2024年4月以降の新築賃貸を対象に省エネ性能表示制度開始

コロナ禍の在宅ワークなどで自宅に多くの機能を求めるようになったコロナ禍の在宅ワークなどで自宅に多くの機能を求めるようになった

2020年から3年以上続いたコロナ禍による生活様式の大きな変化とその後の揺り戻し、またカーボン・ニュートラルを意識した商品開発、木造賃貸マンションの登場、防音性能の高い賃貸物件の増加など、このところ賃貸住宅市場を巡る動き、変化が著しい。
コロナ禍では自粛生活が長期化し、テレワークの実施によって多くの賃貸ユーザーがオンもオフも自宅で過ごすことを余儀なくされたため、勤務先までの物理的な距離や所要時間よりも生活スペースや共用施設の充実度、通信環境などが重視され、より広い物件を求めて都心や市街地中心部から準近郊・郊外へと居住エリアが拡大すると共に、住空間全般の快適性や仕事がしやすい環境へのニーズが高まった。例えばワンルームタイプの物件を仕切って1DKにしたり、通信環境と防音設備の整ったワークスペースや個室付きマンションが登場したり、ユニットバスをシャワーブースにして居住空間を拡張したりと、コロナ禍に対応しようとする賃貸物件の進化&深化には目覚ましいものがあった。また、ビジネスコミュニティでのつながりが希薄になるにつれて地域コミュニティへの参画が増え、例えば昭和の風呂なし物件に住んで銭湯コミュニティを楽しむとか、古民家&レトロな町家への関心が高まるなど、古くて新しい居住スタイルにも注目が集まった。

ファミリータイプの物件でも、コロナ禍で外出が難しくなったことを受けてキッズスペースやドッグランの需要が高まり、総じて賃貸物件は単なる“寝に帰るための場所”から“オン・オフを共に過ごす生活全般の基盤”へと姿を変えることとなった。
こういった生活様式の変化に伴う賃貸住宅へのニーズの多様化は、コロナ禍が収束した2023年以降も継続し、機能的・効率的に生活するためのスペースというよりは、楽しく快適に仕事も生活も送ることができる器としての品質向上およびソフト面での充実が求められていると言えるだろう。

さらに、2025年から賃貸住宅を含むすべての新築建築物に省エネ基準適合への義務化が始まり、先駆けて省エネ性能表示制度が2024年4月からスタートするため、賃貸住宅においてもエネルギー効率が良く光熱費が安価なこと、冬暖かく夏涼しいこと、室内全体の寒暖差がないことなど、住宅のハードとしての品質の違いにも今後大きな注目が集まることが想定される。星の数や数値でわかりやすく省エネレベルが表示されれば、その性能の違いは誰の目にも明らかとなり、交通や生活の利便性、防犯・防災面での安全性、居住快適性に加えて住宅の省エネ性・断熱性が賃料水準を左右する重要な要素になっていくものと考えられる。
このような賃貸住宅へのニーズの変化が新たな賃貸住宅のスタイルや快適な賃貸ライフを生み出すのか、それとも短期的なブームに終わってコロナ前の“寝に帰るための住宅”に徐々に戻っていくのか、賃貸住宅市場に詳しい有識者の見解を聞いた。

永遠の論争「持ち家VS 賃貸」 ~ 谷崎憲一氏

<b>公益社団法人 東京共同住宅協会会長 谷崎 憲一</b>:昭和44年の創立以来、民間賃貸住宅経営者・入居者を支援しつづけている内閣府所管の公益団体東京共同住宅協会にて会長を務める。円滑な賃貸市場構築の為、賃貸経営者が抱える様々な問題の解決機関として、相談会やセミナーなど積極的な公益活動に携わっている。他、公益社団法人全国賃貸住宅経営者協会連合会副会長、NPO法人賃貸経営110番顧問を務める公益社団法人 東京共同住宅協会会長 谷崎 憲一:昭和44年の創立以来、民間賃貸住宅経営者・入居者を支援しつづけている内閣府所管の公益団体東京共同住宅協会にて会長を務める。円滑な賃貸市場構築の為、賃貸経営者が抱える様々な問題の解決機関として、相談会やセミナーなど積極的な公益活動に携わっている。他、公益社団法人全国賃貸住宅経営者協会連合会副会長、NPO法人賃貸経営110番顧問を務める

