2022年は前年のコロナ禍の影響を脱して反転上昇が基調に

3年ぶりの行動制限のないゴールデンウイーク。各地で人出が増え、3年ぶりの行動制限のないゴールデンウイーク。各地で人出が増え、"Withコロナ"の様相を見せた

コロナ禍の期間が丸2年を超えて長期化の様相を示し、また2021年9月前後の第5波および2022年初頭の第6波による感染者数の急増でコロナ禍での経済活動の停滞を憂慮する声が高まっていた3月下旬、公示地価が公表された。

全国的な地価の調査である地価公示は、土地の価格の公的な目安となるだけではなく、その時々の経済活動をある程度反映する指標と捉えられており、毎年の公表時点には大きな注目を集めることが多い。しかし、今年に関してはコロナ禍に加えてロシアのウクライナ侵攻が開始され、社会的な関心事は民主主義勢力と非民主主義勢力の対立の構図が深まる可能性に集まり、経済動向については制裁の発動による資源・エネルギー価格の上昇という専ら消費者物価に関するものに収れんしているように見える。

このような状況下で公表された2022年の地価公示を見てみよう。全国的には全用途平均・住宅地・商業地のいずれも2年ぶりに上昇に転じた。工業地は6年連続の上昇で、しかも上昇率が拡大するという経済活動の拡大期に発生するような事象が発生している。三大都市圏平均および地方圏平均もほぼ同様の地価動向であり、コロナ禍の影響が徐々に緩和されていることで、地価にも回復傾向がみられるとしている。

つまり、公示地価という国の指標としては、昨年(2021年)はコロナの影響を受けて経済活動が停滞し地価も急落したが、日経平均は堅調に推移し金利動向にも大きな変化がなかったため、日本のファンダメンタルズは大きな打撃を受けることなく回復し始めている、というシナリオになる。前年には相次いで緊急事態宣言や蔓延防止等重点措置が発出されたことで、飲食店の時短営業ほかさまざまな経済活動自粛によって店舗およびオフィスの需要が冷え込み、加えてインバウンドが事実上ゼロとなったことでホテルや旅館などの観光産業も大きな打撃を受けた。このことで土地に対する需要が大きく落ち込み、2021年は地価が全面的に下落したが、2022年は早くもその影響をほぼ脱したという見立てだ。

全国平均で住宅地は0.5%、商業地は0.4%の上昇を記録

実際にエリアごとの地価変動率を比較すると(下記一覧表参照)、2021年はコロナ禍の影響をより強く受けた都市圏、特に大阪および名古屋の商業地での下落が目立つ。東京では‐1.0%にとどまっているが、東京23区の商業地は‐2.1%を記録しており、やはり人口が密集していて感染爆発が発生した都市圏ほど経済活動に急ブレーキがかかったという見方ができる。地価公示における住宅地は例年商業地よりも変動率が小さくなる傾向にあるが、状況としては商業地とほぼ変わらない変化を示している。それが2022年には一転して地価の上昇が発生しており、全国平均では住宅地で0.5%、商業地でも0.4%の上昇が記録された。

三大都市圏では東京の住宅地が+0.6%、名古屋の住宅地が+1.0%と、コロナ前の水準に戻ったという見方が可能だし、大阪は+0.1%で下げ止まったという見立てになる。また前年(2021年)のコロナ禍でも、住宅地+2.7%、商業地+3.1%と、唯一地価が上昇した地方四市(札幌市、仙台市、広島市、福岡市)は、2022年には住宅地で+5.8%、商業地で+5.7%と大きな上昇を示しており、一義的に大都市圏よりも地域経済圏で事業および人口集積が進むと、土地の利用価値も高まり、それが地価動向に反映したことになる(地価水準自体は異なる)。東京23区でも住宅地が+1.5%、商業地で+0.7%と上昇を記録したが、地方四市に比べるとその勢いには比較的大きな違いがあることがわかる。

全国平均で住宅地は0.5%、商業地は0.4%の上昇を記録

一時的な動きにとどまるか微妙な首都圏の人口動態

これらの地価動向に影響を与えているのが各圏域での人口の社会増減を示す“移動人口”の状況だ。新型コロナウイルスは原則として人同士の直接的な接触が感染の主要因とされているため、特に人口の多い都市圏ではテレワークやオンライン授業の実施が推奨された。コロナ禍が本格化した2020年春以降はテレワーク実施率70%を目標とした政府の働きかけがあり、大企業を中心にテレワークやサテライト・オフィスの導入、ワーケーションの推奨や時差出勤・時短勤務などが行われた結果、特に賃貸ユーザーの居住スタイルに変化が発生した。

