日本の総世帯のうち約9%がひとり親世帯
2015(平成27)年に行われた国勢調査によると、約5,344万世帯といわれる日本の総世帯のうち、約474万世帯(全体の8.9%)がひとり親世帯である。中でも、女性のひとり親は経済的な理由から自立するためのハードルが高く、貧困や孤立などの負のスパイラルに陥る恐れがある。
そこで、女性のひとり親に向けたシェアハウス「ペアレンティングホーム」や、ひとり親向けシェアハウスのポータルサイト「マザーポート」、NPO法人全国ひとり親居住支援機構を運営する、一級建築士事務所 秋山立花代表の秋山怜史さんにお話を伺った。
ひとり親が直面する住まいの問題とは?
――ひとり親家庭と一口に言っても、母子と父子とで大変さに違いがあるのでしょうか?
もちろん双方からのご相談はありますが、だいたい父子:母子が1:9の比率です。そもそも母子家庭の数が圧倒的に多いのもあるのですが、女性が家を出て、男性はそのまま居住し続けるケースが多いのです。父子家庭は、住居よりも家事支援や育児支援が十分でない問題のほうがより深刻だと思いますね。それと、昔は父子家庭に対して児童扶養手当が支給されないなど、制度面で苦しかったこともあるようです。
――母子家庭は住まいに関する悩みを抱えやすいのですか?
「家賃の支払いが苦しい」という悩みは聞きます。昨年、ひとり親を対象に住居に関するアンケートを取りましたが、家賃を滞納しないためにお金を借りていたという人は、想定より多かったです。
――住まいのために借金を背負っている方もいるのですね。ほかにどんな問題があるでしょうか?
大家さんの母子家庭に対する理解が足りず、物件を貸したがらない、というのが一番大きな問題だと思います。2016年にマザーポートで実施したアンケートで、「住まいを借りるにあたって、苦労したことがあったか」という問いに対して、8割強の方が「何かしら苦労した」と答えています。
一番苦労された事例では、審査も通って保証会社からもOKが出ていたのに、母子家庭であることを最後に大家さんが知ったことで契約解消されたということがありました。収入面でクリアしている人たちでもこういうことが起きてしまうという事例を見ると、母子ハウスの必要性は高まっているなと感じています。
住所をもたないとなにも始まらない。無職でも入れる家を
――「収入面でクリア」することが難しい方もいらっしゃるのでしょうか?
最近のマザーポートへの問合せの動向を見ていると、6割強が無職の状況ですね。内訳を見ると、問い合わせの時点で無職の方は3割で、その他は職があっても引越しによって必然的に無職になってしまう、という方です。いちから職探しをしないといけない状況にある人に対して、物件を貸してくれる大家さんは圧倒的に少ないです。
そのため母子ハウスの多くでは、就労意欲があることを確認する、事前に数ヶ月分の家賃を入れてもらうなど、無職の状態でも条件付きで入居することができるような工夫をしています。これは母子ハウスを運営するうえで、とても重要なポイントだと思います。
これはひとり親に限ったことではないですが、住所がないとあらゆることが始まりません。日本で行政のサービスを受けるには住民票が必要です。どこに居住している人なのかというところが明確でなければ、保育園に応募することもできないですし、保育園が決まっていないと就職活動もできない。私たちのNPOとしても、まず住所を持つことが大事だというのが一致した見解です。
――経済的な問題で住居の確保が困難と聞くと、福祉の支援を受けるというイメージでした
母子生活支援施設などが該当しますが、そちらは命の危険がある人たちの入居が優先です。そのため緊急性が高くない人は入れなかったりするわけです。その他、生活保護利用者に対しては住宅扶助があります。
それ以外で住居に対する支援というのは、ほぼありませんでした。日本は家を借りることに関する支援が非常に薄いのです。最近は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、住宅確保給付金が拡充され受給要件が緩和されたものの、それ以前は制約が大きくて、ほとんど受け取れないものでした。
シビアな運営により守られた「子どもたちの安全」
――運営をしているうえで、どんなことが大変ですか?
トラブルに巻き込まれることが多いですね。入居者が失踪してしまって警察に相談することや、家賃の滞納などがあります。運営者に対する高圧的な態度や、入居者同士のトラブルも少なくありません。ただ、よかったなと思うこともあります。それは児童虐待が起きていないことです。
――やはりひとり親だと親のストレスが子どもにいったりするのでしょうか?
どんなに聖人君子でも、子どもと1対1で過ごしていたら、手を上げたくなるときがあると思います。それが実際に一線を越えるかどうかの違いなだけです。1回越えてしまうと、歯止めがきかなくなってしまうことが多いのです。それは人間性の問題ではなくて、子育てで孤立していることが問題なのです。そういった状況にならないようにしなければいけないと思っています。
――独りでいるよりも、シェアハウスであることによって虐待が防げるのですね。
他人の目がありますからね。「お母さんの怒り方が変わった」と話す子もいました。人の目があることでヒステリックに怒れないのかなと思います。ただ、そういった良し悪しがあることを、運営者は知っておかないといけません。どうやったらもっと住みよくなるのか、トラブルを回避できるのか、NPO内でいつも議論に上がっています。
困ったときに駆け込める2つの窓口とは
――今まさに困っているひとり親家庭の人が住まいの問題に直面したとき、どんなところが窓口になるのでしょう?
