改正建築物省エネ法は2025年4月からの適用予定だが…
2022年6月、建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律:通称建築物省エネ法が改正され、住宅を含むすべての新築建築物に2025年度から省エネ基準の適合を義務付けることが決まった(例外として政令で定める10m2以下の建築物や現行法で適用除外となっている建築物については対象外)。
2015年7月に公布された同法は、2021年にも改正されたばかりだが、2050年のカーボン・ニュートラル実現に向けて、さらに制度としての省エネ基準のハードルを引き上げたものといえる。
以下、これまでの省エネに関する法整備の経緯を簡単に解説する。
1. 建築物省エネ法施行以前の状況
日本の省エネに関する法律の制定は今から約45年前に遡る。1979年に第2次オイルショックを契機としてエネルギー危機を脱する目的で省エネを推進するべく、エネルギーの使用の合理化等に関する法律:通称省エネ法が初めて公布された。省エネ法の規制対象は、①工場・事務所②貨物・旅客・航空輸送機関③住宅・建築物④機械・機器だったが、最もエネルギー消費量が多かった工場や事務所に対する省エネ施策が狙いで、住宅・建築物については省エネガイドラインの策定による努力義務に留めている。
1997年に京都議定書が採択され、これに併せて省エネ法は地球温暖化対策としての温室効果ガス排出削減を目的としたものに大きく舵を切った。以降も改正が重ねられて基準が段階的に引き上げられてはきたのだが、世界的な省エネ基準とは乖離が大きくなるばかりとの指摘が多くなされている。
2. 建築物省エネ法への転換
2011年3月に発生した東日本大震災は、原発の罹災およびメルトダウンという最悪の事態を招き、その後原発に依存する日本のエネルギー需給問題の見直しが急速に進んだことから2013年に大幅に改正され、同法に基づく省エネ基準(平成25年基準)が制定される。
この改正によって初めて、建物全体の省エネ性能を評価する「一次エネルギー消費量」の算定が導入され、建物の構造躯体等の断熱性能だけでなく、冷暖房・換気・給湯など住宅設備のエネルギー消費も評価する仕組みに変更されたのだが、法改正だけでは住宅・建物のエネルギー消費の拡大にブレーキがかからなかったことから、省エネ法から住宅・建築物部門を“独立”させるかたちで、2015年に建築物省エネ法が制定されたのである。
建築物省エネ法も段階的にその基準が引き上げられ続けてきた
このような経緯で制定された建築物省エネ法は、2016年に任意の誘導措置、2017年に義務の規制措置が施行される。
誘導措置ではすべての建物を対象に、所有者が省エネ基準の適合認定を受けると建築物や広告に省エネ基準適合認定マーク(eマーク)を表示できるだけでなく、実質的メリットして認定物件には省エネ性能の向上に必要な設備部分の容積率不算入を認めることで、容積率緩和の特例が実施された。
また、規制措置においては、延べ床面積300m2以上の中規模建築物に対して省エネ計画の届出が義務化され、併せて一定数以上の住宅を新築する住宅事業主に対して、より高い省エネ基準を達成するよう勧告できる“住宅トップランナー制度”も設けられた。
しかし、これでも中規模および300m2未満の小規模建築物のエネルギー消費量を抑制することが現実的に難しい状況に至り、小規模建築物について努力義務と建築主への説明義務に留めた2021年の改正を経て、2022年6月に実施された改正において、ようやく住宅を含むすべての新築建築物に2025年度から省エネ基準の適合自体を義務付けることとなった。併せて、建物の増改築についても、増改築する部分に対して省エネ基準への適合が義務付けられる。
なぜ、あえてこのように時間を掛けて段階的に基準を引き上げてきたのか。それは2050年のカーボン・ニュートラル実現という高い目標、いわば「理想」に対して、住宅建築および改築コストの上昇・発生という「現実」問題が拮抗し続けてきたためであり、住宅業界からは、パブリック・コメントとして常にこれまで日本の景気を支え続けてきた住宅産業を縮小させても実現させるべきことなのか、コストアップによって新築住宅が売れなくなることで国内経済に大きな損失を与えてもよいのか、中古住宅流通のハードルとなりはしないか、などの反対意見が相次ぎ、これら“抵抗勢力”とのせめぎあいの中で、徐々に「理想」に近づくために基準を引き上げてきたという背景がある。
2025年基準とは具体的にどのようなものか
2021年10月に閣議決定された「第6次エネルギー基本計画」には、2025年までに住宅および小規模建築物の省エネ基準の適合義務化が盛り込まれ、この閣議決定によって2022年6月の建築物省エネ法の改正というシナリオに至る。
では、最新の2025年基準とはどのようなものになるのか、まずは手続きについて見ていくことにする。
