健康快適で電気代も安心な高性能賃貸住宅の普及に向けた「高性能賃貸研究会」の発足

図1 東京大学で開催された「木造賃貸の高性能化に向けた断熱・省エネ性能の計算レクチャー」の様子図1 東京大学で開催された「木造賃貸の高性能化に向けた断熱・省エネ性能の計算レクチャー」の様子

建材や人件費の上昇に伴う住宅価格の高騰により、新築着工数は急激に減少している。さらに金融政策の変更に伴い住宅ローン金利の上昇が見込まれる中、新築住宅の取得は、特に所得の限られる若年層にとって困難になりつつある。
代わって注目されているのが、既存住宅の改修、そして賃貸住宅の充実であるが、残念なことに多くの賃貸住宅は住環境を含めた質が十分に確保されていない。冬のヒートショック・夏の熱中症の解消、光熱費の低減、そして脱炭素化が急務となる中、日本に住む誰もが健康快適で電気代も安心に暮らせるように、十分な断熱と省エネ・再エネ設備を備えた「高性能賃貸住宅」の開発と普及が切実に求められている。

高性能賃貸住宅の重要性の認知拡大と、設計や施工に必要な知識の普及を目的に「高性能賃貸研究会」が発足した。
活動の第一歩として、先日6月27日に東京大学工学部1号館15号講義室において、「木造賃貸の高性能化に向けた断熱・省エネ性能の計算レクチャー」が開催され、リアル・オンライン併せて200名以上の参加をいただいた(図1)。

本稿では、その内容を要約してお伝えするが、発表内容や資料・動画はすべて、高性能賃貸研究会のサイトにて公開されているので、詳細はそちらをご参考いただきたい。
https://sites.google.com/maelab.arch.t.u-tokyo.ac.jp/high-peformance-apartment/

賃貸の高性能化の重要性と目指すべき目標

セミナー冒頭、筆者(前)より、高性能賃貸住宅が満たすべき性能が説明された。今年4月から省エネ性能ラベル(図2)が導入され、ようやく日本でも買い手・借り手にも住宅の省エネ性能が提供されるようになりつつある。次に問題になるのは、断熱・省エネ性能の目標をいかに定めるかである。

国土交通省は住宅の断熱・省エネについて、「遅くとも2030年にZEH水準の適合義務化」「2050年にストック平均でZEH水準の達成」を目標として掲げているが、このZEH水準とされる「一次エネルギー消費量等級6(BEI≦ 0.8、基準値から20%以上の消費エネ削減)」「断熱等級5」では、現状からの改善は期待できず、健康快適な脱炭素住宅の実現には全く不十分である。

とりわけ共同住宅においては、断熱性能を表すUA値(外皮平均熱貫流率)の計算方法が2022年11月に新評価へ急遽変更された影響で、ほとんどの新築では全くの同一仕様でもUA値が小さく高断熱と評価されるように骨が抜かれている。2025年に適合義務化される断熱等級4が、そのまま新評価では断熱等級5に化けてしまうのだから、賃貸を含めた共同住宅では「ZEH水準の断熱等級5」には実質的な改善の意味はないことになる。

国の施策が遅れる中、建材メーカーや設計者・施工者の努力により、低コストで効果の高い断熱仕様の開発・普及が進んでいる。特に、Low-Eガラスと樹脂フレームの窓に代表される高断熱窓は、以前は北海道など寒冷地限定であったものが、全国でリーズナブルに入手できるようになっている。壁等の断熱についても、柱間充填に30mm程度の外張りを併せた「マイルド付加断熱」であれば、建て方の大きな変更なく経済的に十分な断熱を確保できる。

この「樹脂窓+マイルド付加断熱」を用いると、戸建住宅では断熱等級6と7の間に収まることが多いが、共同住宅では前述の新評価の影響で、最上位の断熱である等級7が容易に達成できてしまう。加えてエコジョーズなどの高効率給湯機、さらにほとほどの容量の太陽光発電を組み合わせれば、省エネ性能ラベルで最上位の「★6」と「ZEHマーク」を十分に取得できるのだ。

図2 今年4月から導入された省エネ性能ラベルだが、共同住宅で断熱等級5は全く力不足である図2 今年4月から導入された省エネ性能ラベルだが、共同住宅で断熱等級5は全く力不足である
図2 今年4月から導入された省エネ性能ラベルだが、共同住宅で断熱等級5は全く力不足である図3 2022年11月に共同住宅は断熱性能UA値の計算方法が変更され、同一仕様でもUA値は小さくなった 出典:国土交通省「共同住宅等の住戸間の熱損失の取り扱いについて」
図2 今年4月から導入された省エネ性能ラベルだが、共同住宅で断熱等級5は全く力不足である図4 樹脂窓とマイルド付加断熱により、共同住宅ならコスパよく等級7を実現できる
図2 今年4月から導入された省エネ性能ラベルだが、共同住宅で断熱等級5は全く力不足である図5 高性能住宅を名乗るのであれば、「断熱等級7」「省エネ6つ星」「ZEHマーク」はマストの時代に

