10年ぶりの日銀総裁交代。金融政策の行方に注目が集まった
2023年は物価高のニュースから始まった。1月の消費者物価指数(CPI)の総合指数は前年同月比で4.3%上昇し、41年8ヶ月ぶりの上昇率となったのだ。その後上昇幅はやや抑制されたものの、それでもほとんどの月で日銀の物価目標である2%を上回る3%台の上昇が続いた。賃金の上昇が追い付かず実質賃金は下落を続けたことからも、家計が苦しめられた1年だったという人も少なくないだろう。
そんななか、家計の大きな割合を占める住居費も、上昇が目立つ1年となった。ロシアのウクライナ侵攻などに起因するサプライチェーンの逼迫によって、資材価格の高騰が継続。人手不足による人件費の上昇なども相まって新築マンションの分譲価格は上昇が続いたほか、中古マンション価格も高止まり状態となった。
また、売買物件の価格高を背景に一定のニーズが賃貸物件に流れたことで、主に首都圏のファミリー向け物件で賃料相場の上昇が見られた。LIFULL HOME'Sマーケットレポートによると、2023年11月の東京23区のファミリー向け賃貸物件の平均掲載賃料は18万8,837円で、前年同月から2.5万円以上も上昇している。
このような状況にもかかわらず、東京都心を中心に住宅購入ニーズは比較的旺盛だった。国内富裕層による投資需要のほか、円安に伴う割安感からインバウンド需要が活発化。そして依然として超低金利といえる住宅ローン金利が住宅購入を後押しした。なお、2023年の住宅ローンを振り返るときに外せないトピックが、4月に行われた日銀総裁の交代だろう。長期金利の上昇圧力が強まるなか、植田和男新総裁の舵取りによる金融政策の行方に注目が集まった。金融緩和を継続しながらも政策の運用を柔軟化したことで、徐々にではあるが固定金利の上昇が見られた一方、短期プライムレートを基準とする変動金利は低金利が続いた。
そのほか、贈与税の「暦年課税」と「相続時精算課税」の制度改正や、省エネ住宅の普及を目的とした「こどもエコすまい支援事業」「先進的窓リノベ事業」の人気などが話題となった年であった。
ここからは、この1年、市況や業界を俯瞰し現場での取材を重ねてきた有識者に、2023年の不動産・住宅業界を振り返っていただく。読者諸氏の住生活に影響を与えた出来事もあるかもしれない。ご自身の2023年と重ね合わせながらお読みいただけたら幸いである。
岐路に立つ新築マンション市場 。販売底堅くも慎重姿勢で戸数減少 ~ 平松健一郎氏
平松 健一郎:株式会社不動産経済研究所、日刊不動産経済通信編集部チーフ・記者。横浜市中区出身、東京都江東区在住。出版社、新聞社などでの勤務を経て18年から現職。3・11後は東北の被災地で震災復興の取材に没頭し、現在は国内外の大手不動産・金融各社の取材を担当する。趣味は25年続けているジョギングと、世界の僻地を巡るバックパック旅行2023年の新築マンション市場は、東京を中心に底堅さを保ちつつも変化の兆しが強く出た。前年末と7月、10月の三度にわたる日銀のYCC運用修正を経て固定型ローン金利が上昇。利上げがハンデとなる住宅業界に緊張が走り、敏感に揺れる為替と金利を需給両側が見守った。コロナ禍の収束で通勤や買い物、観光など景気を左右する行動は平常に返ったが、価値体系の変容や資材・労務価格の上昇といった買い手と売り手の事情がマンションの需給分布に影響。大手各社は厚みを増す富裕層らを意識し、利幅が大きい都心や郊外の有力駅前などに重点投資する姿勢を強めた。その結果、供給戸数は全体に漸減し、都心と準都心、競争力の低い郊外で販売価格や売れ行きの濃淡が鮮明になった。
日銀の出方が耳目を集めた一年だった。植田和男総裁は2023年12月時点で賃金増額が物価上昇に寄与する「第二の力」が弱いとみて慎重に出口を探る構えだ。国債の過半を日銀が持ついびつな構造などを根拠に、不動産業界には利上げの影響を小さく見積もる向きが多い。国内では長期金利が上がっても大都市圏の地価は上昇し、マンション価格も上向いたが順調に売れた。一方、日本の金融政策は海外、特に米国の経済情勢に紐づく。日銀が取れる選択肢は限られているが、2024年は難易度が高い金融正常化への歩みが本格化する。1月に「タワマン節税」のルールが変わり、4月には建設業の残業規制も始まる。住宅市場の潮目が変わる雰囲気が漂う。
