明石市)大久保南幼稚園(出所:明石市)

神戸市内からの流入というよりも「便利な明石」への流入

人口流入の中身も確認しておきたい。2022年6月10日の神戸新聞の報道によると、前年比で明石市の人口が増えた2013年から2021年で、明石市への転入超過が最も多かった県内市区町は神戸市西区で、転入者数が転出者数を1896人上回った。続いて、岡田市長の加古川市1855人などとしている。意外に多いのが神戸市垂水区1088人、神戸市須磨区547人だ。
実は、垂水駅から三宮駅は快速で26分かかり、所要時間では西明石駅より遠い。また、須磨駅から三宮駅は同様に18分だが、明石駅から三宮駅の20分(新快速)とほぼ同等である。地価でいうと、明石市が高くなったとはいえ、須磨区、垂水区はまだまだ明石市よりはかなり高い。安くて両区と同等に便利な住宅が手に入るメリットは大きい。
「これまでが便利な割に安すぎたんです」と泉前市長も語る(ちなみに、地価が上がるとこれまた税収の増加につながるのである)。

2013年~2021年に明石市への転入超過が多かった県内市区(データ:神戸新聞調べ)2013年~2021年に明石市への転入超過が多かった県内市区(データ:神戸新聞調べ)

この神戸新聞の報道では流入人口の46%を神戸市からの流入が占めることが強調されているが、これを明石市より阪神間から地理的に遠い地域からの流入、として計算しなおすと8割近くを占め、時間的に同等の垂水区、須磨区まで含めると実に95%を占める。「安くて便利な明石市」が泉前市長の宣伝上手で「再発見され」、これが発展を支えているのは間違いない。

さらに、加古川市、高砂市からの人口流入を支えている要因として私が注目しているのは県立高校の学区の変化である。明石市は昭和後期に高校入試でいわゆる総合選抜が導入され、教育熱心な明石市の家庭は中学受験を検討する、という状況が長年続いた。しかし、2008年の制度廃止を経て、神戸市西区や加古川市等との高校進学の格差が解消された。子育て、特に教育に熱心な家庭が明石を選ぶ/明石に引越す障壁の一つが取り除かれたのである。なお、これをきっかけとして、近隣市にある難関私立高校は高校募集を実質的に廃止し、明石駅前からは難関私立高校受験塾が撤退した。

少なくとも子育て世代へのメッセージは響いている

ここまで説明してきたことでお分かりのように、明石市の子育てシフトによる成果が他の地域で再現可能かというと、ことはそう単純ではない。ただし、明石市の合計特殊出生率が回復していることには注目を要する。2020年の1.62は、全国平均(1.33)はもとより、兵庫県の平均である1.39をも大きく上回り、これより高いのは県内では但馬、淡路の一部のみである。明石市の政策が次世代をはぐくむ人々への強いメッセージとして響いている可能性は高いだろう。

一方で、明石市の財政は、2021年度の経常収支比率91.5%(減収補てん債のうち特例分・臨時財政対策債を経常一般財源等に含める計算方法による。当然、数値は低く出る)、実質公債費比率3.6%、将来負担比率22.0%と比較的堅調だが、数値面の単純比較では近隣の加古川市、姫路市より若干見劣りする。さらに、2022年4月公表の「明石市公共施設配置適正化基本計画(追補版)」を見ると、「施設の長寿命化を図り経費削減に努めても1年当たり153億円の更新費用が必要」となり、これは「過去の更新費用(2005年度~2009年度の新規整備を含む更新費用)の年間平均額130億円と比較すると年間23億円不足する(もっとも、不足するのが一般的ではある)」とあること、現在、さらにインフラ投資は以前より絞っていることを考えると、子育てシフトの継続を公約としている新市長にとって、財政負担の宿題は重く、市民の理解を得ながらの財政の立て直しは容易ではない。

新鮮な魚介類は明石の魅力。駅前再開発で、魚の棚商店街の来客も復活しつつある新鮮な魚介類は明石の魅力。駅前再開発で、魚の棚商店街の来客も復活しつつある
新鮮な魚介類は明石の魅力。駅前再開発で、魚の棚商店街の来客も復活しつつある親子連れで賑わう大蔵海岸

明石市の財政の持続可能性という点では、新市長には、絶妙なかじ取りが求められる。さらに、明石市は市のホームぺージでは多くの自治体で一般的な総務省の説明指標よりも市独自の説明が前面に出ており、過去の決算カードも長期間遡って確認するためには市役所か図書館に行くしかないなど、分かりにくさが目に付く。今後、明石市の活況を維持しつつ、持続可能性を高めていくためには、やはりまずは、新市長が率先して財政の課題を徹底的に洗い出す財政白書を作成し、これをもとに市民と議論するところから始めてもよいのではないか。

ホームズ君

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