国土交通省など主催の「二地域居住シンポジウム」が開催

近年、注目度が上がっている二地域居住。デュアルライフとも呼ばれ、雑誌やテレビ番組などで取り上げられる機会が多くなっているので目にした人も多いだろう。

二地域居住のはっきりとした定義はないが、国土交通省では「主な生活拠点とは別の特定の地域に生活拠点(ホテル等も含む)をもうける暮らし方のこと」と示している。一般的に、東京・大阪・名古屋などの都市部に住む人が、定期的に、地方でゆったり、のんびり過ごす豊かな生活スタイルというのがイメージされるだろう。

昔から富裕層の別荘をはじめ、2つの地域を生活拠点とする生活スタイルはあったが、新型コロナの流行をきっかけにリモートワークや在宅勤務が増加したことで、二地域居住に対する意識が高まった。さらに昨今は、都心部を中心にマンション価格が高騰していることもあり、希望者が年々増加傾向にある。

また、東京圏へ人口が一極集中するのに対し、地方の人口が減少し続ける状況は日本全体の大きな課題にもなっている。2024年4月に人口戦略会議が発表した『地方自治体持続可能分析レポート』では、2050年までに744の自治体が消滅すると予測。こうしたなか、全国二地域居住等促進協議会(2021年3月設立)などが中心となり、国全体で二地域居住を推進していく動きになっているのだ。二地域居住は、個人の暮らし方の問題だけでなく、地域の活性化や地方創生、地方の関係人口拡大などの有力な手段として考えられている。

2023年11月、国土交通省と全国二地域居住等促進協議会の主催による「二地域居住シンポジウム」が開催された。本稿では、シンポジウムの内容から、二地域居住の現状や各地の取り組みなどをレポートする。

二地域居住は、地方創生の有力な手段として考えられている二地域居住は、地方創生の有力な手段として考えられている

実践者と地域の間にある目的の違いとは

東京大学大学院 教授 岡部明子さんによる基調講演のタイトルは「3:4生活、2つの仕事」。
これは、1週間のうち3日と4日を違う場所で暮らし、どちらの場所でも仕事をする二地域居住のライフスタイルのことで、岡部さんがバルセロナ在住時に出会ったという、週3日はバルセロナの診療所で働き、週4日はメノルカ島で暮らす(うち2日が診察)ペインクリニックの医師のライフスタイルからとったものだ。実際、バルセロナでは週末になると多くの人が別荘に行くので、街が閑散としているそうだ。

また、古代ギリシャのローマ市民も二地域居住だったと岡部さんは言う。都市の住居も郊外の館も不完全で、その両方を合わせて完全な住居と考えるライフスタイルである。

そこで岡部さんは日本に帰国後、東京と館山(千葉県)の二地域生活「3:4生活、2つの仕事」に挑戦した。館山の古民家は「ゴンジロウ」と名付けられ、主にコミュニティ活動の拠点として運営している。仕事といっても、お金を得るだけではなく、自分や地域に意味のあること=自分仕事(ownwork)と考えると可能性は大きく膨らんでいくのだという。

館山の古民家「ゴンジロウ」(岡部さんの投映資料より)館山の古民家「ゴンジロウ」(岡部さんの投映資料より)

岡部さんは二地域居住を「手段としての二地域居住」と「目的としての二地域居住」という2つの視点で語る。

二地域居住する人にとって、2つの地域を拠点とすることは「高度化したシステムに依存して生活することへの不安」や「自分たちで考えて、工夫して行動できる環境へのあこがれ」に対する「手段」で、現状から逃れたいという「外への願望」を実現することが「目的」だというが、受け入れ側にとっては「地域のボランティアや共助活動への参加」など、不足する地域づくりの担い手を増やすことを「目的」とした「手段」だと考えられているという。

