中国の大手不動産デベロッパー恒大集団が米国で連邦破産法15条を申請

今回の恒大集団の事実上の破綻を契機とする中国経済のシュリンクにより日本の不動産に影響は出るのだろうか。専門家に意見を聞いた。今回の恒大集団の事実上の破綻を契機とする中国経済のシュリンクにより日本の不動産に影響は出るのだろうか。専門家に意見を聞いた。

2023年8月17日、中国最大級の不動産デベロッパー恒大集団(エバーグランデグループ)が事業を展開するアメリカで破産申請を行い、翌日の日本および中国の株価が大きく下落したのは記憶に新しい。

この連邦破産法15条による破産申請は米国外の企業が申請するもので、承認されると資産の差押えを回避できる。つまり事業を継続しながら財務を立て直すとの方針を示し、まだ立て直せるという意思表示をしたとも受け取れる。

中国は2014年以降、国内経済の急拡大に連動して住宅市場の規模も急拡大した。元来投資による資産の拡大を好む民族性もあり、不動産投資や購入が拡大する中で、不動産関連事業への融資残高の拡大や不動産価格の高騰=バブル化懸念が年々高まって、中国政府は徐々に規制を強めていったのだが、遂に2020年“中国版総量規制”である三道紅線(スリーレッドライン)を導入する。

これは企業の財務状況について、①総資産に対する負債比率70%以下 ②自己資本に対する負債比率100%以下 ③短期負債を超える現金を保有していること というかなり高いハードルを課し、この3条件を満たしていない企業には新たな資金貸付ができないとする制度だ。

この条件を満たしていなかった恒大集団は借入れが制限され、これまでの積極的な事業投資ができなくなった。つまり借入金で事業展開し、利益を一部返済に回して残りをさらに新事業に投下するという“過剰な拡大再生産”を推進した恒大集団は、売り上げは巨大でも財務状況は脆弱で、中国政府による資金融資の引き締めは資金の循環を事実上絶つこととなり、経営状態は急速に悪化した。翌2021年にはドル建て公募社債8,249万ドルの利払いが実行できずにデフォルトを引き起こし、2022年には決算の公表が滞ったことを理由に香港取引所での株式売買も停止されるなど、事態は悪化の一途を辿った。

この状況について国内外のアナリストは、恒大集団は既に経営破綻しているとの見方が大勢を占めているが、問題はこの経営破綻がかつてのリーマン・ブラザーズのように世界経済の信用収縮に繋がるかという点だ。冒頭記した連邦破産法15条の申請後も、株式市場の値動きを見る限りグローバル経済に広く波及はしていない。つまり恒大集団の経営不振は2020年以降明らかであり、織り込み済みであったという見方もできる。
ただし、恒大集団の経営不振・破綻を契機として中国経済が減速し、それが連鎖して世界経済の縮小に向かう可能性は常にある。幸いなことに恒大集団はグローバル企業ではなく主に米国と中国で事業展開していたため、株価の動きに表れた通り直接的な影響は軽微と見られるが、スリーレッドラインは中国国内の企業すべてに適用されるから、今後の中国経済の動きは特に注視する必要があるだろう。

果たして恒大集団の事実上の破綻を契機とする中国経済のシュリンクと日本経済への影響、特に国内不動産市場への影響はあるのか、あるとすればその程度は、有識者の見解を聞く。

恒大集団の経営破綻が世界経済全体に直接的な影響を及ぼす可能性は比較的低い? ~ 榊原渉氏

<b>榊原 渉</b>:
1998年3月早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 修了。1998年4月株式会社野村総合研究所 入社。2017年4月グローバルインフラコンサルティング部長。2020年4月コンサルティング人材開発室長。現在 コンサルティング事業本部 統括部長 兼 サステナビリティ事業コンサルティング部長 兼 コンサルティング事業本部 DX事業推進部長、北海道大学客員教授。専門は建設・不動産・住宅関連業界の事業戦略立案・実行支援
榊原 渉: 1998年3月早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 修了。1998年4月株式会社野村総合研究所 入社。2017年4月グローバルインフラコンサルティング部長。2020年4月コンサルティング人材開発室長。現在 コンサルティング事業本部 統括部長 兼 サステナビリティ事業コンサルティング部長 兼 コンサルティング事業本部 DX事業推進部長、北海道大学客員教授。専門は建設・不動産・住宅関連業界の事業戦略立案・実行支援

恒大集団の経営破綻が起こった場合、その規模と中国経済内の位置付けからして、多大な影響が生じる危険性はある。しかしながら、世界経済の信用収縮に直接的に繋がる可能性は低いのではないだろうか。リーマン・ブラザーズの破綻は、その規模と金融市場への関与が大きかったため、世界中の金融機関や市場に大きな衝撃を与えた。
一方、恒大集団は主に中国国内の不動産開発業に従事しており、直接的な関係を持つ金融機関も主に中国国内にある。そのため、恒大集団の経営破綻が世界経済全体に直接的な影響を及ぼす可能性は比較的低いと考えられる。減少する可能性があるのは中国経済の成長速度や、中国企業の海外投資などだろう。
ただし、恒大集団の経営破綻が中国国内で大きな波紋を引き起こし、金融システムや不動産市場に混乱をもたらす危険性は高い。中国国内の金融機関や不動産企業に影響を与え、市場の信頼性や安定性に影響を及ぼす可能性はあるだろう。

日本の不動産市場に与える直接的な影響も限定的だろう

中国の不動産市況の悪化が、全体的な投資環境や金融市場の不安定に繋がる場合、日本の不動産市場にも影響を与える可能性はあるが、直接的な影響は限定的であると推測される。日本の不動産市場は、恒大集団の経営破綻には直接的には依存しておらず、バランスが保たれた需要と供給の状態が維持されている限り、大きな影響が生じることは予想され難い。
ただし、中国の不動産市場での混乱が日本の不動産業界に間接的に影響を及ぼす可能性は排除できない。特に、日本の製造業や観光業は、中国経済の変動に敏感であるため、中国からの不動産投資や観光客の減少、中国経済の低迷による日本への影響などが考えられる。

総合的に見れば、恒大集団の経営破綻による直接的な影響は、世界経済や日本の不動産市場に対しては限定的であると考えられる。ただし、影響が間接的であっても、注意深く国際的な経済情勢や金融市場の動向を注視し、関連するリスクを管理する必要はあるだろう。

国有デベロッパーによる市場の下支え、政策効果の持続及び消費マインドの回復が課題 ~ 康政氏

<b>康 政</b>:
2018(平成30)年4月一般財団法人日本不動産研究所に入所。中華圏(中国本土・香港・台湾)における日系デベロッパー、金融機関等を中心とした不動産評価、資産評価、不動産市場調査を担当するアナリスト。中華圏投資家による対日不動産投資の調査等アドバイザリー業務等を多数実施。早稲田大学大学院卒、湖北省潜江市出身。康 政: 2018(平成30)年4月一般財団法人日本不動産研究所に入所。中華圏(中国本土・香港・台湾)における日系デベロッパー、金融機関等を中心とした不動産評価、資産評価、不動産市場調査を担当するアナリスト。中華圏投資家による対日不動産投資の調査等アドバイザリー業務等を多数実施。早稲田大学大学院卒、湖北省潜江市出身。

中国の国家統計局の発表による2023年第3四半期までの統計では、全国商品住宅販売面積は7.3億m2で、前年同期比▲6.3%となった。このように、不動産市場の低迷は21年下半期以降から、2年以上にわたって現在もなお継続しており、未曾有の事態に陥っている。
この背景にあるのが民間デベロッパーの過度に高い財務レバレッジによる事業拡大を是正し、住宅バブルの更なる拡大を抑制するために、中央政府が供給側(デベロッパー)に対して行った「スリーレッドライン」、「融資総量規制」などの債務管理指導である。こうした供給側への引き締め策は、恒大、融創、碧桂園などの民間大手デベロッパーの資金難問題に繋がり、その影響は恐らく当初の想定を超えるものであったと思料する。
昨年末より、当局は上記「スリーレッドライン」を適宜緩和しながら、「金融16条」、「融資、債券、株式に対する資金調達支援策(通称:三本の矢)」を始めとした救済策を導入している。また、購入者の消費マインドを刺激しようと、従前に課されていた限購令、限貸令などを緩和する政策も頻出している。そのような中で保利、中海、華潤などの国有デベロッパーが中心となって土地払い下げ市場を下支えし、地方財政を確保させながら、工事中断したマンションを合併買収するなど、今や国有企業が住宅市場における主戦力となっている。当局としては、様々な政策を通じて低迷する市況に対するソフトランディングの準備を整えており、市場低迷の脱却には一定の時間を要するものの、緩やかな消費マインドの回復とそれに伴った不動産市況の回復がメインシナリオとみるべきだろう。
一方、金融面において考察すると、銀行貸出のうち、不動産セクター向けの残高が占める割合は22.7%で、不動産開発向けの割合は更に低く、全体の5.6%である(2023年第3四半期末時点)。なお、住宅ローン関連の融資は比較的大きい割合を占めているが、一軒目住宅の頭金比率は概ね3割、同二軒目は最低6割であることを勘案すると、デフォルトリスクは極めて低いものと思料する。また、銀行の不良債権比率は低水準に抑えられており、貸倒引当金や自己資本の取り崩し余地を勘案しても、不良債権処理余力が十分にあることから、国内外の金融不安に繋がる可能性も低いと考えられる。なお、日本では債務不履行の場合、手形の不渡りを2度出せば銀行取引が停止となり、ほぼ確実に倒産となるが、中国では政府による延命措置等で、直ちに倒産に至ることはない。現に恒大の創業者許氏が逮捕されているが、会社としては再建途中である。米国での連邦破産法15条の申請は債務再編に時間が必要であることから、一旦、現財産を守る措置であったと捉えるのが妥当だろう。
以上、中国の不動産市況の今後について考察したが、日本への影響については、中国の不動産投資減少は直接的に効果が大きい建設業を中心にそのGDPを押し下げ、ひいては日本の製造業を中心に輸出が停滞するため、GDPを押し下げる効果は否めない。なお、中国人にとって円安並びに割安な日本の住宅価格は魅力的で、中国人向けの日本住宅投資セミナーがSNSなどで拡散されており、日本旅行のついでにマンションを購入したといった噂もあるが、自国の住宅市況の悪化から中国人が日本の不動産をより積極的に買い進めるとしても、本土から海外送金規制が掛かっていることから、更なる本土資金の流入による日本住宅市場への影響も限定的と考える。
いずれにしても、今後の中国不動産市場のコントロール政策の成否は、中国経済の行方を左右するといっても過言ではないことから、その動向には引き続き注視する必要がある。

