地域イノベーションを起こすことの難しさ

本稿は、清水千弘(2022),「高度不動産専門人材と地域未来創造」RETIO不動産政策研究(一般財団法人 不動産適正取引推進機構),第125巻,1-8.を加筆・修正したものである。
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今、人口減少と世界で最も早く高齢化が進むわが国においては、空き家問題や所有者不明土地問題に代表されるような不動産と地域に関わる多くの社会課題が出現してきている。空き家対策を巡っては、全国版空き家バンクなどが整備されたり、税制を含む法制度なども整備されたりしてきているが、依然としてその増加の勢いを止めることはできていない。また、空き家を取り壊し、更地に戻すようなことが進められたことで、都市の空洞化が目に見えて進み、そのことが一層の都市の空洞化をすすめるといった悪循環も生まれつつある。

都市の空洞化が目に見えて進むことで、一層の都市の空洞化をすすめるといった悪循環も(画像はイメージ)都市の空洞化が目に見えて進むことで、一層の都市の空洞化をすすめるといった悪循環も(画像はイメージ)

これらの問題を解決していくためには、単なる空き家問題や所有者不明土地問題といった単体の問題解決だけでなく、地域において新しい価値創造をしていくことを通じて、地域ごとで発生している問題を解決するだけでなく、未来を創造していくような地域イノベーションを起こすことが要求される。

そのような地域イノベーションを起こすことは極めて困難であるが、人類が綿々と蓄積してきた知識や技能をもって解決していくことは可能であるのではないか。
不動産を取り巻く地域課題を解決していくことが難しいのは、それぞれの地域には、それぞれが大切にしてきたものや伝統や文化があるためである。古くは、トルストイが言ったように、そこに住む方々のそれぞれの幸福があり、そしてそれぞれに特有の不幸、課題がある。そのため、画一的な政策によって対処していくということは難しく、それぞれの地域の中にある不幸を打ち消す処方箋、共通解を導き出すことは、とても難しいといえよう。

このように、多くの地域で発生している空き家問題などに対応していくことが要請される中で、不動産専門人材に対する期待は高まってきているものと考える。不動産専門人材、とりわけ中小事業者の宅地建物取引士は、地域社会に密着して業を営む方が大半である。地域ごとの特性を理解し、それぞれの課題・不幸を把握し、そして宅地建物取引士試験といった国家試験に合格し、広い不動産に関わる専門知識を有する。

ここでは、地方創生をすすめることができる新しい不動産専門人材の像を考えてみたい。

都市の空洞化が目に見えて進むことで、一層の都市の空洞化をすすめるといった悪循環も(画像はイメージ)宅地建物取引士は不動産の専門知識を有する(画像はイメージ)

住宅連鎖の促進は、宅地建物取引士の社会的価値

不動産市場には、「情報の非対称性」が存在しているために、とりわけ買い手にとっては不利な市場になっているといわれる。一般に、不動産市場に潜む「情報の非対称性」問題といった時には、不動産の品質に関する情報の欠如を連想することが多い。そのために、履歴情報の整備の重要性が指摘されたり、重要事項説明書に内包すべき情報の充実が求められたりしてきた。

不動産取引活動は、一般に不動産の所有者である売り手が売却希望を持ち、不動産仲介会社に売却依頼を出すところから始まる。売り側の仲介会社は、売り手からの申告と物件調査によって、不動産の品質を見極めた上で初期の売却可能価格を設定する。

不動産市場が厚い(thick)都市部などでは、この価格は、売り手にとっての最高売り希望価格であり、取引価格からは上方にかい離することが一般的である。また、初期に設定した価格は長い時間売れ残らない限り、売り手はなかなか変更しないことが知られている。そしてその初期価格が成約確率に影響を与え、一方、高い価格で売却したいという意向の下で長期間にわたり売れ残ってしまった不動産は、そのこと自体のスティグマによって均衡価格より成約価格が低くなってしまったり、市場滞留時間も均衡時間より長くなってしまったりする外部性がもたらされてしまうことが知られている。つまり、「売れ残り物件」というレッテルが張られてしまうためである。そのため、売却戦略は極めて重要であり、不動産専門人材が介在する意義は大きい。