2023年、特に東京都心一帯では懐具合に余裕のある富裕層、準富裕層らのマンション需要が衰えなかった。上期は価格と戸数の面で別格といえる三田、浜松町、晴海の3物件が話題をさらった。不動産経済研究所の調査で東京23区の4~9月の平均価格が1億572万円と初めて1億円台に乗ったのは、三田と浜松町の両物件が強くけん引したためだ。コスト高とそれに伴う物件の都心集中によって、価格帯の中央値も8,000万円台を超えた。晴海フラッグ(分譲4,145戸)は湾岸部の供給量を大きく上振れさせ、豊海や月島などで予定されていた他物件の販売時期が翌年にずれ込む要因にもなった。
都内では渋谷駅前や西新宿、南池袋などの物件も供給された分は巡航速度で売れ、都心居住の人気ぶりを示した。都心6区の販売価格が上昇を続ける過程で、その外周部に目を向ける消費者も増えた。都内では城東や城北など、都外では千葉の南船橋や稲毛などにも旺盛な買いが入った。
2023年は上期に都内で複数の大型物件が売れたせいか、下期の秋商戦は例年に比べ盛り上がりを欠いた。首都圏1都3県における1~11月の累計供給戸数は2万900戸と前年同期よりも3,000戸弱ほど少ない。市況の先行きが読みにくく需給両側が慎重になっている実態が数字に出た。通年の合計は2022年に続き、2年連続で3万戸台を割る公算が大きい。ある不動産会社は実需層の動向について「2023年初以降、購入時にリセールを意識する顧客が急に増えた」と話す。将来の金利上昇を見越し、住宅ローンの完済を前提としない買い方が若い世代を中心に広がっているようだ。
東京の新築マンション価格は値上がりしたとはいえ、国際水準に照らすとまだ安く、足元のコスト高を勘案すれば2024年以降も値下がりするとは考えにくい。ただ、郊外を中心に購入者の支払い余力は天井が近いとの指摘もある。年明け以降は賃金と物価、金利の動向などとの見合いで各社の戦略が変わってきそうだ。
富裕層とパワーカップルが支えた2023年マンション市場。リアル復活で住まい選びは多様化へ ~ 岡本郁雄氏
岡本 郁雄:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ2023年のマンション市場は、首都圏などの都市部中心に活況を呈した一年だった。不動産経済研究所発表の2023年度上半期(2023年4月~2023年9月)の首都圏新築マンション市場動向によれば、2023年度上半期に分譲された首都圏新築マンションの平均価格は、前年同期比23.7%アップの7,836万円。東京23区に至っては、36.1%上昇の1億572万円の大幅高に。港区三田の旧逓信省簡易保険局庁舎跡に建つ大規模マンション三田ガーデンヒルズなど都心の高級レジデンスの供給戸数が多かったことがその要因だ。
三田ガーデンヒルズは総戸数1,002戸、敷地面積2万5,000m2超のスケールに加え、入居者専用の中庭や歴史的建造物を一部保存・再生した格式あるファサードデザイン。帝国ホテルと提携したコンシェルジュサービスなどソフトサービスも充実していて、分譲坪単価は1,300万円程度だが、富裕層に支持され販売は好調に推移している。日本銀行発表の2023年第3四半期の資金循環(速報)によれば、家計の金融資産残高は、前年同期よりも101兆円アップの2,121兆円で株高などもあり保有資産が拡大している。2023年3月に野村総合研究所が発表した純金融資産保有額別の世帯数と資産規模のレポートによれば、2021年時点の金融資産1億円超の富裕層は国内に148.5万世帯も存在し、5億円超に限っても9万世帯となっている。