すなわち、毎日出勤する必要がなくなり、オンとオフをともに自宅およびその周辺で過ごすことが求められるようになったことで、自宅内に業務スペースを確保する必要ができたことと、そのために予算内で一回り広い住宅に住み替えたいという要望が顕在化。特に賃料水準の高い東京の都心部や近郊から徐々に郊外方面へ転出する動きが活性化した。
当初は小さな動きであり、大多数の都市圏居住者はコロナ禍であることを主な理由として住み替えを検討することはなかったとされているが(国土交通省のアンケート調査によれば約86%がコロナ禍を理由に転居を検討していないと回答)、コロナ禍が長期化し、テレワークが多くの企業で定着し始めたことによって、東京都および東京23区での移動人口は毎月転入人口を転出人口が上回る“転出超過”の状態となったことは記憶に新しい。具体的には東京都と東京23区で2020年7月から2021年2月までの8ヶ月間連続で転出超過が発生している(例年3月は新入生・新入社員が大量に流入するので転入超過になる)。
東京都および東京23区から転出した移動人口は、専ら周辺の3県に吸収されており、東京から転出していざというときには通勤可能(かつ賃料も生活費全般も比較的安価)な神奈川県、千葉県、埼玉県のいずれかのエリアに居住するという生活スタイルがある程度定着したものとみることができるだろう。

2021年、東京都区部から転入数が前年比で21.5%増加した神奈川県藤沢市2021年、東京都区部から転入数が前年比で21.5%増加した神奈川県藤沢市

東京以外では一極集中が加速。圏域ごとに異なる移動人口の動態と公示地価の動き

興味深いのは、この移動人口の“都市圏中心部からの流出”が専ら首都圏でしか発生していないことだ。
近畿圏、中部圏(公示地価の大阪圏、名古屋圏は都府県単位での圏域ではないためエリアが微妙に異なる)、および地方四市ではむしろコロナ禍においても事業性の高い中心部への人口集中が継続し、効率的に居住したいという要望も変わらないため、首都圏とは異なる人口動態を示していると考えられる。

この違いは、
①圏域の広さ:首都圏では都心から1時間程度郊外に行っても生活圏としての違いは大きくないが首都圏以外では生活圏が大きく異なる 
②市街地中心部と郊外エリアでの賃料水準、物件相場価格の違い:首都圏では賃料および物件価格が都心と郊外では2倍以上違うことも珍しくないが首都圏以外ではその差は相対的に小さい 
③テレワーク実施に適した業種および規模の企業の存在:首都圏では大企業が多く業種もテレワークに向いた通信、金融・保険などが集積しているが首都圏以外ではこれらの業種および規模を有した企業が限られる(テレワーク実施率にも圏域ごとに相応の差が発生している)
などの要因によるものと考えられる。

名古屋市栄のタワーマンション名古屋市栄のタワーマンション

また近畿圏では大阪府、大阪市とも移動人口の“転入超過”が継続しているのに対して、中部圏では愛知県で“転出超過”であるにもかかわらず名古屋市は“転入超過”=名古屋市への急激な人口集中という状況が発生している。コロナ禍での働き方だけでなく、企業業績の浮沈による就業人口の流動化が圏域ごとの地価動向にも影響を与えているといえるだろう。住宅地ベースでは大阪府+0.1%、大阪市+0.6%、大阪市中央区+3.5%に対して、愛知県+1.0%、名古屋市+2.2%、名古屋市中区+9.3%と、上昇率に違いがあるのも各エリアへの人口集積度の違いが反映したものと見ることができる。

地価を占う上で2022年の移動人口はどのように推移する可能性があるか

このように土地の利用状況=地価動向と移動人口の推移には関連があることがわかる。2022年春以降、コロナ用として数多く用意された病床の使用率が低下し、コロナ禍が継続する中でも感染リスクを前提に業務や生活を継続していくという“Withコロナ”の状況になると(政府や専門分化会は今後コロナ禍が再び拡大しても緊急事態宣言や蔓延防止等重点措置などの発出は前提としないとの見解をまとめている)移動人口はどのように推移する可能性があるのだろうか。

2022年は年初から東京都および東京23区での転入超過の状況が継続している。1月は東京都で491人、東京23区では60人というごく僅かな転入超過数であったが、毎年最大の転入超過が発生する3月には、東京都で3万3,171人、東京23区でも2万5,840人という“黒字”が発生している。前年同月比の転入超過数では東京都が19.3%、東京23区では27.5%も上回っており、コロナ禍が継続する中においても、移動人口は昨年から明らかに都心方面へ戻ってきているという見方ができる。