分譲マンションや一戸建てなど持ち家は、ライフスタイルに合わせて自由にリフォームすることができるメリットがある。何よりも、ローンを完済すれば生活設計は楽になり、資産が形成されるので老後の選択肢が増え、安心につながる。
昨今の低金利により住宅取得ブームが続いており、若年層でも戸建やマンションを次々と購入している現状がある。
最近も私の甥が、20代で家族を持ち子どもが生まれたのを契機に横浜に土地を買い、戸建てを手に入れた。竣工検査の立ち会いを頼まれ見に行ったところ、中堅住宅メーカーだが、品質の良さと進化した設備機器に驚いた。
土地建物6000万円の資金は、彼の貯金と夫婦それぞれの親からの援助により、頭金1000万円、5000万円のローンは月11万円、ボーナス月18万円返済と無理のない計画だった。若年層でも生活設計が成り立つ理由はやはり「低金利」。ネット銀行にて35年、元利均等0.4%のローンが組めている。甥のモチベーションは高い。しかし、変動金利であることが大きなリスクになる。35年にわたり低金利が続くわけはないのだ。彼の出世を願うばかりである。
一方、賃貸は「ライフスタイルに合わせて、地域も間取りも選べる」身軽さにある。賃貸は固定資産税や修繕費など保有コストもない。高年収でも賃貸積極派が根強いのは、自由に引越しができるばかりでない、賃貸業界の進化、成熟化が大きい。

賃貸業界の進化、成熟化

入居者ニーズという言葉は、大家にとって非常に敏感なワードである。ペットを飼いたい、室内でピアノを気兼ねなく弾きたい、愛車を居室のそばに置きたいなど、日本も豊かになり、多種多様な趣味や嗜好におカネを惜しまずかける人が増えてきた。
マーケティングに力を入れ、コンセプトを固めた優れた賃貸住宅が台頭してきている。
間取りや設備、デザインなど「真のニーズ」を捉えた物件は高い賃料でも入居率が高い。そのような成功大家の情報はネットやセミナーなどでも紹介され、更にアップグレードした物件が生まれるというプラスのサイクルも賃貸業界全体で起こっている。また、ハウスメーカーや住宅設備メーカーも日進月歩、分譲住宅以上に住まいのニーズを捉えた賃貸住宅も出現してきている。
更にはリノベーションブームによる優れたデザイナーズ物件も供給され、築年数が古くてもリノベーション案件なら入りたいというポジティブなニーズも浸透している。
将来的な価値変動や金利上昇など、不動産を持つことのリスクと比較すると、ストレスなく賃貸ライフを楽しむ層は確実に増えており、多様なコンセプト物件の誕生は賃貸業界にプラスでしかない。

コロナ禍を経て変わったこと、変わらなかったこと ~ 永井ゆかり氏

<b>永井ゆかり</b>:東京都生まれ。日本女子大学卒業後、闘う編集集団「亀岡大郎取材班グループ」に入社。住宅リフォーム業界向け新聞、リサイクル業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、平成15年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスクに就任。翌年9月に編集長に就任。 全国の不動産会社、家主を中心に、建設会社、建築家、弁護士、税理士などを対象に取材活動を展開。新聞、雑誌の編集発行のかたわら、家主・地主や不動産業者向けのセミナーで多数講演。2児の母。趣味はバスケットボール、パン作り永井ゆかり:東京都生まれ。日本女子大学卒業後、闘う編集集団「亀岡大郎取材班グループ」に入社。住宅リフォーム業界向け新聞、リサイクル業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、平成15年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスクに就任。翌年9月に編集長に就任。 全国の不動産会社、家主を中心に、建設会社、建築家、弁護士、税理士などを対象に取材活動を展開。新聞、雑誌の編集発行のかたわら、家主・地主や不動産業者向けのセミナーで多数講演。2児の母。趣味はバスケットボール、パン作り

当社が発行する「週刊全国賃貸住宅新聞」では毎年、全国の賃貸不動産会社に来店者が物件探しの際に重視する設備について、アンケート調査を実施している。その調査結果を10月にランキング形式で発表しており、その変遷を見ると賃貸住宅の入居者ニーズの変化が見えてくる。
コロナ禍前の2019年と2023年のランキングを比較すると、よくわかる。アンケート調査では、「この設備がなければ入居が決まらない」という絶対条件となる設備と、「この設備があれば周辺相場より家賃が高くても入居が決まる」という付加価値となる設備について、単身者向けと2人以上入居できるファミリー向けに分けて集計。この結果を見ると、インターネット環境がコロナ禍前と比べてより重視されていることがわかる。背景にはテレワークやテレビ会議の浸透に加え、自宅でオンラインゲームや動画配信サービスを楽しむ人の増加も影響しているようだ。それを証拠に2021年から設備の選択項目として設けた高速インターネット(1Gbps以上)のニーズが高まっている。インターネット無料は「この設備があれば周辺相場より家賃が高くても入居が決まる」のトップに単身者向けで9年連続、ファミリー向けで8年連続君臨しているが、高速インターネットが単身者向けでも2021年は4位、2022年と2023年は3位と順位を上げているのだ。不動産会社に取材で聞くと、インターネット無料よりも高速インターネット対応であるかどうかを重視する来店者が増えているという。さらに、2023年に要望が急増した設備についての設問においてもインターネット無料が最多で、次に多かったのが高速インターネットだった。

