“遊び”によって地方都市の寛容性と幸福度は高められる

“遊び”によって地方都市の寛容性と幸福度は高められる

2022年9月、LIFULL HOME'S総研が新たな調査報告書「“遊び”からの地方創生 寛容と幸福の地方論Part2」を発表した。2021年に発表された「地方創生のファクターX 寛容と幸福の地方論」の続編である。

「地方創生のファクターX 寛容と幸福の地方論」では、地域の寛容性が地方創生と密接な関係にあることを分析した。寛容性が低い地域では、地域からの離脱意向が高く、東京圏在住者の出身地域へのUターン意向は低いことなどが調査により分かった。寛容性の低さが、今まで見落とされてきた、地方都市からの人口流出を加速させるファクターXであることを明らかにしている。 

調査の中で、地方出身の東京圏在住の若者がUターンを希望しない理由として「東京の暮らしが気に入っているから」が最も多く、仕事や収入に関する理由を上回っていた。また、地方出身の東京圏在住の若者に東京観を尋ねたところ「質の高い遊びや余暇が楽しめる街」がトップであった。こうしたことから、東京の魅力は仕事だけでなく遊びなのではないかと考えられる。「地方創生において今まで注力していた仕事だけでなく、遊びが重要になるのではないか」ということをデータからみてとれる調査報告である。

今回の調査報告「“遊び”からの地方創生 寛容と幸福の地方論Part2」では、遊びが地域の寛容性や幸福と深い関わりがあるという仮説に基づいて調査分析を行っている。遊びによって寛容性と幸福度を高められることを明らかにし、地方創生は”遊び”の力に注目し戦略として重視するべきであることが提案されている。今回の調査報告の内容について、LIFULL HOME'S 総研所長の島原万丈氏にインタビューを行った。

なお、調査報告での“遊び”という表記は、レジャー、娯楽、趣味、⽂化芸術など余暇活動の「遊び」にとどまらず、「遊び」が持つ精神的・⼼理的な側⾯、すなわちマインドとしての遊び(遊び⼼)、また、余⽩や隙間を意味する遊びまで包含する幅広い概念を意図したものだという。

「遊びからの地方創生」をテーマにした理由

LIFULL HOME'S 総研所長 島原万丈氏LIFULL HOME'S 総研所長 島原万丈氏

-今回の調査報告書は「寛容と幸福の地方論」のPart2となります。前回の調査報告書との関連性や続編となった経緯を教えてください。

島原:地方創生の政策は、日本創成会議という組織が2014年に発表した「消滅可能性都市」を基にして始まっています。そのため、地方創生の目標は人口なんです。地方の人口が減って消滅する可能性があるから、東京一極集中をいかに止めるかというような人口政策が中心なんです。
僕も地方出身なのですが、もしも高校を卒業する時、地方が衰退しないように地元に残れと言われても困ってしまうと思います。人は誰もが、自分が幸せに暮らせそうな場所に住む権利があって、自由があって、人口はその結果に過ぎないというのが僕の考え方です。なので、幸福に生きられるかどうかが大事であるのですが、幸福観は人によって多様なのでぶつかる可能性があります。どっちの幸福が正しいとは言えないので、「僕の考え方は違うけど、君がそう考えるならそれもありだよね」という”寛容性”が必要となってきます。

ですが、地方は都市部と比較して寛容性が低いのではないかと思っています。例えば、女性は家事や育児を優先すべきだという考え方が根強かったり、職場における女性の地位が低かったり、LGBTQや外国人などの少数派に対して冷たかったり。コロナ禍では自粛警察みたいな動きも地方で強かった。「東京から帰省してくるな」とか「県をまたいで入ってくるな」という厳しい制限をかけたりもしていました。厚生労働省が屋外ではマスクは不要と言っても人の目が気になるとか、同調圧力がとても強く日本では働いています。

同調圧力は東京などの大都市圏よりも地方ほど強そうで、そういった地方の不寛容さが人口減少の一因なのではないかということを調べたのが前回の調査報告「地方創生のファクターX」です。そうしたら案の定、人口が減っている地方は寛容性も低いという結果が出て、人口の増減と寛容性は高い相関があるということが分かりました。そうした調査結果を踏まえて、前回の調査報告書の「地方創生のファクターX 寛容と幸福の地方論」では、寛容性が地方の衰退の要因であることを伝えました。でも前回はそこまででした。どうやったら寛容性を高められるのかまでは伝えられませんでしたので、今回の調査報告ではその点を深掘りしました。

-今回の調査報告書で「遊び」に着目した理由を教えていただけますでしょうか。

島原:前回の調査データで、地域の文化水準の満足度と地域の寛容性はとても強い相関があるということが分かったんですね。文化水準の文化が何かと考えたときに、遊びというものが大きいんです。ヨハン・ホイジンガという歴史学者が人類の文化を調べた結果、文化は遊びから生まれたという分析をしていて、「遊びは文化より古い」という命題を出しています。普通は文化があってそこに独特の遊びが生まれると考えがちですが、もともとは遊びのほうが先で、そこから文化が生まれるということを言っています。ということは、文化水準の満足度を規定するのは遊びではないのかというのが一つの仮説で、美術館とか博物館など教養的なものやスポーツなども含めて遊び全般と考えたわけです。