しかし、二地域居住者すべてが地域の人とのコミュニケーションを深めたい人ではない。「趣味や消費型」とされる二地域居住者は、地域での人間関係を求めていない人も多いためだ。つまり二地域居住者は「外への願望」を受け止められる地域を求めており、地域づくりの担い手となるような地域が望む二地域居住者も、そういった願望を受け止められる地域にこそ来るのではないかと問いかけた。

山梨県では常住人口が20年ぶりの社会増

続いて、各地における二地域居住の取り組み事例が紹介された。

■山梨県における移住・二拠点居住の推進

人口減少が大きな課題となっている山梨県。その打開策として、今までの「東京圏の週末余暇の別荘暮らし」というイメージから、都市と地方の双方に生活と仕事の拠点を持つ新たなライフスタイルを提案することに方向転換したと話すのは、山梨県 人口減少危機対策本部事務局 人口減少危機対策監の長田芳樹さん。個人だけでなく企業にも働きかけ、特にスタートアップ企業の誘致にも力を入れるなど、「住むところ」と「働くところ」をセットにした取り組みがポイントになっているという。

そのほか、東京に二地域居住推進センターを設置したり、リアル県民とデジタル県民でまちづくりを行うデジタル県民制度を導入したり、山梨中央銀行がセカンドハウスローンの金利を引き下げるなどさまざまな施策を講じた結果、2022年には20年ぶりに常住人口が社会増へと転じた。受け入れ側の取り組みにより成果を上げることができた好事例である。

20年ぶりの社会増を報じる新聞(長田さんの投映資料より)20年ぶりの社会増を報じる新聞(長田さんの投映資料より)

■二拠点居住を加速するデュアルスクール

株式会社あわえ 取締役の吉田和史さんは、徳島県などでのデュアルスクールの取り組みを紹介する。デュアルスクールとは、地方と都市の学校が1つの学校のように教育活動を展開する「新しい学校のかたち」のこと。二地域居住や地方移住を促進する際の子どもの教育上の課題を解消するとともに、親の働き方改革や、地方と都市との双方の視点を持った児童・生徒の育成が目的だそうだ。

同社では三大都市圏と徳島県の公立小・中学校でデュアルスクールに取り組む。住民票を移さずとも滞在先の小・中学校に通学が可能になるが、現行の学校教育制度では2つの学校に籍を置くことはできないので、区域外修学制度を活用した短期間の転校という扱いになっている。デュアルスクールの受け入れ実績は30件以上あり、約200家族の問合せがあるそうだ。なお、東京都が60%と圧倒的に多い。

この制度のメリットは、親は新しい働き方ができ、子どもには多様な価値観を持たせることができるほか、行政にとっても来訪者が増加するという点にある。また、里帰り出産で子どもを都市部に置いていけない場合などにも役に立つ。筆者は、子育て世帯の移住前の予行演習としても利用できると感じた。

20年ぶりの社会増を報じる新聞(長田さんの投映資料より)デュアルスクールの図解(吉田さんの投映資料より)

同じものでも地元の人と移住者では感じることが違う

■二地域居住者の立体的視点

NPO法人南房総リパブリック 代表理事の馬場未織さんは、千葉県南房総市の土地を取得し、世田谷区から住民票を移して二地域居住を実践。東京の自宅と南房総の自宅は約90km(車で1.5時間)離れている。したがって、毎週往来するにはぎりぎりの場所だという。2拠点目を南房総市に決めた理由は、移動が想像の範囲内であり、神奈川県の山間部よりも土地が安く、年間降水量が2,000mm以下、里山が楽しめ近くに海があるというもの。南房総市でなければならない理由はなく、スペックで決めたそうだ。

現在はNPO法人を立ち上げ、「南房総のある暮らし」の価値を共有し、二地域居住推進に関する事業を展開。活動内容は、「都心から人を呼び込み、里山の魅力を味わい尽くす」「DIY断熱ワークショップ」「地域でのライフスタイルの提案」「生産の現場と強くつながり、エリアごと好きになる食体験」などさまざまだ。二地域居住では、最初は「家」、次は「暮らし」、そして「地域」、さらに「社会」へと興味が段階的に広がっていくという。