一方、買い手は、それぞれの欲求をできる限り満たすように、予算制約のもとでのトレードオフを行う。例えば、住宅を購入したいと考えている家計においては、大きく地域選択と住宅属性選択を予算制約の中で最適化しようと行動する。地域選択は、通勤地または通学地までの距離などの立地、教育サービスの水準、商業集積や自然環境などのアメニティ、災害に対する耐性、犯罪などのリスク要因などを考慮している。

住宅属性選択とは、広さや間取り、オートロックの有無や床暖房の有無、水回りなどの品質といった住宅そのものの性能の集合体に対する選択である。一見外観だけでは判断がつかないことが多く、購入後に雨漏れがあったり、設計書通りに建築がなされていなかったり(欠陥住宅等)といった問題が報告されている。このような住宅の品質にかかわる情報は入居後に極めて深刻な問題へと発展する可能性が高いことから、物件調査(インスペクション)を通じて、品質にかかわる情報を明らかにしていこうとする制度も整備された。

売り手は最も高い価格で売りたいと考え、買い手はそれぞれの欲求をできる限り満たすように、予算制約のもとでのトレードオフを行う(画像はイメージ)売り手は最も高い価格で売りたいと考え、買い手はそれぞれの欲求をできる限り満たすように、予算制約のもとでのトレードオフを行う(画像はイメージ)

住宅取引を例として、宅地建物取引士の社会的価値を考えると、住宅連鎖を促進していくことを通じて、住宅の社会的価値を維持し、地域の価値向上に寄与しているともいえる。住宅の売り手が売却し、買い手を見つけるという連鎖行為を円滑に進めることで、空き家になる機会の芽を摘み、所有者不明土地を発生させないように作用している。このような流通過程では、とりわけリノベーションなどが行われ、住宅の価値が向上することが多い。住宅の価値改善は、社会としての資産価値が向上すること、または地域の価値にも貢献することにつながる。

しかし、このような住宅連鎖が途切れたときには、空き家が増殖し、所有者不明土地なども発生しやすい土壌を生み出してしまう。
ここで重要になるのが、住宅連鎖が途切れてしまう原因である。住宅連鎖が途切れる最も大きな理由の一つには、市場参加者が減少し、市場が薄く(thin)なっていくことである。人口減少等を通じて住宅が立地する地域全体で住宅需要が低下してしまえば、新しい買い手を見つけることが困難となる。

売り手は最も高い価格で売りたいと考え、買い手はそれぞれの欲求をできる限り満たすように、予算制約のもとでのトレードオフを行う(画像はイメージ)住宅連鎖が途切れたときには、空き家が増殖する(画像はイメージ)

空き家の増殖を止めるには、新しいテクノロジーの活用が求められる

少子高齢化の進展や人口減少下で住宅市場が縮退していく中では、従来のような宅地建物取引士が果たしてきた仲介機能だけでは、住宅連鎖を再生させることは困難な地域が多くなってきている。また、宅地建物取引士そのものがいなくなっていくような地域も増加してきている。このような問題を解消していくためには、新しいテクノロジーの活用や地域への介在価値の創造の方法や手段を開発していかなければならない。その中には、政策変更を通じた制度インフラの整備・開発も含まれる。

まず市場機能を発揮させるためには、住宅連鎖の中に潜む非効率性を解消していくための、さまざまなレベルでの情報整備と開示を進めていかなければならない。
まず、売り手にとっては、売却可能価格を適正に決定する、また売れ残った場合には、時間差なく売却希望価格を変更していくことが可能な微視的な住宅価格情報の整備と開示が重要である。さらに、買い手にとっては住宅の価格情報と併せて、住宅属性品質に関する情報が必要とされる。買い手は、購入後においてその住宅を利用するためである。
このような情報生産は、すでにAIなどを活用することで、適正な価格や家賃、またはリフォーム費用なども算出することが可能となっており、人間が介在する余地は小さくなってきている。

地域選択情報の整備において、将来の住宅から受ける効用を低下させてしまう可能性がある負の情報の生産と開示が優先される。ハザード情報などがここに含まれる。また、品質情報もまた厳格な意味での情報が生産されなければならない。躯体の強度や雨漏れの恐れ、耐震性など、将来において住宅を通じてもたらされる効用を引き下げてしまう可能性が高い情報は、要請する消費者には高い精度・正確度のもとで情報を生産しなければならない。このような地域情報もまた、空間情報が整備されてきていることで、費用を大きく低下させることに成功してきている。