コロナ禍で違和感を感じたのは、2年以上にわたって遊び的なものが不要不急として許されないという状況になってしまったことです。旅行、飲み会、映画館、ライブハウス、スポーツ観戦などができなくなり、家に閉じこもってテレビを見るしかないというような状況になっていました。これが日本人の幸福感に大きなダメージを与えたのではないかと思いました。調査報告書の中の229ページにも記載しましたが、2029年3月から2022年6月までの超過自殺数が約8,000人もいるんです。失業と自殺の相関関係は以前から知られていますが、時系列データからの予測値に対する追加自殺者の多くは失業とは関係ない人で、しかも若い人たちが多かったのです。さまざまな遊び的な行動を制限されたことによって、人は不幸になり、幸福度も下がっているんです。

遊びは”不要不急”ではない

-調査報告ではなぜ余暇活動の「遊び」だけでなく、精神的・⼼理的な側⾯など広い意味での「遊び」にしたのでしょうか。

島原:ここで言う遊びとは、不要不急だと言われたもののことなんです。遊びの言葉の定義や意味を見てみても、家族や友達と遊園地に行ったりして遊ぶということだけではなくて、ハンドルの遊びと言うように余白や余裕という意味も含んでいます。そういった遊びが持っている余白や余裕のようなものが寛容性に効くのではないかと思ったわけですね。つまり、遊びは不要不急ではないのだということを言いたかったんです。

例えばゲームでもスポーツでも、遊びって真剣に取り組むとすごく面白いじゃないですか。でも、遊びの場合は失敗してもしょせん遊びだからって笑っていられる。この楽しさや余裕がおそらく人間の心にとっても大事なことではないかという気はするんです。しょせん遊びですって、むしろそういうことが言えるからいいのではないかと。

単純に“遊び”と聞くとマイナスなイメージを抱かれるだろうと思ったので、あえて調査報告書のタイトルにも入れました。不要不急として軽視したものこそ大事なものなんだということを伝えたかったんです。

地方都市は"遊び"をどう増やしていけばいいのか

-調査報告では「遊び」の数が増えると、個⼈の幸福度も寛容度も⾼くなることを記載しています。人口の多くない地方都市では、どのように「遊び」の数を増やしていけばよいとお考えでしょうか。

島原:人口が少ないと何で遊びが少なくなるのかというと、日本人の遊びは市場経済に委ねられていて、所得の制約を強く受けているからなんです。お金をたくさん持ってる人はいろんな遊びをしているけれど、お金がない人はあんまり遊んでいないというデータが出ています。人口が少なくて平均所得が低い地域では遊びの市場が成立しないので、地域住民がさまざまな遊びにアクセスするハードルが上がってしまうのです。

それは当たり前と思うかもしれないけども、例えばスポーツをするかどうかっていうのは健康に対してとても重要な重要な影響、役割があるじゃないですか。例えば美術館でアートを鑑賞したり、図書館で本を読んだり、映画を観たり、お芝居を観たりという文化的な教養を高めるための遊びも結局お金がないとできないということになってしまいます。それをそんなものだよねと受け入れるのか、それはおかしいんじゃないのかと考えるのかでいうと、僕はおかしいんじゃないかと思います。日本の国民一人当たりの文化予算は先進国のなかでも圧倒的に低いのです。

例えばスポーツでも、もちろんすごいスタジアムを造るのにはお金がかかります。地方で人口も少ないから、すごい施設の整ったスポーツ運動競技場を造ってもそれはそもそもマーケットとしては成立しないかもしれない。だけど例えば海や川や山はすぐ近くあるんだから、そういうアウトドアレジャーとかスポーツを推奨するとか、アウトドアレジャーに親しむ環境を整えるって手段もあると思います。だってジョギングするとか、そんなにお金かからないですよね。公園で何かラジオ体操をするにしても別にお金のかかる話ではない。やれることがたくさんあるはずです。

ですが、例えばアウトドアレジャーというジャンルの遊びをどれぐらいやっているかという割合を見ても、東京在住者のほうが地方在住者より高いんですよ。地方は東京よりも自然環境ははるかに豊かなはずなのにもったいないですよね。東京の人間は車や電車で何時間もかけてやっと海や山に行って遊ぶのに。地方在住者はすぐそこに豊かな自然があるのに活用していない。だから、お金がなければできないっていう話、発想そのものがひょっとすると遊びに対してちょっと軽く見ているのではないかとも思います。

あるいは地元のスポーツチームがありますよね。そういったスポーツチームに対して支援をしながらも活用して、市民がスポーツに親しむ環境づくりやイベントをするっていうことは十分できるはずです。スポーツチームのほうも地域貢献をしたいと思っているはずだから、そういった取り組みも十分できるのではないでしょうか。