また、地元の人たちは「遊具のある公園が少なくて困る」と言っているが、一方の移住者は「自然が遊具になるのは贅沢」と言う。このように、2つの地域を往復しているからこそ気づくことも多いそうだ。長期にわたる二地域居住は「地域も身内、地域外も身内」と双方を引き受ける人格を生み出すという言葉が印象的であった。

地元の人と移住者では、感じることも違うという(馬場さんの投映資料より)地元の人と移住者では、感じることも違うという(馬場さんの投映資料より)

■持続可能な二地域居住の始め方と気になるお金事情

持続可能な二拠点居住のためには、「時間がなくてあまり通えない」「移動に時間と費用がかかる」「住宅の維持費用がかかる」など、お金と時間をできるだけ削減する方法が必要と話すのは、自ら二地域居住を実践するインフルエンサー、田中祥人さん。

田中さんが実践した徹底した取り組みは、とても興味深いものであった。例えば、家はWebサイトで安いものを探して住み、猟銃免許を取得し害獣駆除を目的とした罠猟や、耕作放棄地での農業を行って暮らす。そして、買い物は物価の安い地方のスーパーでまとめ買いをするなど、できるだけコストを抑える工夫をしている。また、都市部では渋滞を避けるために電車を利用し、山梨県内では自動車で移動するなど、時間の効率化を図っている。

二地域居住のメリットは、知識や経験が得られること、そして同じ趣味や考えの人に出会えることで、東京のコミュニティにもプラスになるという。

二地域居住の実践をお金の面から掘り下げた話は、二地域居住を始めたい人には参考になり、自治体関係者にはニーズを知り施策を考えるヒントになったことだろう。

地元の人と移住者では、感じることも違うという(馬場さんの投映資料より)田中さんが実践する取り組みの例(田中さんの投映資料より)

二地域居住の課題、望ましい地方との関わり方

最後は登壇者全員により、主に二地域居住についてのデメリットや課題、そして、地域との関わり方についてディスカッションが行われた。

企業によっては「副業の禁止や二地域居住の禁止などの制限がまだ多い」(田中さん)、「地元からは二拠点居住者に地域活性化などを期待するが、居住者は自分の生活を楽しみたいというギャップがある」(長田さん)などと課題が挙げられた一方で、実践したい人に向けてメッセージも語られた。

「好きな地域を見つけることがポイントです。観光地だけだと何回も行かないが、友達ができれば何度も行く。楽しんでいる人は友達ができています。地元の人だけでなく、地元で二地域居住している人でもいいので友達をつくるとよいです」(吉田さん)

「地元と移住者との対立関係ではなく、友達の関係を目指す。地域の仕事をしたほうがいいけれど、引き受けられないということも多いはず。やりすぎると地域に振り回されるので、無理のない関わり方を目指しましょう」(馬場さん)

また田中さんは、二地域居住に必要なのは「ひたすらめげない」ことだと笑う。生活習慣や社会ルールが違うことで怒られることもあるが、たいていは排除されるまではいかないので、めげないことが大切なのだという。

ディスカッションの登壇者(シンポジウムの投映資料より)ディスカッションの登壇者(シンポジウムの投映資料より)

二拠点居住者と地域の期待とは必ずしも一致するわけではないが、地域から孤立することなく、自分のやり方で関わっていくことが必要なようだ。ディスカッションに出てきた「友達」は重要なキーワードだと感じた。

二地域居住といっても、目的やニーズは人それぞれで、居住スタイルは幅広い。二地域居住者と地域が相互に気持ちや状況に思いを馳せることが重要だ。今後、二地域居住の推進による地方創生の実現や関係人口の増加には、DXなどを駆使した従来の考え方にとらわれない居住形態や、さらなる世の中の変化が求められる。

公開日: