年間800戸超のペースで減少する京町家
古都・京都において、魅力的な景観を形成する「京町家」。その風情ある佇まいは、日本の伝統的な建築文化を象徴する存在で、京都を訪れる多くの人々を惹きつける。しかし、京町家は年間800戸ともいわれるペースで減少を続けており、貴重な建築物とともに生活文化も失われ、かつて京町家が連なっていた美しい町並みも変化している。
今回は、京町家再生の第一人者である株式会社八清 取締役会長 西村孝平氏に、京町家を取り巻く現状と、京町家のある町並みを守る一助となり得る制度「連担建築物設計制度」の活用についてお話を伺った。
京町家とは、江戸時代後期から昭和初期に建てられた伝統的な木造建築のこと。京都市の京町家条例では、建築基準法が施行された1950年以前に建築された木造建築物で、伝統的な構造および都市生活の中から生み出された形態または意匠を有するものを「京町家」と定義している。産寧坂地区や祇園新橋地区を思い浮かべると、観光で京都を訪れたことがある人には想像しやすいかもしれない。両地区は伝統的建造物群保存地区に指定され、多くの京町家が連なる町並みが保たれており、今もなお伝統的な様式に従って修理・保存が図られ地域の特色が守り育てられている。
しかし、そういった保存事業の対象となっていないエリアの京町家は、近年その数を急激に減らしている。主な原因は、相続による売却や老朽化による取り壊し。多くの京町家所有者が、維持管理するための費用や手間を負担しきれず、手放してしまうケースが増えているのだ。
西村氏は「京町家が売却されるとき、一般的な仲介事業者は『取り壊せば何でも建ちますよ』と謳って売り出します。そしてマンションや住宅になります。京町家をそのまま活用するのと比べて、価格で負けてしまうんです。京町家を残すには京町家に思い入れがある人が買わないといけない。10人中2人くらいしかいないですね」と明かす。京町家の多くが不動産事業者を通じて売却され、その大半が建て替えられてしまうのが実情なのだ。
「しかし、路地にある京町家は少し違います」と西村氏は続ける。京都では道幅の狭い路地や、さらには通り抜けができない路地(袋路)に面した物件が少なくない。都心4区だけで約3,000ヶ所の路地があり、その路地に建ち並ぶ家の多くが建築基準法の道路に2m以上接道しておらず、再建築ができないのだ。仮に再建築できたとしても、建ぺい率の規制で従前より小規模なものにならざるを得ないケースも多く、いずれにしてもマンションには建て替えられない。八清はこれまで、そのような物件を多数リノベーションによって再生してきたが、必ずしもリノベーションで甦る物件ばかりとは限らない。
連担建築物設計制度を活用して再建築を実現
八清が、こうした再建築不可物件を再生してきた手段のひとつが、連担建築物設計制度の活用である。連担建築物設計制度とは、ある敷地に建築物を建築する場合に、各建築物の位置・構造が安全上、防火上、衛生上支障ないと特定行政庁が認めるものについては、既に建物が存在する隣の敷地を含めてひとつの敷地とみなし、各建築規制を適用する制度のこと。大都市圏ではビル建設での容積率の上乗せなどに活用されることが多い制度だが、京都では京町家のある町並みの再生においても、その効果を発揮している。
「ひとつは『京つむ木』という老朽化した借家を建て替えるプロジェクトです。借家のオーナーが所有する母屋の裏に、幅員2.5mの通路に接して6棟の老朽化した借家が立っていました。しかし、道路からの奥行きがある旗竿地のため接道要件を満たさず、再建築は不可。そこで、母屋も含めてひとつの敷地とみなす、連担建築物設計制度の適用を試みたんです」と西村氏。
京都市では「協調建て替え」として、連担建築物設計制度を袋路の再生を目的に運用している。この制度を活用して、「京つむ木」では4軒の新築京町家を建てることができた。しかし、必ずしも条件に合う場所ばかりではないという。
「賀茂川を背に立つ当社保有の賃貸物件があったのですが、入居されていた方の退去を機に活用方法を検討していました。しかしこの物件は路地の奥にあり、再建築は不可。築99年の建物はリノベーションでの再生も難しい間取りでした」
京都市では連担建築物設計制度の協調建て替えを適用できる路地の基準(一般認定基準)を幅員2m以上としている。しかし、今回のケースでは路地の幅員が2mに満たなかった。連担建築物設計制度を適用するには、特定行政庁に「安全上、防火上、衛生上支障ない」と認められることが必要だが、京都市では2021年から、前述の「協調建て替え」のほかに、「修復型袋路整備」という基準を追加していた。幅員が2mに満たない場合でも、路地にあるすべての建築物が 2階建て以下であることや複数方向への避難を可能とすることなどを条件に、制度を適用できるという基準だ。
