幸せは、何によって決まるのか
本稿は、CSIS Discussion Paper (The University of Tokyo) No.175「地域の魅力の測定方法とその課題-Walkability Index・再考-」(清水千弘、2022年)を加筆・要約したものである。
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古くから地域の魅力の数値化をめぐっては、都道府県別の「魅力度ランキング」、「住みたい街ランキング」、「住み心地のよい街ランキング」、「住み続けたい街ランキング」といったさまざまなランキング指標が公表され、話題を呼ぶとともに物議を醸している。魅力がある地域とか、住みたい街というと、そこに住むと幸せになれる憧れの場所といった印象を持つが、その数値化やランキングの算出方法というのは、どれくらい信じてよいものであろうか。
地域ごとの魅力を数値化したり、ランキング化したりするということは、その場所において、その地域の居住者が感じる満足度、または幸福度がどの程度であるのかということを測定することになる。すべての地域に関する情報が完備されており、市場が完全であれば、そして移動費用がゼロで自由に参入と退出が可能であれば、家計は、それぞれの予算制約に応じて最適な場所へと収束していくはずである。
しかし、地域に関する情報は完全ではなく、住むということは、地域・街の選択と合わせて「住宅」の選択を同時に行う必要があることから、家計にとって最適な地域・住宅と、それぞれの家計の現状との間にミスマッチが発生してしまう。そして、その乖離を埋めるように、住み替えといった形で調整が行われている。
それでは、街を選ぶときに家計はどのような選択行動をしているのであろうか。その選択基準を考えたときに、多くの視点を与えてくれるのが、効用最大化条件を考える消費者行動理論となる。
私たちは、必ず何かを消費して幸せを実感する。おいしいものを食べたとき、美しい風景を眺めたとき、心地よい服を着たとき、暑さや寒さ、危険から身を守るために家サービスを消費したとき、わくわくするような街を歩いたとき、などである。これは、財・サービスの消費と合わせて、「時間」を消費していると考えてよい。この時間の消費はサービスの消費に含まれるが、ここではあえて、美しい風景などを眺めたとき(時間)の幸福を、「時間」の消費として定義しておこう。
とりわけ私たちが幸福と感じる時間は、「余暇時間」である。その時間を使った家族との食事やカフェでの語らい、ショッピング、映画などの鑑賞、旅行といったサービスを消費した時である。一方で、消費活動の反対側には、生産活動が存在し、それに対応した時間が「労働時間」である。家計が財やサービスの消費を行うためには、企業がその生産を行う必要がある。生産活動においては、家計は、労働・土地・資本を企業に提供し、その対価として賃金・配当・地代を得る。そして、そこで得た金銭を用いて、財やサービスを購入・消費することが可能となる。そのため、居住地の選択においては、労働の場所と消費の場所の二つの選択から最適解を探さないといけないのである。
幸せな街とはどのような街か
ここでは、時間について考えてみよう。つまり、「余暇(Leisure)=遊び」と、「効用=幸せ」と空間との関係について考える。余暇の時間が苦痛という人は少ないであろう。一方で、労働の時間が楽しいという人もいれば、苦痛という人もいる。楽しいときもあれば、苦痛のときもあるといったほうがよいかもしれない。ここでは、余暇の時間だけに限定し、空間との関係を考えてみよう。
余暇の楽しみ方にはいろいろとあるが、その楽しむ場所は、家という空間にとどまる場合もあれば、街という空間へと広がることもある。いずれの場合においても、拘束力がない形で、自分の意志で余暇の時間と場所を選ぶことはできる。しかし、家という空間においても、街という空間においても、その時間を過ごすための「質」は場所によって大きく異なることになる。
それでは、「街」を消費空間としてとらえたときに、その評価はどのように行うことができるのであろうか。以下、「余暇時間」と「遊ぶ時間」を同義として捉えていくが、「遊ぶ時間」を消費するための場所として「街」を見たときに、最も満足度を得ることができる街とは、どのような街なのかということになる。その満足度の大きさは、広い意味での幸福となるが、街の魅力となって暗黙のうちに、私たちの記憶の中に刻まれ、そして住宅選択などにも影響を与えているはずである。
それでは、「遊ぶ」といった意味で魅力的な街とはどのような街なのであろうか。ここでは、街の魅力の計測、または指標というものに注目してみたい。その指標のスコアが高いところほど、「遊ぶ」ことから得られる幸福度が高いと考えることができるためである。
このように考えると、幸福な街とは、一人一人が多様な財・サービス・時間をできるだけたくさん消費することが可能な場所ということになる。金銭的な対価を伴う財・サービスの消費においては、予算制約に基づき消費が最大化できるような価格水準が重要となり、その価格によって数量が決定されてしまう。予算制約が厳しい個人が物価水準の高い地域に住んでしまうと、数量が限定されてしまう。一方、予算制約が緩い高所得世帯にとっては、物価水準以上に、財・サービスの多様性や質の高さが重要になる。
