地上29階、高さ約123m。まちの人が今、思うこと
東京都足立区の北千住駅東口駅前の再開発事業の検討が進められている。北千住駅東口を出て北側、現状店舗や住宅が立ち並ぶ面積約0.6haのエリアに、北千住駅東口に直結する地上29階、高さ約123mとなる駅前施設が計画されている。
約1年前から足立区による住民向け説明会が数回開催され、2025年3月には千住旭町地区の地区まちづくり計画の変更が行われ、再開発事業の該当地域(北街区)が「賑わい拠点地区」と位置づけられた。12月には、千住旭町地区都市計画(原案)の説明会も行われている。しかし、地元の人からはいまだに賛否両論がささやかれ、該当地域の地権者の中にも、個別に十分な話し合いが持たれないまま計画が進んでいることに不安を訴える声も聞く。
そこで、北千住駅東口エリアに20年以上住み、千住暮らしをこよなく愛する2人の住人に話を聞いてみた。2人とも2024年12月、2025年10月に実施された住民向けの説明会にも参加したという。
銭湯ハンコ作家 廣瀬十四三(としぞう)さん
「千住のど真ん中に視線を遮る巨大なビルを建てないでほしい。それだけです」。プログラマーだった会社員時代を経て、現在は銭湯ハンコ作家として活躍する廣瀬十四三(としぞう)さんは言葉少なめで、冒頭から厳しい言葉を発した。
「2回の説明会に参加しましたが、私は賛成の声を聞いたことがありません。『下町情緒を大切にして』と説明されましたが、具体的にどういうことなのか、ぼんやりとしてわからない」
住民のメリットが感じられない
廣瀬さんは結婚を機に1996年から奥さんと2人で千住に暮らし始め、現在は2000年に購入した千住東のマンションの8階の部屋をベースに仕事と暮らしを営む。廣瀬さんによると、桜並木を見下ろす部屋から当初は足立の花火も富士山も見えたという。2004年に北千住駅西口に北千住マルイ、その後2012年に東口に東京電機大学が建設され、花火が見えなくなり、いつしか富士山も見えなくなった。でも「仕方ないですよね」と言う。
北千住マルイや東京電機大学を「仕方ない」と思えるのに、今回の「北千住駅東口駅前再開発」に強い拒否感を感じる理由は何なのか。量販店マニアでもある廣瀬さんは北千住マルイもヘビーユースしており、利便性を感じている。東京電機大学に関しては「環境にも配慮したオープンなキャンパスで緑も多く、おしゃれで雰囲気もいい。ドラマなどのロケにもよく使われてますよね」と歓迎ムード。でも、今回の再開発計画は、住人にメリットが感じられないと言う。
「誰のための開発なのか。29階建てのタワーマンションに住民が増えたとしても現・住民にメリットはない。ましてや昨今のタワマンでは、投資目的で購入する人、自分では住まずに又貸しする人の話も聞く」
千住の名物銭湯が再開発エリアに
一方で、週に3〜4回は銭湯に通い、銭湯を日常使いしている廣瀬さんにとって、千住の名物銭湯「梅の湯」が再開発エリアに入っていることは大きなショックだったという。銭湯通いをするようになって、健康診断で指摘されていた「脂肪肝」が解消されたし、例えば障子貼りをして腰を傷めたときにもまずは銭湯に向かうという銭湯ヘビーユーザー。何より「家風呂と比べて格段に湯舟が大きいのでとにかく気持ちがいい」と絶賛。「千住に引越してきた1996年当時、千住には19軒の銭湯がありました。どんどん減って、今は6軒。銭湯は、ご家族が長い年月、大切に守って残してきたものだし、まちにとっての大切な資産でもある。ご家族の理由で辞めざるを得ないのなら致し方ないが、他人の理由で立ち退かざるを得ないとしたら、その状況に憤りを感じる」
「宿場町だった歴史も持つ千住のランドマークといえば、やっぱり銭湯。そして、飲み屋、路地、蔵、古い建物、また、そこに集う人。そういった何か思い切った『千住らしいもの』が再開発の中で提案されていれば、面白いって思えるのかもしれないですけど。原宿のまちの真ん中の再開発ビル『ハラカド』の中に銭湯『小杉湯原宿』がつくられ、人気となっているように、千住らしい新しい銭湯として『梅の湯』が誕生してもいいと思う」
再開発の話については、どちらかというと口が重かった廣瀬さんだが、千住らしさや面白いと感じる千住についての話となると、いろいろな話をしてくれた。「古民家をカッコよく活かして若い人たちが面白い活動をしている『(仮称)コーミンカン!』 や『家劇場』、それに『仲町の家』。こういう活動を見ていると嬉しくて仕方がないんです。千住らしいし、面白い。戦前に建てられた日本家屋『仲町の家』は、まちに開いたオープンな場所で、いろんな人がふらっと立ち寄れるのも良くて」。まちが内包する歴史や文化を、建物を生かして使うことで、住人のまちへの愛着を育む活動。そんな要素がほんの少しでも、今回の再開発事業に取り入れられる方法はないだろうか。
