半導体企業TSMC進出の経緯と菊陽町の変容

熊本県菊陽町は、県庁所在地である熊本市の北東に位置する、自然環境に恵まれた町である。
町にある熊本空港(阿蘇くまもと空港)は、国内線・国際線一体型のターミナルを備えており、県民の足として親しまれている。また、熊本市のベッドタウンでもあり商業施設や病院などが充実しているが、自然も残っていることで「都会過ぎず田舎過ぎず」というところが菊陽町の大きな魅力だ。

近年、そんな熊本県菊陽町に歴史的な転換点が訪れた。2021年11月に世界最大の半導体受託製造企業である台湾TSMCが菊陽町への進出を発表したのだ。その後、2023年12月に第1工場が完成したことにより、人口約4.3万人の自然豊かで農業中心だった町は、世界最先端の半導体製造拠点として世界から注目されるようになった。

菊陽町が選ばれた背景として、菊陽町が半導体製造に必要な豊富な地下水資源に恵まれている点が挙げられる。また、菊陽町が位置する九州地方は「シリコンアイランド」と呼ばれる半導体産業の集積地で、関連企業1000社以上が立地していることも理由のひとつである。

TSMCの進出により、菊陽町にさまざまな変化が起きている。不動産市場では、2022年の熊本県地価調査で菊陽町の工業地の地価上昇率が31.6%となり、全用途の調査地点の中で全国1位となった。

さらに、隣接する大津町では、2024年7月1日時点の基準地価で前年からの上昇率が商業地と工業地のいずれでも全国1位となり、TSMCの進出が近隣のエリアにも影響を及ぼしていることがわかる。

経済効果の規模も注目ポイントだ。九州フィナンシャルグループは、TSMCの進出によって2022~2031年の10年間で11兆2,000億円の経済波及効果が生じるとの予測を発表した。この数字は熊本県の年間県内総生産の約7倍に相当し、九州経済全体を押し上げる起爆剤として期待が寄せられている。

一方で、急激な発展は新たな課題も生んでいる。課題の一つは交通渋滞の深刻化で、朝夕の通勤ラッシュ時には町内の主要道路で慢性的な渋滞が発生しており、住民から課題解決を望む声が上がっている。

このように、数年で大きな変化が顕著になっている菊陽町。そこで今回、菊陽町の現状や今後の町の在り方について、菊陽町都市整備部都市計画課久保氏と高木氏に話を伺ってきた。

2021年11月に世界最大の半導体受託製造企業である台湾TSMCが菊陽町への進出を発表した。変化する菊陽町の現状や今後の町の在り方について、菊陽町都市整備部都市計画課で話を聞いた。菊陽町独自の推計による人口の動向。今後町の人口は増加する見込みだ(出典:菊陽町「菊陽町都市計画マスタープラン」)
2021年11月に世界最大の半導体受託製造企業である台湾TSMCが菊陽町への進出を発表した。変化する菊陽町の現状や今後の町の在り方について、菊陽町都市整備部都市計画課で話を聞いた。菊陽町都市整備部都市計画課久保氏(右)と高木氏(左)

2025年に改定された菊陽町の「都市計画マスタープラン」

TSMCの進出によりさまざまな影響が見られる中、菊陽町は2025年に都市計画マスタープランを改定した。改定された都市計画マスタープランでは、TSMC進出による環境の変化に対応するため、持続可能な都市構造の再構築を目指す計画が盛り込まれている。

計画が見直された背景には、TSMCの進出をきっかけとした急速な土地利用の進展がある。人口の増加や経済活動の発展により土地利用の需要が高まったが、既存の市街化区域だけでは対応が難しい状況となったのだ。

都市づくりの理念は「成長と調和が共存し未来へつなぐ共創都市 菊陽」で、成長しつづける町として、社会経済の発展と守るべき農地をしっかりと見定め、持続的な発展を維持した都市づくりを進めることである。計画では、計画的な市街地形成を進めながらも、自然環境を保護しつつ農業の活性化を図るため、優良農地や森林、緑地などの保全にも取り組む方針を示している。

久保氏は「TSMCさんが進出されたのをきっかけに、町を工業化したり、人口を増やして町を大きくしたりすることは考えていません。今の菊陽町は商業・工業・住居・農業のバランスが良い形で取れているので、そのバランスを保ちながら町の賑わいを作っていきたいと考えています」と語る。

コンパクトシティを目指すための将来都市構想では、効率的な土地利用と持続可能な都市運営を主な方針としている。人口減少時代を見据え、拡大を前提としたまちづくりからの転換を図り、既存の都市機能を集約・再編することで、住みやすく活気のある地域づくりを目指しているのだ。

久保氏は「町の喫緊の課題として、交通渋滞に対してどう対応するかという問題があります」と語る。「そこで、TSMCさんの進出はいわば国策の側面もあるので、国に要望して早急に道路ネットワークを構築する予算を創出していただきました。その結果、早いところで令和8年度に供用開始される道路があるという、異例のスピードで道路整備を進めることができています」

道路ネットワークの構築事業として、JRの線路を高架で跨ぐ「菊陽空港線」の新設や、TSMC熊本工場の目の前の「大津植木線」を拡幅させる工事も進められている。このことからも、菊陽町が交通渋滞の課題に対して早急に対策を講じていることがわかる。

そして、将来都市構想の核となるのが久保田台地の開発構想である。久保田台地の開発構想では、中心部に南北方向の区画道路を整備し、その道路を境に西側を住宅・商業施設エリア、東側を産業の集積拠点として利用する計画が示されている。久保田台地の開発により、人口増加への対応と産業の集積を進め、農地との調整を図りながら市街地整備に取り組む方針だ。

