住みたい街として人気の池袋(東京都豊島区)。「2018年LIFULL HOME'S住みたい街ランキング」の「首都圏・借りて住みたい街」では、前年に引き続いて1位に輝いています。では、どんな魅力があるのでしょう?
今回はさまざまな再開発事業で変化中の駅東口エリアにスポットを当てます。変わりゆく街の姿の紹介とともに、歴史探検ガイドをお送りします。
【山手線29駅の魅力を探る・池袋駅1】原野の中の秘境の駅だった? 池袋駅の歴史
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駅前の喧騒に包まれて、江戸時代の史跡がある
池袋駅東口は、池袋のランドマークであるサンシャインシティへとつながる繁華街があるエリア。そんな大勢の人が行き交う駅前の一角、パルコの脇から路地に入った先の線路沿いに公園があります。その名も池袋駅前公園。入口近くにふたつの祠が並んでいます。「四面塔稲荷大明神」と、「四面塔尊」です。

四面塔稲荷大明神と四面塔尊が並んで建つ
江戸時代、このあたりは雑司ヶ谷と中山道板橋宿を結ぶ街道が、小石川と東長崎を結ぶ街道と交差する四ツ辻でした。当時は雑木林が生い茂る人里離れた寂しい場所。しかし飯盛女のいる板橋宿へ遊びに行く人々で往来は少なくなかったようです。
宿場女郎目当てに夜道を歩くということは懐に余裕があるということで、そうした男たちを目当てに追いはぎや辻斬りが出没していたといい、多いときには一晩で17人もの辻斬り犠牲者が出たと伝えられています。
このような事態を憂い、地元の人々が1721年(享保6年)に建てたのがこの四面塔です。辻斬りによって命を落とした人の霊を弔うとともに、道標の役割もあったようで、四面塔の左側に「南方高田雑司谷道」、右側には「北の方 板ばしみち」と刻まれています。建立されて約300年。池袋の変遷を見つめてきた歴史の証人といえるでしょう。
公園の北側には池袋水天宮があります。水天宮は安産・子授けの神社で全国各地にありますが、この池袋の水天宮は、1928年(昭和3年)、ご利益スポットとして知られる東京都日本橋蛎殻町の水天宮のお札をいただいてきて祀ったのが始まりといいます。
地域の発展を願ってのことだったと伝えられ、その後、何度かの移転を重ね、第2次世界大戦後の区画整理により、現在地に社殿が造営されました。門前に立つ石仏「田の神さん」は、子孫繁栄を祈願したものであることを感じさせてくれます(石像を裏側からも見てみると……!?)。

池袋水天宮にある「田の神さん」。しゃもじと茶碗を持っている
2020年までに池袋は大きく変わる! その象徴となる「ハレザ池袋」とは
池袋駅東口エリアでは、複数の再開発事業が進行しています。なかでも一大プロジェクトになっているのが、一般公募によって「Hareza(ハレザ)池袋」と名付けられた旧豊島区役所(以下、旧庁舎)跡地一帯の再開発事業です。駅東口から歩いて5分ほどの東池袋1丁目になります。
旧庁舎(1961年建設)は老朽化のため、2015年5月、南池袋2丁目の新庁舎へ移転。旧庁舎の南側に隣接していた豊島公会堂(1952年開館)も築60年を超え、2016年2月末に閉館となりました。その後、旧庁舎、豊島公会堂ともに解体。また、豊島公会堂の南隣にある豊島区民センター(1969年建設)も老朽化が進んでいて、旧庁舎跡地の再開発の一環として建て替えることになったのです。
旧庁舎、豊島公会堂、旧区民センターの跡地で新たに建設工事が行われているのは、オフィス棟(旧庁舎跡地)、新ホール棟、豊島区新区民センターの3つ。オフィス棟は32階建てのオフィスビルで、オフィスのほか、シネマコンプレックスなどが入り、2020年5月に完成する予定です。
新ホール棟は8階建て。約1300席を持つホールや、ボーカロイド(音声合成技術)を使ったライブが楽しめる「ボカロ劇場」などのある施設で、2019年秋にこけら落とし公演が計画されています。

中池袋公園。背後には建設が進む「Hareza(ハレザ)池袋」(2018年6月17日 筆者撮影)
そして、新区民センターは約500人収容の多目的ホールや会議室などを備えた9階建ての建物になりますが、話題になっているのはトイレです。35ブースという女性トイレのほか、化粧直し専用のパウダーコーナーやフィッティングコーナー、授乳室や親子トイレ、おむつ替えスペースなども設け、女性やファミリーにやさしい機能を揃えていることが特長です。
ところで、なぜ、フィッティングコーナーなのかというと、旧庁舎のすぐ近くには「アニメイト池袋本店」があって、周辺には女性向けのアニメグッズやアニメキャラクターのコスプレ衣裳などの店が集まる乙女ロードがあるという、アニメファンの女子が集う話題のエリアでもあるからなのです。
新区民センターも新ホール棟と同じく、2019年秋に開館予定とのことですが、向かいに位置する中池袋公園も2019年秋にはコスプレイベントなどが開催される「アニメの聖地」としてリニューアルされるというから今後の展開が面白そうです。

