京都市が借り上げ、改修・事業者選定・手続きまで仲介してくれる

「京町家賃貸モデル事業」の第1号となった、京町家。昭和初期(築約90年)に建てられ、延床面積74.56m2。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室「京町家賃貸モデル事業」の第1号となった、京町家。昭和初期(築約90年)に建てられ、延床面積74.56m2。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室

京都の町を歩けば、あちこちに見られる町家。京都に観光に訪れた人なら、少なからず感じるだろう京都らしい風情は、町中に自然と現れる京町家によって醸し出されているといっても過言ではない。京都市では長年、京都らしい町並み景観・生活文化の象徴である京町家の保全・継承に力を注いでいる。

2021年に京町家の所有者にとって一つの選択肢となり得る制度が誕生した。それが、「京町家賃貸モデル事業」(以下、「モデル事業」)だ。これは、京都市が京町家を所有者から借り上げて、公募より選定した活用事業者に転貸するというものだ。さらに、住まいを基本とした賃貸物件とすることで、京町家の未来の担い手を育成しようという意図もある。

仕組みの詳細は、こうだ。まず、「モデル事業」の対象となる町家は、京都市が指定(※京町家条例に基づく個別指定京町家と指定地区内の京町家)しており、不動産市場での流通が難しいもので、所有者が「市が借り上げるのであれば活用してもよい」という意思を示した物件。その物件を京都市が所有者から固定資産税及び都市計画税相当額で、20年の範囲内で借り上げ、それと同額で活用事業者に転貸する。活用事業者は、京町家の活用に当たって必要となるリノベーションや維持管理等を行う。そのための費用は、活用事業者が負担する。

所有者にとっての大きなメリットは、京都市がすべて間に入り、所々の手続きを行ってくれる点にある。具体的に、事業者の選定・管理、不動産会社との折衝、改修費用も不要で、やり取りに必要な書類も京都市が準備してくれるというから、なんとも嬉しい話だ。

「京町家賃貸モデル事業」の第1号となった、京町家。昭和初期(築約90年)に建てられ、延床面積74.56m2。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室「京町家賃貸モデル事業」の仕組み図。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室

不安を抱える、京町家所有者の助けになれば

「モデル事業」の背景には、京町家の減失が続いているという現実がある。平成20(2008)年〜28(2016)年の間に、年間約2%ずつ失われており、この7年間のうちに5,602軒が減り、同時に空き家も約832軒増加している(平成28年度「京町家まちづくり調査に係る追跡調査」調べ)。

実際のところ、京都市都市計画局まち再生・創造推進室で京町家の相談を日々受ける中、最も多い相談が京町家の解体についてなのだという。京町家の保全・継承を目指す京都市としては、なんとか解体ではなく、改修して未来に町家をつなげていきたいと考えている。

「所有者のお悩みの中で、京町家を貸したいけれど改修方法がわからない、安心して任せられる業者がわからないという相談を寄せられることもありました。他にも京町家を所有しているけれども、現状持て余しているという方も多く、この状況下で京都市の制度としてなにかできないか?と考えたのです」と、京都市都市計画局まち再生・創造推進室の木村祥三さんは話す。

こうして始まった「モデル事業」は、他の自治体では例を見ない制度。そして2021年4月に、その第一号案件がスタートした。

改修前の様子。通り庭の奥にある小屋には染料などが残っており、職住共存の染物関係の工場として使用されていたことがわかる。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室改修前の様子。通り庭の奥にある小屋には染料などが残っており、職住共存の染物関係の工場として使用されていたことがわかる。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室
改修前の様子。通り庭の奥にある小屋には染料などが残っており、職住共存の染物関係の工場として使用されていたことがわかる。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室改修前の2階の様子。2階は住居としてもともと利用されていた。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室

第1号として、IT事業者が入居!オフィス兼住宅としてスタート

「モデル事業」第1号は、オフィス兼住宅として再生された。場所は、京都市中京区にある築90年の木造2階建ての一列三室型の京町家だ。所有者には、15年間賃料として年額約4万7,000円が京都市から支払われ、活用事業者となった不動産会社であるIzutsuRealty株式会社に同額で転貸された。IzutsuRealty株式会社は、投資型クラウドファンディングによって2,000万円の資金を調達して、町家を整備。2021年7月から再転貸事業者(入居者)として、ウェブやECコンサル業を行う株式会社Mobiusが入居している。