2021年11月に世界最大の半導体受託製造企業である台湾TSMCが菊陽町への進出を発表した。変化する菊陽町の現状や今後の町の在り方について、菊陽町都市整備部都市計画課で話を聞いた。菊陽町の将來都市構想囡(出典:菊陽町「菊陽町都市計画マスタープラン」)

JR新駅計画による菊陽町全体の交通ネットワーク再編

菊陽町では、JR新駅の設置計画も進行中である。JR九州は、菊陽町を通る豊肥本線の三里木駅と原水駅の間に新駅を設置すると発表している。豊肥本線は、大分市と熊本市という2つの県庁所在地を結ぶ重要な役割を担っている路線だ。

JR新駅の計画は、TSMC進出による人口増加や交通需要の高まり、そして新駅を核とした都市開発構想を背景としている。新駅が設置されることで、半導体関連企業の集積地である菊陽町の新たな玄関口として機能するだろう。

JR新駅を含めた公共交通ネットワークの将来イメージ(出典:菊陽町「菊陽町 地域公共交通計画」)JR新駅を含めた公共交通ネットワークの将来イメージ(出典:菊陽町「菊陽町 地域公共交通計画」)

JR新駅の設置計画では、新駅をハブとして町全体の交通ネットワークを再編する計画が進められており、両駅を軸とした効率的な公共交通網が整備される予定だ。さらに、オンデマンド交通システム(利用者の予約に応じて運行する乗合型の公共交通サービス)を導入して、町内各地から新駅へのアクセス向上を図る計画も進行中である。

JR新駅の開業目標は、当初2027年春として設定されていたが、2029年春以降に延期された。久保氏は「当初は周辺の市街地整備に先行して新駅設置の時期を予定していました。しかし、計画を進める中で新駅の開業と市街地整備を一体的に進めて、より完成度の高い都市機能を実現しようということで延期が決まりました」と語る。

JRの新駅〜原水駅周辺のまちづくり事業でそれぞれのエリアに役割を

JR新駅の設置と並行して進められているのが、JR新駅〜原水駅周辺の約70haにわたるエリアのまちづくり事業だ。
このまちづくり事業では、事業エリアを「職住近接エリア」「賑わいエリア」「知の集積エリア」の3つに分けて、それぞれの駅に役割を持たせる計画となっている。

JR新駅と原水駅周辺を3つのエリアに分けるプロジェクトが進められている(出典:広報きくよう11月)JR新駅と原水駅周辺を3つのエリアに分けるプロジェクトが進められている(出典:広報きくよう11月)

「職住近接エリア」は原水駅周辺に設定される。このエリアにはマンションや住宅地、生活に必要な商業施設が配置され、生活基盤の整備が進められる計画だ。

「賑わいエリア」は新駅周辺に計画されており、町の中心的な商業・観光拠点として整備し、住民と来訪者が共に楽しめる空間を目指す。さらに、令和8(2026)年度に開業予定のアーバンスポーツ施設も目玉の一つだ。

「アーバンスポーツ施設には、3人制のバスケットボールのコートと、世界大会を誘致する前提のスケートボードの会場が作られます。さらに、このエリアには2年前にできたばかりの体育館や2025年の4月に新設した4面のテニスコートもあり、スポーツを核に関係・交流人口を増加させることで賑わいをつくりたいという意図があります」と久保氏。

原水駅と新駅の中間地点に位置しているのが、学術と産業が融合するイノベーション拠点として設計されている「知の集積エリア」である。このエリアには、大学のキャンパスや研究機関を誘致し、企業の研究開発施設やマルチテナントを設置する計画だ。

久保氏は「今後、半導体業界で人材不足が起きると予想されているので、知の集積エリアで人材の育成・輩出ができるような仕組みを作って、エリア全体の活性化につなげたいと考えています」と語る。

この整備事業によりコンパクトなまちづくりが実現すれば、新駅を中心とした利便性が高く、誰もが住みやすい町が誕生するだろう。今後、令和7(2025)年度に対象区域の市街化区域への編入、令和8年度に土地区画整理事業の事業認可・換地設計等の開始などを経て、令和10(2010)年度頃に工事を開始する計画で進められている。

菊陽町のまちづくりを支える担当者の思い

最後に、菊陽町のまちづくりに携わっているお二人の思いを聞いてみた。

久保氏は「菊陽町は短期間で大きく変化しているエリア。まずは世界と戦えるだけの魅力のある町をつくりたい」と話す。そのうえで「菊陽町で経済効果が出て、その影響が熊本県全体に波及していけばいいなと思っています。そのためにも、菊陽町で未来へつながるまちづくりをしていきたいです」と語った。

高木氏は「今の菊陽町があるのは、先人たちが積み重ねてきた区画整理やインフラ整備の成果です」としたうえで、バランスが取れたまちづくりにこだわりたいと語る。そして「住民の方たちが菊陽町に住んで良かったなと、ずっと思っていただけるようなまちづくりをしていきたい」とも話してくれた。

このように、菊陽町のまちづくりを支える担当者からは、世界レベルの都市を作り上げる確固たる信念と、町を想う温かい気持ちが伝わってくる。

菊陽町はこれから、新しいまちづくり事業の着手やJR新駅の設置、TSMCによる第2工場の建設など、大きな変化が続いていく。この取り組みが成功すれば、地方自治体における産業誘致と都市開発の参考事例となり、地方創生政策に新たな指針を示すことができるだろう。

熊本県菊池郡菊陽町の町名である「光の森」の風景熊本県菊池郡菊陽町の町名である「光の森」の風景

■取材協力
菊陽町 都市計画課 都市計画係

菊陽町
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