LIFULL HOME'S マーケットレポートデータの背景を分析
日本最大級の不動産ポータルサイトであるLIFULL HOME'Sでは、毎日膨大な量の掲載物件に関する価格や賃料のデータ、物件の面積や最寄り駅までの所要時間に関するデータ、間取りや設備に関するデータなどを収集し処理している。その膨大な量のデータから、4半期ごとに主に中古マンションと中古一戸建ての価格推移、および賃貸物件の賃料推移(アパートとマンションの総計)について「LIFULL HOME'S マーケットレポート」でデータ公表しているが、半年単位で推移の背景にあるものと併せて分析し公表することとした。
今回は2022年の第2および第3四半期(4~9月期)の賃貸市場の動向について、エリアごとの平均賃料を集計した“市場賃料”と、ユーザーが掲載物件を見て問合せた(反響があった)物件の平均賃料を集計した“反響賃料”を各々比較しながら、特にユーザーの意向・意思ともいえる“反響賃料”との乖離を追うことにする。
《LIFULL HOME'S マーケットレポートは以下よりご覧いただけます》
▽2022年7~9月期
【賃貸 首都圏版】東京都心で下落した掲載賃料は依然回復せず
【賃貸 近畿圏版】掲載賃料が続伸。前年を上回る
【賃貸 愛知・札仙広福版】札幌市と福岡市で反響賃料が前年を上回る
▽2022年4~6月期
【賃貸 首都圏版】掲載賃料は上昇傾向だが、都心部では依然前年を下回る
【賃貸 近畿圏版】反響賃料の上昇幅以上に、反響専有面積が上昇傾向
【賃貸 愛知・札仙広福版】札幌市の反響賃料が上昇
《データについて》
今回分析しているデータは、すべて株式会社LIFULLが運営する不動産ポータルサイト「LIFULL HOME’S」に掲載された物件の賃料を使用。掲載されている物件数は膨大であるため、毎日掲載される物件(同一物件が重複する場合は代表物件のみ)の賃料を平均し、さらにその数値を月次で平均したものを使用している。
集計エリア:首都圏(東京都/神奈川県/千葉県/埼玉県)の各エリア
近畿圏(大阪府/兵庫県/京都府/滋賀県/奈良県/和歌山県)の各エリア
愛知県、札幌市、仙台市、広島市、福岡市
東京都心6区(千代田区/中央区/港区/新宿区/文京区/渋谷区)
大阪中心6区(中央区/北区/天王寺区/西区/福島区/浪速区)
集計条件 :賃貸マンション・アパート
特記事項 :賃料1万円未満および250万円超を除外、専有面積5m2未満および300m2超を除外(平均値を採用するにあたり、実際の賃料の分布から各々物件数が極端に減少する賃料帯以上を除外した)
集計期間 :2021年4月~2022年9月の月次単位(対前年比較のため)
東京都の市場賃料は弱含みに推移。周辺3県は安定
東京都の市場賃料は、2022年4月に9万1,683円を記録していたが、9月には9万42円と-1.8%ながら弱含みに推移している。対前年比では4月が-2.9%、9月も-1.0%であることから市場賃料は緩やかな下落傾向にあることがわかる。直近のピークは2021年4月の9万4,376円なので、1年半でー4.6%、金額にして4,300円ほどの下落となっており、コロナ禍およびテレワークの定着による賃貸ニーズの郊外化の影響が明らかだ。ニーズの郊外化に伴って賃料水準の高い都心の賃料相場も弱含みに推移しており(後述)、コロナを契機とした住み方に関する大きな変化が起きていることを窺わせる状況にある。
同じく東京都の反響賃料は、4月の9万9,847円から9月には9万9,710円とー0.1%で横ばいとなっていて、賃貸ユーザーの減少傾向に関わらず反響賃料には大きな変化がない。これは都内に居住する上で前提となる生活および交通の利便性を確保しようとすると、やや賃料水準が上振れるためだ。賃料と利便性とはトレードオフの関係にあるから、駅に近く買い物にも移動にも便利な物件の賃料は掲載されている賃貸物件の中では1万円ほど高くなっているということになる。
対照的に神奈川県、千葉県、埼玉県の“周辺3県”では市場賃料がこの半年間で横ばい推移もしくはわずかに上昇している。神奈川県では4月の6万6,168円から9月には6万6,375円、埼玉県では同じく5万9,171円から6万0,301円へ、千葉県でも同じく6万1,546円から6万2,840円へと各々0.3%~2.1%程度の上昇を記録している。つまり、東京都での賃貸ニーズがやや減退している代わりに周辺3県でのニーズがごくわずかに強含んでいることを示している。端的に言えば、東京都内から転出した賃貸ユーザーの移転先は周辺3県にとどまっており、首都圏全体からは大きな人口流出は発生していないという証左としてみることができる。この間の反響賃料の推移を見ても、神奈川県で4月の7万8,433円から9月は7万9,081円へ、埼玉県では6万8,759円から6万9,416円へ、千葉県では6万9,905円から6万8,886円へとおおむね安定推移しており、賃貸ニーズが急激に拡大もしくは縮小せずに安定していることを示している。
東京都心部では賃料推移が明確な弱含み傾向示す