「千住いえまち」代表 鶴巻俊治さん
「ボクは再開発については、反対じゃなくて賛成派ですよ」
そう話し出したのは、建築家で、地域では歴史的建物や文化の調査・研究・活用・情報発信などを行う地域団体「千住いえまち」代表の鶴巻俊治さんだ。
千住に建てられた2つの高層マンションが、再開発への不安感を生んでいる
「廃墟になっていくまちがいいとは思わないし、まちがきれいになることはいいことだと思うので再開発自体には賛成です。ただ、一般的に再開発が問題なのは、まちが今まで培ってきたものを一掃してしまうこと。まちの育んできた歴史や文化、まちの個性に配慮しながら建て替えるなら賛成ですが、無配慮な再開発には懐疑的にならざるを得ません。住民説明会に2回出席しましたが、みんなが怒りの声をあげるのを聞いていると、昨年、千住に建てられた2つの高層マンションを見ていての不安感があると感じます。北千住駅西口エリアの、歴史ある商店街に面しているのに、まちへの配慮が感じられない。千住は江戸時代からの歴史や文化が、建物や町割り、行事などにも残っていて、新しいものと古いものが絶妙に入り混じる、東京でも稀有な魅力のあるまちなのに、古い建物を一掃して、同じようなマンション建設が繰り返されることで、千住がどこにでもあるようなまちになってしまうんじゃないかという危機感を感じます。住民説明会では、『広場をつくります』『賑わいをつくります』と説明されましたが、それはどこの再開発でも同じに聞こえる。千住らしさ、千住の個性を活かした話題性のある開発を考えてほしい」
今回の再開発事業には、多額の行政の補助金が使われる予定だという。税金が使われる以上、「本来、住民に対するリターンがもっとあるべきだと思う。リターンというのは『みんながワクワクするもの』なんじゃないかな」と鶴巻さんは話す。
住民がワクワクする再開発(1)北千住の「顔」となる再開発を
では、ワクワクする再開発とはどのようなものなのか。鶴巻さんは、高校生の娘さんの話を交えながら、いくつかの観点から話してくれた。ひとつは「北千住駅」という観点だ。
「最近、赤羽に住んでいる娘の友達が千住に遊びに来たんですね。そのとき友達が『北千住いまいちだよね』って言ったらしいんです。娘は千住が好きだからすごくショックだったみたいで。確かに赤羽は、駅を降りると東西を結ぶ通路がばーんと広がっていて、その先に広大な飲屋街が広がり、駅周辺の個性が際立っている。北千住駅の方が乗降客数も格段に多いし大きい駅なんだよって話したんですが、確かに駅を降りたときの印象は弱い。住民説明会でもお話ししたのですが、千住の脆弱性は、駅の東と西がうまく繋がっていないということだと思うんです。自由に行き来しようという気持ちになれない。各鉄道の改札がある割には狭い3階フロアの通路か、自転車と人が混在する狭くて危険な地下通路を通る必要がある。このあまりイケてない連絡通路はそのままという前提で再開発が計画されているのは問題だと思う。北千住駅東口駅前の再開発は千住の顔となる計画ですし、これから再開発を考えるのであれば、 駅が変わることを前提に計画をするべきではないかと思います。千住らしい、北千住駅の『顔』をつくる再開発としてほしい」
例えば金沢駅のような和を強くイメージさせるゲート、東京駅や原宿駅のように歴史を受け継ぐ駅舎、新橋のSL広場のような駅の個性が際立つモニュメントを考えることもひとつではないかと鶴巻さんは言う。
【LIFULL HOME'S】北千住の不動産・住宅を探す
【LIFULL HOME'S】北千住の投資用不動産を探す
住民がワクワクする再開発(2)千住の「アート」の文脈を活かす
ふたつめの観点として鶴巻さんがあげたのが、まちが長い年月をかけて培ってきた文脈を無視するのではなく、まちの「個性」を感じさせる要素として取り入れ、話題をつくってほしいという点だ。「たとえば、千住の再開発ビルに美術館ができます、と言われればちょっとワクワクしますよね」
2006年に千寿小学校跡地に東京藝術大学千住キャンパスが誕生し、東京藝術大学と足立区、NPO法人音まち計画が主催する「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」(通称「音まち」)が、市民参加型のまちなかアートプロジェクトとして千住に定着しているほか、北千住駅直結の個性的な劇場、シアター1010(せんじゅ)があること、また長年廃墟となっていた、ビルの中の2フロア、元ボーリング場と浴場跡をカフェと劇場として再生したアートセンターBUoYの先鋭的なプログラムが話題となるなど、近年アートファンから注目される千住だが、実は江戸時代、宿場町だった当時の千住も、美術にゆかりの深いまちだったことが近年の研究の中で明らかにされつつある。
