代々木競技場・神宮の森の価値

代々木競技場・神宮の森を、世界遺産に登録すべきだと思う。
専門家のコメントを紹介すると、代々木競技場については、

Brendan Gill, the Pritzker jury(ブレンダン・ギル:プリッツカー賞審査員)“His stadiums for the Olympic Games held in Tokyo in 1964 have been described as among the most beautiful buildings of the twentieth century.” 
“1964年の東京五輪のための彼(=丹下健三)のスタジアムは、20世紀の最も美しい建築のひとつとしてずっと記される”

槇文彦(建築家)「戦後の建物で印象に残るものがあるとすると、われわれ建築家にとっては昭和39年にできた丹下健三さんの国立代々木競技場になります。代々木という歴史のある風致地区に違和感なく近代建築が溶け込んでいる」

藤森照信(建築史家)「20世紀の日本を代表する建築であり、将来の国宝の最有力候補」
「メーンケーブルからさらに吊り材を架け渡す二重の吊り構造はル・コルビュジエの『ソビエトパレス』から始まるモダニズムの構造表現思想の頂点を画した」

神宮の森についても、

宇都宮大学名誉教授の谷本丈夫(20年以上に亘り明治神宮の森の生態研究に従事)「土地や気候に合わせ、自然に逆らわずにやっていくのが林学の基本です。明治神宮の森づくりは、どういう森をどういう目的でつくるのかという明確なビジョンがあった。加えて、現在でも通用する植生遷移の考え方をもとに、緻密な植栽計画と、100年先を見た樹林構成のモデルを描いている」

進士五十八・東京農大名誉教授(第二次明治神宮境内総合調査委員会座長)「人工の森が様々な生物が共存する豊かな森へ成長した。生物多様性の概念を取り入れた先駆例だ」

など、いずれも世界的な評価を得ている。

1964年の東京五輪の記憶を残し、数々の戦後の復興を象徴する代々木競技場。鎮守の杜をつくろうという計画に呼応し、全国から計10万本も献木した市民の思い。時代的な背景としても申し分ない。近代建築についても世界遺産登録は進んでいる。ガウディの作品群、バウハウスの関連施設、ルイス・バラガンの自邸などは有名だ。そして代々木体育館と建設年代の近いシドニー・オペラハウス(1953-67)もすでに2007年に登録されている。植物・植栽関係では、パドヴァ植物園、キュー・ガーデン、シンガポール植物園が登録されている。

二度目の東京五輪を迎え、機は熟している。

20世紀を代表する建物として、世界中の著名な建築家・建築史家などから評価を得ている丹下健三の国立代々木競技場20世紀を代表する建物として、世界中の著名な建築家・建築史家などから評価を得ている丹下健三の国立代々木競技場

都市の景観管理のしかた

世界遺産登録は、都市の景観管理を考えるにもいい機会である。

ユネスコ本部のあるパリでは、早くから都市景観の保全に取り組んできた。
1943年には、記念物周囲500m規制制度を施行し、歴史的記念物の周辺500mを保全している。その範囲は固定されず、歴史的記念物から見える範囲・共に見える建物や場所が規制の対象とされる。さらに1977年にはフュゾー法を適用し、歴史的建造物の視角を確保し、あるいは見晴らしのいい場所からの眺望を守る措置を講じた。ロンドンでも1991年以降、眺望景観保全を本格化している。パリと同様の考え方で、26の視点場からのパノラマ景、河川眺望、街並み眺望、見通し景を重視して、厳格な高さ規制を課すとともに、周辺の建設計画については、規模・肌理・質感、外観・素材、スカイラインへの影響、夜景などをアセスメントの項目として、自治体への届出・協議を義務付けた。先のロンドン五輪は、こうした都市戦略のお披露目の場でもあった。

逆に、周辺の景観管理を怠ると、世界遺産の登録も取り消されることもある。
1996年、ケルン大聖堂は文化遺産に登録されたが、2004年 ユネスコの危機遺産リストに掲載された。その理由は、対岸に高さ100mを超える4棟の高層ビル建設計画があり、大聖堂に対する景観を阻害すると予想されたためだ。ちなみに、ケルン市では、その後、計画を見直し、ビルを高さ60m以下に抑え、大聖堂周辺の空間を拡張した。こうして2006年に危機遺産リストから除外された。広島の原爆ドームも、広島平和記念資料館から原爆死没者慰霊碑、そして原爆ドームを望む軸線の先に、眺望を阻害するような建物が建つことで登録取り消しも危惧された。

渋谷駅から公園通りを上るとともに現れてくる、代々木競技場一帯の大らかで穏やかな雰囲気。みんなにとってかえがえのない財産である。こうした都市の魅力を保つために、パリ・ロンドンを参考に100年の計で景観管理を行う必要がある。

パリの街並みは、26の視点場からのパノラマ景、河川眺望、街並み眺望、見通し景を重視して、厳格な高さ規制を課すとともに、周辺の建設計画については、規模・肌理・質感、外観・素材、スカイラインへの影響、夜景などをアセスメントの項目として、自治体への届出・協議を義務付けているパリの街並みは、26の視点場からのパノラマ景、河川眺望、街並み眺望、見通し景を重視して、厳格な高さ規制を課すとともに、周辺の建設計画については、規模・肌理・質感、外観・素材、スカイラインへの影響、夜景などをアセスメントの項目として、自治体への届出・協議を義務付けている

渋谷区庁舎建て替え計画

しかし代々木競技場一帯を世界遺産として登録するのに、大きな障害がある。
渋谷区庁舎建て替え計画である。

代々木競技場小体育館からわずか100mほどの距離、いまの渋谷区庁舎の敷地の一部に定期借地権を設定・譲渡して、新庁舎・公会堂・タワーマンションの計画・建設を、例の三井不動産グループに一任して進める、というものだ。現在の区庁舎は優美な曲線を描く5階建ての建物で周囲の景観を保つものだが、建て替え計画によると、新公会堂は地上6階地下2階、渋谷区役所新庁舎は地上15階地下2階、タワーマンションは地上39階、高さ約143mにもなる。

簡単に完成予想図をつくって確かめると分かるが、タワーマンション等の高さ・規模は、代々木競技場一帯ののびやかな都市景観を一変させてしまう。タワーマンションは、原宿方向から代々木競技場を望む視角に入り、代々木競技場の美しさは台無しだ。公園通りを上る途中からは、歩行者に対して著しい圧迫感を与える。丘の上ののびやかな雰囲気は壊される。

現庁舎の解体を前に、すでに区役所は仮庁舎に移転した。着工は2016年6月、竣工は2019年度に予定されている。僅かな人々の欲望のために、世界遺産にもなるべき20世紀建築の代表作、100年の計でつくられた神宮の森、そして憩いの場である代々木公園といったみんなの都市景観を損なってよいのだろうか。

我々の代で、世紀の愚挙を黙認していいのだろうか。
最後に、クリストファー・アレグザンダー(1936年ウィーン生まれ、都市計画家・建築家)の言葉を以下に記したい。

「最良の土地に何か建てようとすると、すでにそこに存在する美しさのすべてが失われるのが常である」
「最も美しい場所には、けっして建物を建てず、事実、その正反対にすること」
(クリストファー・アレグザンダー「パターン・ランゲージ」)

新庁舎建設後の周辺を含めた予想図新庁舎建設後の周辺を含めた予想図