木造賃貸住宅の現状と標準プランの提案

続いて、夢・建築工房の岸野氏より、賃貸住宅の実情および高性能木造賃貸の実例(図6)が紹介された。賃貸物件に占める木造の割合は3割強にとどまるが、高断熱・高気密化が容易な木造賃貸は今後の普及が期待される。埼玉県川越市に建設された高性能木造賃貸は、樹脂窓を採用するとともに、壁は柱間グラスウール充填+外張りフェノールフォームによるマイルド付加断熱を採用し(図7)、基礎も内側と外側の両方をダブルで断熱している(図8)。

設計当時はUA値の計算法が旧評価だったため、断熱性能はHEAT20 G2(断熱等級6と7の間)としていたが、新評価では断熱等級7に相当する。高断熱・高気密化により、一般的な賃貸住宅(図9上)に比べて、本物件(図9下)では冬場の温熱環境は大幅に改善されており、特に2階中間の住戸では「暖房を2年間に1度も使っていない」とユーザーが驚いているとのことで、断熱等級7の実力が裏付けられている。

住まい手の満足度が高いことから、周辺に比べて割高な家賃にもかかわらず、長期に居住される場合が多く、空き室が出てもすぐに入居者が決まるため、事業の収益性も確保されていると報告された。

併せて、賃貸住宅の断熱や設備仕様の検討のため、賃貸住宅の標準プランが提示された(図10)。木造2階建、専有面積45.42m2(13.7坪)の1LDKが3住戸×2階の計6住戸、太陽光発電も1住戸あたり2.4kW搭載されている。

上:図6 夢・建築工房の設計・施工による高性能賃貸住宅 
下:図7 壁は柱間グラスウール充填+外張りフェノールフォームによるマイルド付加断熱上:図6 夢・建築工房の設計・施工による高性能賃貸住宅  下:図7 壁は柱間グラスウール充填+外張りフェノールフォームによるマイルド付加断熱
上:図6 夢・建築工房の設計・施工による高性能賃貸住宅 
下:図7 壁は柱間グラスウール充填+外張りフェノールフォームによるマイルド付加断熱図8 基礎も内側と外側の両方をダブル断熱
上:図6 夢・建築工房の設計・施工による高性能賃貸住宅 
下:図7 壁は柱間グラスウール充填+外張りフェノールフォームによるマイルド付加断熱図9 冬期における通常の賃貸住宅(上)と夢・建築工房の高性能賃貸(下)の室内環境
上:図6 夢・建築工房の設計・施工による高性能賃貸住宅 
下:図7 壁は柱間グラスウール充填+外張りフェノールフォームによるマイルド付加断熱図10 提案された「賃貸住宅標準プラン」を元に今後の検討を行う

建築物省エネ法に基づいた木造賃貸住宅の断熱・設備・太陽光発電の性能計算

株式会社イズミコンサルティングの晝場氏より、断熱・省エネ性能の評価方法について、賃貸住宅に固有の項目を重点的に解説が行われた(図11)。
先に岸野氏より示された賃貸住宅標準プランに基づき、「天井×床」と「屋根×基礎」の2通りの断熱について、UA値の新評価の影響は大きく、断熱等級4・5のUA値の基準をギリギリ満たす貧弱な仕様を、現状の窓や断熱材のラインナップから見つける方が難しいと報告された(図12)。

実際、現状の市場で最低レベルと思われる断熱等級4の仕様でも、全6室で最も悪い(大きい)UA値は0.66であり、基準値の0.87を大きく下回っている。ZEH水準で一般的と思われる断熱等級5の仕様でも、最も悪いUA値は0.39であり、これまた基準値の0.60を大きく下回り、断熱等級6の基準値0.46すらも下回ってしまっている。

このUA値の計算結果からも、現状の製品ラインナップなら、断熱等級4は元より等級5・6も容易に達成できてしまうことが確認できる。高断熱化を上積みするためには、やはり断熱等級7の確保が必要となる。幸い、樹脂窓とマイルド付加断熱により共同住宅では大きなコストアップなしに実現可能なのだから、「高性能賃貸は最上位の断熱等級7一択」といってよいだろう(図13)。

続いて、設備や太陽光発電の評価方法が解説され、断熱等級7とエコジョーズ、1住戸あたり2.4kWの太陽光発電で、最上位の「省エネ★6」「ZEHマーク」が無理なく取得できることが示された。今後もイズミコンサルティングでは、住宅の省エネ・快適性に関する評価業務を通し、高性能賃貸の普及を支援するとのことである(図14)。