2023年11月に開業した麻布台ヒルズを含め、高級レジデンスが人気を集めているのは、こうした富裕層が欲しいと思えるレジデンスが市場に出てきたということだろう。うめきた2期地区開発事業初の分譲マンション「グラングリーン大阪 THE NORTH RESIDENCE」には、愛車を専用エレベーターで邸宅まで運ぶことが可能な「カーギャラリー」付きの住戸も。販売予定価格25億円の住戸も用意されているが多くの反響を集めている。
こうした高額物件に牽引されるように、都心のタワーマンションも好調だ。需要を支えているのは、高世帯年収のパワーカップルの存在。東京五輪選手村跡地の超高層タワー「HARUMI FLAG SKY DUO」の申込倍率は、1期1次で15倍、1期2次で20倍を超える人気に。湾岸エリアや駅前再開発など通勤利便性の高い立地のマンションは、夫婦共働きのパワーカップルの購入が目立つ。三井不動産レジデンシャルのデータによれば、同社の首都圏新築マンション契約者の20代・30代の平均世帯年収は、2023年度上期は、2018年に比べ約116%に。若い共働き層が支持するマンションは、今後も人気になりそうだ。
郊外エリアに目を向けると、京葉線や常磐線など通勤利便性が良好な場所で値頃感のある立地のマンションも好調だ。コロナ禍で、テレワークとリアル出社を併用する企業も増えており働き方も多様化しつつある。2023年は、コロナ対策も緩和されたことから多くの人がプロ野球などのスポーツ観戦やライブコンサートに足を運んだ。北海道ボールパークFビレッジの開業や日本最大の音楽専用ホールであるKアリーナ横浜のオープンなど、リアル体験を楽しめる場もこれから増えそう。ライフスタイルが多様化する中で、家族の価値観にあった住まいの選択がますます重要になりそうだ。
都心の新築マンションが価格を引き上げる市場となり、中古住宅は価格上昇しながらも売買堅調な1年 ~ 伊藤陽平氏
2023年の住宅・不動産市場を振り返ると、東京都心部で高水準な新築分譲マンションが供給されたことが非常に大きなインパクトとなった。
港区の総戸数1,000戸超を誇る「三田ガーデンヒルズ」は、戸当たりの平均価格が4億5,000万円といわれ、最高価格の住戸は45億円で、筆者の勤務する不動産経済研究所の60年近い公表された物件価格の記録の中でも過去最高を更新した。この物件を中心とした都心の再開発マンションが、新築分譲マンションの平均価格を大きく引き上げた要素となった。もう1物件、価格が公表されずに販売された港区の「麻布台ヒルズ」に整備された住宅の中で、最高水準となる総91戸の「アマンレジデンス東京」では、最上階の住戸が280億円で販売されたとも噂され、戸当たりの価格は20億円前後が多かったという。この2物件は、都心の中古マンション市場にも大きな影響を与えている。秋に入ってから、この2物件を契約したという富裕層が、元々住んでいた物件を売却の査定に出す事例が増えて、都心の優良な中古マンションが売り物件として増えてきたというのだ。
そもそも、住宅・不動産をマーケットとして捉えると、東京都心を中心としたエリアが市場全体を大きく牽引している構造が続いている。たとえば、不動産流通推進センターが発表した全国のレインズシステム(不動産流通の基盤となるネットワーク)の状況をみると、2023年11月に全国のレインズに登録された売買物件の成約件数が1万4,571件だった一方、首都圏と呼ばれる東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県の成約件数は5,202件と3分の1以上を占める。中古マンションの平均成約価格でみても、全国では3,756万円だが、首都圏は4,783万円と1,000万円以上も高い。首都圏は件数、価格の両面で突出している地域となるため、マーケット動向としては、どうしてもそちらを追うことが必要になる。そして、首都圏の中でもごく限定的な都心部では、日本で暮らす一般的な世帯からみると高額な住宅であっても国際的な都市との比較では割安感がある価格で、少し戻したとはいっても円安の状況下では、国内外の多様な富裕層の需要が強いままだ。東京23区でも、都心3区に加えて渋谷区などに集まるそういった富裕層の需要が、新築だけでなく中古住宅の不動産価格も引き上げ、国内の住宅・不動産のマーケットは堅調さを保った1年だったと捉えるのが妥当だろう。