テレワークは依然として多くの企業で実施されており、いつまた感染の再拡大が始まるかわからない状況では当面継続されることになるが(テレワークは企業側にも経費削減などにおいて多大なメリットがある)、働き方の選択がコロナ禍およびコロナ後でも比較的自由度が高く維持されることになると、首都圏における都心一極集中の状況がやや緩和されつつ郊外方面へもヒト・モノ・カネが流動化することになり、土地利用に関する汎用性は高まることが期待される。

ただし、この地政学的環境は専ら首都圏、つまり1都3県での動きにとどまり、その外側にまでは波及しないということもこの2年間の移動人口の調査からわかってきている。東京都心部から周辺3県のベッドタウンへの人口の拡散はあっても、それが首都圏の枠を超えて北関東や長野、静岡、新潟まではほぼ届かないから、1都3県への人口集中という構図にはほぼ変化がないということになる。
したがって、2022年の移動人口の動態を予測する限りは、首都圏においては東京都心部も横浜、川崎、さいたまなどの首都圏内政令市も交通利便性の良好な近郊~郊外のベッドタウンも、ともに地価が安定的に上昇する可能性が高いと考えられる。
また、近畿圏、中部圏、地方四市についても同様に安定的な地価上昇が見込まれる。

企業側にもメリットのあるテレワークは、当面継続されそうだ企業側にもメリットのあるテレワークは、当面継続されそうだ

地価動向に関係が深い資材価格の高騰&円安は今後も続く

それでも、地価の安定的な上昇に関する不安材料は少なくない。最大のリスクはロシアのウクライナ侵攻であることは論をまたないが、侵攻が今後長期化すれば一層のリスク要因となるだろう。侵攻によって西側諸国は大規模な経済制裁を実施しているが、これによってロシアからの天然ガス、原油、鉄鉱石、石炭、木材などの輸入も滞ることになるから、資材価格全般の継続的な上昇は当面避けられない。これによって建築コストの上昇も不可避の状況となるため、依然として低金利であることを考慮しても積極的な投資を開始・継続する企業は決して多くはないと考えるのが妥当だ。設備投資額が減少すれば不動産価格は頭打ちとなる可能性が高く、ロシアのウクライナ侵攻による資材・エネルギー価格の上昇が、国内の不動産価格の更なる高騰を招き、需要を後退させる可能性を考慮する必要があるだろう。

もう一つは、日米欧の政策金利の格差による円安の進行だ。2014年のロシアのクリミア侵攻発生時は、リスクオフ通貨としての円が買い進まれ円高に推移したが、今回は日米欧の政策金利差の拡大によって円を売ってドルおよびユーロを買う動きが広がっており、この原稿を執筆している5月初旬には1ドル=130円前後、1ユーロ=137円前後と円安が一向に収まらない状況となっている。円安が進行すると海外から輸入する資材・エネルギー価格も元値が高騰するだけでなく、為替相場によって一層高騰することになる(ちなみに畜産業で使用する輸入飼料も値上がりするため食品の価格にも早晩反映する)。

政策金利はまさしく各国の政策を反映した金利であるから、欧米が消費者物価の高騰=インフレを抑止する目的で金利引き上げに向かい、日本では基本的にゼロ金利政策を継続することによって内需を維持しようとしているため、政策金利差は今後も拡大する可能性が高く、それに伴って円安も進行することになる。こうなると建築コストおよび不動産価格にも更なる上昇圧力が加わるため、堅実に動いていた内需にも影響を与えることは必至である。人口の大都市圏集中という内需拡大の追い風が、円安による資材・エネルギー価格および物件価格上昇の呼び水となり、需要はあっても高過ぎて買えないということになれば、地価動向のみならず景気全体にもマイナスの影響を与えかねない。

これまでは専ら内政的・国内的な要因を反映して地価が動いてきたが、今後は国際情勢が緊迫の度を増すなかでの為替変動およびそれに伴う企業業績の変化も、地価と不動産価格に反映することを考慮しなければならない。
“バタフライ・エフェクト”とは単に力学的な比喩にとどまるのではなく、経済状況にも影響するものであることを、今後は意識しておく必要がある。

資材・エネルギー価格の上昇が、国内の不動産価格の更なる高騰を招き、需要を後退させる可能性もある資材・エネルギー価格の上昇が、国内の不動産価格の更なる高騰を招き、需要を後退させる可能性もある

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