上野駅のすぐ近くには、日本を代表する動物園、上野動物園があります。そして博物館や美術館も集まっているアートなエリアでもあります。そんな街の表情に合わせ、駅の構内も「動物園」と「アートの森」で彩られています。
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上野駅

 

上野といえば、多くの人が連想するのがパンダでしょう。上野駅構内でもあちこちでパンダの姿を発見できます。それはイラストだったり、ぬいぐるみだったり、はたまたショップの商品だったり。

 

これらは上野動物園のパンダをイメージしたもので、上野駅だけのお土産としてパンダをモチーフにしたパンや菓子類、カプセルトイなども見られます。

 

上野とパンダとのつながりは、1972(昭和47)年に始まります。日中国交正常化を記念して、中国から日本の上野動物園にやってきたのがパンダでした。

 

ランラン(メス)とカンカン(オス)のペアで、この年、日本中にパンダフィーバーが起こりました。上野動物園パンダ舎には連日、多くの見学客が訪れ、パンダを観覧できるまで数時間待ちという人気ぶりでした。

 

上野 大連絡橋のパンダ2015

かつて大連絡橋に設置されていたパンダ像(2015年9月撮影)

そんななか、上野駅構内、駅3階の大連絡橋にパンダの像が設置されたのです。当時の上野駅は、まだ新幹線は開通しておらず、東北・上越・信越方面への特急・急行列車の始発駅でした。

 

大連絡橋は、そうした列車に乗るための待ち合わせ場所として利用されていた場所なのです。その目印となったのがパンダ像でした。

 

パンダ像は長い間、大連絡橋のマスコット的な存在として親しまれていましたが、2018年に撤去されました。しかし、上野駅の別の場所に移設され、今も現役です。

 

移設された場所をお伝えする前に、上野駅のもうひとつのパンダ像について紹介します。

上野駅 パンダ橋口のジャイアントパンダ

パンダ橋口にある「ジャイアントパンダ」の像

もうひとつのパンダの像は、上野駅入谷改札を出たパンダ橋口にあります。こちらは1984(昭和59)年の設置。高さ2mを超える巨大なもので、まさしく「ジャイアント」なパンダです。

 

上野駅 現在のパンダ

現在は、かつて大連絡橋に設置されていた小パンダと一緒で、まるで親子のよう

この入谷改札先のジァイアントパンダ像は現在、小さいパンダ像と一緒に納まっているのですが、この小パンダ像こそが、かつて大連絡橋に設置されていたものです。

 

大小2体が同じ場所に置かれている様子は、まるで親子のようで、別々につくられた像とは思えないほどぴったりはまっています。

 

上野 2015年のジャイアントパンダ

かつては単独で飾られていた(2015年撮影)

小パンダが大連絡橋からこの場所に移設された理由のひとつが2017年12月、上野動物園に誕生した子パンダ「シャンシャン」の公開。ということで、駅のパンダ像もめでたく「親子パンダ」と相成ったというわけです。

上野駅 公園口トイレ

公園口トイレの入り口にはパンダやゾウの壁面アートが

上野駅 エキュートのトイレ入口

上野駅3階エキュート内にあるトイレの入り口。パンダ、フラミンゴ、カンガルーなどが迎えてくれる

上野駅ではどうしてもパンダが際立っているのですが、パンダ以外の動物のモチーフも数多く見られます。公園口通路にあるトイレや、エキュート内にあるトイレ、どちらも入り口には動物たちのモチーフが飾られています。

 

また、連絡通路からホームへの階段入り口にも、さまざまな動物のイラストが描かれているので、駅構内を散策がてらひとつひとつ、見つけていくのも楽しいひとときになりそうです。

 

上野駅

大連絡橋階段口は北側はペリカン、南側にはゾウが描かれている。大連絡橋から地上ホームへの階段口にはキリンが

大連絡橋通路から2階ホームへ下る階段の降り口にはペリカンとゾウ。同じ大連絡橋通路から地上ホームへの降り口にはキリン。

 

上野駅

公園口通路の8番ホーム階段口にはペンギン。中央通路階段口のパンダ。不忍改札の階段口にはワニ

公園口通路から2階ホームへの降り口にはペンギンとライオン。中央連絡通路から2階ホームへの上り口にはパンダとシマウマ。そして不忍改札からホームへの上り口にはワニが見つかります。

 

これらは、うっかりすると見落としてしまいそうなところに描かれているのですが、どれも見る人をなごませてくれるような、そんなほんわかとした雰囲気を漂わせています。

 

上野駅 従業員出入り口のペンギン

駅構内施設の従業員専用出入り口にもペンギン

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上野駅構内は、アートな空間になっていることも魅力です。何気なく設置されているので、見過ごしてしまいがちですが、美術館に展示されていても不思議ではないような力作も少なくありません。

