5年後の2030年には省エネ適合基準がZEH水準に引き上げられることが決まっている

2025年4月1日以降に建築確認が下りたすべての新築建築物に対して、断熱等級4かつ一次エネルギー消費量等級4という省エネ基準への適合義務が課される制度がスタートした。
さらに、この省エネ基準適合義務化は、わずか5年後の2030年4月から断熱等級5かつ一次エネルギー消費量等級6というZEH水準に引き上げられることが既に決まっている。

省エネ基準の引き上げは、CO2など温室効果ガスの排出削減量が目標をやや下回っているためだが、今後も“積み残し”が発生する状況が続くことがあれば、これからも基準自体がさらに引き上げられる可能性は否定できない。ユーザーに過大なコスト負担を強いることなく、良質で省エネ性・断熱性に優れた住宅に暮らしてもらうためにも、地球温暖化防止を自分事として捉え、行動する意識が求められる。

実は、2021年まで断熱等級は4が最高ランクだった。それが2022年4月に等級5、10月には等級6と7が相次いで新設され、2023年にはフラット35の対象物件に断熱等級&一次エネルギー消費量等級4を義務付ける制度改正を実施、2024年からは省エネラベルの表示制度もスタートした。

このように、2022年以降矢継ぎ早に住宅性能に関する等級新設やラベル表示などを開始していることは、それだけ日本の住宅性能が世界基準に立ち遅れている証左と考えてよい。

国交省が公表している断熱性能基準の国際比較(下グラフ参照)によると(縦軸の外皮平均熱貫流率は値が小さいほど断熱性能が高く横軸の暖房デグリーデーは地域の寒さを表す目安)、4月から義務化された省エネ適合基準は諸外国の中で最も低い水準であり、2030年から義務化されるZEH水準であっても鹿児島ではイタリアとほぼ同レベルだが、札幌や旭川など寒冷地では最も断熱性が低く、ドイツ、イギリス、韓国などには遠く及ばない断熱性能しかない。

この状況を短期間で改善するのは困難ではあるものの、それでも歴然とした差を埋めるためには、より高い省エネ基準に引き上げられる可能性も想定しておく必要があるだろう。

近年では野村不動産が今後分譲する全ての分譲マンションにおいて断熱性能等級「6」を実現すると宣言したり、住友不動産も注文住宅において断熱性能等級「7」の物件の販売を開始したりと、先進的な事例が公表されているが、まだ世界との差は小さくない。

今後、住宅性能に関する制度はさらに基準を厳しくするべきなのか、それとも民間各事業者の商品化を待つほかないのか、コストの問題はどのように解決するべきなのかなど、山積する課題について専門家・有識者の見解を聞いた。

5年後の2030年には省エネ適合基準がZEH水準に引き上げられることが決まっている

住宅省エネ水準が思うようなスピードとレベルで高くなっていかない背景を考える~矢部 智仁氏

<b>矢部 智仁</b>:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中矢部 智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中

一般的な製造業が製品の品質(ユーザーの期待値を上回る程度)向上を狙った取り組みを進める際、企画品質、設計品質、製造品質、使用品質という4つの視点に分解し、最終的な品質向上の実現を阻害する問題点がどの段階で生じているのかが探られることがある。
住宅商品、建築サービスの提供は全国各地にある多数の住宅会社が全国各地の現場で行うものであり、省エネ性能をはじめ各社の商品・サービスの品質向上への取り組みの程度や手法はそもそも一様なものにならない。しかし住宅は生活の安心安全の基盤、いわば社会インフラであり住宅商品、建築サービス提供には性能等について一定の基準が示される。今回の省エネ基準適合義務化は将来に向けた誘導的な基準として提示されたものである。

さて。本稿の問いである「日本の住宅性能が“高い”と言えない」、つまり住宅省エネ水準が思うようなスピードとレベルで高くなっていかない背景はどこにあるのか、今回は先述の4つの品質の視点に当てはめて考えてみたい。

企画品質:消費者のニーズ不在
そもそも省エネ基準適合義務化は顧客の要請で始まったのかという問題が浮かぶ。気候変動やエネルギー危機への対応、2050年のカーボンニュートラル実現を目指す政府目標の達成はもちろん重要な取り組みではあるが、事業者にとって消費者ニーズに裏付けられていない品質を追いかける動機はなかなか形成されにくいのではないか。

