路線争奪競争の結果、多くの未成線が生まれた
日本で最初の鉄道が新橋(旧 汐留駅)~横浜(現 桜木町駅)で開業したのは有名だが、日本で最初の営業用電車は、京都(京都電気鉄道 七条~伏見町下油掛)で開業している。その後も、当初は1両での運行だった地下鉄御堂筋線で、将来の乗客増を見越して12両編成が停車できる駅を建設したり、阪急電鉄が磁気乗車券を使用した日本初の自動改札機を導入したり、関西の鉄道は日本の鉄道の発展を牽引。現在でも、転換クロスシート(進行方向に向いた座席)を備えた料金不要の速達列車や、短い駅間を機敏に走る高加減速性能の電車が発達するなど、独自の鉄道文化が築かれている。
これは、東京のようにターミナル駅から郊外へ放射状に路線が延びるのではなく、関西は都市間で並行する路線が多く、さらに相互乗り入れが発達しなかったことで独立・競争の気概が強くなったことも一因だ。京阪神間での“乗客争奪戦”は今に続く関西の鉄道のハイライトだが、明治の鉄道誕生以降は、資本家たちがインターアーバン鉄道や有名神社仏閣への参詣鉄道を我先にと計画し、さながら“路線争奪戦”の様相も呈していた。彼らが打ち出した鉄道計画のなかには、実現して今も人々にとって欠かせない路線もあれば、工事に着手したものの諸事情で頓挫したものや計画を立てながら夢に終わった、いわゆる「未成線」と呼ばれる路線もある。
鉄道は住まいや暮らしに大きく関わっており、「実現していれば便利だったかもしれない」未成線もあるのではないだろうか。LIFULL HOME'Sでは、幻となった「未成線」のなかから、「実現してほしかった未成線」をアンケート調査した。本稿では関西地方で上位にランクインした路線を紹介する。
関空が近くなる? 1位は壮大なリニア構想
1位:関空リニア構想(393票)
1,100人が回答したアンケートで最多の393人が「実現してほしかった」と回答(複数回答)したのが、2009年に当時の大阪府知事が提案した、大阪市中心部と関西国際空港をリニアモーターカーで結ぶ構想だ。リニア中央新幹線の開業を機に伊丹空港を廃港とし、その土地の売却益でリニア新線を建設する案で、実現すれば現在30分以上かかる大阪市中心部と関西空港を10分台で結ぶとされた。2011年に国土交通省で調査検討会が開催されたが、それ以降は開催されず、2019年には関空アクセスを担う別の計画「なにわ筋線」の事業が許可された。
アンケートの回答では「関空専用路線で運用してもらえればアクシデントや事故による遅延が減りそう」(アンケートより)といったコメントもあり、利用者の一部は複数の路線にまたがる現在のアクセス経路に不便を感じていることがうかがい知れる。なお、現在のJR阪和線および南海本線経由のアクセスルートに決定する前には、新大阪駅から城東貨物線(現 おおさか東線)、廃止された阪和貨物線を経て、泉北高速鉄道に接続する新線と、泉北高速鉄道の延伸によって日根野付近へ至るルートも、あまり他の列車に邪魔されずに空港アクセス電車を走らせることができるとして検討されていた。
2・3位が実現すれば、北摂の鉄道はさらにネットワーク化していた
2位:箕面有馬電気軌道(現 阪急)有馬線(345票)
阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道は、1906(明治39)年に梅田~宝塚、石橋~箕面、宝塚~西宮、宝塚~有馬の特許を取得し、現在の阪急宝塚本線、箕面線、今津線などを開業させたが、宝塚~有馬は開業しなかった。有馬には、日本三古泉のひとつ有馬温泉があり、現在大阪から電車で神戸または三田を経由してアクセスできるが、「有馬温泉は近いが、なかなか行きにくい」(アンケートより)という声も寄せられる。もしこの路線が実現していたら、大阪から有馬温泉へ直線的にアクセスできていたことになる。
なお、箕面有馬電気軌道は箕面や宝塚温泉などへの遊覧客を乗せる鉄道として建設されたが、のちに同社専務の小林一三の手で沿線の住宅開発を行い大成功したこともあり、有馬線の計画はあっさり取り下げた。
3位:阪急新大阪千里環状線(338票)
1948(昭和23)年、当時小型車が走っていた京阪神急行電鉄(現 阪急電鉄)宝塚本線の混雑を緩和しようと、大型車で神戸本線に乗り入れるために宝塚本線曽根駅~神戸本線神崎川駅の免許を取得するも、実現していなかった。その後1961(昭和36)年に宝塚本線の混雑緩和を目的に、淡路駅から北へ延びていた千里山線(現 千里線)の終点千里山駅と箕面線の桜井駅をつなぐ路線の免許を取得。現在の南千里駅(旧 新千里山駅)や千里中央駅を経て桜井駅へ至る計画で、1963年には千里山駅~新千里山駅を開通させた。また、1964年の東海道新幹線開業を前に、1961年には新幹線が発着する新大阪駅へのアクセスと京都本線の混雑緩和のため、十三駅~新大阪駅~淡路駅と、神崎川駅~新大阪駅の免許も取得しており、これによって新大阪駅~淡路駅~千里山駅~桜井駅~曽根駅~神崎川駅~新大阪駅の環状線計画が形作られた。