一方で、筆者を含むいわゆる“普通”の勤め人にとって住宅が購入しやすいかといえば、前述のような価格の上昇は国内の多くの地域に影響しているため、「新築」や「23区」といった条件にこだわると難しい側面がある。だが、この1年で住宅ローンの変動金利タイプは利率が0.2%台などに低下した商品が出され、金融機関の審査の姿勢も悪い状況ではないと聞こえてくるため、中古や郊外といったエリアに選択肢を広げれば、ニーズに合う物件を探せるようになったともいえるだろう。
レインズの在庫物件の件数も増加中だ。ただ、安定した資産性を重視して住宅の購入を検討する層は多く、予算規模も中古では3,000万円〜4,000万円台という希望が多いとも聞く。23区や都心部へのアクセスが良い郊外でそういった物件は、相変わらず人気が高いため、相場としては高い水準の価格での取引となる可能性が高い。自分の暮らし方に合った住宅を探すという基本は、変わらないといえる状況だ。
2024年を見据えると、税制に変化が出る。省エネルギー、環境性能といった面に、より焦点が当たってくる。住宅ローン減税の条件が変わるため、購入する際にはそういった部分のチェックが、より重要になるだろう。そして、新築物件については、用地代と建築費の双方が高い水準は大きく変わる可能性が低いため、価格が大きく下がることはない。郊外の建て売りなどで価格調整は考えられるが、各地の利便性の良い都市中心部は、価格が高い状況から一転することはないとみられる。中古住宅に目を転じても、築古物件の動きは中心部でも鈍くなってきたという話はあるが、「都心3区の厳選されたエリアの優良な物件では、坪1,000万円どころか、坪2,000万~3,000万円といった話が珍しくない」との話も大手不動産流通会社からは聞こえてくる。都心3区や6区といったエリアでは、価格が下がってくると読む余地は、極めて少ない。金利についても、昨年末は先行きの不安感があったが、2024年にかけて変動金利のローンが1%を超えるような大きな変動をしてくるシナリオは、織り込みにくくなってきた。春以降の賃上げの動向によっては、景況感の悪化もありうる。そうした、売買の市場は難しい市場が予想されるため、賃貸の市場の方が活況になるのではないかという分析は少なくない。
そうはいっても、”普通”の暮らしを営む層にとっての住宅の取得は不可能という訳ではない。より現実味を帯びるのは、築古物件にリノベーションを行って住むという選択肢を取ることだろう。その際は特に、内窓の設置で二重窓化して断熱性能を向上するということを検討してみてほしい。築古の物件でも光熱費の削減が充分見込めるはずだ。2023年に1,000億円規模の予算が付き、その消化も極めて早かった「先進的窓リノベ事業」は、補正予算が通って「先進的窓リノベ2024事業」として継続となった。高い断熱性能を持つ窓への改修に関する費用の2分の1相当等を上限200万円まで補助するという制度だ。事業者による申請が必要なため、手続きが取れるか必ず確認することを推奨したい。2024年から先は、脱炭素化を見据えた施策が官民の両面から増えるため、将来的な不動産価値という意味でも、重要になってくるだろう。もちろん、既存の住宅のリフォームでも適用される事業なので、暑かった夏や朝晩の冷え込みを感じるマンション、一戸建てに住んでいる人には、広く工事を検討してみてほしい。
伊藤 陽平:株式会社不動産経済研究所 編集部門通信ユニット所属 「日刊不動産経済通信」記者。不動産仲介業に携わる企業や団体、不動産テック系の企業などを主に担当している。これまで、鉄道系・商社系などのデベロッパーに加え、マンション・デベロッパーや分譲マンション管理会社などを担当してきた
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