首都圏での地域フェーズをやや縮小して、コロナ禍の影響を最も受けていると考えられる東京23区および都心6区の賃料推移を見てみると、東京23区平均の市場賃料は2022年4月の9万9,466円から9月には9万7,370円へとー2.1%、金額にして2,096円の下落となった。半年で約2,000円の下落は明らかに都内の賃貸市場での借り手不足が進んでいることを示しており、10月以降コロナ感染が再び拡大してテレワークの実施率が上昇した場合、および円安などの影響を受けて消費者物価指数がさらに上昇した場合は、より賃料水準の安価な都内以外のエリアへのニーズの“流出”が発生する可能性がある。
ただし、この間の反響賃料を確認すると、4月は10万5,514円で9月は10万5,806円とほぼ変わっておらず、0.3%の上昇を記録している。つまり、東京23区においては、賃貸ユーザーの減少傾向が見られるためそれが市場賃料に影響しているものの、実際に借り手がつきそうな物件の賃料にまでは影響していない状況にある。今後、賃貸ユーザーの減少傾向がさらに顕著になれば、反響賃料が徐々に下落する可能性が高くなるが、現状ではパイの減少があっても賃料自体の低下にはつながっていないという見方ができる。
また、都心6区の市場賃料を確認すると弱含みの傾向が一層明らかになる。都心6区の市場賃料は4月が12万4,506円なのに対して9月は12万1,566円とー2.4%、金額にして2,940円の下落を示している。4月の対前年比は92.9%、9月は97.4%だから、この1年間で市場賃料の弱含み傾向が継続していることが明らかだ。東京都平均と同じく2021年4月の市場賃料13万4,063円と比較すると、2022年9月時点の賃料はー9.3%、金額にして1万2,497円もの大幅な下落となっており、テレワークの定着と消費者物価の高騰というダブルパンチが、最も賃料水準の高い東京都心部の賃貸物件を直撃している状況が浮き彫りになる。ただし、反響賃料は東京23区平均と同じ傾向を示しており、4月の12万4,385円から9月は12万5,765円へと1.1%上昇している。わずか1,000円超の上昇ではあるが、やはりニーズの減退という状況にはあっても、ユーザーが借りたいと思う物件の賃料水準そのものには大きな影響がないと見ることができるだろう。
近畿圏2府1県の賃料水準は東京都とは対照的に安定上昇
大阪府平均の市場賃料は、2022年4月の6万726円から9月には6万1,249円へと0.9%わずかながら上昇し、兵庫県も同じく6万377円から6万1,353円へ、京都府も5万5,968円から5万8,158円へと上昇している。兵庫県では1.6%、京都府では3.9%の明確な上昇が示すのは、消費者物価の高騰による影響と考えられる。近畿圏の賃貸物件は首都圏と比較すると個人所有が相対的に多く、より物価変動の影響を受けやすいといわれるが、今回の市場賃料の上昇は、まさにその状況を如実に示す結果となっている。
また、大阪府の9月の市場賃料6万1,249円は対前年比3.0%の上昇、兵庫県では同1.7%、京都府も同3.6%の上昇を示しているから、この市場賃料の上昇傾向は緩やかではあるが着実に継続していることがわかる。
この間の反響賃料の推移は、大阪府で4月の6万6,123円から9月の6万7,626円へと2.3%、金額にして1,503円の上昇を記録している。兵庫県では同じく4月の6万6,913円から9月の6万8,877円へと2.9%の上昇、京都府でも同じく4月の6万4,152円から9月の6万4,956円へと1.3%の上昇が発生しており、賃貸ユーザーが市場賃料の上昇に応じて反響賃料の水準を引き上げていることが明らかだ。
東京都では市場賃料の弱含み傾向が明らかになり、借り手不足の様相を示し始めているのだが、大阪府など近畿圏の事業集積地では、市場賃料反響賃料も安定的な上昇を示していて、市場でのニーズにコロナ禍やテレワークの影響がほぼ皆無である。これは東京と大阪のテレワークの実施率が大きく異なり、東京都では依然として50%以上の企業がテレワークを導入しているのに対して、大阪府では20%に満たないとの推計値もあり、ワーキングスタイルの違いが都心からの分散か中心部への集中かという市場構成の違いをもたらしているようだ。
大阪市および中心部の賃料推移も高値安定が続く
首都圏と同じく近畿圏でも地域フェーズを縮小して、大阪市および大阪中心6区の賃料推移をより詳しく見ていくことにする。
大阪市の市場賃料は2022年4月が6万3,438円なのに対して9月が6万3,977円となっており、0.8%、金額にして539円の上昇だから、横ばいとの見方ができる。それでも9月の市場賃料6万3,977円は対前年比で2.8%上昇しており、賃料水準自体は極めて緩やかに安定的な上昇を示していることになる。
この間の反響賃料は4月の6万7,924円から9月の6万8,757円へと1.2%(833円)上昇しているから、近畿圏全域で発生している賃料の安定上昇傾向は、大阪市でも全く同様の状況にあることがわかる。ただし、9月の反響賃料6万8,757円は対前年比ー0.7%であり、市場賃料の安定的な上昇に賃貸ユーザーが若干高いとの印象を持ち始めていることもうかがえる。