一方で、「この設備がなければ入居が決まらない」ランキングは、単身者向けでもファミリー向けでもトップ5の顔ぶれは2017年から固定。具体的には単身者向け、ファミリー向けで共通するのは、室内洗濯機置き場、テレビモニター付きインターホン、温水洗浄便座、独立洗面台の4つの設備で、その他に入っているのは、単身者向けがインターネット無料、ファミリー向けが追いだき機能と固定していた。2023年については選択項目として新たにエアコンが加わったため、これまでのトップ5はトップ6に変わったが、根強く支持されている。
このように、部屋探しの現場から見ると、コロナ禍で新たなニーズは生まれたものの、生活をしていくうえで重視される設備は大きく変わらなかった。裏を返せば、このトップ6の設備が入っていない賃貸住宅は家賃を下げないと、入居者から選ばれにくくなっている。貸主としては、まずは絶対条件となる設備があるかどうかを確認したうえで、付加価値となる設備を導入して、差別化を図ることが重要となるだろう。

<b>永井ゆかり</b>:東京都生まれ。日本女子大学卒業後、闘う編集集団「亀岡大郎取材班グループ」に入社。住宅リフォーム業界向け新聞、リサイクル業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、平成15年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスクに就任。翌年9月に編集長に就任。 全国の不動産会社、家主を中心に、建設会社、建築家、弁護士、税理士などを対象に取材活動を展開。新聞、雑誌の編集発行のかたわら、家主・地主や不動産業者向けのセミナーで多数講演。2児の母。趣味はバスケットボール、パン作り出典:週刊全国賃貸住宅新聞10月16日号(全国賃貸住宅新聞社発行)

住まい方の変遷が、賃貸住宅市場の追い風に ~ 北川友理氏

賃貸物件の多様化が進む。東京都心では賃料がゆっくりと上昇に転じたほか、一戸建て賃貸住宅のような新しいアセットで高い入居率と賃料を得られている事例もある。ライフスタイルの多様化が根本的な理由だ。コロナ蔓延以降在宅勤務が普及・定着し書斎スペースが求められる機会が増えた、夫婦で在宅勤務できる広さが求められるようになったのは確かだが、物件に関する要望の変化に留まらない。住まい方自体が変化している。
例えばパワーカップルら高所得層がローンを組んで東京都心の新築マンションを購入する場合、完済するまで住み続ける前提の世帯は少数派だ。物件の価値が上がり売却益が出るため比較的短期間で売り、売却益を上乗せして新しい新築分譲マンションを買う。住み替えの間は都心の高級賃貸で暮らす。一方で都心の新築マンション価格は高まり続け、買えなくなる人も増えている。郊外の分譲マンションや戸建て住宅を選ぶ人もいるが、都心を重視して引き続き都心の賃貸で暮らす人もいる。元来都心の新築マンションを検討していたことから予算には比較的余裕があり、高級賃貸が選ばれる。こうした傾向が都心の賃料上昇が進む一因だろう。これまでの人生設計は社会人になって賃貸で暮らし、結婚や子育てを機に持ち家を買ってローンを払い続けるのが大勢だったが、変わりつつある様子だ。

戸建て賃貸住宅が普及しつつある。ケネディクス(株)は首都圏でIoT戸建て賃貸住宅「コレット」を展開している。事業化から2年弱で取り扱い件数は2000件を超え、同社によるとすべての物件が相場より高い賃料、高い稼働率で運営できている。入居者はファミリーが中心だが、全体の1割ほどを単身者が占めるのが特筆すべき点だ。仕事場と収納スペースを自宅とは別に確保していた自営業者が、これまで自身は賃貸マンションに住んでいたが、すべてが1棟で完結するコレットに移った例、ペット専用部屋を得るため賃貸マンションから移った例などがある。同社が参考にしたのは米国の戸建て賃貸住宅市場だ。約500兆円の市場規模があり、戸建て賃貸専門の上場リートも2銘柄ある。一方で国内では需要に対し供給があまりに少なく、参入している事業者も少ない。おおいに伸びしろがあるとみている。年内に取り扱い件数を2500件に増やす方向だ。

ライフスタイルの変化や東京都心の新築分譲マンションの価格高騰は首都圏の賃貸住宅市場にとって追い風で、成長が続く見通しだ。今後の注目点の一つは、賃貸住宅の環境性能が賃料にしっかりと反映される市場ができていくかどうかだ。気密・断熱や省エネ性能を高めた分だけ建物の建築費も上がるため、賃料が上がらなければ供給は拡大しない。しかしZEH基準を満たした新築分譲マンションが高価格でもよく売れる事例が増え、電気代の上昇と相まって賃貸住宅入居者のコストパフォーマンス意識が高まっている。環境性能が賃料に直結する時代も来つつある様子だ。

北川友理:不動産業界専門紙「日刊不動産経済通信」記者。京都市出身。1987年10月生。地方新聞記者を経て、2018年に不動産経済研究所入社。以降ハウスメーカー担当

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