ポイントは、上記の確認も含めて、①原則すべての新築住宅・非住宅に省エネ基準適合が義務付けられる ②建築確認手続きの中で省エネ基準への適合性審査を実施する ③2025年4月から施行予定 の3点となる。このうち、②の適合性審査の実施が手続き上の大きな変更点となり、実際には建築基準法の改正による建築確認・検査対象の見直し、審査省略制度(4号特例:建築基準法6条の4に規定される建築確認の対象となる木造住宅等の小規模建築物において建築士が設計を行う場合には構造関係規定等の審査が省略される制度)の縮小(※)など、建築主・設計者が行う建築確認の申請手続きが大幅に変更されることになる。
当然のことながら、省エネ基準に適合しない場合、および必要な手続き・書面の整備を怠った場合にも「確認済証」および「検査済証」は発行されないから、着工も居住・使用開始時期も予定より遅れることになる。また建物の完了検査時にも省エネ基準適合審査が改めて行われることになっており、書面上の適合に加えて実態の適合審査も実施されるため、手続きを怠ったり、ケアレスミスによって審査に不合格になったり、完了検査時に基準値を下回ったりすれば、それだけ引き渡しが遅延することとなって、何らかのトラブルもしくは損害賠償になるケースも十分想定される。
また、新2号建築物(※)については確認申請の際に構造関係規定の図書、および省エネ関連の図書の提出が必要となる点も注意が必要だ。
従前とは異なり、上記の通り改正法施行後の確認申請手続きは煩雑を極めることになり、加えて完了検査時の審査も地域ごとの基準値に達していなければ引き渡しができないから、新築住宅を取り扱うハウスメーカー、工務店、不動産会社や販売代理、マンションデベロッパーなどはもちろん、賃貸住宅取扱事業者なども今すぐにでも対応を開始すべきだし、業務工程の確認や関連知識の習得も必要不可欠である。
※ これまで上記特例の対象だった4号建築物は、建築基準法改正後に「新2号建築物」と「新3号建築物」に変更される。木造2階建ておよび延べ床面積200m2超の木造平屋建ては「新2号建築物」として、すべての地域で建築確認・検査(大規模な修繕・模様替えを含む)が必要で、審査省略制度の対象外となった。
延べ床面積200m2未満の木造平屋建てのみが「新3号建築物」として審査省略制度の継続対象となるが、「新3号建築物」であっても都市計画区域等内に建築する際には、建築確認・検査が必要となるから、事実上4号特例はほぼ廃止されるに等しい。
「省エネ」の「基準」とは何から算定されるのか
では、そもそも省エネ基準とはどのような基準を満たす必要があるのか(多分に技術的な内容を含んではいるが、最低限の基礎知識としてこれからは知っておかなければならない)。なお、実際の計算は現在様々なサービスやアプリケーションが開発されており、大抵の場合、基本的な数値を入力するだけで自動計算してくれるように設計されているから、計算方法ではなく考え方やプロセスなどを理解しておくべきだろう。
省エネ基準は、①住宅の窓や外壁などの「外皮性能」を評価する基準 ②設備機器等の「一次エネルギー消費量」を評価する基準 に分けられていて、それぞれの基準を満たす必要がある。
1.外皮性能基準
外皮性能を評価する基準指標は、断熱性能を示す「外皮平均熱貫流率(UA値)」と、日射遮蔽性能を示す「冷房期の平均日射熱取得率(ηAC値:イータエーシー値)」の2つがあり、この指標を「外皮の部位の面積の合計」ごとに計算することで、省エネ性能の評価を行う。年間の平均気温や季節変動値、日射量などが異なるため、地域(北海道から沖縄まで8地域に区分)ごとにUA値の基準値が定められており、その基準値をクリアすることが求められることになる。一般には、UA値・ηAC値がそれぞれ小さければ小さいほど、冷暖房効率が高く、また外気温の影響を受けにくい=断熱性の高い住宅であるといえる。
このUA値・ηAC値の程度を、住宅の品質確保の促進等に関する法律:通称品確法において区分したのが断熱等性能等級で、これまで等級4~等級1(無断熱)に区分されていたが、今回のテーマに据えた改正建築物省エネ法の成立によって、新たに等級5~等級7が創設された(約20年ぶりの断熱性能基準の引き上げである)。数値が大きいほど断熱性能が高いとされており、等級4は等級1と比較すると計算上約60%の省エネが実現可能だ。
なお、余談ながら「暖房期の平均日射熱取得率(ηAH値)」という数値もあり、これは大きいほうが冬季の太陽光の熱を取り入れることができるという指標になるが、これは外皮性能基準の値としてはもちろん採用されない。
2. 一次エネルギー消費量基準
一次エネルギー消費量とは、住宅で使われている設備機器のエネルギーを熱量に換算したもので、冷暖房に加えて、換気、給湯、照明などを含めた合計、つまり住宅内で消費されるエネルギーの総量のことだ。
太陽光パネルなどによる再生可能エネルギーは消費すれば熱量に加えるが、同時に生産もしているので、その場合は消費分から生産分を差し引いて計算に加えることになる。
一次エネルギー消費量にも等級が定められており、「設計一次エネルギー消費量」÷「基準一次エネルギー消費量」で求める「BEI」で決められている。