アニメファンでごった返すアニメイト池袋本店
池袋駅の物件を探す 街の情報を見る おすすめ特集から住宅を探す繁華街の路地裏に残る「昭和」
このように大きく変わりつつあるエリアがある一方で、昔ながらの面影が色濃く残るエリアがあります。急ピッチで再開発が進む「ハレザ池袋」から徒歩数分。人の喧騒にあふれるサンシャイン60通りから南に入ったところに栄町通りと美久仁小路という横丁があります。
狭い路地に小さな居酒屋などが並び、サンシャイン60通りのにぎやかさとは一転、昭和な雰囲気が漂う横丁です。その歴史は今から73年前、第2次世界大戦からの終戦間もない1945年(昭和20年)頃にさかのぼります。
日本では多くの都市が空襲の被害を受け、焦土と化してしまったのですが、終戦を迎えてほどなく各地に出現したのが露天市場やバラック建ての長屋式の市場でした。これらはヤミ市と呼ばれ、日本の歴史の中では暗いイメージで捉えられることも少なくありませんが、近年では戦後の混乱と貧困に陥っていた都市が復興へ向かう力になったと評価されるようにもなっています。
そんなヤミ市は終戦後の池袋にもありました。戦災で焼け野原になった池袋の駅周辺にヤミ市がたち、駅の東口周辺には多いときには1200軒もの長屋式の店があったといわれています。その半数以上が飲食店や飲み屋でした。
その後、経済復興が進み、戦災復興土地区画整理事業などが始まり、1950年前後には池袋駅東口のヤミ市は姿を消しますが、他の商店街などに移って営業を続ける店もありました。そして東池袋1丁目に移転して4つの飲み屋横丁が誕生。
その中の人世横丁、ひかり町通りは再開発でなくなってしまいましたが、残っている2つの横丁……それが栄町通りと美久仁小路というわけです。戦後のヤミ市がルーツというと、ディープな横丁を連想しがちですが、昭和のノスタルジックなムードが楽しめる横丁として、池袋の隠れた人気スポットになっています。

昭和の雰囲気が漂う栄町通り

「通りぬけできます」の文字が永井荷風の小説『濹東綺譚』を連想させる。美久仁小路
サンシャインシティが伝える、「昭和」の戦後史
池袋には、昭和の戦後史を伝えるスポットがまだまだあります。その1つがサンシャインシティというと、驚く人が多いでしょう。
サンシャインシティは展望台(スカイサーカス サンシャイン60展望台)を中心に、水族館、博物館、プラネタリウム、ショッピング街、ホテルなどからなる複合施設で、来場者数は年間約3000万人。池袋の顔ともいうべき人気スポットです。
その敷地の一角にある東池袋中央公園に「永久平和を願って」と刻まれた石碑が建っています。これは、第2次世界大戦後に東條英機ら戦犯を拘置し、死刑を執行した「巣鴨プリズン」がこの地にあったことを伝える石碑なのです。

サンシャイン60のすぐ脇にある東池袋中央公園
巣鴨プリズンは1895年(明治28年)に「警視庁監獄巣鴨支署」として開設されたのが始まり。終戦から13年後の1958年(昭和33年)に東京拘置所と名を変え、1962年(昭和37年)に小菅(葛飾区)に移転しました。
拘置所として76年の歴史に幕を閉じ、その広大な跡地に建てられたのがサンシャインシティです。オープンは1978年(昭和53年)で、複合的な機能をもつ都市再開発の先駆的な事例となりました。

東池袋中央公園にある「永久平和を願って」の碑
池袋駅の物件を探す 街の情報を見る おすすめ特集から住宅を探す2016年にリニューアルした南池袋公園。周辺には江戸時代創建の古寺も
前述の中池袋公園のリニューアルのほか、池袋にある主な公園では再開発事業の一環で整備が進められています。6年かけて整備をし、2016年8月にリニューアルオープンしたのは南池袋公園です。駅東口から徒歩5分くらいのビル街なのに、広々とした芝生広場にカフェ・レストランや親子で遊べる遊具などがあり、憩いの空間が広がっています。

多くの人々でにぎわう南池袋公園
この南池袋公園がある一帯は、第2次世界大戦前には根津山と呼ばれた雑木林が広がっていました。東武鉄道の経営に携わった実業家、根津嘉一郎が所有していたことから根津山と呼ばれるようになったといいます。戦時中、この根津山には防空壕が設けられ、1945年(昭和20年)4月の城北大空襲時には多くの犠牲者が雑木林に埋葬されたといいます。
そんな歴史を秘めながらも、今、多くの人たちが集い、くつろげる公園となった南池袋公園。芝生が広がり、都心とは思えない空の広さを感じることができます。
南池袋公園の近くには江戸時代初期に創建された本立寺、平安時代創建の法明寺など古い寺院が点在し、寺町散策も楽しめます。

本立寺には、江戸時代の大名・新発田藩榊原家ゆかりの墓所もある
ところで「日本のガウディ」と呼ばれる建築家、梵寿綱(ぼんじゅこう)をご存じでしょうか。1980年ころから、曲線が印象的で奇抜な外観のビルがアートとしての存在感を注目されてきました。南池袋公園の近くには、梵寿綱の手掛けたビルが2つあり、建築マニアなどの間で評判となっています。
ひとつは、梵寿綱氏本人が名付けた「斐禮祈(ひらき):賢者の石」。酒販店・集合住宅・店舗などを兼ねた建物です。もうひとつは「ヴェッセル:輝く器」。飲食店などが入居するテナントビルですが、太陽やカエルなどのオブジェが施されています。

横有機体を思わせる梵寿綱デザインのビル「斐禮祈(ひらき):賢者の石」。
このように今昔の歴史が交差する池袋東口エリア。西口エリアも知られざる魅力がたくさんあります。次回の「池袋その3」で紹介したいと思います。
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更新日: / 公開日:2018.07.17