このプロジェクトでは、背後の土手から賀茂川河川敷への避難経路を設け、路地の入り口だけでない二方向への避難経路を実現。「修復型袋路整備」として連担建築物設計制度の適用認定を受けることができた。プロジェクトは社内の公募で「あおい路地」プロジェクトと名付けられ、路地の奥には周囲の既存建物になじむ新築物件が建てられた。
京町家について、「京都市も『なんとかしたい』という想いを持っています」と西村氏。「制度を使う事業者があると行政も喜んでくれ、応援してくれます。路地の住民への説明会など、休日であっても担当者が来てくれます」と、京都市のサポートへ感謝を口にする。こうした京都市の思いと、八清のような制度を活用してよい町並みを作ろうとする事業者の努力が、認定条件の追加など、実用的な制度の運用や、適用範囲の拡大につながっているのだろう。
大変なのは「条件」と「合意」
しかし、西村氏は連担建築物設計制度による袋路の再生がそう簡単ではないことも強調する。「連担建築物設計制度で一番大変なのは、制度が適用できる条件を整えることです。条件が整っていない場所がほとんどですので、先ほどの二方向の避難をはじめ、さまざまな工夫によって行政の基準をクリアできるかどうか……。自社の保有物件ならいいのですが、そうでない場合でも、制度の適用が認定されてから物件を買うということは基本的にできません。他人の土地では申請できませんから。つまり、認定されるかどうかわからないのに先行投資するというリスクがあります」
また、連担建築物設計制度では、路地に面した建物のすべての所有者の合意が必要だ。「協定書を作って合意を取ることは本当に大変です。特に近隣の人は、空き地であっても『現状をあまり変えたくない』という想いを持っていることも多いです。しかし、京都市は『空き地のままより、若い人たちに住んでもらいたい』というスタンス。徐々に理解を深めてもらい、合意を得られました」と西村氏。
一方で、全員合意が必要なこの制度ならではのメリットもある。
ひとつ目は、合意に基づくルールの設定により、袋路内における各敷地の土地利用や建築計画が将来にわたり明らかにされること。ふたつ目は、協定の締結により住民のコミュニティの維持・継承が図られ、住民主体のまちづくりの推進も期待できること。路地部分に舗石を敷いたり芝を配したり、通行・避難に支障のない範囲で、住民にとって魅力ある共有スペースとして整備することも可能だろう。
また、従来規制では道路に準じたものとして取り扱われた路地部分を敷地に含めることができるため、ほとんどの敷地で、建ぺい率・容積率算定の際の母数にプラスができる点も大きなメリットだ。
想いと理解と協力で、京町家を未来へつなぐ
西村氏が「八清のリノベーションは、京町家を古いまま残すことが目的ではない」と強調するように、八清では現代のライフスタイルに合わせて快適な暮らしができるよう京町家を再生している。そのうえで、その住宅が地域の町並みに合っていること、または地域の景観に寄与できることを大切にしている。しかし、すべての京町家がリノベーションで再生させられるとは限らない。なかには老朽化が激しく、取り壊さざるを得ないものもあるだろう。そのようなときは建て替えることになるが、それでも町並みに合っている、地域の景観に寄与するという方針は変わらない。「減るなら作ればいい」(西村氏)というように、同社では京町家の新築にも取り組み、京都の景観づくりの一端を担っている。
しかし、そのような同社の姿勢をもってしても、再建築不可となれば、景観に寄与する建物は建てられない。残念ながら京都にはそういった物件が少なくなく、京町家が取り壊されたまま空き地となっている場所も数多い。連担建築物設計制度は、そのようなケースでも、所有者または買主の「京町家のある町並みを残したい」という想いと、事業者の制度への理解、地域住民の協力があれば、通常では成しえなかった再建築を実現できる可能性がある。日々減少しているからこそ、各ステークホルダーがこれらの制度を効果的に活用し、京都の魅力的な景観を未来につないでいくことが求められる。
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