再転貸事業者(入居者)の入居条件は、京町家暮らしの魅力発信。入居期間中はSNS、youtubeなどを通して、京町家での暮らしや京都の魅力を発信することが具体的な条件だ。今回入居することとなった株式会社Mobiusは、東京が本社。京都での拠点を探していた際にIzutsuRealty株式会社からの紹介を受けて、申込みを決めたのだという。

改修後の様子。通り庭の奥にあった小屋はラボとして生まれ変わった。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室改修後の様子。通り庭の奥にあった小屋はラボとして生まれ変わった。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室
改修後の様子。通り庭の奥にあった小屋はラボとして生まれ変わった。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室改修後の様子。入り口部分は開放感のある空間に。今後はオフィス・打ち合わせスペースとして活用される。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室

「現在は主に、京都の宿泊施設に対して、プライベートブランドの開発とECサービス構築の提案を行っています。京都は洗練されたものづくりの町。東京とはまた異なる感度の高さを感じます。普遍的な美しさのあるこの町で、老舗の宿泊施設の方々に向けて、ものづくりと販売のサポートをしていきたいと考えています」と株式会社Mobiusの代表取締役社長・今井文哉さんは話す。


建物は、1階がオフィス、2階が住居というつくり。京町家らしさを残しながらも新しいものを取り入れた改修が行われている。入り口側のスペースは2階とつながる吹き抜け空間。プロジェクターでのスクリーン投影もでき、プレゼンやワークショップにも活用できる人が集まりやすい空間に設えた。所有者から「残してほしい」という希望のあった、通り庭も当時のまま残されている。

平日はオフィスとして常に稼働し、今井さんが住居として住む。今後オフィスには、京都のものづくりにちなんだ家具や小物なども揃えていく予定で、準備が整い次第、youtubeやInstagramなどを通して京都暮らしの風景を発信していく。

改修後の様子。通り庭の奥にあった小屋はラボとして生まれ変わった。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室1階2階の床を排除し、吹き抜け空間に。2階からも1階にいる人と交流しやすい状態になっている。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室

京町家の不動産市場への流通を目指して、モデル事業の事例を増やしたい

保全や継承を検討されることなく、取り壊されている京町家が増えている現状。しかし一方で、近年、京町家が見直されつつあり、京町家に住みたい、商売をしてみたいという需要も高まっている。使い手側の需要もさることながら、モデル事業で活用できる京町家を確保することも目前の課題。まずは、どう所有者にこの制度の存在に気づいてもらうかだ。

京都市では、指定京町家(※)へのポスティング、広報誌やメディアを通して、制度の周知活動を積極的に行っている。今後も第2号、第3号と事例を増やしていきたいと意欲をみせる。

2階奥は、住居スペース。新しい形の職住一体型オフィスが完成した。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室2階奥は、住居スペース。新しい形の職住一体型オフィスが完成した。提供:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室

「まずは、掘り起こし。使われていない京町家を不動産市場に流通させたいです。そのためには、モデル事業の事例を増やしていくことが重要だと感じています。第1号の所有者さんに関しては、改修内容の希望も通り、書類作成や事業者を探す手間も省けたと、大変満足していただいています。15年間の転貸契約の後は、そのまま活用できる状態で物件が手元に戻ってきます。その後の活用も存分に考えられます。ぜひ有効に活用いただけたらと思います。モデル事業で活用させていただける京町家を募集しています」と木村さん。

京都らしい町並みを作り上げている町家。一つの変化は小さく見えても、少しレンズを離して見れば大きな変化になっていることに気づくだろう。建物の状態を気にせず、京町家の扱いに悩んでいる方は、とりあえず一度問合せてみるといいかもしれない。


【京町家賃貸モデル事業】
問合せ先:京都市 都市計画局まち再生・創造推進室 京町家保全継承担当
電話:075-222-3503
https://machiya-kyoto.jp/sl/

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