不動産バブルと経済危機 ~ 清水千弘氏

<b>清水千弘:</b>一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科 教授。1967年岐阜県大垣市に生まれる。東京工業大学理工学研究科博士課程中退。東京大学博士(環境学)。専門は、指数理論・不動産経済学。麗澤大学教授、日本大学教授等を経て現職。麗澤大学国際高等研究機構副機構長・学長補佐を兼務する清水千弘:一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科 教授。1967年岐阜県大垣市に生まれる。東京工業大学理工学研究科博士課程中退。東京大学博士(環境学)。専門は、指数理論・不動産経済学。麗澤大学教授、日本大学教授等を経て現職。麗澤大学国際高等研究機構副機構長・学長補佐を兼務する

不動産バブルの生成と崩壊は、多くの国において深刻な経済危機、または不況をもたらしてきた。国際通貨基金(IMF)の研究チームによれば、不動産バブルの生成と崩壊を伴う経済不況は、他の経済不況と比較して、深く、そして長期に及ぶことが報告されている。
最近においては、中国の恒大グループを始めとする経営危機問題や、そのようなデベロッパーの経営危機によって大規模団地が開発途中で破綻し、ゴーストタウン化した事例などが報告される中で、中国の不動産バブルが崩壊し、経済危機の原因になるのではないかということが指摘されている。この問題を、かつての日米の不動産バブルとその崩壊との共通点と異質点から考えてみよう。
日本のバブル崩壊後の長期的な経済停滞は、不動産不況ではなく、金融機関の不良債権問題によって長期化した。米国のサブプライム・ショックによって発生した経済の長期的な停滞もまた、金融システムの不安定性によってもたらされたものであった。この二つに共通する問題は、市場に資金がだぶつき、その資金が不動産市場へと流入することによって不動産バブルが発生し、経済全体のレバレッジが大きく高まっていく中で発生したものであった。つまり、不動産価格が生産性の上昇を大きく超えて上昇し、その下落によって経済全体のリスクが上昇してしまったことで発生したものであった。
このように考えると、現段階において中国で発生している問題が、金融システムの不安定性までに発展しているとは考えづらい。米国、日本、中国で金融システムの構造が大きく異なるため、不動産不況がどのような経路を通じて金融システムへと連動していくのかは、注視していく必要があることは確かである。
今後において注視していくべき点は、社会全体で中国経済の将来において期待が低下してしまうことである。不動産価格の長期停滞は、負の需要ショックが発生し、価格の下落が始まることから出発する。現在の中国が直面している段階であると考える。この需要ショックは短期的な事象である。しかし、社会全体が将来に対する期待を低下させてしまうと、さらに不動産価格を大きく押し下げてしまう。ここに、生産性ショックが加わることで、不動産価格の長期停滞が始まる。
成長率の高い生産性の高い企業は、多くの負債を抱えながら、つまりレバレッジを生かして成長していることが一般的である。そのような企業が不動産を放出し、生産性の低い企業が不動産を保有してしまうと、不動産そのものの生産性が低下し、不動産価格の長期停滞へと繋がってしまう。1990年代に日本で発生した問題である。
とりわけその後の研究において、日本経済の停滞は、人口減少・高齢化の進行によってもたらされていたことも明らかにされてきた。中国もまた、人口減少と高齢化に直面しようとしている中、異なる経路を通じて、経済成長の鈍化に直面することは必至である。しかし、中国経済の成長余力はまだまだ高い。国内の不動産需要も、今後まだまだ上昇していく。日本が直面した状況と、大きく異なるのである。

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