1625年に、日光・奥州道中の第一の宿場「千住宿」として整備され、2025年に「千住宿開宿400年」を迎えた千住は、江戸時代には品川宿・内藤新宿・板橋宿とともに、江戸四宿の一つに数えられ、約1万人が暮らす江戸最大の宿場町として栄えた。その繁栄の中で裕福な商人たちは、ときに絵師たちのパトロンとなり、掛け軸や屏風などに書画を描いたり描いてもらったりして楽しみ、「暮らしの中に美術があった」ことが分かってきた。近年千住の旧家を中心に多数の美術品が発見されたことから、千住は「美と知性の宝庫」とも呼ばれ、美術界で注目されるようになっている。
とすれば千住は、江戸時代から現在に続くアートのまち。鶴巻さんの話す「美術館」が、千住の新旧アートを楽しめる場所として誕生すれば、まちの魅力的な文脈を再開発の中に引き継げるのではないか。「千住はまちを歩いていても面白いし、いろんなアートの拠点や、文化施設も充実してきたので、駅前の美術館を拠点として、まちの中に人が歩き出していくということが起こってくれたら、面白いのかな」と鶴巻さん。文化的施設のほかに、飲食店などの新旧融合も千住の個性のひとつだ。1938年築の和洋折衷住宅を、もとの姿をできるだけ生かして和食店に改装した「和食板垣」や、築90年の古民家をリノベーションした「日本茶喫茶KiKi北千住」ほか、古い建物をセンス良く生かした飲食店もあわせて巡りながら千住を散歩する人は少なくない。
まちが紡いできた文脈を生かした再開発事業を
ここからは筆者の妄想だが、たとえば、千住のランドマークでもあった「大橋眼科」は2021年、惜しまれながら閉院後、跡地には14階建てのマンションが建設されたが、移築再生を目指してクラウドファンディングも実施され、その部材はすべて保管されている。ただ、近年の資材費の高騰により移築再生は難航していると聞く。それならば、大きな予算が動く再開発ビルの広場に面した一部に、大橋眼科の外観を一部でも復元し、内部を美術館として再生できれば、まちと再開発事業がつながり、誰もがワクワクする再開発となるのではないだろうか。
これ以外にも、鶴巻さんからはさまざまなアイデアが飛び出した。
「東口の『広場』の上部には大屋根が予定されているので、雨が降っても傘をささずに歩けるのが魅力です。それなら、広場に面している店舗は店内からはみ出して、椅子やベンチ、机などが置かれたヨーロッパの街角のようなオープンエアな広場になると楽しいと思います。千住にはさまざまな活動をしている人がいて、いつもあちらこちらでイベントが行われているのが千住の魅力のひとつですが、駅前には日常的にイベントができるスペースがなかった。新しくできる広場はぜひ、クリスマスや正月など季節ごとのイベント、酒合戦やブックマーケットなど千住らしいイベントがいつも行われている場所になってほしいと思います。ただ、そのためには、仕組みが必要だと思う。広場の運営、賑わい、地域とのつながりをつくる事業者が必要だと思う。千住にはイベントなどをやってみたい人がたくさんいるので、そういう人が広場で自己実現しながらまちに賑わいをつくり出せるよう、コーディネートできる事業者。また何かをやりたい人が気軽に相談に行けるような、西口にある『千住街の駅』のような窓口が、東口の広場にもあるといいと思います。こういったことは細かいようでいて大切なことなので、丁寧につくり込んでいってほしい」
「路地と界隈性も千住の個性かと思います。再開発ビルの1階に店舗が入るのであれば、その形状について、たとえば大阪万博のサウジアラビア館のように、不思議な形のかたまりが組み合わさってできた細い道をうねうねと抜けていくと、その先がパッと開けて千住の街並みにつながっていたり、あるときはマルイへ抜けたり、広場に出たり。歩くこと自体がアートのような楽しさのあるゾーンになると面白いですね」
廣瀬さんと、どんな再開発なら期待したいと思えるのかという話をしていたときにも、こんな提案があった。「たとえば5〜9階に予定されている宿泊施設が、普通のホテルではなくて、宿場町だった千住を感じさせる『旅籠』のような和モダンな宿泊施設になったりすれば、少し面白いと思えるかもしれません」。
千住の持つ文脈、千住らしさを「話題性」に変える。地域で暮らし、活動してきた人たちの中には、アイデアがたくさんあると感じる。歴史あるまちが紡いできた文脈を活かして、ワクワクするような再開発事業を期待したい。
公開日:






