設計品質:基準クリア止まりの設計
動機が形成されにくいとはいえ、競合との関係で適合しないという選択はできない事業環境のもと、工程や部材建材調達コストなどQCD(Quality、Cost、Delivery)を考慮した設計品質を意図した取り組みを全くしない事業者はいないはずだ。しかし基準以上を目指す努力まで実施するかについては単純ではないだろう。事業者の関心は「基準を上回ること」ではなく、「結果的に基準を上回っていればよい」ということにとどまるのではないか。

製造品質:人材と標準化のばらつき
一般的に製造品質は人材(Man)、機械設備(Machine)、材料(Material)、方法(Method)という4要素の影響を受けるとされる。要素のうち使用される機械や部材建材の選択肢が多くないことからこの要素による差は生じにくく、人材のスキル、経験、知識、教育レベルによる差、方法(作業手順、標準作業、検査方法)の不作為や不徹底による差が品質の実現に与える影響が大きいと考えられる。

使用品質:快適性と資産価値のギャップ
省エネ基準に適合した住宅は快適性の観点で高品質という評価は得られそうだ。しかし相応に上乗せ投資した住宅であるにもかかわらず、リセールバリューにおいて高い評価がされるかという点は使用品質が高まらない問題に影響を与えていそうだ。

以上のように考えると、実は省エネ基準適合義務化の議論が始まって以来言われてきた諸課題への対処は未だに途上であることに改めて気付かされる。
消費者の動機づけをいかに進めるか。金融的なメリット(優遇金利など)や社会的価値(SDG’s的な価値等)の訴求と共感以上にリセールバリューが高いという実態を二次市場で創造するための施策を加速するべきだ。また人材投資の必要性と有用性をいかに広めるか。省エネ基準に適合するための教育投資や技術開発が単なる競合優位の獲得や市場からの退場宣告回避のためだけでなく、消費者から積極的に選ばれる情報材料となるための選択であり、より高い水準で先導的に取り組む事業者が得をする仕掛けが求められる。

既存住宅流通市場でも待ったなしの断熱化~西生 建氏

<b>西生 建</b>:明治大学法学部卒業。住宅情報情報誌、建設会社を経て、1996年エイム株式会社設立に携わり、2008年5月代表取締役。日本木造住宅耐震補強事業者協同組合の設立に携わり、事務局長、理事を歴任。2012年11月にリニュアル仲介株式会社を設立。同社代表取締役。首都圏既存住宅流通推進協議会代表西生 建:明治大学法学部卒業。住宅情報情報誌、建設会社を経て、1996年エイム株式会社設立に携わり、2008年5月代表取締役。日本木造住宅耐震補強事業者協同組合の設立に携わり、事務局長、理事を歴任。2012年11月にリニュアル仲介株式会社を設立。同社代表取締役。首都圏既存住宅流通推進協議会代表

光熱費安く酷暑を乗り切る
2025年7月30日、浜松、熊谷の41.1℃の記録を更新し、兵庫県丹波市で日本歴代最高の41.2℃を記録した。気兼ねなく冷房を使いたいところだが、電気代の高騰が続いている。暑い夏を電気代少なく自宅で過ごそうと思えば、自宅の断熱化は避けて通れない。冬も同じだ。暖を取るライフスタイルから全館暖房になった。どの部屋も暖かく、しかも電気代が安い、こんな住宅が求められるのは自然なこと。2030年のZEH水準義務化を控える日本の住宅性能基準の急速な引き上げは、環境負荷低減と居住者の快適性向上に不可欠だ。断熱化のレベルと推進のスピード感には意見が色々あるかもしれないが、断熱化推進に異論がある人はほとんどいないだろう。

出遅れる既存住宅流通市場
新築住宅は、建築基準などが変わればそれにあわせて性能を向上させる必要があり、しかも新築を供給する事業者はその変化を差別化に使うこともできるので、いつの時代も新築住宅への積極的な採用は進んでいく。しかし、既存住宅はいつも出遅れてしまう。しかし、市場は新築偏重から、既存住宅流通活性化へ流れが変わってきていることもあり、既存住宅流通市場のプレイヤー(仲介会社やリフォーム会社)が、この変化をチャンスと捉えることができれば、断熱化は推進され、ビジネスとしても成功するのではないだろか。

