時間外労働の上限規制の5年猶予が2024年3月末で終了
2023年に入ってにわかに取りざたされ始めた建設業の2024年問題。
これは現段階でも労働力不足や就労者の高齢化が懸念されている建設業界において、「働き方改革関連法」に則って労働条件の見直しなどを行えばさらに労働力不足が顕在化し、住宅、オフィス、商業施設などあらゆる建築物の建設工事が遅れることによって経済・産業に大きな影響が出る可能性を示唆した言葉だ。この建設業における2024年問題の根拠となるのは、2019年4月に施行された「働き方改革関連法」にある。同法は「労働基準法」や「雇用対策法」「労働契約法」など、労働に関連する8つの法律を対象として労働環境や労働条件をアップデートするための法律で、その内容は多岐にわたるが、重要なポイントとなるのは以下の3点となる。
最大のポイントは、時間外労働の上限規制で、これはこの法律が適用されれば残業時間の上限は、原則として月45時間・年360時間となり、“臨時的な特別の事情”がなければこれを超えることはできなくなる(月45時間を超えることができるのは年間6ヶ月)。また、“臨時的な特別の事情”があっても、年720時間かつ複数月平均80時間(休日労働を含む)かつ月100時間(休日労働を含む)を超えることは許されないし、超過した場合は労働基準法違反により罰則の対象ともなる。
2つめのポイントは、年次有給休暇の取得義務化だ。すべての企業において、年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対して、使用者が時季を指定して最低でも年5日取得させることが必要となった。これまで有給休暇は労働者が申請して初めて取得できる方式であったため、この法律によって最低でも年5日は有給休暇を取得させる義務を使用者(企業)に課したことになる。
3つめのポイントは、雇用形態に関わらない公正な待遇の確保で、一般に“同一労働同一賃金”という言葉で知られている。具体的には、同一企業内において正規雇用労働者とパートタイムや有期雇用、派遣などの非正規雇用労働者との間で、基本給や賞与などの個々の待遇ごとに不合理な待遇差を設けることが禁止された。
建設業界は現状を鑑みて猶予期間が設けられたが…
労働環境や労働条件に関する大きな変革が為されたことは、労働における不平等や不均衡の解消、長時間労働の規制および休暇の確保による労働力の適正な維持・管理を実施する上でとても重要なことであり、労働者の権利や労働条件が法律によって改善・拡充されたことは大いに歓迎すべきである。
しかし、いくつかの産業界については、その実情を見るに、法律の求める水準に現状を改善するには相応の時間を要する業界があることも事実であり、その1つが建設業界というわけだ(他にはトラック、タクシーなど自動車運転業務と医師、それに鹿児島県および沖縄県の砂糖製造業がこれに該当している)。これらの業界に関しては、特例的にその相応の時間=法律の施行日を2024年4月1日に延期し、5年の猶予を設けたのだが、残念なことに建設業界での対応・対策は遅々として進まなかった。“体質改善”が遅れるが故に「働き方改革関連法」が適用となる2024年4月以降は、建築現場での労働力が圧倒的に不足することが現段階から高い確度で想定され、多くの建設工事が中断・延期に追い込まれたり、また着工すらできなくなる可能性が取りざたされていることをもって“建設業の2024年問題”と称されるようになった。
現状:労働力不足による長時間労働、後継者不足による高齢化… 課題山積の状態
建設業界は、慢性的な労働力不足によって長時間労働と休日労働が常態化しており、その労働力不足を海外からの労働力に頼るケースも年々漸増しているが、コロナ禍の長期化によって海外の労働力も十分に得られない状況が続いており、時間外労働の規制や年次有給休暇の取得については対応が困難な状態にある。
2021年時点の統計によると、建設業に従事するのは全就業者数6,713万人のうち約7.2%にあたる485万人だが、2002年の618万人から20年で2割以上(21.5%)も減少している。また2021年時点で29歳以下の若年労働力は58.2万人(12.0%)なのに対して、55歳以上の労働力は171.2万人(35.3%)と若年労働力の約3倍といういびつな年齢構成になっており、慢性的な労働力不足と高齢化が進んでいる。このため、建設業の生産体制を将来に渡って維持するには、当然のことながら、若年者の入職促進と定着、および円滑な世代交代が欠かせない条件となる。
また、建設業の就労者の年間平均労働時間は2,032時間で、製造業の1,908時間、調査産業の1,709時間よりもそれぞれ124時間、323時間も長く、年間の出勤日数も建設業が244日に対して製造業226日、調査産業212日とそれぞれ18日、32日多くなっている。これは多くの建設現場で週休2日制が定着していないことが原因とされるが、週休2日制を導入すれば工期の遅れは否めず、想定を超える大幅な遅れは契約上ペナルティの対象となるから、企業収益を圧迫し、結果的に就労者の所得も圧迫することにつながってしまう。つまり、これら建設業界の構造的な問題が解決されない限り、労働環境の改善は極めて困難と言わざるを得ない。