-人口が少ない地方では、遊びのための施設などにお金をあまりかけられないという悩みがあると思います。

島原:例えば岩手県紫波町のオガールプロジェクトは、もともとは公営図書館を作るというのが町の目標だったんです。その公営図書館はお金がある人もそうでもない人も使えるわけですね。文化教養や知識において非常に重要だし住人の要望も多い。だけど、図書館の建設や運営には大きなお金がかかる。紫波町も図書館単体で見ればお金を生まないコストだけど、図書館を集客施設にしてそのコストを上回るような他の商業で稼いで図書館を運営しましょうというのがオガールプロジェクトの元のアイデアなんです。そう考えると、人口が少なくて市場が成り立たないから施設を作れないということはないですよね。遊びの数を増やすやり方はいくらでもあるのではないでしょうか。

遊びからの地方創生の具体例

遊びからの地方創生の具体例

-調査報告書では、地⽅創⽣に「遊び」を取り入れている事例として、サーフィンと生きる町の千葉県一宮町、写真の街の北海道東川町などを取り上げています。

島原:一宮町や東川町は地方創生の総合戦略の1番目にサーフィンや写真の町にすることを書いているんです。ほとんどの地域ではそこには何か仕事をつくるってことが書かれています。地域の特性を生かした新しい産業や、稼ぐ地域をつくるというような内容です。だから一宮町と東川町はものすごくインパクトがあって、まさに遊びからの地方創生をしていると感じました。

一宮町はサーフィンと生きる町としてまちづくりを構想したことによって多くのサーファーを引きつけ、サーファー独特のライフスタイルや価値観がカルチャーとして町に根付いてきています。つまり遊びが文化をつくってきているということ。そのカルチャーがいいからといって移り住む人が増えているんです。

東川町は写真の町だから、やっぱり写真映えする町を造らなくてはということで、町が分譲した住宅地がすごく美しく造られたり、公共施設の建物を美しく建てたりしたんです。すると、美しく整った街の風景に憧れた人が来るわけです。しかも東川町にはおしゃれなカフェなどの飲食店が60店舗もある。人口8,000人の町にですよ。写真という遊びが生活文化になっていて、遊びからの地方創生をやっている好例だなと感じます。

今回の調査報告を通して伝えたかったこと

今回の調査報告を通して伝えたかったこと

-今回の調査報告を通して、伝えたかったことを教えてください。

島原:単純に遊びが大事だということです。前回の地方創生のファクターXでは、寛容性が大事で、寛容性がなければ多様性も生まれず、人が寄りつかないでどんどん出ていってしまうということを伝えました。不要不急だとして痛めつけられていた遊びに、実は寛容性を高めるためのすごく重要なパワーが眠っているんです。楽しいところに人は暮らしたいなと思っているわけで、遊びが幸福度に与える影響も高い。特に文化芸術系の遊びに関しては寛容性に与える影響が高いということはデータで判明しているので、ぜひ地方創生を考える人たちは遊びに注目をしてもらいたいと思います。

-文化芸術系の遊びが寛容性に与える影響が高いのはどうしてなのでしょうか。

島原:例えば瀬戸内国際芸術祭などのアートプロジェクトがありまよね。こうしたアートプロジェクトは経済波及効果がどれぐらいだったということは検証されるんですけれども、地域にどういう影響や効果をもたらすのかということは実は案外検証されてないんです。

今回の調査報告でアートは地域の寛容さや幸福度を上げていくということが分かりました。それはなぜなのかというと、アートは人とは違うことをやるからなんです。それは音楽もそうですが、そのアーティストらしさがないとアートになりません。アートは人とは違うやり方、違う見方、違う感じ方を表現するんです。

アートが街の中にどんどん入っていくと、物事を多面的に眺める人たちが増えてくるはずです。地方はこれから衰退していくことが予想されているから、経済成長して稼ぐ地域をつくらなくてはいけません。それには既存の産業にイノベーションが必要で、そのためには新しいアイデアを発想する創造性がないといけない。そこで大事になるのは、一人の天才が現れるのを待つのではなく、集団として地域として創造的であるかどうかです。そのためには寛容性が必要です。人と違うことを認め合わないと、創造的なものは生まれないですから。アートというのは、人と違うということを前提とした表現方法なので、地域の創造性を高めていきます。長い目でみればイノベーションの土壌を育てることにもなっていきます。

アートだけではなくて、文化芸術として、例えば本を読んだりとか外国語を習ったりだとか、そういうことも寛容性には効果があります。新しい知識を身に付けるということは、自分が今まで物事の一面しか見ていなかったということが分かるわけですよね。外国語を学ぶというのも、英語を話す人は違うものの見方や考え方をしているんだってことが分かるわけです。

皆が互いに違う物の見方をしている状態が多様性であり、多様な物の見方や考え方がぶつかる違和感の突破口こそがクリエイティブです。経済成長の土壌を耕しているのがアートや遊びだということですね。

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■『“遊び”からの地方創生 寛容と幸福の地方論Part2』。LIFULL HOME’S総研、新調査報告書
https://www.homes.co.jp/souken/report/202209/

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