基準となる等級4は、BEI=1.0、つまり設計段階のエネルギー消費量と基準消費量が等しいことが求められる。1段階上の等級5はBEI=0.9で、等級5に適合するためには、等級4より一次エネルギー消費量を10%以上減らす必要がある。なお、2022年4月1日の改正で一次エネルギー消費量等級6が追加され、BEI=0.8以下、つまり等級4よりも20%以上のエネルギー消費量の削減が求められる基準が創設されている。
このように、省エネ基準とは、建築物の断熱性能(の高さ)と平均日射熱取得率(=どれだけ夏の日射熱を遮断できるか)、および一次エネルギー消費量(が削減できるか)で決まっており、それぞれに目安となる等級が設定されているという理解が可能だ。
本論:省エネ基準適合住宅とは
結論から述べると、省エネ基準に適合している住宅とは、「断熱等性能等級4以上かつ一次エネルギー消費量等級4以上の住宅」と定義される。つまり、これまで最高等級であった断熱等性能等級4は省エネ基準適合の最低条件に変わり、換言すればこれまで設定されていた断熱性能はそれほど高い水準ではなかったということになる。冒頭述べた通り、世界的な省エネ基準との乖離が大きかったことの証左とも言えるが、これを機に特に断熱性能については、基準を世界水準にまで高めることが求められているということになる。
また、長期優良住宅に認定されるには、「断熱等性能等級5かつ一次エネルギー消費量等級6」が必要で(他にも劣化対策や耐震性などの認定要件がある)、ネット・ゼロ・エネルギーハウス(ZEH住宅)も同様に「断熱等性能等級5かつ一次エネルギー消費量等級6」の省エネ性能が求められており、現状では単に省エネ基準に適合している住宅というだけでなく、断熱性能も一次エネルギー消費量もそれを上回る住宅の普及が推進されていることから、急速に日本の住宅の省エネ性能は向上し始めているという見方もできる。ただし、全国の住宅総戸数約6,300万戸に占める省エネ基準適合住宅の数は、2023年時点で新築住宅約86万戸の80%程度(うちZEH仕様は約25%)に留まっているから、日本の全住戸を現行の省エネ基準に適合させるために改修・建替などを現在のペースで実施しようとすれば90年以上の年月が必要となる計算だ。つまり、日本の省エネ基準適合住宅の普及については、まだまだ端緒についたばかりと言わざるを得ない。
それでも今後は省エネ基準適合“以下”の住宅を買ってはいけない理由
このように、日本における住宅の省エネ化は、そのスタートから45年の月日が経過しているにもかかわらず遅々として進んでこなかったことが明らかだ。同時に、市場関係者の尽力によってここ数年急速にその普及スピードが速まっていることも事実だが、一方で年々温暖化が進んで夏期には国内でも最高気温40度を記録することが常態化しており、台風や大雨など自然災害も激甚化の一途を辿っている。
日本という一国の問題ではなく地球規模の問題としてこれ以上の温暖化を防ぎ、また自然災害の激甚化を防ぐには、現状では温室効果ガスの排出を可能な限り抑制し、再生可能エネルギーを効率良く活用し続けるしか方法がないのだから、住宅市場においては懸命に省エネ基準適合住宅“以上”の住宅を供給し、また既存住宅では現行の省エネ基準に適合させるべく改修および建替を推進しなければならない。
考えを将来に向けて進めると、今後住宅市場において“商品”としての住宅の価値を維持するためには、立地条件や利便性などとともに、住宅の省エネ基準適合状況が徐々にその存在意義を高めていくことが確実視される。つまり、2025年4月までの僅かな期間に主にコスト面などの問題から、敢えて省エネ基準に適合していない住宅を安価に購入しても、数年後~10年後以降の流通市場においては、その“商品価値”は省エネ基準に適合している住宅よりも明らかに劣後するから、今から新たに住宅を購入しようと考えるのならば、少なくとも2025年4月以降に適用される省エネ基準に最低限適合している必要があるし、できるならば(将来の基準の引き上げも想定内として)さらに基準の高いZEH住宅や長期優良住宅、低炭素住宅などの購入および建築を検討するべきだろう。
同様に、2025年4月以降は、中古住宅への融資条件に築年数などとともに省エネ基準に適合しているか否かという条項が今後加えられる可能性があり(もしくは省エネ基準適合の中古住宅について金利優遇対応するなどの措置も考えられる)、中古住宅の流通市場においても、今後省エネ基準に適合しているか否かが住宅の“商品価値”を左右する要因の一つとなり得ることを予め考慮し、省エネ改修後に売却する、もしくは省エネ基準に適合している住宅を購入するなどの現実的な対応が求められる。
2025年4月の全新築建築物に対する省エネ基準の適合義務化は、単に住宅性能を引き上げるだけでなく、そう遠くない将来には市場における“商品”としての住宅の価値や見方も大きく変えてしまう可能性がある。それを具体的にイメージし、住宅における省エネ基準の策定が何故必要なのか、また省エネ基準に適合していることが何故重要なのかということを、住宅を供給する企業も消費者も、今後はより強く意識しなければならない。省エネ基準が住宅の“商品価値”を決める時代は間もなくやって来る。
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