課題解決に向けての処方箋1. 長時間労働の是正
国土交通省が公表している「建設業における働き方改革」の資料によれば、建設工事全体の64.0%が4週4休以下で就業しており、週休2日制(4週8休)を導入している企業は5.8%と極めて少ない。2024年4月から適用される「働き方改革関連法」を遵守するためには、週休2日制の導入や建設現場の休日拡大を推進するなど、何が何でも長時間労働の常態化を是正する必要があるのは自明の理ではあるのだが、現実問題として就業時間の減少は工期遅れを招く要因となるため、如何にして建設工事の発注者の意向を踏まえて適正な工期設定を実施するか、またその工期設定を発注者に了承してもらうかがポイントになる。ただし、当然のことながら工期の長期化はコストの上昇を招く可能性があり、例えば住宅価格に反映されることになれば、現状の資材価格の上昇に加えて更なる物件価格上昇要因になりかねず、市場価格の推移にも影響を与えることになるだろう。
課題解決に向けての処方箋2. 適正な給与体系の確立・社会保険加入の徹底
建設業界は以前から「きつい」「危険」「汚い」の3K業種といわれ、さらに健康保険や厚生年金保険などの未加入も多く、法定福利費を適正に負担しない企業が少なくないとの指摘が為されている。就業者の高齢化が進み、若年層の入職者が減少傾向にある建設業において、各企業が「働き方改革関連法」を遵守できるようにするには、人材確保が必須条件だ。そのためには、技能・経験を十分に汲んだ給与体系の確立、および社会保険への加入を最低基準に据えるなど、労働環境の抜本的な変革が必要となる。少なくとも各産業界で既に大前提となっている社会保険への加入は、今すぐできる対策として取り組む必要がある。
課題解決に向けての処方箋3. ICT積極活用など、生産性の向上
「働き方改革関連法」が適用される2024年4月以降の懸念材料は、就業時間の減少による労働生産性の低下であることは疑いの余地がない。生産年齢人口の減少と人材不足の解消に向けて、長時間労働の是正や時間外労働の規制を強めれば、同法適用以前の生産性を確保するのは極めて困難だからだ。労働生産性を維持し更に高めるには、例えばICTの活用によるDX化の推進が挙げられる(国交省はi-Constructionと表現している)。
労働効率を高め、機材と資材の効率的な活用にも取り組むためには、事業活動のデジタル化を推進する企業および組織にヴァージョンアップする必要があるし、何よりそういった企業文化を今後醸成していかなければならない。ICTの導入およびDX化には一定の時間とコストを要するから、2024年4月に向けて今すぐ着手するべきだろう。
課題解決に向けての処方箋4. 建設キャリアアップシステムの積極的活用
建設キャリアアップシステム(CCUS)は、建設業への就労者情報を一括管理するシステムで、国土交通省の資料によれば、「技能者の資格、社会保険加入状況、現場の就業履歴等を業界横断的に登録・蓄積する仕組み」である。特に若年層就労者について、技能に応じた給与や待遇を確保し、ステップアップを促す目的があるとのことだが、より現実的な課題としては、建設業の年齢別賃金(賃金カーブ)のピークは製造業全体より早い40歳前後であることが挙げられる。つまり、生産性に表れない管理能力や後進の指導など経験に裏付けられたスキルや現場でのコツが、評価に適切に反映されていない状態を打開するためにも、このシステムの活用が求められる。
また、一般に建設技能者は異なる事業者の現場で都度経験を積んでいくため、その能力が統一的に評価される業界横断的な仕組みがこれまで存在せず、スキルアップが処遇の向上につながっていかない構造的な課題があった。今後はこの建設キャリアアップシステムに蓄積された情報によって各技能者の評価が適切に行われ、処遇の改善に結びつけること、さらには人材育成に努め優秀な技能者をかかえる事業者の施工能力が見えるようになれば、課題解決につながることにもなる。
ここに記した通り、“建設業の2024年問題”は、建設業界が抱える構造的な課題と不可分の関係にあり、その解決・解消に向けての方策は、いくつかを除いてどれも一朝一夕には成し得ないものばかりだ。
「働き方改革関連法」が建設業界にも適用されるまでわずかな期間しか残されていないという事実に鑑みて、監督官庁である国土交通省の指導の下に、長時間労働の解消や若年層就労者の入植促進を実現するだけでなく、併せて工事の発注者となるマンションデベロッパーやハウスメーカー、ビル会社ほか多くの企業にも理解を求めることが何より重要なプロセスとなる。
また、働き方改革実現会議が定めた実行計画には「(2024年4月の)施行に向けて、発注者の理解と協力も得ながら、労働時間の段階的な短縮に向けた取組を強力に推進する」と明記されている通り、2024年4月1日に同法が適用されても建設業の労働生産性が低下しないよう、建設業に支えられ、そして建設業を支えてもいる不動産・住宅業界、オフィス・物流・運輸業界、そして金融業界などが連携してこの問題の解決に取り組まなければならない。
もはや待ったなしの状況にあることを強く認識し、他人事ではなく自分事として対応することが求められている。
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