 

これらは作家から寄贈されたり、そのときどきの状況で依頼して制作してもらったりしたもの。現在では故人となった巨匠の作品も見られ、上野駅が長い歴史を刻んできた駅であることを改めて感じられます。

 

上野駅 平山郁夫

券売機の頭上に平山郁夫の大作が展示されている

まずは平山郁夫。文化勲章を受章した、『仏教伝来』『シルクロード』などで知られる日本画家で、日本美術界の重鎮とされました。

 

その作品は、中央改札口の券売機の上に設置されたステンドグラス『ふる里日本の華』。1985(昭和60)年の作品で、東北・上越新幹線開業にちなんで沿線各県の県花を描いたものといいます。

 

当時の平山郁夫はまだ50代で、東京藝術大学の教授として現役でしたから、こうした駅という公共の建物のための作品にも意欲的に取り組んでいたのでしょう。

 

ちなみに当時の上野駅は「日本国有鉄道(国鉄)」の駅で、上野駅は「日本を代表する駅」「首都東京の北の玄関口」のイメージが、現在よりもはるかに強かったと思います。

 

上野駅 猪熊源一郎「自由」

中央改札口の頭上には70年にわたって猪熊弦一郎の巨大壁画が飾られている

その中央改札口の改札上部を飾るのは、猪熊弦一郎の巨大な壁画『自由』。

 

猪熊は香川県高松市出身の洋画家で、毎日美術賞を受賞、勲三等瑞宝章を受章。多くの作品を残しており、三越デパートの包装紙『華ひらく』も猪熊弦一郎がデザインを手がけたものです。

 

上野駅の『自由』は1951(昭和26)年12月の作品。同じころに猪熊は慶應義塾大学大ホールの『デモクラシー』、名古屋丸栄ホテル玄関ホールに『愛の誕生』などの壁画を手がけており、その後も各地で壁画を制作。晩年には川崎市役所第3庁舎に『ロボット誕生』という壁画を制作しています。

 

上野駅朝倉文夫「翼の像」

朝倉文夫『翼の像』

中央改札口付近には、彫刻作品もあります。作者は朝倉文夫。上野駅に近い台東区谷中に住み(アトリエは現在「朝倉彫塑館」となっている)、「東洋のロダン」と呼ばれ、文化勲章を受章した彫刻家で、作品のなかには重要文化財に指定されているものも少なくありません。

 

その朝倉作品のひとつは『翼の像』。1958(昭和33)年、初の東北特急「はつかり」運転開始と駅開業75周年を記念して設置されたものです。今では中央広場の待ち合わせスポットの目印となっています。

 

上野駅 朝倉文夫「三相」

朝倉文夫『三相 智情意』

もうひとつは『三相 智情意』。1950(昭和25)年の作品で、1958(昭和33)年、上野駅開業75周年の際に、当時75歳だった朝倉氏が「私も上野駅も、同じ1883(明治16)年生まれだから」と、上野駅に寄贈したものといわれています。

 

現在は中央改札口から地上ホームへ向かう途中に設置されています。

 

上野駅 王学仲「上野四季繁栄図」

王学仲の陶板画『上野四季繁栄図』。新幹線乗り換えコンコースにある

新幹線乗り換えコンコースで見ることができるのは、中国・天津大学美術教授、王学仲の『上野四季繁栄図』。約1200枚の景徳鎮絵タイルを用いた巨大な陶板壁画で、パンダとコイが描かれています。

 

1983(昭和58)年、上野駅開業100周年の際に制作され、2年後の東北・上越新幹線上野駅開業の際に、新幹線コンコースに展示されたものです。

 

上野駅 「青森ねぶた」

旧18番ホームの巨大レリーフ『青森ねぶた』。現在の17番ホームから眺めたところ

ほかにも、旧18番ホームを改修した通路に展示された、青森ヒバを使用した巨大レリーフ『青森ねぶた』。

 

上野駅 「故郷の星」

故郷の星

かつて東北本面への長距離列車が発着していた地上ホームの頭上につり下げられている金色に輝く立体オブジェ、絹谷幸太作の『故郷の星』など、上野駅ではアートにふれることができるのです。

 

上野駅には、1932(昭和7)年の歴史的建築が正面玄関口などに現存しています。しかし、それ以外にも、長い歳月を重ねてきた駅ならではの建材が散見されます。

 