まず1つ目はマザーポートです。問合せてもらえれば、お話を伺えます。ただ、私たちは民間団体です。あまりに状況が厳しすぎる人は受け入れられない場合もあります。ですから、行政とマザーポートの両方に問合せることが大事だと思います。
行政の窓口は自治体によって異なっていて、生活保護など要件によっては担当する部署が違うこともあります。たらい回しに遭う可能性もあってどこに問い合わせればいいか難しいのですが、辛抱強く行政に連絡してみてください。
出会いの縁が結んだ道筋。独立からひとり親の支援に取組むまで
――事業をここまで確立するには、ご苦労もあったと思います。この活動をひとり親家庭にフォーカスしたのはいつ頃からでしたか?
2012年からです。東日本大震災後の復興の様子を見て、建築家として社会へ還元していかなければならないのでは、と考えていました。独立して「子育てと仕事の両立」に興味があったことに合わせ、2012年頃からシェアハウスが一般的に認知されるようになってきていました。そこで子育てを共有できる場所をシェアハウスに作れないか、子育てと仕事の両立で一番困っているのはどこだろう、と考えたときに行き着いたのが、ひとり親家庭でした。
――2019年に全国ひとり親居住支援機構を立ち上げるに至ったのはどういった経緯なのでしょうか?
2012年にシングルマザー向けシェアハウスを国内初で立ち上げました。メディアにも取り上げられたことで最初の半年ぐらいで満室になりました。次に大阪をはじめ他所にも事業者さんができはじめて「いける!」と思ったのですが、その後は人が入りませんでした。当時、シェアハウスのポータルサイトに掲載されていたのは、単身者向け物件ばかりで、母子家庭がアクセスしても検索できず、見つけてもらえなかったのが原因です。
また、一般の不動産会社のポータルサイトでは「シェアハウス」が物件情報として載っていないので、母子のシェアハウスを探す手がかりがなかった、というわけです。
当時は私たちも含めた各事業者さんは自社サイトを開設。シェアハウス専門のポータルサイトなどに掲載して、どうにか検索に引っかからないか試行錯誤していました。その間にも運営を諦める事業者さんが出てきてしまったのです。この状況をなんとかしなければいけないということで、集客のためにマザーポートを立ち上げました。
その後、2018年に母子家庭の貧困研究がご専門の葛西リサ先生が、全国の事業者さんを集めて情報交換の会を開きました。そこでセーフティーネット住宅や行政とのつながりの必要性を話される機会があったのです。その時に業界団体みたいなものがあれば、カウンターパートナーとして行政と話がしやすいのではないかと。マザーポートの運営もしていたので、その場で「じゃあ、秋山くん代表理事をやって」と言われて話がまとまったのです。
当時のセーフティーネット住宅の枠に、ひとり親向けのシェアハウスが除外されていたことがNPOのできた契機になっていたとも思います。
日本初の母子向けシェアハウスを立ち上げた秋山さん。その活動は全国に広がる運営者たちとつながりを構築し始めた、より良い環境で事業を進めていく方法を常に模索している。
やがて話はひとり親に特化したシェアハウスの立ち上げにおけるセーフティーネット住宅制度の活用に及んだ。次回、後編では秋山さんが携わる事業とセーフティーネット住宅の相性や行政との連携、今後の展望について伺う。
※本記事の内容は、LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL note 2021年8月掲載当時のものです。
お話を聞いた方
秋山 怜史(あきやま・さとし)
1981年生まれ、茨城県出身。幼少期から政治や社会問題を身近に考える環境で育つ。東京都立大学卒業後、建築事務所での勤務を経て、2008年一級建築士事務所秋山立花を設立。仕事を通じ、さまざまな暮らしや社会問題と多く関わる中で、2012年に国内初のシングルマザー向けシェアハウス「ペアレンティングホーム」を、2019年特定非営利活動法人全国ひとり親居住支援機構を発足。建築士の業務の傍ら、シェアハウスとNPOの運営、ソーシャルイノベーションに関する活動にくわえ、東洋大学で教鞭をとるなど、多岐にわたる活動に携わる。2児の父。
▼シングルマザー向けシェアハウスのポータルサイト
マザーポート https://motherport.net/
【LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL】は、「FRIENDLY DOOR/フレンドリードア」や「えらんでエール」のプロジェクトを通じて、国籍や年齢、性別など、個々のバックグラウンドにかかわらず、誰もが自分らしく「したい暮らし」に出会える世界の実現を目指して取り組んでいます。
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