間取り探偵が今回推理するのは、1966年に連載開始した伝説の野球マンガ「巨人の星」。アニメ化もされ、特に野球をする方は夢中になって観ていたのではないでしょうか?

のちにプロ野球選手となる飛雄馬が育った星家の間取りとはどうなっているのでしょうか?間取り探偵の推理によって、あまり知られていない驚くべき事実がわかったようで…!?
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東京大空襲の後、星一徹が復員してきたときに彼の幼馴染が明子を預かり、住んでいたのがこの家。礎石を持たず、ありあわせの材料で建てられた掘立柱建物。いわゆるバラックです。

 

星家の間取り。東側(右側)が玄関、居間兼一徹の部屋と、飛雄馬・明子の部屋が西側に並ぶ

星家の間取り。東側(右側)が玄関、居間兼一徹の部屋と、飛雄馬・明子の部屋が西側に並ぶ

 

外観を見てみると、当然そのままではなく終戦を境に多少は良い材料を使用して建て替えたように感じます。
飛雄馬が幼少のころは、和室8帖が居間兼一徹の部屋。西側の和室4帖を襖で2帖に仕切り、北側を飛雄馬が南側を明子が使用。飛雄馬がお年頃の明子の部屋を通ることがないよう配慮されていますね。

ある日突然この家は増築されました。増築と言ってもわずか推定一坪ちょっとの4.16m2。
しかも住環境は全く改善されていません。ほんの少しだけ改善されたのは玄関わきに物入れ、明子の部屋に押し入れができたことと勝手口に土間ができたこと。サンダルなどを置くのにはもってこいといった程度です。

 

では、どこが変わったのかというと床の間が設置されました。
床の間は座敷飾りの一種で、南北朝時代に付け書院や違い棚とともに造り始められたもので、絵画・掛け軸・置物などを飾り観賞するためのもの。

 

一徹はここに何を飾ろうとしたのか?
実はテレビと掛け軸がありました。テレビは昭和ではありがちな置き方でしたがこの場合は掛け軸がメイン。そこには「根性」と書かれていて、一徹の飛雄馬に対する愛と厳しさを表し告知するためだと思われます。
でもそれだけのためのこの増築はちょっともったいないなぁ。

 

増築前後の星家。いつのまにか微妙に増築され、それぞれの部屋が少しずつ使いやすくなっている?

増築前後の星家。いつのまにか微妙に増築され、それぞれの部屋が少しずつ使いやすくなっている?

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さて、この家の最大の特徴は、木の生える南側の庭に向かって概ね直径90mmくらいの丸い穴があいているということ。飛雄馬の少年時代トレーニング用のもの。
座ったままボールをその穴をめがけて投げ、それを通し、庭の木に当てた後、またその穴を通して手元に戻す。
まさに針の穴を通すコントロール。

 

さらに驚かされるのが、飛雄馬の投げたそのボールを川上哲治が打ち返し、元に戻すという神業。
そんなことができるのか?知り合いの大学応用物理学の教授に聞いてみました。

 

物理学的には、部屋からボールを投げて穴を通すことよりも、飛雄馬が投げたボールを川上哲治が打ち返して穴を通すことの方が可能性は高いそうです。では飛雄馬のトレーニングはというと、木が垂直ではないとすればそれも可能性はあるとのこと。いずれにしてもすごいことですよね。

 

あと、もしかしたらば雨の日のために蓋もあったのではないでしょうか。

 

この舞台となった東京都荒川区町屋は江戸時代は宿場町として栄え、明治以降は製造業が中心の工場地域になり、そして現在、マンションなどの建設が進み地域の様相は変化してきています。

 

ただ、今でも戦後間もないころに建てられたと思われるバラックの風情を残した建物が多く残っています。

 

巨人軍に入団しプロになった飛雄馬は明子とともにマンションへ引っ越してしまいます。一徹ひとりでこの家に住むことになりました。ちょっとさみしいですね。

 

【概要】
所在地:東京都荒川区町屋
推定床面積(増築前):34.76m2
推定床面積(増築後):38.92m2
間取り:3K(増築後も同じ)
構造:在来工法平屋建(バラック)
入居者:星一徹・明子・飛雄馬

 

 

※掲載の間取り図はMEGASOFT 3Dマイホームデザイナーで作図しています。

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更新日: / 公開日:2016.07.29