過去10年で建設された中央区アドレスのタワーマンションは約1.8万戸

注目が集まる湾岸エリアの住宅市場は今後どうなるのか? 識者に見解を聞いた注目が集まる湾岸エリアの住宅市場は今後どうなるのか? 識者に見解を聞いた

湾岸エリアに再び注目が集まっている。湾岸エリアとは東京都港区、中央区、江東区の旧来は工場や物流の拠点などが立ち並ぶ地域のことを指しており(広義では品川区~大田区および浦安市~船橋市方面の各臨海部を含む)、以前は人が住むイメージは希薄だった。それが2000年以降、工場跡地など広い街区が得られる上に土地権利関係の調整ハードルの低さ、用途地域が準工業で容積率および建蔽率が大きいことなどもあり、タワーマンションが建設しやすい条件が揃っていたことから、次々とマンション用地に転換されていったという経緯がある。湾岸エリアが都心に物理的に近いにもかかわらず、その多くが埋立地で地価が安価であったことも背景にある。

都心近くの“新たなベッドタウン”として注目され始めてから20年余、タワーマンションが次々と分譲され続け、晴海、月島、勝どき、豊洲、有明、東雲、台場などが工業用地から住宅用地へと生まれ変わった。これに伴い、1984年以降20万人を下回っていた港区の人口は2023年には26万人を突破、中央区でも2023年に過去最高となる17.4万人に達し、江東区でも2018年に50万人を突破して2023年には53万人と順調に人口を増やしている。まさに郊外のベッドタウンから都心方面へと定住人口が移動し、職住近接による人口回帰に湾岸エリアが貢献したと言えるだろう。

ただし、日常生活には特段の問題はないものの、交通インフラの整備、小・中学校の増改築や新設、医療施設の拡充についてはここ数年喫緊の課題と言われ続けている。またLIFULL HOME'S総研の調査では、ウクライナ侵攻を契機とする資材価格の高騰および円安の影響で2023年1~5月の新築マンション平均価格は中央区で1億3,227万円(前年同期比+41.0%)、港区では3億6,038万円(同+6.1%)、江東区でも7,680万円(同+1.8%)の水準に急騰し、その価格上昇を受けて専有面積の広い住戸が多く相対的に安価とされる「晴海フラッグ」に申し込みが殺到して購入制限する事態となったことは記憶に新しい。さらには、主にファミリー層が湾岸エリアおよび都心周辺から郊外方面へ転居するという状況(テレワークの定着も背景にある)も発生しており、湾岸エリアに集積した人口が、主に生活面での負荷の大きさから再び郊外化する可能性も表れている。

約20年をかけて“都心に近い割に安価に物件購入可能”なイメージを醸成し人気を得た湾岸エリアは、ここ数年でその立ち位置が大きく変わったと言える。果たして、湾岸エリアに住むことの価値は今後も維持され、高まっていくのだろうか、それともタワーマンションの管理・修繕なども含めたコスト面の負荷の大きさによって徐々に住宅地としての注目が薄れていくのだろうか。湾岸エリアの今後について、マンション市場に詳しい有識者の意見を聞く。

今後10年間は、人口流入・増加が続く。良質な賃貸ストックの有無が街の将来を左右する ~岡本郁雄氏

<b>岡本 郁雄</b>:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ岡本 郁雄:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ

街は、新しい人が入ってくることで活性化する。これから子育てが始まる若いファミリー層ならその効果は大きい。新しい住宅が誕生し人口流入が進んだ東京の湾岸エリアは、その最たる例と言えるだろう。産業構造の変化で、工場跡地の転用で供給が増えたことも理由の一つだが共働き層の増加など社会構造が変化し需要が増加したことも大きい。

豊洲や勝どきなどの湾岸エリアの購入層の多くが、東京駅などの都心ビジネスエリアに勤務する共働きのサラリーマン層だ。2012年に、幼児期の学校教育・保育、地域の子ども・子育て支援を総合的に推進する子ども・子育て関連法案が成立。保育施設の整備が進み子育てをしながら働く女性の割合が大きく増加。子育て世帯の平均年収も大きく増加した。職住近接が実現できる首都圏湾岸エリアは、高年収の共働き層の注目度も高い。

また、晴海フラッグの板状棟の購入者に多くの買替え層がいるように、居住人口が増えることによって需要層に厚みが出てきている。2000年代に有明エリアなどで分譲された大規模マンションの中には、2LDKタイプも多くライフステージの変化からより広い住宅を求める家族も多い。こうした需要を、中古マンション価格の上昇が支えているのは言うまでもない。

また、都市再生特別措置法の施行を受けて活発化している再開発の動きも湾岸エリアの発展を後押しする。中央区の人口見通し(2023年1月)では、17万4千人台の人口は、2027年には20万人を突破し、2033年には21万人台になると予測されている。築地市場跡地という都心近接の広大な開発地があり街の発展余地は大きい。港区虎ノ門や中央区日本橋など大規模なオフィスの建設計画も相次ぐ。需要面、供給面の両面から見て注目度は今後も高いままだろう。

懸念点は、湾岸エリアに限ったことではないが10年先の人口減少時代に、街の活力が維持できるかどうか。2000年代に竣工した、東雲キャナルコートCODANや芝浦アイランドエアータワー・ブルームタワーといった魅力的な大規模賃貸住宅は、街の活性化に寄与した。良質な賃貸ストックの有無は、街を選ぶ際に確認したいポイントだ。また、マンション購入のメリットだった『都心近接なのにリーズナブル』であることも価格上昇で失われつつある。職住近接の実現で、時間のゆとりは持てるかもしれないが、お金のゆとりが持てるかは、資金力に左右される。都心エリアと同じ様に、湾岸エリアも富裕層が住むための街になりつつある。