図11 賃貸住宅の断熱・省エネ・再エネの計算に関する解説事項図11 賃貸住宅の断熱・省エネ・再エネの計算に関する解説事項
図11 賃貸住宅の断熱・省エネ・再エネの計算に関する解説事項図12 賃貸住宅標準プランにおいて、断熱等級4・5・6は現状で一般的な仕様で容易に達成されてしまう
図11 賃貸住宅の断熱・省エネ・再エネの計算に関する解説事項図13 賃貸住宅標準プランにおいても、樹脂窓とマイルド付加断熱で断熱等級7はコスパ良く達成可能
図11 賃貸住宅の断熱・省エネ・再エネの計算に関する解説事項図14 イズミコンサルティングは住宅の省エネ・快適性に関する評価業務を通し高性能賃貸の普及を支援

高性能賃貸に求められる開口部・給湯設備

YKK AP株式会社の今野氏より、断熱性能確保で最重要となる窓の高断熱化の近況報告と、高性能賃貸に適した窓の提案が行われた。高断熱な樹脂窓は戸建新築では2023年に33%まで増加しているが、共同新築では5%にとどまる一方で低断熱なアルミ窓が28%も残っている(図15)。今後は賃貸住宅向けにも樹脂窓の普及を訴求していくと報告された(図16)。

図15 戸建新築では高断熱な樹脂窓のシェアが3割を超えるも、共同新築では普及が停滞図15 戸建新築では高断熱な樹脂窓のシェアが3割を超えるも、共同新築では普及が停滞
図15 戸建新築では高断熱な樹脂窓のシェアが3割を超えるも、共同新築では普及が停滞図16 今後は賃貸住宅にも樹脂窓とマイルド付加断熱を訴求

リンナイ株式会社の所氏より、高効率給湯機、特に潜熱回収型ガス給湯器(エコジョーズ)の普及状況とドレン水処理などの留意点について報告があった。

ガス給湯器全体に占めるエコジョーズなど高効率機種の割合は約40%。賃貸では新築で30~40%にまで伸びているが、既存でのエコジョーズへのバージョンアップはほとんど行われておらず大きな課題である(図17)。エコジョーズは高効率だがドレン水排水の工夫が必要なため、それぞれのケースについて具体的な方法も解説された(図18)。

図15 戸建新築では高断熱な樹脂窓のシェアが3割を超えるも、共同新築では普及が停滞図17 エコジョーズは賃貸新築では30~40%まで普及するも、既存更新での採用はごくわずか
図15 戸建新築では高断熱な樹脂窓のシェアが3割を超えるも、共同新築では普及が停滞図18 エコジョーズはドレン水が発生するため、設置場所に合わせて適切な排水が必要となる

木造賃貸住宅の暖冷房熱負荷の非定常計算事例

最後に、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 修士課程の田公ゆりか氏より、木造賃貸住宅における断熱化の効果にシミュレーション結果が報告された。住宅の省エネ性能評価には国交省の整備した「WEBプロ」がもっぱら用いられているが様々な課題があり、特にもともとが戸建住宅を想定したものであるため共同住宅の評価には不適である。

そこで、米エネルギー省が提供し世界的に広く利用されている非定常シミュレーションプログラム”EnergyPlus”を用い、断熱や日射取得により、暖冷房に必要な熱負荷や室温の挙動を解析している(図19)。
現状の検討は先の賃貸住宅標準プランと細部や断熱が若干異なっているが、等級4・5・6・7と断熱を強化することで、暖房熱負荷は67%、冷房熱負荷は28%と大きく削減されることが示された(図20・21)。

冬の日射取得、夏の日射遮蔽と組み合わせることで更なる熱負荷低減が検討できるとのことで、次回に報告予定である。

発表終了後の質疑では、気密性や建設コストなど、幅広い項目について質疑が行われた。本研究会は高性能賃貸の普及に向けて今後も継続して活動していく予定であり、次回セミナーは11月1日に開催する。高性能賃貸に関する知識や実例を紹介していくことで、作り手のみならず、賃貸オーナーや借り手にも認識が広がることを期待する。

高性能賃貸研究会サイト
https://sites.google.com/maelab.arch.t.u-tokyo.ac.jp/high-peformance-apartment/?fbclid=IwY2xjawFPGO9leHRuA2FlbQIxMAABHZzgoDM03JwHlTvSxobvs9KIDABcUmdfUwIaB8lkCv8j4GqbX0SEU4sZmA_aem_PEgqbZuyZuQWgbS1NtkqhA

図19 世界的に広く利用されている非定常シミュレーションプログラム”EnergyPlus”を用いた解析図19 世界的に広く利用されている非定常シミュレーションプログラム”EnergyPlus”を用いた解析
図19 世界的に広く利用されている非定常シミュレーションプログラム”EnergyPlus”を用いた解析図20 ”EnergyPlus”を用いた解析結果
図19 世界的に広く利用されている非定常シミュレーションプログラム”EnergyPlus”を用いた解析図21 断熱を強化することで、暖房熱負荷は67%、冷房熱負荷は28%と大きく削減されることが示された

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