さらに、大阪中心6区でも、市場賃料は4月の7万4,018円から9月の7万4,681円へと0.9%上昇しており、9月の7万4,681円という市場賃料は対前年比2.3%の上昇で、順調に上昇している状況が浮き彫りとなっている。近畿圏で最も高い賃料水準にある同エリアだが、東京都心6区とは正反対の推移を示しており、東西で賃貸マーケットの動きに大きな違いが発生していることが明らかだ。テレワークの実施率だけでなく、賃料水準自体も都心6区は12万円超なのに対して大阪中心6区は7.5万円前後と比較的大きな開きがあり、市場構造の違いも差異を生む一因となっている。この間の反響賃料は4月の7万7,654円から9月の7万9,133円へと1.9%、金額にして1,479円上昇しているから、市場賃料=相場にユーザーも十分追従できており、賃貸市場では急激な賃料相場の変動は起き得ないため、当面は市場賃料および反響賃料の安定的な上昇傾向が続くものと考えられる。
愛知県および地方四市の賃料推移は概ね安定 福岡市のみやや弱含み
愛知県平均の市場賃料は2022年4月の5万9,682円から9月の5万9,214円とー0.8%の変動にとどまり、金額にしてわずか468円の下落だから横ばいに推移していると見てよい。9月の市場賃料5万9,214円は対前年比では0.5%の上昇であり、この点を見ても賃料水準は極めて安定的に推移しているという見方ができるだろう。この間の反響賃料は4月の6万750円から9月の6万2,197円へと2.4%上昇しており、市場賃料が横ばいなのに対して反響賃料がやや上昇傾向を示す状況は、築浅や駅近など優良な物件にニーズが集中する傾向があること、また消費者物価の高騰も一因と考えられる。9月の反響賃料も対前年比0.6%上昇しており、賃貸市場は安定的な需給バランスを維持している状況にあることがわかる。
名古屋市も同様の推移を示しており、市場賃料は4月の6万2,513円から9月の6万2,188円へとー0.5%のわずかな下落ながら、この間の反響賃料は4月の6万4,269円から9月の6万6,827円へと4.0%、金額にして2,558円の上昇を記録しているから、オンもオフも自宅で過ごすことが増えたことが物件の広さを求める傾向に表れていると見ることができる。市場の平均面積は約30m2、反響のあった物件の平均面積は約40m2と10m2程度の開差がある。
また札幌市、仙台市、広島市、福岡市の“地方四市”(最近では札仙広福と呼ばれるようになった)も同様に賃料推移を確認すると、まず札幌市の市場賃料は4月の4万5,617円から9月の4万6,441円へと1.8%の上昇に対して反響賃料は4月の5万7,635円から9月の5万8,001円へと0.6%上昇にとどまり、概ね横ばいという見方ができる。市場賃料と反響賃料の乖離が大きいのは、賃料水準が比較的安価であるため、広めの物件にニーズが高いことが挙げられる。名古屋市同様に市場の平均面積は30m2超であるのに対して、反響のあった物件の平均面積は45m2前後に達している。
仙台市の市場賃料は4月の5万4,342円から9月の5万5,575円へと2.3%の上昇に対して反響賃料は4月の6万1,251円から9月の6万838円へとー0.7%の下落を記録した。市場賃料と反響賃料の乖離率が縮小していることから、やや高額な賃貸物件へのニーズが薄れている状況が見て取れる。
広島市の市場賃料は4月の5万6,756円から9月の5万6,671円へとー0.1%の変化にとどまり、全くの横ばい推移となっている。対して反響賃料は4月の6万1,818円から9月の6万2,116円へと0.5%の上昇で、市場賃料と反響賃料は共に横ばい推移している。
唯一、福岡市の市場賃料は4月の5万8,869円から9月の5万7,179円へとー2.9%の下落、対する反響賃料も4月の6万6,181円から9月の6万4,698円へとー2.2%と弱含みとなっている。2021年4月には市場賃料が6万609円と直近の最高に達し、反響賃料も6万3,338円まで上昇したため、やや賃料の調整局面に入っていることが想定される。福岡市には移動人口の“転入超過”による人口の社会増が続いているが、やや強気な賃料設定が賃貸ユーザーから嫌気された状況にあるようだ。
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コロナ禍が継続し、円安とサプライチェーンの逼迫による消費者物価の高騰という市場環境の大きな変化が発生している2022年の賃貸マーケットは、エリアによって大きな違いがあることが明らかになった。日米の政策金利差は今後も拡大が予想されるため円安傾向には歯止めが掛からず、消費者物価の高騰も避けられない状況下では、賃貸ユーザーは“生活防衛”のため賃料のバジェットを今後も低下させる可能性がある。東京で発生している賃料の弱含み傾向が、好調な大阪、名古屋にも波及するのか、今後の推移を見守る必要がある。
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