「大豆田とわ子と三人の元夫」の舞台は「しろくまハウジング」、主役は元設計者

記憶に残るテレビドラマの視聴率が意外に伸びないというのはよくある話で、この「大豆田とわ子と三人の元夫」も、放送中(2021年4月13日から6月15日まで)の視聴率はイマイチだったらしい。しかし、見た人の共感度はすこぶる高い。筆者も、ここ数年では断トツに面白いドラマだと思う。主演は松たか子。カンテレ制作、フジテレビ系「火曜21時枠」で全10話放送された。

建築や住宅、それを設計する「建築家」は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(BUNGA NET編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。

なぜこのドラマをここでとり上げるかというと、松たか子演じる大豆田とわ子が、建設会社「しろくまハウジング」の社長で、もとは同社の設計部門のスタッフという設定だからだ。設計部門を持つ建設会社が舞台となったドラマは、おそらく日本初なのではないか。主役が設計者出身の経営者というのも、見たことのない設定だ。

しろくまハウジング社長の大豆田とわ子は、これまでに3度結婚し、3度離婚している。3人の元夫が、離婚後もとわ子のことが大好きで、その3人の性格が全くバラバラ、ケンカしながらも仲がいい──。それがこのドラマの面白さのベースだ。3人の元夫は、離婚順に田中八作、佐藤鹿太郎(かたろう)、中村慎森(しんしん)。演じるのはそれぞれ、松田龍平、角田晃広、岡田将生だ。この3人のセリフが、すべてをメモに取りたくなるほどエッジが立っている。

物語の大半が同じ背景の中で展開される会話劇。恋愛要素が中心だが、仕事の話もかなりの頻度で絡んでくる。象徴的なのが第3話なので、この回を題材としてドラマの本質を深掘りしてみたい。

しろくまハウジングにおける「設計・施工一貫」の建設会社ならではの社内不和

3話の舞台は、しろくまハウジングのオフィス内。とわ子の部下に、尖ったデザインセンスを持つ若手設計者がいる。しろくまハウジングは住宅専門の建設会社だが、生き残りのため非住宅(住宅以外)にも業務を拡大しようとしており、この若手は期待の星だ。

最近、同社が受注した大学図書館のプロジェクトで、彼は斬新な屋根の案をクライアントに提案しようとしている。ちらっと映るそのスケッチは、いかにもフランク・ゲーリー風だ(参考:奇跡のビルバオ・グッゲンハイム美術館、旧友のオスカー監督が見た遅咲きの巨匠の映画「スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー」【建築シネドラ探訪⑭】)。

そのデザイン案を見たとわ子は、彼のセンスに元設計者として感動を覚えるが、工事費が高くなることは明らか。ビジネスとしてはとてもゴーサインを出せない。「この案で進めたい」という設計部門のチーフに、とわ子は言う。

「うちは作品をつくっているんじゃないんだよ、商品をつくっているんだよ」

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

このセリフには、設計と施工をセットで受注する建設会社ならでのリアリティーがある(業界ではこれを「設計・施工一貫発注」と言う)。建築家あるいは設計事務所であれば、斬新なデザインで工事の見積もりが高くなったとしても、クライアントが増額を認めるか、建設会社が安い金額で受けてくれれば、自分たちにリスクはない。

しかし設計・施工一貫発注では、仕事を引き受けた時点で工事費が決まっている。予想以上に工事費が高くなったとしても、それは自社でなんとかしなければならない。だから、建設会社の中では、設計部門と他部門(施工部門や経営部門)との対立が往々にして起こる。

ドラマ内のとわ子のセリフ「向いてないんだよね」に共感

元設計者であるとわ子は、その夜、若手の案をベースにしながら、図面を引き直す。徹夜の作業で、屋根の曲面は最低限のシンプルなものへと変わる。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

翌日、とわ子は、「これは一案だけどね」と設計部門に修正案を示す。「一案」といっても、社長の指示であればそれは「絶対」だ。自分の案が通らなかった若手は、退職届を出して、会社を辞めてしまう。「会社には期待してませんから」と言い残して。