そうすると、衰退が著しい地域での住宅流通をすすめ、空き家の増殖を低下させようとしたときには、まず、人間と新しい技術(AIなど)との分業を積極的に進めていくことが必要であろう。また、住宅連鎖の中で必要とされる情報またはその精度・正確度は、情報を必要としている主体や段階ごとに変化していく。情報の提供には責任を伴うために、情報を誰の責任のもとで誰の負担によって生産するのかといったことが重要となる。

その生産をするための費用と情報にアクセスするための費用は、政策的にはできる限り低くしていかなければならない。例えば、登記簿情報などでは無料でもよいのかもしれない。それは、住宅流通全体の社会的な費用を含む総費用を低下させるという視点を忘れてはいけないことを意味する。そのような課題には、不動産IDの整備などもまた、大きく期待されるところである。

人間と新しい技術(AIなど)との分業を積極的に進めていくことが必要となる(画像はイメージ)人間と新しい技術(AIなど)との分業を積極的に進めていくことが必要となる(画像はイメージ)

中古住宅をも含む住宅への投資は、住宅という情報の塊に投資をしているということを考えれば、さまざまなレベルでの情報を生産していくことが重要なのである。その情報を流通させていくことで住宅連鎖が起こり、地域の衰退を抑制し、その価値を高めていくという効果も期待されるところである。そのような価値を高め、流通させるための費用を低下させるためには、新しいテクノロジーを積極的に活用していくことが要求されるのである。

地域の未来に必要な高度不動産人材とは

社会の厚生水準を高めるように、または社会課題の解決に、「テクノロジー」の進化は大きな貢献をしてきた。ここでいう「テクノロジー」とは、さまざまな技術の総称である。テクノロジーとは、近年に成長著しい、「AI・人工知能」や「機械学習」といったものだけをいうのではなく、人間が開発してきたすべての科学技術から伝統技術までもが含まれる。
そのように考えると、地域の価値を創造し、空き家の増殖する速度を低下させたり、新しい価値を創造したりするためには、あらゆる技術を投入した形で地域の未来を創造していくことが要求されている。人材育成が重要となるのである。

この四半世紀をかけて、不動産市場においてもビッグデータの蓄積が行われてきたことで、また機械学習と呼ばれる新しいデータ解析技術と伝統的な統計分析技術の発達も重なることで、そこで開発されてきたさまざまなシステムが、社会に浸透してきている。
「テクノロジー」と言ってしまうと、AIやバイオなどの「先端技術」を連想してしまうが、社会に新しい価値を生み出してきた技術は、先端技術だけではない。都市計画技術、まちづくり技術、リノベーション技術、合意形成技術等々といったさまざまな技術である。不動産市場の再生、または地域未来創造において、多様なテクノロジーが用意されており、さらに、今後もさまざまな技術開発が進められていくものと考える。

高度不動産専門人材の育成が求められる(画像はイメージ)高度不動産専門人材の育成が求められる(画像はイメージ)

しかし、そのような技術を習得していくためには、学修が必要である。さらに、社会として教育システムを確立していかなければならない。そして、縮退していく社会においては、とりわけ高度不動産専門人材を育成していくことが求められている。
新しいテクノロジーの開発と高度専門人材の育成において最も大切なドライバーは、「共感」である。社会において発生している課題に強く共感できるほどに、新しいテクノロジーが開発され、そして、専門人材は成長していくことができる。社会課題に共感し、高い志を持つことで、学び成長し、そして実践する力を身につけることができる。

筆者らは、高い志を持つ専門人材を育成していくために、「一般社団法人 地域未来創造大学校 次世代まちづくりスクール」(https://hello-renovation.jp/machi-school)を設立している。地域の未来を創造していくドライバーは、一部のスーパースターではなく、地域の中にいる多くの志の高い人材たちが知識と技能を身につけながら、生き生きと活躍できる土壌を作っていくことが重要なのである。

不動産と地域に関わる多くの社会課題を解決していくためには、単なる空き家問題や所有者不明土地問題といった単体の問題解決だけでなく、未来を創造していくような地域イノベーションを起こすことが要求される。地域の中の志の高い人材が生き生きと活躍できる土壌を作っていくことが重要だ(画像はイメージ)

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