普及には提案が欠かせない
まず売主が個人の中古住宅を考えてみる。中古住宅購入時にリフォームをするか否かは住宅購入者に委ねられている。住宅購入者は、設備を更新したり、壁紙を貼り換えたりという「きれいにする」ことについてはアクションを起こしやすい。しかし、「耐震性」「断熱性」「気密性」「耐久性」「耐火性・防火性」等の住宅の性能については、プロからの助言などが無いとニーズは顕在化しにくい。住宅の性能に詳しい技術者からの提案が普及には欠かせない。

性能をPRする買取再販物件
次に買取再販売の中古住宅。どの程度リフォームするかは買取再販売事業者に委ねられている。最小限のコストで、最大限高く売るという至上命題があるので、利幅を大きくするにはリフォームコストは最小限に抑えたい。すると、どしても「きれいになる」という目につくところのリフォームは積極的に行うが、性能は二の次になりがちだ。国によるインセンティブなども必要だが、新築と同様、住宅の性能をPRして差別化する買取再販売事業者の登場が待ち遠しい。

医療的視点でも進めるべき省エネ基準~高橋 正典氏

<b>高橋 正典</b>:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)など高橋 正典:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)など

2025年3月の住宅着工戸数は、同年4月からの省エネ基準適合義務化に際しての駆け込みが集中し、8万9,802戸(年率換算で108.4万戸)と大幅な着工戸数増加となった。
その反動も想定通りで4月の住宅着工戸数は5万6,188戸と前月より4割近く落ち込んだ。

さて、問題はその後である。諸外国に比べ著しく低いとされる我が国の新たな省エネ基準が今後市場に浸透していくのか?新たな省エネ基準による建築費の高騰が正しく価格に反映され、スタンダード化することができるのか?が試されていると言える。
大幅減となった4月は「反動」だったで済まされるのか?それとも「市場縮小」に向かうのか?が問われているが、先日発表された5月の数字はさらにそれを上回る大幅な着工戸数の減少という結果となった。
4万3,237戸と4月よりもさらに減少し、前年同月比-34.4%となり年率換算でも52.9万戸と統計上でさかのぼれる2004年3月以降で最低となった。顕著なのは比較的安定的に推移してきた「貸家」の着工戸数の大幅減少でもあった。
もちろん、6月以降の数字を見なければ結論は出せないものの、明らかに省エネ基準適合義務化が与えた影響は大きい。
また、このペースで行くとGDPへの影響も懸念され、成長率を押し下げることによる経済的な影響も出てくるだろう。
しかし、だからといって省エネ基準の引き上げを止めることはない。2030年の更なる引き上げに向けて歩みを止めるべきではないと考える。

2018年11月、WHO(世界保健機関)は「住宅と健康に関するガイドライン」を公表し、その中で各国に「冬は室温18度以上にすること」を強く勧告したが、国土交通省スマートウェルネス住宅等推進事業調査によると、我が国の住宅の9割が18度未満であるとされている。18度を下回ることで起きる「血圧上昇」に代表されるリスク上昇など、高齢社会を迎えた今、医療面から見ても住まいの省エネは極めて重要であると言える。
こうした背景の中、大手住宅メーカーはより省エネ性能の高い住宅を市場に提供し、販売も好調な状況から、市場における適切な供給者の選別が顕著になっているとも考えられる。

これまで、日本の住宅政策では新築への供給制限がないことが度々指摘されてきた。深刻な空き家問題が生じてもなお、大量の新築供給が行われてきた。住宅政策が経済対策として利用されてきた中、ある意味ぬるま湯に浸かっていた市場だったと言っても過言ではない。
そういう意味においても、現状の方向性は正しく今後も継続されていくべきだろう。
そして、同時に進めていくべきは既存住宅の性能の向上である。

新築住宅の価格が高騰し、そこに更なるコスト増となる省エネ基準適合という市場において、流通が活性化する既存住宅における省エネ対策をどう整理していくのか。そこには不動産業界だけではできないリフォームの視点がポイントとなるだろう。
新築価格高騰の逃げ道としての、安かろう悪かろうの既存住宅であってはならないのである。

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