また、時間に注目すれば、海が好きな個人にとっては海までの近接性が消費できる時間の量を決定する。家族との時間が大切な個人にとっては、家族または両親や子どもたちとの物理的な距離が時間の量を決定する。友人や近親者が多い生まれ育った街が、最も魅力的な場所になることもある。
ここで改めて、街の魅力指標に関する研究と実践に注目してみよう。国内外において、都市または街を評価するさまざまな指標が開発され、公表されている。しかし、その測定方法を見ると、手法においては確立されたものがあるわけでもなく、その背後にある理論に至っては、まだまだ発展の途上にあるといえよう。しばしばマスメディアに登場してくる「住みたい街ランキング」や「住み心地ランキング」、「住み続けたい街ランキング」など、さまざまな指標が公表されているが、そこには、今後の解明が求められる興味深い研究課題が多く存在していることは、一連の議論からも理解できるであろう。
幸せな街の、4つの要件
余暇時間(Leisure)を楽しむことができる潜在的な力を持った街、つまりアメニティが集積している街に住むことができたら、私たちは幸せになれるのであろうか。例えば、筆者らはアメニティの集積に注目して「Walkability Index」を開発しているが、そのスコアが高い街に住んでいる人は皆、幸せなのであろうか。答えは、「No」であろう。遊ぶ機会が多く備わっている街に住んでいても、それを消費する「時間」がないときには、その消費機会から幸福を得ることはできない。むしろ、ストレスを感じるかもしれない。周辺に遊ぶ機会が豊富にあるにもかかわらず、十分に消費するための時間を作り出すことができない中で、労働時間に占有されてしまうためである。
地域の魅力の測定においてとりわけ重要になるのが、家計が幸福を感じる「遊ぶ時間=余暇時間」である。経済モデルでは、個人は効用を最大化するように「持ち時間」を「労働時間」と「余暇時間」に配分し、その最適化を通じて効用最大化を行う。私たちの持ち時間の中で、労働は不効用をもたらすが、その対価として賃金を得ることができ、その賃金を使って余暇時間を過ごし、その消費から個人は効用を得ると考える。
世帯の効用最大化問題を考えるにあたり、次の4つの要素を設定する。1つ目は家計が消費する「余暇時間」による「レジャー型サービスの量」である。家計による、この時間消費が長くなるほどに、アメニティの消費が促進され、「幸福度」、つまり「効用」は高まると考える。そして、2つ目は自らが家庭内で行う家事などの生産活動、またはそれを市場で調達する家計内でのサービスの生産活動の量、3つ目は家事などに費やす家庭内での労働時間、4つ目は企業など外部市場での労働時間量である。家計は、これら4つの要素に対する選好を持っていると考え、効用関数を設定することができる。
余暇サービスは、どのようなサービスを購入するのか、そして、どれくらいの時間を利用することができるのかによって、消費量が決定される。家庭内での家事労働などのサービスは、労働力と所要時間との間で決定される生産関数によって決定され、家事労働として費やした時間量、さらには、その労働力を調達したときの外部の労働者の時間量によって決定される。
そうすると、それぞれの個人にとっての幸せな街は、次の要件を満たす必要がある。
第一が、アメニティを消費するための時間を余暇時間、つまり労働時間以外の時間としてとらえたときに、どれだけ労働時間を節約することができるのかという点が重要となる。第二が、財・サービスの消費可能性の相違。例えば、家庭内の清掃や食事作りなどを市場から購入したいとしても、郊外や地方部では市場で調達できないことがある。その場合には、余暇時間を創出しづらくなってしまう。第三が、健康維持をするためのジム・スポーツ施設などの健康サービスの消費、オペラなどの観劇やスポーツ観戦といった都市型レジャーの消費、美術館・図書館などの文化的消費をしようとしたときのアクセスの容易さ。そして、第四が、市場で取引されない非市場財の消費の接近性である。美しい街並み・風景、歴史的な遺産の有無、または、血縁関係、友人を含む隣人関係の有無も、それぞれの個人にとっての地域の魅力を創出する要素となる。
幸福な場所とは、幸福な時間を消費することができる空間であり、その空間は、人それぞれの価値観や生まれた場所、育った場所、人間関係を形成してきた場所などによって大きく左右されてしまうのである。
人それぞれのランキングがあってもよい
一概に、住みたい街、住み続けたい街、住み心地の良い街といっても、個人が置かれている環境によって大きく変化してしまうことは、一連の議論からも理解できたであろう。労働時間に拘束されて、余暇時間を楽しむことができない家計にとっては、「労働時間の節約可能性」の高い地域が魅力的な地域となる。もちろんその中には「通勤時間」も含まれる。
さらに、「多様な財・サービスの消費可能性」の相違は、地域に住む家計の幸福度を大きく変化させてしまう。また労働時間の節約可能性と類似した概念であるが、「余暇時間の創出可能性」も需要になる。
都道府県別の「魅力度ランキング」、「住みたい街ランキング」、「住み心地のよい街ランキング」、「住み続けたい街ランキング」といったさまざまなランキング指標が公開されているが、測定したい対象だけ平均値や指数の作成方法があるように、個人のそれぞれの中で大切にしているものが異なる以上、人それぞれのランキングがあってもよいということになる。
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