上野駅 1・2番ホーム小屋組

1・2番ホームの、古いレールを利用した小屋組構造。昭和初期らしいモダニズムすら感じる

まず紹介するのは、1・2番ホーム。京浜東北線北行き(1番)と山手線内回り(2番)のホームです。ここではホームの屋根を支える梁(はり)や柱に注目。使わなくなった古いレールを再利用した鉄骨が数多く見られるのです。

 

上野駅 古レール柱

古レールと分かる柱が曲げられて梁や桁、さらには軒を支える方杖(ほうづえ)になる構造。Rに曲げたのはおそらく職人の手作業によるもの

柱として垂直に立てた鉄材を曲げ、そのまま梁や桁(けた)として使用。この梁の中央部に束(つか)を設けて屋根を支える垂木を支えています。この束も垂木も古レールの再利用です。

 

また桁として伸ばした鉄材は、桁行(けたゆき)としてトラス構造(部材を三角形に組み合わせ、各部材に重力を分散させるようにした骨組)をもたせ、さらにこのトラス部分で一部の梁を支えるという構造。

 

武骨ななかに曲線美と直線の組み合わせが加わって、無機質なはずの構造材がまるでアートのように見えるのです。

 

上野駅 1番ホームの小屋組

ホームの小屋組を支える古レールの柱が、屋根の外側に設けられている特徴的な構造

1、2番ホームでは、1番ホーム外側の柱列も注目したいところ。

 

古レール再利用の柱がRを描いて曲げられてそのまま梁として使用されていますが、柱の位置が屋根の外になっているため垂木を支える桁行が屋根の外に設けられた形になっています。

 

このため、アーチと直線とトラスの桁行がよく目立ち、いかにも古建築らしい独特の美しさを感じさせるのです。

 

上野駅 駅外から見る1番ホーム

上部の直線と下部のアーチ構造をトラスでつなぐ独特の意匠の桁行が外側からだと際立つ

現在の上野駅は1932年の建築がベースになっていますが、度重なる改修で旧駅舎の面影は薄れています。しかし、駅は人々の生活に必要なインフラなので、古い建築物をすべて取り壊して新しい建物を建て直すことはありません。

 

駅としての営業をしながらも、必要な部分のみを工事するといった方法で改修を繰り返してきたため、現在の駅構内にも旧駅舎の痕跡がそこかしこに見られます。

 

上野駅 地上ホーム上屋の跡

取り壊された上屋の切妻屋根の一部が残ったまま。その屋根から中央連絡通路の屋根に上るためのハシゴまで残されている

印象的なのは地上ホームから中央改札口へと向かう途中に見かける、古ぼけた柱と上層部。柱が支えているのは中央連絡通路で、さらにその上は歩行者専用通路のパンダ橋があり、見ようによっては天井が二重に存在しているようにも見えます。

 

この中央連絡通路の外壁がシュールなのです。そこにはかつて地上ホームにあった屋根の跡がしっかりと残っています。これなどは、古い建造物を運用しつつ新築部分を増やしていった典型的な例。

 

上野駅丸窓のある階段

階段の途中にある閉鎖された丸窓

また、正面玄関口から地下鉄への乗り換え階段には、凝った意匠の丸窓があります。しかし、この丸窓は奥がふさがれてしまっています。

 

実はこの丸窓は、かつての上野駅が、1階が入り口、地下1階が出口とされていた昭和初期の名残りです。連絡階段は1階から地下1階への階段で、丸窓からは駅前の車寄せなどが見えていたはずです。

 

こうした、現役で運用されている建造物に、まるで廃墟のような遺構が見られるというのも、上野駅の長い歴史を物語る一面といえるでしょう。

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上野駅 ペデストリアンデッキ

まさに空中回廊。さまざまな方向にのばされたペデストリアンデッキ

駅の東側、正面玄関口や浅草口、東上野口などは、駅前に広がるペデストリアンデッキにつながっています。ここはオープンスペースのアートギャラリーといった雰囲気です。

 

アリ・アリング

大理石の塔に金属製のアリが群がる『アリ・アリング』(飯野一朗 作)

このデッキの中央に、展示ブースともショーケースともいえるようなガラスケースが並んでいるのです。

 

展示スペースのひとつには、バベルの塔を思わせる大理石の塔に金属製のアリが群がるというアート作品『アリ・アリング』(飯野一朗 作)が展示されています。

 

上野駅 ペデストリアンデッキの水流モニュメント

ペデストリアンデッキにある流水のモニュメント。水が流れることで十字が回転する

さて、今回は「動物園」、「アートの森」をキーワードにめぐる駅構内をガイドいたしました。上野駅記事最終回では、駅を出て、周辺の歴史を探索していきます。

 

【山手線の魅力を探る・上野駅 4】駅周辺の歴史とアートを訪ね歩く
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更新日: / 公開日:2021.07.19