現在も新大阪駅西側の山陽新幹線高架橋には、この路線が通り抜けられる空間が確保されているほか、一部を新幹線ホームの増設用地としてJRに売却したものの、阪急新大阪駅の建設用地が確保されている。既にほとんどの区間の免許が失効し、環状線は未成線となったが、今も十三駅~新大阪駅の免許は維持されており、阪急は「新大阪連絡線」として、十三駅~JR大阪駅(うめきた)の「なにわ筋連絡線」とあわせて2031年の開業を目指していると報道されている。
市営モンロー主義で、私鉄の都心乗り入れは次々に頓挫
4位:京阪梅田線(315票)
大阪では、東京のように郊外からの路線が都心で地下鉄に直通するケースはほとんどない。これは大阪市が市内の交通を独占経営する「市営モンロー主義」を貫いたためで、20世紀初頭の電鉄ブームでも私鉄各社が大阪市中心部に乗り入れることはなく、取得済みの免許・特許も返納させた。この結果、各社の都心乗り入れ計画はほとんどが未成に終わることとなった。そのひとつが京阪の梅田乗り入れ計画である。
当初は、新京阪線(現在の阪急京都本線)の都心乗り入れ経路として、鉄道省の城東線(現 JR大阪環状線)の高架化工事によって余った地上線を活用した梅田乗り入れを計画していた。しかし、地上線では都市計画の妨げになると大阪市からクレームが入り、さらに関東大震災が起こって関東の鉄道復興に予算が回されたことで城東線の高架化は見送りに。京阪の計画もストップした。その後、野江駅の先の蒲生信号場から分岐し梅田駅に乗り入れる「京阪梅田線」として計画は残ったものの、1942(昭和17)年に免許を失効。阪急に移管された新京阪線が現在のルートで梅田乗り入れを果たした一方、京阪本線はその後も市内中心部への乗り入れを模索し続けることとなる。後年、市営モンロー主義の緩和を受け、御堂筋線と接続する淀屋橋駅まで延伸して悲願の都心乗り入れを実現したが、「京阪電車から乗り換えなしで梅田まで行けるのは、とても魅力的」(アンケートより)と、京阪電車の梅田乗り入れを願う声は今も根強い。
5位:神戸市営地下鉄海岸線延伸(274票)
2001年に開業した神戸市営地下鉄海岸線は、神戸市長田区の新長田駅から文字通り海岸沿いを走り、JR三ノ宮駅近くの三宮・花時計前駅に至る路線だ。将来の鉄道整備の在り方を示した運輸政策審議会(現在の交通政策審議会)の答申第10号(1989年)には、「新長田から和田岬、三宮を経て新神戸を結ぶ路線」と記載されており、答申に基づくと三宮・花時計前駅~新神戸駅が未成線ということになる。しかしその後2004年に出された近畿地方交通審議会答申第8号に当該区間は記載されず、計画は実質的に消滅している。
海岸線の沿線には大規模な工業地帯があることから、新幹線が発着する新神戸駅とつながることで「ビジネスや通勤での利便性が向上すると思う」(アンケートより)という意見もあるが、2021年度も事業収益の約1.7倍の事業費がかかるなど開業以来厳しい事業会計が続いており、延伸構想が具体化する目途は立っていない。
遺構が残る未成線もある
鉄道は都市の計画や発展と密接にかかわっており、鉄道が開業することで人々の動きが大きく変わることもある。本稿で紹介した路線以外にも、未成線は数多く存在する。大阪市南部を東西に走る「大阪市営地下鉄敷津長吉線」や、神戸市郊外の西神ニュータウンと新幹線が発着する西明石駅を結ぶ「西明石・西神線」、生駒山地を貫いて大阪府枚方市と奈良県生駒市を直結する「信貴生駒電気鉄道生駒線」といった、現在でもバス連絡や遠回りとなる箇所を短絡する路線。さらには、滋賀県の近江鉄道・信楽高原鐵道と京都府の京田辺駅をつなげる「びわこ京阪奈線」や、大阪府貝塚市内で完結する水間鉄道を、和歌山県の粉河(こかわ)駅までつなぐ「水間鉄道粉河延長線」などといった、大阪通勤圏を大きく広げうる路線などだ。もし、これらがひとつでも実現していたら、街も現在とはまた少し違った姿をしていただろう。
高架化したJR大阪環状線が京阪梅田線を跨ぐはずだった箇所には、下に線路を通すための「京阪乗越橋」が今も残る。紀伊半島を縦断するはずだった国鉄五新線(奈良県の五条駅~和歌山県の新宮駅)は、途中の阪本までトンネルや路盤が建設されていて、工事凍結後はそれらを活用して路線バスが走行した。かつて人々が夢見た鉄道計画は、今なお遺構や用地が残っていることも多い。夢の痕跡をたどり、「実現していたらどうなっていただろう」と幻の世界に思いを馳せてみるのも、未成線の楽しみ方のひとつかもしれない。
■調査概要
回答者:京都府・大阪府・兵庫県在住の20~60代男女1,100人
調査対象:関西の主要な12の未成線(※)
※鉄道事業法・地方鉄道法・私設鉄道法・軽便鉄道法による許可・免許・認可および軌道法による特許が取得されたものの、すでに失効している路線。交通政策審議会(運輸政策審議会を含む)および近畿地方交通審議会によって1度以上答申されたものの、最新の答申に記載されていない路線。自治体から構想が公表されたもの実現していない路線
■参考
天夢人『全国未成線徹底検証 [国鉄編]』川島令三著 2021年5月発行
天夢人『全国未成線徹底検証 [私鉄編]』川島令三著 2021年9月発行
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