どんよりとした雰囲気になるオフィス内。部下の前では気丈に振る舞うとわ子だが、エレベーターの中で1人になると、「(社長に)向いてないんだよね」とぐったり……。

このシーンを見て、その気持ち分かる!と思った人は多いと思う。マネジメントという仕事はそもそも敵役になりがちなもの。それに加え、クリエイター畑出身という状況は余計につらい。「あなただって私の気持ちは分かるはずなのに、よくそんなことができますね」という行間の感情が伝わる。

一見、一番駄目な2番目の元夫、ファッションカメラマンの佐藤鹿太郎が輝く瞬間

こんなふうに書いてくると、「見るのがしんどいビジネスドラマ」のように思えるかもしれないが、そんなことはない。こうした状況設定は、3人の元夫たちのセリフを輝かせるための伏線なのだ。

この回は、2番目の夫でファッションカメラマンの佐藤鹿太郎(かたろう)にスポットが当たる回。鹿太郎は、写真の腕は評価されているが、人間的に“器が小さい”ことで業界内に知られている。

落ち込んだとわ子に、鹿太郎は言う。「社長業、きつい?」

とわ子:「きつくはないけど……」

鹿太郎:「器をさあ、小さくすればいいんだよ。誰だって苦しいときはあるよ。愚痴こぼしていこうよ」

とわ子:「そうだね。やってらんないよね」

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

鹿太郎かっこいい! 3人の元夫のなかで、客観的には一番魅力に欠けている鹿太郎なのだが、回を重ねるうちに一番好きになってしまったのは、私だけではないだろう。
鹿太郎を演じる角田晃広という役者は、初めて見る俳優で、一体どこからやって来た人なんだろうと思ったら、「東京03」というお笑いグループのあまり目立たない人だった。なんて素晴らしいキャスティング。

「大豆田とわ子と三人の元夫」は、脚本家・坂元裕二自身の葛藤を投影?

このドラマは脚本家の坂元裕二(1967年生まれ)によるオリジナル脚本だ。坂元は、最高視聴率32%の伝説的ドラマ「東京ラブストーリー」(1991年)をはじめ、「ラストクリスマス」(2004年)、「Woman」(2013年)、「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」(2016年)、「カルテット」(2017年)といった話題のドラマを生み出してきた。作詞家としても「明日、春が来たら」(歌:松たか子)などの作品がある。引っかかりのある言葉を紡ぐセンスでは日本屈指のクリエイターだ。

その坂元がこのドラマで、とわ子を「設計者出身の社長」という設定にしたのはなぜなのか。バリバリ仕事をする女性の葛藤を描きたいならば、商社でも保険会社でもよかったのではないか。

あくまで筆者の想像だが、これは坂本が「自分には最も向かない」と考える役割をとわ子に重ねたのではないか。坂元のプロフィールを見ると、「高校卒業後、フリーターをしながら脚本を学ぶ。1987年、第1回フジテレビヤングシナリオ大賞を19歳で受賞しデビュー」とある。こんな知的ゲームのようなセリフを書ける人が、普通に受験勉強をしたら、一流大学も楽勝だったろう。しかし、そういう普通の道は選ばなかった人だ。

それでも、ドラマの脚本を書き、実現するには、組織のルールに従わなければならない。ときには人にルールを押しつけなければならないこともあるだろう。このドラマのセリフがいちいち心に刺さるのは、そんな脚本家自身の葛藤が「設計者出身の社長」であるとわ子と、3人の元夫たちに投影されているからではないか。

そう考えると、「その気持ち分かる!」と思える人は世の中のマスではないかもしれない。高視聴率でなかったことにも納得がいく。
しかし、はまる人は深くはまる傑作ドラマであることは間違いない。

■大豆田とわ子と三人の元夫
フジテレビ系「火曜21時枠」で2021年4月13日から6月15日まで全10回放送
脚本:坂元裕二
出演者:松たか子、松田龍平、角田晃広、岡田将生、市川実日子、高橋メアリージュン、オダギリジョーほか
ナレーター:伊藤沙莉
制作:関西テレビ放送