湾岸エリアを避け、千代田区や文京区、台東区など寺社や商店街、美術館、公園など歴史と文化が継承され多様性がある街を選ぶ人も多い。高度成長期に造られたニュータウンのように同時に若返った街は、ライフステージの変化とともに高齢化する。街のコミュニティが育まれ多様な価値観を持つ若い家族がこれからも集まる場所になるかどうかが、湾岸エリアの未来を左右するのではなかろうか。

安定した資産性に注目。都心に近い住宅地として価値も流動性も高い状況が続くだろう ~ 伊藤陽平氏

首都圏の都心に近い湾岸エリアで、今現在、最も注目を集めているのは東京五輪・東京パラ五輪の選手村跡地に建つ、分譲対象合計4,145戸のマンションプロジェクト「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」だろう。7月には、その目玉となる2棟で合計1,455戸のタワーマンションが発売された。500戸を超える超大型分譲にもかかわらず、平均の抽選倍率は15倍を超えた。更に50階建てのうち上層では、最高額3億4,990万円の高額住戸が発売され、最高倍率142倍を記録した。物凄い人気が伝わる晴海フラッグだが、2019年8月に低層棟が最初に発売された際は、600戸の分譲に対して580戸しか登録が集まらなかった。当時は、割安感があるとはいわれていたが、駅から遠い晴海フラッグの注目度は今より高くなかったといえるだろう。

4年が過ぎ、コロナ禍で住宅への注目が集まり、マンションの資産性・居住性、そして新築分譲マンションでは駅に近い利便性まで兼ね備えた物件も多い。そんな時に、マンション価格が非常に高い中心部の港区や中央区を含みながら、勤め人でもマンションが買えるという感覚を持てることが「湾岸エリア」の強みだった。一例として中央区の人口の推移をみてみる。1953年に17万2,183人だったのが、1997年には7万2,090人にまで減少した。そんな状況から転換して主に2000年代以降は、下町で小さな建物が多かった地域の土地をまとめて、月島を始めとしたエリアでマンション開発などによるまちづくりが進み、25年を経た2022年には人口17万1,419人にまで回復してきた。日本全体は人口減少社会に突入している中、今後の「晴海フラッグ」の完成などを考慮すると、まだまだ人口増加が確実なエリアといえる。

湾岸エリアは、中央区のように2000年代以降にまちづくりが進んだエリアが多い。耐震基準は現在のものと同等で、高い省エネ性能を持つマンションは、新築やごく限られたリノベーション住戸しかないだろうが、省エネ等級4という従前の基準で高性能なマンションもあるだろう。もともと下町として商店が発達しているエリアも多く、更に新しくできた施設も多い。教育施設としても、たとえば保育園の待機児童の課題は中央区では改善が進み、23区の平均には近付きつつあるという。楽観的ではあるものの、国全体の人口減少の傾向に抗えるエリアとして投資が集まり、充実した街の姿を目指すための基礎を築こうという意思は窺える、くらいにみてよいと筆者は考えている。

街の価値・魅力というものは、魅力がある場所として投資が循環していくことで形成されていく。その点からいえば、湾岸エリアは都心からの距離が近いという絶対的な付加価値は揺るがない。また、昭和の頃とは違い、2000年代以降はハコを一度形成してしまえばよいという発想ではなく、「職」の機能や「遊」を過ごす商業施設など、加えて都心では希少な住宅もあるという考えのもと、もう少し丁寧に消費が続く場所づくりを想定した事業が続いている。たとえば東京都は、豊洲市場を含むエリアの整備や定期借地権を使った魅力ある複合施設の誘致などを続けている。湾岸エリアのオフィスは活況を呈しているとはいえないが、逆に10%を超える「がら空き」といった事情も窺えないし、賃料を下げると決まる事例は少なくないという。中古マンションの取引では、首都圏の郊外では価格が上がり過ぎてニーズが追い付かない変調も囁かれているのに対して、湾岸エリアを含む港区、中央区などは安定した資産性に着目され、値段も人気も上がり続けているようだ。仕事が時間・場所を選ばずできるような社会に近付いている傾向はあるが、反対に、絶対的な利便性がある場所ならば、相対的に高水準な不動産価格を形成し続けるという想定の方が受け入れやすいといえる。

湾岸エリアの不動産の人気を長期的に展望するならば、政治・経済の中心が国内で東京都心に集まっている間は、価格の上昇の持続や相対的に高水準の価格の維持、といったシナリオに妥当性があるだろう。インドネシアにおけるジャカルタからの首都機能の移転といった事態のような、酷暑の東京から冷涼な札幌へ政治・経済の拠点機能を移すといった発想が出てくれば、東京での希少な住宅地といった価値は減少するだろう。ただ、その可能性は極めて低い。今後も10年以上にわたって、都心に近い住宅地エリアとして価値も流動性も高い状況が続くことを、少なくとも現時点では想定している人間が多いだろう。



伊藤 陽平:株式会社不動産経済研究所 編集部門通信ユニット所属 「日刊不動産経済通信」記者。不動産仲介業に携わる企業や団体、不動産テック系の企業などを主に担当している。これまで、鉄道系・商社系などのデベロッパーに加え、マンション・デベロッパーや分譲マンション管理会社などを担当してきた

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